お代はアンタの魂で

猫とろ

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安良城らら④

必死

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私は叫びながら花柄の花瓶を思いっきり、犬養の後頭部にぶつけてやった。

すると、ばがんと。思ったより鈍い音がして花瓶が砕け。
青蓮寺さんの上に乗っていた犬養は、何も言わずどさりと、畳の上に転がり倒れた。
体をピクピクさせていけど、そんなのどうでもいい。

それよりも──青蓮寺さんが大事っ! がばっと青蓮寺さんに駆け寄る。

「せ、青蓮寺さん、だ、大丈夫ですかっ!!」

すると青蓮寺さんは、がはっと咽せて息の荒い呼吸を繰り返した。
どうして良いか分からず。青蓮寺さんのそばで膝を折って大丈夫かと、声を掛けながら肩をさすって励ます。

薄暗い室内で青蓮寺さんの表情ははっきりと分からないが、とても苦しそうだった。
でも、苦しそうでも反応がちゃんとあることに、ほっとする。

「わ、私っ。ブザーの音が鳴って、それを聞いて。ちゃんと逃げようと思ったんです。でも、ごめんなさい。青蓮寺さんを置いて逃げれなかった」

一度喋ると言葉が堰を切ったように溢れて止まらなかった。ハァハァとまだ、苦しそうな青蓮寺さんに興奮気味に語りかけてしまう。

「ごめんなさいっ。一応身を守れるようにって、玄関にあった花瓶を持ってきたんです! この家、広くて。なんか迷ってしまって、でも奥からドタバタする音が聞こえてきたから、それをたよりにして」

「ら、らちゃん、今は、ぐっ」

青蓮寺さんが未だ苦しそうに、どうにか私へと顔を向けた。その辛そうな顔を見てなんだか、泣きたくなってしまう。

「部屋を覗くと、犬養が青蓮寺さんの首を締めているのがわかったから。わ、私無我夢中で、」

「っ、そうかっ……っ、痛っ」

「青蓮寺さん、どうか無理はしないでっ」

辛そうなのに、まだ立ちあがろうとする青蓮寺さんを制止しようと。足に力を入れたとき。

ぬるっと何か、足が畳の上を滑る感触がした。

なぜ? と、なんだか嫌な予感がしつつ。
畳の上を恐る恐るつっと触れた。
ゆっくりとその指先を見てみると、薄暗闇でもぬらりと赤黒く光った瞬間。

それが──血だと分かった!

「ひっ、な、やだっ。血、ち、なんで畳の上にっ!?」

「らら、」

「なにこれ、な、なんで血が、ど、どうしたら」

頭がパニックになる。
犬養を見ると頭やその他、体に出血はなさそうだった。もちろん私も出血などしていない。

じゃあ、この血は──辛そうな青蓮寺さんのモノで──。
血のついた指先を見て、ガクガクと体が震え出した瞬間。

「らら、しっかりしぃっ!」

「!」

ぴしゃりと名前を呼ばれてびくっとした。

「──いいから僕の言う事を聞いてくれ、頼むから。わかったら、僕の名を呼べっ」

「は、はいっ。青蓮寺霞さんっ!」

何も分かっていないのに、青蓮寺さんの気迫に負けて名を呼んでしまった。

すると、青蓮寺さんがやっと。淡く微笑してくれた。
それを見てしっかりしなくちゃと、瞳にいつの間にか溢れそうになっていた涙を拭う。

「──よし。僕は今、刺されてしまって思うように動けない。しかも、痛っ……、体力の限界や……ほんまに悪いけど、箪笥アレを僕の代わりに壊して来てくれ」

「刺されたっ!? 早く病院に行かなきゃ! あとは警察にもっ」

ここで青蓮寺さんは大きく深呼吸して。
首を横に振りながら。

病院や警察にいけない理由があると、言わんばかりに。

指先をすっと部屋の奥へと向けた。

そこにはなんだか、よく分からない祭壇めいた場所があり。その真ん中に箪笥があったと、今やっと気がついた。
箪笥を祀るなんてシュールで不気味。常人とは違う常識がそこにあると思った。

「あの箪笥がまさか……」

こくりと生唾を飲み込むと、青蓮寺さんは息苦しそうに「耳をかしてくれ」と言ってきた。
箪笥から青蓮寺さんに、素早く視線を向け。耳を傾ける。

「あれが狗神を祀っている箪笥。ほんの少しでも壊してから、この札を貼ってくれ。小さなひずみがあれば充分や。頼む。それで全て解決する。犬養が起き上がるかもしれんから、早く……頼むっ」

青蓮寺さんは懐から出した札を、私の手に握らせた。
手が触れ合ったとき。青蓮寺さんの手の力の弱さに慄いてしまう。

しかし、ここでそんなことを言っても仕方ないと。渡されたお札をしっかり受け取る。

青蓮寺さんは札を私に渡すと。
少し休憩させてくれと、ぱたりとその場にうつ伏せになってしまった。
その様子に悲鳴を出しかけたが、青蓮寺さんは意識を失った訳ではなく、犬養を見つめながら呼吸しているのがわかり。

悲鳴をどうにか飲み込んだ。

倒れている青蓮寺さんを見て、今すぐ青蓮寺さんと一緒に逃げたくなった。
狗神なんてどうでもいいとさえ、思ってしまった。

私が呪いなんかお願いしたからこんなことに。
もう何かが、誰かが、目の前で無くなるのは嫌だ。
青蓮寺さんが無事であればいい。
逃げたい、泣きたい、怖い。早く家に帰りたい。

でも、私の手にある札の意味。
私がここまで来た意味。
それらを考えると、そんな泣き言は言ってられないと。手首にあるピアスのお守りを一瞬、見つめて。不安を無理矢理に抑えこんだ。

「はいっ、直ぐに壊して戻って来ますから、絶対に生きていてくださいっ。アイスクリーム、まだ買って貰ってませんからね!」

すると青蓮寺さんは言葉はなかったが、親指をぴっと立ててくれた。

それを見てから頷き。託された札を乱暴にインナーの中に突っ込み。箪笥の元へと駆け出した。

箪笥の前に立つと、背は低いのに不気味で、あまりにも立派な佇まい。その異様さが際立っていた。

祭壇めいた怪しい空気感に気圧されながらも、どうやって壊そうかと考える、

「えっとパンチやキックでは壊すのは無理。道具、なにか、バットとか、」

そんなもの、ここにないのに周りを見回してしまう。
鳴り響くブザーが急かすようで、早く何とかしなければと、よけいに焦ってしまう。

なにかないかと、思ったとき「うっ」と。後ろから青蓮寺さんじゃない声。
犬養の低い呻き声が聞こえて、びくりとした。ハッとしてそちらを見ると、まだ倒れていたけれども。
次の瞬間にはごそりと、いきなり起き上がって私に飛び掛かって来るかのような気が──。

「しないっ! 襲ってこない! だから、大丈夫っ」

そんなことを気にしたらもう、動けないと前を再び向いて、箪笥に相対して気がついた。

「そうか、これは箪笥なんだから。引き出しを引いて。そこから、めちゃくちゃにしてやれば、きっと!」

直接触るのはとても気が引けたけど、勢いに任せてがっと。
一番上の段。金属の立派な輪の取っ手を掴み。

思いっきり強く箪笥の引き出しを引いてやると、中に何か入っていたらしく。
手と腕にずしりとした重みを感じた。けど、そんなの関係ない。体の全身を使うように腰に力を入れて。全力で後ろに力いっぱい引き出しを引っ張ると。

がたりっと、低い音を立てて引き出しが箪笥から離れ。中にあったものがバラバラと宙に舞い。ボトボトと、畳の上に散乱した。

何かと思うとそれは沢山の首輪。
そして、白っぽい破片。

「く、首輪に。白いのは……陶器の破片……?」

足元に転がっている欠片をじっと見る。
手にしていた、引き出しを離して近くで見ようと思った瞬間にぞわりとした。

これは狗神を祀っている箪笥。

その中に入っていた首輪に白い欠片。
白い欠片が陶器なわけなんかないと、心より頭が先に理解した。

「これは……犬達の首輪に、骨……!」

途端に背筋を這い上るような嫌悪感と不快感。そして、何よりも怒りが湧いた。

「ふ、ふざけないで! なんで、罪もない犬達にどうして、こんな酷いことが出来るのよっ!」

大声で叫び、瞳にはジワリと涙が浮かんでしまった。この中に黒助がいると思うとやるせない。這いつくばって骨を拾ってやりたい。

そんな悲しみは白い欠片を見ていると、全て怒りへと変わった。
手にしていた空っぽになった引き出しをその場に高く──掲げ。

「狗神なんか居なくなってしまえっ!!」

思いっきり、箪笥本体に向かってぶん投げてやった。

がこんと音を立てる引き出し。
みしりと何か軋む音がした。しかし、壊れる様子は無かった。

それから、無我夢中で残っている箪笥の引き出しを全部引っ張り出して、中身をぶち撒けてやって。
空になった引き出しをめちゃくちゃに壁に、障子に箪笥に、畳に狂ったようにぶつけてやった。

ついでに天井から垂れている、品のない紫の布や周りにあるごちゃごちゃとした物も引っ張ったり、蹴っ飛ばしたり、ぐちゃぐちゃにしてやった。

肩で大きく息をして、いつの間にか爪は割れて血が滲んでいた。私の周りはいろんな物が散乱して酷い状態だった。

それでも箪笥には細かな傷しか付いてなかった。
箪笥はまだ壊れてはいない。

「はぁはぁ。なんで、ちっとも壊れないのよっ! 早く壊れてっ」

焦って声に出す。
その時に「う。あ、頭……が」と。

背中越しに今、一番聞きたくない声を聞いてしまった。

流石に肝を冷やして、うしろを見ると犬養がごそりと。体を横に動かしていた。

「!」

それに対して横に伏している青蓮寺さんは呼吸があるものの、ぴくりとも動きもしなかった。

そんな様子を見て時間がない。早く青蓮寺さんを病院に連れて行かなければ。
でも、このままじゃ。犬養がもう少しで起きてしまいそう。
そうすると私では絶対に勝ち目がないと思った。

「青蓮寺さん、起きてっ! 頑張ってっ! 私も頑張るからっ」

早く早く。なんでもいいから。なんとかしないと。焦るな焦るなと言い聞かす。

引き出しをぶつけてもダメだった。何か他にと思っていると──つま先に何かこつんと。長い棒が当たった。

それは青蓮寺さんが持っていた、警棒だと気がついた。

「これは……これしかないっ」

最後のチャンスとばかりに素早く足元の警棒を掴み。
引き出しが抜け落ちて、ぽっかりと黒い口をいくつも開けている箪笥を前にして、敵に挑むように箪笥を睨みつける。

そのまま、警棒を両手でしっかりと柄をぎゅっと握りしめ。見よう見真似で剣道の正面の構えのように、頭上高く警棒を掲げた。

そしたら。
後ろから──「な、何をやっているんだ」と言う犬養の声がしたが無視をする。

ただ一点。全ての元凶の狗神箪笥を見据える。

「腕や指が折れてもいい。手が使えなくなってもいいから、神様……黒助。青蓮寺さんっ。お願い、力を貸してっ!」

箪笥を一刀両断してやるイメージを脳内で強く思い描き。
力の限り警棒を振り下ろしながら、わぁぁと。私が叫んだのと。

「やめろぉぉっ!!」

と、犬養の声が重なったのは同時だった。

そこからはまるでスローモーション。

私が渾身の力を振り絞り。びゅうっと、警棒が空気を切り裂く。
その次に箪笥に警棒が当たり、バギッと鈍い音がした。

途端に手首や両手に鈍い衝撃がくるけど、気にせずにそのまま手が壊れてもいいと指先から迫る衝撃を打ち殺すように、さらに力を込める。

箪笥に警棒をめり込ませ続ける。
後ろで何か叫ぶ男の声がうるさい。
静かにしてほしい。

ミシミシと音を立てているのは私の骨か、それとも箪笥か。
あぁ。
手がとっても痛い。

──でも、犬達はもっと痛かったよね。苦しかったよね。私よりもっと辛い人が居たんだよね。全部終わらせよう。それで終わっても──

「私が、私が全部覚えているから。誰よりも私は、あなた達の痛みが分かるからっ」

言葉にした瞬間。
ばきりと、警棒が接触していた箪笥の上部に僅かな亀裂が入った。

「!」

つかさず警棒から手を離し。
インナーから札を取り出す。

間近で見た札は、その表面にびっしりと曼荼羅のように繊細な赤い文字が綴られていた。
後ろで犬養がまた喚いているみたいだが、知ったことか。

「これで──終わりっ!」

気にせずに、ばしりと亀裂が入った箇所に札を思いっきり貼り付ける!

箪笥は途端にミシミシと軋んだ音を奏で始めた。
その不協和音も瞬きの間に終わり。ぎしぃと悲鳴を一つ上げてから。

ばがんっ! 

と大きな音を響かせ、見えない稲妻が箪笥に落下したかのように。

目の前で札を貼った亀裂から、箪笥が左右。真っ二つに裂けたのだった。
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