あの夏に僕がここに来た理由

便葉

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「パパ、行ってきま~す」

海人は大きな声で、海に向かって叫んだ。
ひまわりと海が結婚してから四年の月日が流れ、息子の海人は、この夏で三歳の誕生日を迎えた。
大きな病気をすることもなくすくすくと育っている息子に、ひまわりと海は持っている全ての愛情を注ぎ、そして海人からはそれ以上の幸せをもらっていた。
三歳になった海人は、上手にお喋りができるようになった。
海人の元気があり余り過ぎてひまわりは海人を叱る事が多かった。でも、すぐに「ごめんちゃい」と言う海人の仕草に、ひまわりは笑顔を見せずにはいられない。
海人の成長は、私達夫婦の幸せの証しだ。
家族というものを持てた喜び…
幸せに縁遠いと思っていた昔の私には、想像もつかないことだったから…

「ひまわり、大切な話があるんだ。ちょっといいかな?」

海が真剣な顔で、ひまわりにそう聞いてきた。
ひまわりは洗い物の手を止めて、食卓に座っている海の前に座った。

「シンガポールの本社への辞令が出た。
秋には向こうへ行かなきゃならない。
ひまわりはどうしたい?」

海はいつも優しかった。
どんな時でも、ひまわりに無理強いをする事は一度もない。

「ひまわりのお母さんの事とかを考えたら、シンガポールは遠いよな。
僕は、単身でも構わないとも思ってるんだ」

海はソファでうたた寝をしている海人を見つめながら、寂しそうにそう言った。

「そんなの答えは決まってるじゃない。
家族でシンガポールへ行こう。
向こうには海のお父さんもいるし、海人を連れて行ったらとても喜んでくれるはず。
私も、シンガポール好きよ。
あなたが育った町だもの…」

海はホッとした顔をしている。

「ありがとう、ひまわり… 凄く、嬉しいよ」

そう言って海は大げさにひまわりを抱き寄せた。
私は海を本当に愛している。
海なしでは生きていけないと思うほどに…

「あの、一つだけ、お願いがあるの」

ひまわりはずっと考えていた事を、海に話すことにした。

「九月の引っ越しまでに、行きたい所があって…」

ひまわりは海が反対する事はないと分かっていたが、でも、ちゃんと話しておきたかった。

「どこへ?」

「そんなに遠くない、埼玉なの。
群馬との県境なんだけど」

「何の用事で?」

海の顔に、不安な表情が浮かんでいる。

「実は、お墓参りに行きたいの。
戦争で亡くなった方なんだけど、私にとっては大切な人で…」

「おじいさんの知り合いか何か?」

海は心配と不安が入り混じった顔で、そう聞いてきた。

「あ、うん… そうなの…」

ひまわりは嘘をつくしなかった。
いつの日にか真実を話せる日が来るまでは、まだ、打ち明けるのはやめる。

「俺は、ずっと、週末は忙しいかもしれない」

海は、携帯でスケジュールを見ながらそう言った。

「一人で大丈夫だよ。
初めて行く場所じゃないし、一日あれば余裕で帰って来れるから。
あ、でも、海人も連れて行ってもいい?」

ひまわりはそう聞いた後、最近歩くのが大好きな海人の話をした。

「ひまわりが大変じゃなければ、二人で行っておいで。
その代わり、お金のことを考えないで不便な場所ではタクシーを使う事。
分かった?」

海は、優しく微笑んでそう言ってくれた。

「うん、分かった。ありがとう」

次は、必ず、海も一緒に行こうね…
私達にとってかけがえのない人が眠っている場所だから…

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