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青蓮寺霞④
焦燥
しおりを挟む犬養はバカみたいに哄笑し続ける。
「くふふっ! 粧子なんて女、別に好きでもなんでもない。結婚したのは借金を肩代わりしてくれると言う理由だ。それだけだ。それに、そうだ……そうだよっ! なんで、気が付かなかったんだ。くふっ。粧子なんかいなくても良かったんだ。狗神を祀っていく役割は、他の女を孕ませたら問題ない。粧子みたいな陰気な女じゃなくて、若くて美人な嫁を見つければいいっ。ふふっ。狗神さえいれば俺は無敵なんだ!」
「魂まで腐ってんな」
心の底からの言葉。
しかし、犬養には何も届かない。
「くふふっ! なんとでも言え。どうせ、お前もこのまま死ぬ。俺が絶対生きて返さない。くふっ。お前は俺に負けたんだよ。この、負け犬がっ!」
胸糞悪い告白により、犬養が無事でいられた理由が分かった。
粧子は犬養が作った災厄避けの札の効果により、しかも贄にされて。
本来犬養が受けるべき怨霊達の念を──災厄を被った。
だから犬養は台所で、包丁を自らの胸に突き立てることはなかった。その代わりに、粧子があの怨霊達の念を全て受けたのだろう。
怨霊までが消えてしまったのは近しい存在を贄として捧げたから、効果が最大限に発揮されたとか。
一回限りの最大の防御効果の恩恵。
きっと、呪術的な理屈にはそう言うことなんだろう。
粧子は無事ではない。おそらくは死んでいる。
それも犬養は分かっているはず。
「これは絶対に、ケリをつけなアカンな」
犬養が自ら種明かしをしてくれたお陰で、もう犬養には奥の手もないことがわかった。
耳障りな長話を聞いて、呼吸を整えることは出来た。いける。いまならまだ動ける。
痛みを無視して行動を再開しようと思った。
まずはもたれている障子を開けた。すると思っていた通り。障子の向こう側は廊下を挟んでガラス戸があり。ガラス越しに庭が見えた。
そして、その庭の真ん中には、ららちゃんが言っていた通りの長い棒。ポールが見えたが、それをマジマジと見つめている余裕などなく。
そのままガラス戸に近寄り、警棒で窓を叩き割り。
隠し持っていた防犯ブザーのピンを抜いて。割れた窓ガラスから素早く、庭へとブザーを放り投げてやった。
庭でけたたましい音を響かせるブザー。
僕の一連の行動に意味がわからないと、困惑している犬養。
「な、お前。一体何をしているんだ!?」
その言葉を聞きながら、犬養から視線を外さず、ゆっくりと。また畳のある部屋に戻り。箪笥側へとまた少し、近づく。
「実は仲間とここに来た。腕に覚えのある一流の蘆屋家が誇る、呪術師たちへの合図や。それにこれだけ音が鳴り響いていたらご近所さんも何事かと思って来るかもしれんな? 今すぐ箪笥を置いて逃げてもえぇで?」
「……!」
もちろん呪術師なんて来ない。
はったり。しかし、犬養にはそのはったりは充分に効いているようで、目を左右に泳がせていた。
犬養の表情にやっと、焦りが見えた。
きっと呪術師達が乗り込んで来るのを、脅威と考えたのだろう。
近隣の住人が扉が壊れた家の中に、直ぐには入って来ない。まずは異変だと思い。警察に連絡するだろう。むしろその方が犬養に取っては面白くない。
ならば。
まずは犬養のやるべきことは、僕を排除してブザーを止める。
もしくは僕を人質に取って、来もしない呪術師に優位を狙うか。そんなところだろう。
そう、とにかく犬養は短絡的に僕に襲いかかってくればいいのだ。
僕にとって不利なのは、着かず。離れず。時間稼ぎをされること。
ならば不安要素も消えたいま。
体力があるうちにこちらから、けしかけたと言う訳である。
もし、ららちゃんが来ても今ならまだ『逃げろ』ぐらいは言える。
誰かこの場に乱入したところで、犬養は箪笥を置いて、まだ息のある僕を置いてこの場を離れるとは思えない。
まさか呪術師なのに、最後は体力勝負になるなんて思いもしなかった。
はぁっと、大きく呼吸して。
「ごたくはええやろ。いいから、かかってこい。この三流呪術師が」
わざとらしく煽ってやると、犬養は忌々しそうに顔を歪め。ぎりっと奥歯を鳴らした。
どうやら、犬養の頭でもこの状況は僕を排除しない限り何も動けないと判断したのだろう。
「お前みたいな怪我人なんか、さっさと片付けてやるから、大人しくしろぉ!」
犬養は拳を握りしめ。勢いよく畳を蹴り出してこちらに向かってきた。
犬養の叫びに、庭でずっと鳴り響くブザー音。
外は宵闇を迎えつつある。
ガラス戸からの夕日の残滓を受けて、畳に伸びる犬養と僕の影。
なんとも悪い夢のようだと思いながら、身を構えるのだった。
無茶苦茶に手や足を振り回してくる犬養。
それを擦り足で後方に下がってやり過ごす。
万全の状態なら胸元を掴んで、二手ぐらいの動作で組み伏せる自信がある。しかし、今は体力を温存しつつ組み伏せ。犬養の意識を落とすということを、しなくてはならない。
犬養にもっと大きな隙が欲しいと、警棒を振り抜きたいが距離を取られると面倒と思い。
ここは仕方なく。警棒をわざとらしく、不注意で手放したかのように見せて。
そのまま傷口が痛む振りをして、片膝を付いた。
すると、してやったりと犬養はにぃと笑った。
「ちょこまか逃げてんじゃねぇよ! おらっ!」
犬養は思った通りに大きく足を振り抜き、僕の顔を目掛けて蹴り上げようとしてきた。
思い通りの行動。誰が逃げるか、そんな事を言いたくなるのを硬く口を結び。
上半身を後ろに逸らして、顔に迫って来た足を紙一重で交わし。犬養の足を体全体で捕まえるように、飛び掛かった。
「捕まえた」
「なっ」
そのまま体重を前に掛けると、犬養の体はバランスを崩して、畳にどすんと倒れ込む。
つかさずマウントを取る為に犬養の体の上に覆い被さり、犬養の首。気道を狙って首に手を掛けようとすると、がしりと両手を掴まれた。
「っ、そうはさせるかっ……!」
必死の抵抗をする犬養。
ギリギリと拮抗する互いの腕の力。
「ほんま、しつこい男やなっ」
ねっとりと汗ばむ犬養の手が気持ち悪い。
早く決着を付けたい。
本来上に乗っている僕が有利。しかし、傷口が痛い。そのせいで、思ったより力が込められなくて焦る。
そこに追い討ちをかけるように、今の一連の動きで傷口が熱を持ったように疼き、痛みが増した。
しかも刺された箇所の着物がベッタリと、肌に張り付いている感触もある。
それは決して汗なんかじゃない。その感触に肌が粟立つ。
だから早く決着を着けねばと。上半身に体重をかけると、焦りからか下半身を浮かせてしまい。
畳に止めて置いた、犬養の片足を自由にさせてしまった。
「──っ!」
しまったと、思ったのも束の間。
犬養は自由になった足で、思いっきり僕の腹に蹴りを入れて来た。
「ぐっぅ」
たまらず畳の上に転がり、痛みで呼吸が詰まる。しかも傷口にまた痛みが加算されて、一瞬、動きを止めてしまった。
その一瞬を見逃す犬養ではない。畳に額を擦り付けながら、僕が見たものは犬養が嬉々として素早く僕に近寄り。
大きく足を上げて、僕の腹の上に勢いよく足を振り下ろす光景。
その直後にどすっと体に鈍く響く激痛と衝撃。
「!!」
「なんだ痛くて声もでないってか。くふっ。ふふ。えーっと、刺してやった場所はこっちだったか?」
腹の上に乗せられた足に、さらに体重を乗せるように前屈みになる犬養。
ぐりっと、足を動かされて。また声に鳴らぬ悲鳴を出してしまうと犬養はくふふっと、薄気味悪く笑うだけ。
流石にこれはやばい。
痛さを通りすぎて、クラクラしてきた。
それでもなんとかと思い、幸いにも倒れ込んだ場所は箪笥側。少しでも近づこうと腹に乗せられた足をどかそうと、手を動かすと素早く足を引かれ。
瞬きの間に今度は犬養が僕の上に乗って、躊躇う事なく。僕の首をキリキリと締め上げてきた。
「これで終わりだ」
「がっ……ぐっ」
締め上げている犬養の手を外そうと、犬養の手を掴み。力を込めるが、犬養はびくりともしない。
近くで見る犬養の表情はどこかサディスティクに歪み、口元も歪んでいた。
「ふふっ。すげぇ。動脈がピクピク動いている。でももう終わり。くふふ。死ね。早く死ね。死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ねっ──!」
犬養の指が喉にさらに食い込み、声を上げることも出来ない。
目の前がチカチカして頭が痛い。苦しい。
流石に死を意識した。
そして、こんなところでまさか、呪いによって殺されるとは。
これが僕の因果応報かと思った。
また、ギリっと指先の力が込められ。
いよいよ意識が途切れかけ。ここまでかと覚悟した。
ふと心に浮かんだことは、依頼がこなせなくて悪かったこと。
どうか、彼女が無事に逃げてくれていたらいいが──と、思った。まさにそのとき。
「うわぁぁぁっ! 青蓮寺さんから離れてぇ──ッ!!」
大きな叫び声が大広間に響き渡った。
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