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光と影
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ひまわりがそう聞くと、さくらは庭を指さした。
ひまわりは少しホッとして「お昼にしよう」とさくらに言った後、まだ庭にいる海人を呼んだ。
ひまわりが買ってきたパンを三人で食べていると、さくらが思い出したようにこう言った。
「あ、今日、お兄ちゃんが大阪から帰ってくるんだ」
「え、今日?」
「うん、今日。
それで、そのままここへ来るって言ってた。
お友達も一緒だって」
さくらはジュースを飲みながら、海人を見ている。
「海人さん、お兄ちゃんが来たら、ちょっと面倒くさいかもしれないよ。
だって、お兄ちゃんはひまちゃんの事が大好きだから」
「そんなことないよ。
さくらと一緒で、妹感覚なの。
それにそれは小さい時の話でしょ」
ひまわりは少しむきになって、さくらを睨む。
「さくら、余計な事を言わないで。
海人さんが、変に意識しちゃうじゃない」
「ふふ、お兄ちゃんはね、小さい時は、大人になったらひまと結婚するって言ってたんだよ。
今は分かんないけど、でも、まだそう思ってるような気がする。
ひまちゃんだって海人さんと結婚するわけじゃないんだから、もしかしたら、海人さんは私と結婚しちゃうかもしれないし…ね?」
ひまわりは冷静を装いながらも、かなり動揺していた。
さくらは何を言ってるの?
張りつめたひまわりの様々な決意がしぼんでいくのが分かる。
ひまわりは無意識にまた下を向いて、ため息をついた。
「ひまわりさん、ここへ来て」
海人は、ひまわりを庭へと連れ出した。
二人で庭へ下りると、海人はひまわりに綺麗になった花壇の中を見せた。
前に二人で買ったひまわりの苗が、添え木に縛られて空へ向かって伸びている。
「僕は誰とも結婚しない。
でも、もし自分が結婚する事を許されるのなら、その時は迷わずにひまわりさんと結婚する」
海人はひまわりの耳元で、やるせない笑みを浮かべながらそう囁いた。
しばらくすると、外の駐車場に車を停める音がした。そして、賑やかな声が近づいてくる。
「ひま~、さくら~、いる~?」
玄関先で大きな声がすると、さくらは嬉しそうにそこへ向かって走り出す。
「ひまわりさんは、行かなくていいの?」
海人が聞くと、ひまわりは首を横に振った。
「早く帰ってもらうから、海人さんは心配しないでいいからね」
ひまわりは肩をすくめ微笑んだ。
さくらと並んでリビングへ入ってきた良平は、海人を一瞥しただけですぐにひまわりの方を見た。
「ひま、久しぶり。
なんかまた大人っぽくなったじゃん。
あ、こいつは俺の大学の後輩で、山田浩太っていうんだ」
良平は、後ろに隠れている髪を金色に染めた男を前に突き出した。
海人は部屋の隅で静かにしていた。
何事もなくひまわりが傷つくこともなく、これからの三日が過ぎてくれればとそれだけを願いながら。
「はじめまして、山田と言います。
今回は、青木先輩の家に遊びにきました。
よろしくお願いします」
浩太は、丁寧にひまわりと海人に挨拶をした。
「先輩から聞いてはいたけど、想像してた以上にひまわりさんが綺麗なのでちょっとドキドキしてます」
浩太がそう言うと、ひまわりは照れて俯いた。
「さくらは~?」
さくらは少し怒ったふりをしている。
「さくらさんも、めっちゃ可愛いですよ」
浩太は人懐っこい笑顔でそう言った。
良平は、さくらと顔がよく似ていた。背が高く細見ですらっとしている。
海人は居心地の悪さを感じながら黙っていると、ひまわりが隣にやって来た。
まるで子供を守る母親のように。
「この人は、木内海人さんって言います。
今、わけあってここに一緒に居るの…」
「二人はつき合ってま~す」
ひまわりが海人を紹介した後に、さくらは冷やかすようにそう言った。
「そう、私達はつき合ってます。
そして、海人さんは私の大切な人です」
海人は、思いがけないひまわりのその言葉に胸を突かれた。
「き、木内海人です。よろしくお願いします」
海人は良平と浩太の顔を見てから、深々と頭を下げた。
良平は、明らかに、海人に対して不快感を抱いているのが分かる。
「木内さんも東京の人?
ひまとは大学が一緒だったとか?
二人の馴れ初めを聞きたいな~」
良平は海人から目をそらさずに、そう聞いてきた。
「実は、海人さんは、部分的な記憶喪失の病気なんだ。
だから、あまり質問しないでもらいたいの」
ひまわりは、悪びれることなくそう言った。
「記憶喪失? それっていつから?
ひま、本当に大丈夫なのか?」
良平は二人の嘘を見抜いているように、容赦なく質問を浴びせてくる。
「大丈夫だから。
この海の近くでゆっくりすれば少しは良くなるかなって、そう思って私がここに来させたの」
ひまわりは必死に海人を守ろうとしている。
良平は、きっと、ひまわりのことが好きなのだろう。
良平のひまわりを見る眼差しは、それを確実に物語っている。
「良ちゃん達は、いつまでここに居るの?」
「三日くらいかな。
今日はこの後、ちょっと観光して、明日からはずっと海三昧の計画」
良平は縁側から庭を眺めていた。
「あれ? 庭が綺麗になってんじゃん」
「海人さんが、片づけてくれてるの。
きっと、ひまちゃんのおじいちゃんも喜んでるよね。
あ、それと、今日はさくらもちょっと手伝ったんだ」
さくらは、楽しそうに海人を見て言った。
「なんで、お前が手伝うの?
さくらも、もうこいつと友達になっちゃたわけ?」
良平は呆れたようにさくらを見ている。
「お兄ちゃん、なんで海人さんのことをそんな風に言うの?
ひまちゃんの彼氏っていうだけで、気に入らないんでしょ」
さくらは、ひまわりと海人の味方のように見える。
良平に楯突くさくらが、ひまわりは頼もしかった。
「ひま、明日は一緒に海に行こう。
ここからちょっと先の海岸に行く予定だから」
良平はさくらの話は無視して、ひまわりにそう話した。
「うん、じゃ、海人さんも一緒に行く」
「あ、ごめん。車が四人乗りだから無理だわ」
良平は切り捨てるようにそう言った。
「じゃ、私も行かない。三人で行ってきて」
「ひま、毎年、俺たちと海に行くの楽しみにしてるじゃん。
せっかく、久しぶりに会ったんだから一緒に行こうよ。
明日、九時に迎えに来るからさ」
良平はそう言うと、さくらと浩太を見た。
「そろそろ、行こうか」
良平は大阪のお土産をテーブルに置き、ひまわりに目で合図して二人を連れて帰って行った。
ひまわりは少しホッとして「お昼にしよう」とさくらに言った後、まだ庭にいる海人を呼んだ。
ひまわりが買ってきたパンを三人で食べていると、さくらが思い出したようにこう言った。
「あ、今日、お兄ちゃんが大阪から帰ってくるんだ」
「え、今日?」
「うん、今日。
それで、そのままここへ来るって言ってた。
お友達も一緒だって」
さくらはジュースを飲みながら、海人を見ている。
「海人さん、お兄ちゃんが来たら、ちょっと面倒くさいかもしれないよ。
だって、お兄ちゃんはひまちゃんの事が大好きだから」
「そんなことないよ。
さくらと一緒で、妹感覚なの。
それにそれは小さい時の話でしょ」
ひまわりは少しむきになって、さくらを睨む。
「さくら、余計な事を言わないで。
海人さんが、変に意識しちゃうじゃない」
「ふふ、お兄ちゃんはね、小さい時は、大人になったらひまと結婚するって言ってたんだよ。
今は分かんないけど、でも、まだそう思ってるような気がする。
ひまちゃんだって海人さんと結婚するわけじゃないんだから、もしかしたら、海人さんは私と結婚しちゃうかもしれないし…ね?」
ひまわりは冷静を装いながらも、かなり動揺していた。
さくらは何を言ってるの?
張りつめたひまわりの様々な決意がしぼんでいくのが分かる。
ひまわりは無意識にまた下を向いて、ため息をついた。
「ひまわりさん、ここへ来て」
海人は、ひまわりを庭へと連れ出した。
二人で庭へ下りると、海人はひまわりに綺麗になった花壇の中を見せた。
前に二人で買ったひまわりの苗が、添え木に縛られて空へ向かって伸びている。
「僕は誰とも結婚しない。
でも、もし自分が結婚する事を許されるのなら、その時は迷わずにひまわりさんと結婚する」
海人はひまわりの耳元で、やるせない笑みを浮かべながらそう囁いた。
しばらくすると、外の駐車場に車を停める音がした。そして、賑やかな声が近づいてくる。
「ひま~、さくら~、いる~?」
玄関先で大きな声がすると、さくらは嬉しそうにそこへ向かって走り出す。
「ひまわりさんは、行かなくていいの?」
海人が聞くと、ひまわりは首を横に振った。
「早く帰ってもらうから、海人さんは心配しないでいいからね」
ひまわりは肩をすくめ微笑んだ。
さくらと並んでリビングへ入ってきた良平は、海人を一瞥しただけですぐにひまわりの方を見た。
「ひま、久しぶり。
なんかまた大人っぽくなったじゃん。
あ、こいつは俺の大学の後輩で、山田浩太っていうんだ」
良平は、後ろに隠れている髪を金色に染めた男を前に突き出した。
海人は部屋の隅で静かにしていた。
何事もなくひまわりが傷つくこともなく、これからの三日が過ぎてくれればとそれだけを願いながら。
「はじめまして、山田と言います。
今回は、青木先輩の家に遊びにきました。
よろしくお願いします」
浩太は、丁寧にひまわりと海人に挨拶をした。
「先輩から聞いてはいたけど、想像してた以上にひまわりさんが綺麗なのでちょっとドキドキしてます」
浩太がそう言うと、ひまわりは照れて俯いた。
「さくらは~?」
さくらは少し怒ったふりをしている。
「さくらさんも、めっちゃ可愛いですよ」
浩太は人懐っこい笑顔でそう言った。
良平は、さくらと顔がよく似ていた。背が高く細見ですらっとしている。
海人は居心地の悪さを感じながら黙っていると、ひまわりが隣にやって来た。
まるで子供を守る母親のように。
「この人は、木内海人さんって言います。
今、わけあってここに一緒に居るの…」
「二人はつき合ってま~す」
ひまわりが海人を紹介した後に、さくらは冷やかすようにそう言った。
「そう、私達はつき合ってます。
そして、海人さんは私の大切な人です」
海人は、思いがけないひまわりのその言葉に胸を突かれた。
「き、木内海人です。よろしくお願いします」
海人は良平と浩太の顔を見てから、深々と頭を下げた。
良平は、明らかに、海人に対して不快感を抱いているのが分かる。
「木内さんも東京の人?
ひまとは大学が一緒だったとか?
二人の馴れ初めを聞きたいな~」
良平は海人から目をそらさずに、そう聞いてきた。
「実は、海人さんは、部分的な記憶喪失の病気なんだ。
だから、あまり質問しないでもらいたいの」
ひまわりは、悪びれることなくそう言った。
「記憶喪失? それっていつから?
ひま、本当に大丈夫なのか?」
良平は二人の嘘を見抜いているように、容赦なく質問を浴びせてくる。
「大丈夫だから。
この海の近くでゆっくりすれば少しは良くなるかなって、そう思って私がここに来させたの」
ひまわりは必死に海人を守ろうとしている。
良平は、きっと、ひまわりのことが好きなのだろう。
良平のひまわりを見る眼差しは、それを確実に物語っている。
「良ちゃん達は、いつまでここに居るの?」
「三日くらいかな。
今日はこの後、ちょっと観光して、明日からはずっと海三昧の計画」
良平は縁側から庭を眺めていた。
「あれ? 庭が綺麗になってんじゃん」
「海人さんが、片づけてくれてるの。
きっと、ひまちゃんのおじいちゃんも喜んでるよね。
あ、それと、今日はさくらもちょっと手伝ったんだ」
さくらは、楽しそうに海人を見て言った。
「なんで、お前が手伝うの?
さくらも、もうこいつと友達になっちゃたわけ?」
良平は呆れたようにさくらを見ている。
「お兄ちゃん、なんで海人さんのことをそんな風に言うの?
ひまちゃんの彼氏っていうだけで、気に入らないんでしょ」
さくらは、ひまわりと海人の味方のように見える。
良平に楯突くさくらが、ひまわりは頼もしかった。
「ひま、明日は一緒に海に行こう。
ここからちょっと先の海岸に行く予定だから」
良平はさくらの話は無視して、ひまわりにそう話した。
「うん、じゃ、海人さんも一緒に行く」
「あ、ごめん。車が四人乗りだから無理だわ」
良平は切り捨てるようにそう言った。
「じゃ、私も行かない。三人で行ってきて」
「ひま、毎年、俺たちと海に行くの楽しみにしてるじゃん。
せっかく、久しぶりに会ったんだから一緒に行こうよ。
明日、九時に迎えに来るからさ」
良平はそう言うと、さくらと浩太を見た。
「そろそろ、行こうか」
良平は大阪のお土産をテーブルに置き、ひまわりに目で合図して二人を連れて帰って行った。
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