あの夏に僕がここに来た理由

便葉

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「私の兄にこんなに若い女性が会いに来てくれるなんて、本当にありがとう」

その女性はもう80歳位になるのだろうか。
それでも、きびきびとお墓の回りに水を撒いたり忙しそうに働いている。
ひまわりと海人は、後ろの方で静かに手を合わせた。

「私の兄はね、二十歳という若さであの世へ行ってしまったの。
戦争で若い命がたくさん犠牲なったけれど、そんな一言では言い表せないくらいに、私達家族にとっては悲しい出来事だった」

ひまわりは、涙を堪えるのに必死だった。

「私の兄はね、本当に真面目で、いつも私達家族の事ばかり考えてた。
召集令状が来た時だって、自分の事より私達の事ばかり…
まだ、小さかった私は、そんな時も兄を困らせる事ばかり言ってたわ。
兄を悲しませている事にも全然気づかずにね…」

ひまわりは、もう、こぼれ落ちる涙を止めることはできなかった。
小さな海人の手を握りしめながら、黙ってその女性の話を聞いた。

「兄は戦争に行く前に、私と姉、そして母へ、それぞれに手紙を残してくれた。
でも、自分がその戦争で死んでしまうなんて思ってもいなかったと思う。
必ず、帰って来るからって、何度も書いてあったくらいだから…」

ひまわりは、無意識にその女性に尋ねていた。

「海人さんは、どういうふうに、亡くなったんでしょうか…?」

「兄は戦地で亡くなったという事しか、私達家族には伝わらなかった。
でも、かなりの時間が経ってから、遺族会の集まりで、母が兄の最期を看取った方と偶然知り合えて、そこで初めて真実が聞けたの。
兄は、瀕死の状態だったけれど、一か月ほど心臓は動いていたらしい。
その方が言うには、ちゃんとした病院で手当てを受けていれば、絶対に死ぬことはなかったって。
兄は、一人ぼっちで、硫黄島の洞窟にある小さなベッドの上で亡くなった…」

ひまわりは、あの一連の出来事は、その一か月の出来事だったのだと呆然と思った。
あの時、私の隣で海人の心臓は動いていたし、肌は温かく、ご飯もたくさん食べていた。
私の元へ来た海人は、確実に生きていた。
死んでなんかいない、よく喋って、よく笑って、私の先を案じて泣いてくれて、そして、全身全霊で愛してくれた。

「あなたのおじい様は?」

急に聞かれて、ひまわりはしどろもどろで答えた。

「祖父も亡くなりました」

それ以上は、何も言えなかった。

「私は、戦争で散ってしまった兄のことを、今でもよく思い出すの。
兄が生きていれば、どんな人生を送ったのだろうってね…
小さかった私の記憶の中の兄は、いつでも優しくて、笑ってたから…」

そう言うと、その女性はひまわりにハンカチを渡してくれた。
ひまわりは、海人さんはあなたたちを本当に愛していましたと、言いたかった。
いつでもあなた達の事ばかり心配していたと…

すると、海人が急にその女性に近づき「こんにちは」と挨拶をした。

「おりこうさんね~ お名前は何て言うの?」

「僕の、お名前は、佐藤海人です」

海人は、笑顔でそう答えた。

「海人っていうの?」

その女性はハッとした顔で、ひまわりにそう聞いた。
ひまわりは頷づくと、海人に向かってこう言った。

「ここにいるおばあちゃんのお兄ちゃんの名前も、海人っていうんだよ」

ひまわりとその女性は、目を丸くして考え込む小さな海人を見て、顔を見合わせて笑った。
海人は、お墓に向かって「一緒?」と言っている。
そして、ひまわりはもう一度お墓に手を合わせ、そろそろ帰る事にした。
すると、海人はいつのまにかその女性と親しくなっていて、二人で仲良く手を繋いでいる。

「海ちゃん、そろそろ帰ろうか?」

ひまわりが、海人にそう声をかけた。

「うん…
さようなら、たみちゃん」

海人はその女性の手を握りながら、もう一度言った。

「たみちゃん、またね」


たみちゃん…
私は、海人から聞いて知っていた。
海人の一番下の妹の名前…

たみちゃんは、いつでも僕の膝の上に乗ってくるんだ…


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