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今日はいよいよ面接というか。昭義さんに仕事を紹介して貰う日だった。
あれから何度も住所を調べてみたが、市内のビジネスパークその一角。
ビジネスタワマンに居を構える『キセイ堂』本社の住所に違いなかった。
ひょっとしたら、そのビジネスタワマン関係の秘書かも知れないと『キセイ堂』含めて、関係会社は調べた。
一応履歴書も書いたし、服装は秘書を彷彿させるネイビーのパンツスタイルで決めてきた。ビジネスカジュアルで急遽面接があっても、先方には失礼にはならないだろう。
そうやって準備万端で挑んで、待ち合わせ時間より。少し早めに指定されたビジネスタワマンに到着したのだ。
「さすが市内でも屈指のビルね。凄く広くて綺麗」
高い天井を見上げる。
行き交う人々もなんだか、全員エリートに見えた。
なんたってキセイ堂のメインターゲットはズバリ裕福層。私の中では上品なマダムが使う化粧品というイメージ。
だから会社の人達も落ち着いて見えた。
全てがキセイ堂の関係者ではないと思いつつ、このビルの品格に相応しいビジネスマンが多いのは事実だろう。
少しばかり緊張しながら、昭義さんと待ち合わせの場所。
磨かれ抜いたエントラスホールの端にある、ソファが置いてあるレスト広場に身を寄せ。ソファに腰を降ろしたが──。
実は真偽を疑いたくなることがあった。
それは『キセイ堂』の経営者の名前。
現在の社長は『黄瀬昭義』氏と、会社案内や広報に身知った名前があったのだ。直系のご子息夫婦は関連会社の上役に名前を連ねている。
それを見つけたとき変な汗をかいてしまった。
私はジム友の『昭義』さんの苗字を知らなかった。
「黄瀬昭義って。昭義さんと同姓同名なだけよね? それに黄瀬って言えば……」
私の中では高校時代。どうしてもあの黄瀬薫君を思い出してしまう。
「それも偶然よね。たまたま。別にまだキセイ堂の秘書と決まったわけじゃないしね」
ふるりと首を横に振って雑念を追い払った。
余計なことは考えずに今日は精一杯頑張ろうと、ビジネバックの取手を強く握ったとき。
「紗凪さんかな? お待たせして申し訳ない」
後ろから声がしてばっと、立ち上がって振り向くと。そこには深い緑の着物を着た粋な老紳士。昭義さんがいた。
「あ、昭義さん」
「おぉ、いつもジムで見てる姿と違って、これは『カッコいい秘書』さんスタイルだ。今日は来てくれてありがとう」
ジムと変わらない様子の昭義さんに緊張が和らぐ。
「とんでもない。昭義さんこそ素敵な和服ですね。今日はお仕事の紹介ありがとうございます。ご期待に添えるように頑張りますね」
「いやいや、私は既に紗凪さんが秘書になって働いて欲しいと思っています。あとはアレが頷くだけですから」
アレとはニュアンス的に私の上司。社長になる人のことだろうかと思った。
昭義さんの口振りから、その人物はあまり秘書を歓迎してないの雰囲気なのかと感じた。
昭義さんが何も心配ないと、柔らかく笑い。
「失礼。ここで話し込むことじゃないですね。早速、仕事場の紹介と社長に合わせることにしましょう。着いて来て下さい」
昭義さんはそういうと、さっと歩き出した。私は
「はい。よろしくお願いします」と後を着いて行くのだった。
エレベーターを乗り。
降りたフロアは最上階近く。ここはビジネスフロアとかではなくて、フロントカウンターを構え、受付スタッフや警備員が立っているのを見て。
内装がホテルのフロントを彷彿させる、重厚な作りからビップフロアだと思った。
そして──そのフロアカウンターに『キセイ堂』と言う会社名と黄色のロゴを見つけて、あっと声を出してしまうと昭義さんは照れ臭そうに笑った。
「すみません。ここまで来たらバレバレですが。紗凪さんにお願いしたいのはキセイ堂の社長秘書です。とは言っても私の秘書ではなく。もう時期新任する私の孫の秘書なんですけどね。あまり緊張なさらないようにと黙っていたのです」
あぁ、やっぱり昭義さんはキセイ堂、現社長の黄瀬昭義氏だ!
そう思うと心臓がバクバクしてきた。
今まで変な粗相は無かったかと、あわあわしてしまいそうになる。
「で、出来るだけ緊張せずに頑張りますっ……!」
言葉を絞り出すと昭義さんは微笑んでくれた。
そのまま警備員に軽く会釈をして、フロントカウンターの人にも呼び止められることなく。フロアの奥、社長室へと進む。
昭義さんは華美な装飾はないが洗練された扉をまるで、家の扉を開けるように慣れた手付きで開けるのだった。
扉を開けたその先、パッと視界に飛び込んで来たのは大きな窓ガラス。
美しい窓ガラスからは都会の景色を一望できた。まるでプライベート空中庭園みたい。
なのに黒で統一された床や壁。観葉植物。アートモダンな絵画。オフィス家具によって各式高い空間が演出されていた。
私の経験上これは家具コーディネーターを呼んで作り上げた、ビジネスに最適な社長室だと思った。
開放的なのに身が引き締まるような社長室の奥。
大きな机に座っている人物がいた。
昭義さんがその人に向かってさっと手をあげた。
「薫。約束通り優秀な秘書を連れてきましたよ。これでいつでも社長に新任しても問題ないでしょう」
今、昭義さんは薫と言ってなかったか。
まさか、まさかと思うと薫と呼ばれた人物は静かに立ち上がって、こちらを見た。
心臓がドクンと脈打つ。
その顔は、あの黄瀬薫君の面影があったからだ。
コツコツと革靴を響かせてこちらに近づくほどに、昔の記憶が鮮やかに蘇る。
高校時代の整った顔立ちは体格も成長して、幼さが抜けてより男らしく凛々しくなったと思った。
涼やかで切れ長の瞳も明るめの髪もカッコいい。
少し明るい髪色はセンターで緩やかに分けていてオシャレだ。くっきりとした目鼻立ちは男らしい色香を纏わせていた。
高身長に加え。仕立ての良いブラックのスーツが魅力を後押ししていると感じる。
その姿を見て直感で間違いない。高校時代の苦い初恋をした、あの黄瀬君だと思った。
こんなところで再会するなんて!
ごくりと喉を鳴らして、成長した黄瀬君を見つめてしまう。
緊張とは違う心臓の高鳴りに、眩暈のような揺らぎさえ感じると黄瀬君が昭義さんの前で止まり。ゆっくりと喋った。
「お祖父様。前々から言ってますが女性秘書は不要です。せめて男性秘書にして下さい」
「何を言うのですか。キセイ堂は化粧品会社。女性があってこそです。その社長秘書は女性の方が、生の声を拾い上げれることが出来ると何度も言いましたよ」
「しかし、私はあまり女性が苦手だと……いや、この言い方には語弊がありますけど……」
「薫はやや女性が苦手な面がある。これから社長になるのに、それは克服して貰わないと行けません。私が今日連れてきた人物は私の信頼も厚い真面目な人。きっと、薫の力になるでしょう。ねぇ、紗凪さん?」
女性が苦手。どうしてだろうかと思ったけど昭義さんが私の名前を呼び。
黄瀬君が後ろにいる私に視線を送ってきたので、背筋をピンと伸ばして。今はとにかく挨拶をしようと思った。
「初めまして。私、青樹紗凪と申します。本日はお忙しいところ貴重なお時間を頂戴いたしまして、ありがとうございます」
黄瀬君は少し私に近づいた。
緊張したけど、しっかりと大きな声が出せた。
黄瀬君は私の挨拶を受けて「青樹……紗凪?」と、不思議そうに呟いた。
「ほら。薫。こちは青樹紗凪さん。素敵な人でしょう? 私が通うジムでお世話になっていてね。まずは薫も挨拶をしなさい」
「…………」
黄瀬君はじっと私を見つめる。
昔と今の私の姿は当たり前だが違う。今は随分と余計な脂肪を落とした。髪だって伸びた。
だから私がかつての同級生だと、わからなくても当たり前。
むしろ、この状況なら忘れていて欲しいと思った。
無言の黄瀬君に昭義さんが「薫?」と名前を呼び、黄瀬君はハッとした。
「あ、すみません。失礼しました。挨拶が遅れて申し訳ありません。私はお祖父様から、次期社長を任命された──黄瀬薫と言います」
やっぱり。黄瀬君だ。
口から驚きの言葉を発する前に、笑顔を貼り付けた。
こんな場面でお互い、過去を詮索する訳にもいかない。
私達は大人になったのだ。そして私は面接で来ている。
ビジネスライクに行こうと気合を入れる。
「ご丁寧にありがとうございます。それに社長就任、気は早いですが誠におめでとうございます。その際に何かお力になれたらと思い、本日は来た次第です」
昭義さんがうんうんと頷き。戸惑いの黄瀬君……いや。黄瀬さんに事の経緯を説明しだした。
その間、私の頭の中はぎゅんぎゅんと回転していた。
この人が黄瀬薫なのは間違いないだろう。
苦い思いをした事実は消せない。しかし、私は別に恨んではない。まぁ、男女の縁がなかったのだろう。それに過去は過去のことであって、今の私達には関係ない。
そして何よりも。かの『キセイ堂』の秘書なんて今の私の年齢やキャリアじゃ、そうそうなれない。
これは私のスキルアップのため。赤井社長の元では全う出来なかった、秘書の仕事をちゃんとしたいと言う意欲が湧いてきた。
昭義さんが私を信頼してくれているということもあって、ぜひここで働いてみたいと思ったのだ。
しかし黄瀬さんはどうなんだろうか。その心情は今も昭義さんと会話をしていてもクールな表情に包まれ、読み取れなかった。
黄瀬さんはどんな判断をするのだろうかと思うと、黄瀬さんは何やら天を仰いだあと。
私に向かってふっと笑い、私の前に手を差し出した。
「事情はよくわかりました。是非、よろしくお願いします」
「……!」
私を秘書として認めてくれた!?
今は単純に再就職が出来たのではと嬉しくなり「ありがとうございます」と差し出された手を軽く握った。
そして互いに見つめ合い。ゆっくりと離れる手。
離れていく行く手を見つめ。高校時代、振り払った手が結ばれた──なんて少々。ノスタルジーな思いになりながらも口は、ハキハキと仕事のことを喋った。
「これから精一杯、頑張ります! そうだ私に質問があればお答えしたいと思います。お忙しいようでしたら、記入済みの履歴書は持参して参りました。もしくはオンラインにて、PDFでもすぐに送れる準備もしておりますが」
私の言葉に反応したのは昭義さんだった。
「いやはや。紗凪さんの手際の良さはさすがですが、薫がすぐに返事をするとは思いませんでした。実はね紗凪さん。薫は少し堅物的なところがあってね。女性秘書に難色を示していたんです。でも、こんなにあっさりと決めてくれるなんて。実に良かった。やはり私の目に間違いはない」
うんうんと嬉しそうに頷く昭義さん。
それに黄瀬君、いや……もう黄瀬社長とお呼びしなくてはならない。
その黄瀬社長が「ここまで来てくれた青樹さんに申し訳ないと思ったからです。何よりも彼女は優秀そうだし」と弁解していたが昭義さんに向けるその表情は柔らかい。
私の目にはやんちゃなおじいちゃんに振り回される、孫と言った関係にみえた。
それにしても黄瀬社長の『女嫌い』『堅物』と言うのは、どうしたんだろうと思ったが──これは社長のプライベート。
特に恋愛関係には足を突っ込むべきではない。
今はそれよりも再就職が叶い。人知れずほっとしていると昭義さんが「そうだ」と言った。
「紗凪さん。薫。二人のお祝いとして、このあと一緒に食事をしましょう。その席で今後のことも話していくのはどうでしょう」
その提案に私と黄瀬社長は一瞬だけ視線が合い。また、パッと離れてもちろんと頷く。
そして昭義さんが「紗凪さん。これからも私とジム友でお願いしますよ」と言ってくれて、私はもちろんですと微笑むのだった。
あれから何度も住所を調べてみたが、市内のビジネスパークその一角。
ビジネスタワマンに居を構える『キセイ堂』本社の住所に違いなかった。
ひょっとしたら、そのビジネスタワマン関係の秘書かも知れないと『キセイ堂』含めて、関係会社は調べた。
一応履歴書も書いたし、服装は秘書を彷彿させるネイビーのパンツスタイルで決めてきた。ビジネスカジュアルで急遽面接があっても、先方には失礼にはならないだろう。
そうやって準備万端で挑んで、待ち合わせ時間より。少し早めに指定されたビジネスタワマンに到着したのだ。
「さすが市内でも屈指のビルね。凄く広くて綺麗」
高い天井を見上げる。
行き交う人々もなんだか、全員エリートに見えた。
なんたってキセイ堂のメインターゲットはズバリ裕福層。私の中では上品なマダムが使う化粧品というイメージ。
だから会社の人達も落ち着いて見えた。
全てがキセイ堂の関係者ではないと思いつつ、このビルの品格に相応しいビジネスマンが多いのは事実だろう。
少しばかり緊張しながら、昭義さんと待ち合わせの場所。
磨かれ抜いたエントラスホールの端にある、ソファが置いてあるレスト広場に身を寄せ。ソファに腰を降ろしたが──。
実は真偽を疑いたくなることがあった。
それは『キセイ堂』の経営者の名前。
現在の社長は『黄瀬昭義』氏と、会社案内や広報に身知った名前があったのだ。直系のご子息夫婦は関連会社の上役に名前を連ねている。
それを見つけたとき変な汗をかいてしまった。
私はジム友の『昭義』さんの苗字を知らなかった。
「黄瀬昭義って。昭義さんと同姓同名なだけよね? それに黄瀬って言えば……」
私の中では高校時代。どうしてもあの黄瀬薫君を思い出してしまう。
「それも偶然よね。たまたま。別にまだキセイ堂の秘書と決まったわけじゃないしね」
ふるりと首を横に振って雑念を追い払った。
余計なことは考えずに今日は精一杯頑張ろうと、ビジネバックの取手を強く握ったとき。
「紗凪さんかな? お待たせして申し訳ない」
後ろから声がしてばっと、立ち上がって振り向くと。そこには深い緑の着物を着た粋な老紳士。昭義さんがいた。
「あ、昭義さん」
「おぉ、いつもジムで見てる姿と違って、これは『カッコいい秘書』さんスタイルだ。今日は来てくれてありがとう」
ジムと変わらない様子の昭義さんに緊張が和らぐ。
「とんでもない。昭義さんこそ素敵な和服ですね。今日はお仕事の紹介ありがとうございます。ご期待に添えるように頑張りますね」
「いやいや、私は既に紗凪さんが秘書になって働いて欲しいと思っています。あとはアレが頷くだけですから」
アレとはニュアンス的に私の上司。社長になる人のことだろうかと思った。
昭義さんの口振りから、その人物はあまり秘書を歓迎してないの雰囲気なのかと感じた。
昭義さんが何も心配ないと、柔らかく笑い。
「失礼。ここで話し込むことじゃないですね。早速、仕事場の紹介と社長に合わせることにしましょう。着いて来て下さい」
昭義さんはそういうと、さっと歩き出した。私は
「はい。よろしくお願いします」と後を着いて行くのだった。
エレベーターを乗り。
降りたフロアは最上階近く。ここはビジネスフロアとかではなくて、フロントカウンターを構え、受付スタッフや警備員が立っているのを見て。
内装がホテルのフロントを彷彿させる、重厚な作りからビップフロアだと思った。
そして──そのフロアカウンターに『キセイ堂』と言う会社名と黄色のロゴを見つけて、あっと声を出してしまうと昭義さんは照れ臭そうに笑った。
「すみません。ここまで来たらバレバレですが。紗凪さんにお願いしたいのはキセイ堂の社長秘書です。とは言っても私の秘書ではなく。もう時期新任する私の孫の秘書なんですけどね。あまり緊張なさらないようにと黙っていたのです」
あぁ、やっぱり昭義さんはキセイ堂、現社長の黄瀬昭義氏だ!
そう思うと心臓がバクバクしてきた。
今まで変な粗相は無かったかと、あわあわしてしまいそうになる。
「で、出来るだけ緊張せずに頑張りますっ……!」
言葉を絞り出すと昭義さんは微笑んでくれた。
そのまま警備員に軽く会釈をして、フロントカウンターの人にも呼び止められることなく。フロアの奥、社長室へと進む。
昭義さんは華美な装飾はないが洗練された扉をまるで、家の扉を開けるように慣れた手付きで開けるのだった。
扉を開けたその先、パッと視界に飛び込んで来たのは大きな窓ガラス。
美しい窓ガラスからは都会の景色を一望できた。まるでプライベート空中庭園みたい。
なのに黒で統一された床や壁。観葉植物。アートモダンな絵画。オフィス家具によって各式高い空間が演出されていた。
私の経験上これは家具コーディネーターを呼んで作り上げた、ビジネスに最適な社長室だと思った。
開放的なのに身が引き締まるような社長室の奥。
大きな机に座っている人物がいた。
昭義さんがその人に向かってさっと手をあげた。
「薫。約束通り優秀な秘書を連れてきましたよ。これでいつでも社長に新任しても問題ないでしょう」
今、昭義さんは薫と言ってなかったか。
まさか、まさかと思うと薫と呼ばれた人物は静かに立ち上がって、こちらを見た。
心臓がドクンと脈打つ。
その顔は、あの黄瀬薫君の面影があったからだ。
コツコツと革靴を響かせてこちらに近づくほどに、昔の記憶が鮮やかに蘇る。
高校時代の整った顔立ちは体格も成長して、幼さが抜けてより男らしく凛々しくなったと思った。
涼やかで切れ長の瞳も明るめの髪もカッコいい。
少し明るい髪色はセンターで緩やかに分けていてオシャレだ。くっきりとした目鼻立ちは男らしい色香を纏わせていた。
高身長に加え。仕立ての良いブラックのスーツが魅力を後押ししていると感じる。
その姿を見て直感で間違いない。高校時代の苦い初恋をした、あの黄瀬君だと思った。
こんなところで再会するなんて!
ごくりと喉を鳴らして、成長した黄瀬君を見つめてしまう。
緊張とは違う心臓の高鳴りに、眩暈のような揺らぎさえ感じると黄瀬君が昭義さんの前で止まり。ゆっくりと喋った。
「お祖父様。前々から言ってますが女性秘書は不要です。せめて男性秘書にして下さい」
「何を言うのですか。キセイ堂は化粧品会社。女性があってこそです。その社長秘書は女性の方が、生の声を拾い上げれることが出来ると何度も言いましたよ」
「しかし、私はあまり女性が苦手だと……いや、この言い方には語弊がありますけど……」
「薫はやや女性が苦手な面がある。これから社長になるのに、それは克服して貰わないと行けません。私が今日連れてきた人物は私の信頼も厚い真面目な人。きっと、薫の力になるでしょう。ねぇ、紗凪さん?」
女性が苦手。どうしてだろうかと思ったけど昭義さんが私の名前を呼び。
黄瀬君が後ろにいる私に視線を送ってきたので、背筋をピンと伸ばして。今はとにかく挨拶をしようと思った。
「初めまして。私、青樹紗凪と申します。本日はお忙しいところ貴重なお時間を頂戴いたしまして、ありがとうございます」
黄瀬君は少し私に近づいた。
緊張したけど、しっかりと大きな声が出せた。
黄瀬君は私の挨拶を受けて「青樹……紗凪?」と、不思議そうに呟いた。
「ほら。薫。こちは青樹紗凪さん。素敵な人でしょう? 私が通うジムでお世話になっていてね。まずは薫も挨拶をしなさい」
「…………」
黄瀬君はじっと私を見つめる。
昔と今の私の姿は当たり前だが違う。今は随分と余計な脂肪を落とした。髪だって伸びた。
だから私がかつての同級生だと、わからなくても当たり前。
むしろ、この状況なら忘れていて欲しいと思った。
無言の黄瀬君に昭義さんが「薫?」と名前を呼び、黄瀬君はハッとした。
「あ、すみません。失礼しました。挨拶が遅れて申し訳ありません。私はお祖父様から、次期社長を任命された──黄瀬薫と言います」
やっぱり。黄瀬君だ。
口から驚きの言葉を発する前に、笑顔を貼り付けた。
こんな場面でお互い、過去を詮索する訳にもいかない。
私達は大人になったのだ。そして私は面接で来ている。
ビジネスライクに行こうと気合を入れる。
「ご丁寧にありがとうございます。それに社長就任、気は早いですが誠におめでとうございます。その際に何かお力になれたらと思い、本日は来た次第です」
昭義さんがうんうんと頷き。戸惑いの黄瀬君……いや。黄瀬さんに事の経緯を説明しだした。
その間、私の頭の中はぎゅんぎゅんと回転していた。
この人が黄瀬薫なのは間違いないだろう。
苦い思いをした事実は消せない。しかし、私は別に恨んではない。まぁ、男女の縁がなかったのだろう。それに過去は過去のことであって、今の私達には関係ない。
そして何よりも。かの『キセイ堂』の秘書なんて今の私の年齢やキャリアじゃ、そうそうなれない。
これは私のスキルアップのため。赤井社長の元では全う出来なかった、秘書の仕事をちゃんとしたいと言う意欲が湧いてきた。
昭義さんが私を信頼してくれているということもあって、ぜひここで働いてみたいと思ったのだ。
しかし黄瀬さんはどうなんだろうか。その心情は今も昭義さんと会話をしていてもクールな表情に包まれ、読み取れなかった。
黄瀬さんはどんな判断をするのだろうかと思うと、黄瀬さんは何やら天を仰いだあと。
私に向かってふっと笑い、私の前に手を差し出した。
「事情はよくわかりました。是非、よろしくお願いします」
「……!」
私を秘書として認めてくれた!?
今は単純に再就職が出来たのではと嬉しくなり「ありがとうございます」と差し出された手を軽く握った。
そして互いに見つめ合い。ゆっくりと離れる手。
離れていく行く手を見つめ。高校時代、振り払った手が結ばれた──なんて少々。ノスタルジーな思いになりながらも口は、ハキハキと仕事のことを喋った。
「これから精一杯、頑張ります! そうだ私に質問があればお答えしたいと思います。お忙しいようでしたら、記入済みの履歴書は持参して参りました。もしくはオンラインにて、PDFでもすぐに送れる準備もしておりますが」
私の言葉に反応したのは昭義さんだった。
「いやはや。紗凪さんの手際の良さはさすがですが、薫がすぐに返事をするとは思いませんでした。実はね紗凪さん。薫は少し堅物的なところがあってね。女性秘書に難色を示していたんです。でも、こんなにあっさりと決めてくれるなんて。実に良かった。やはり私の目に間違いはない」
うんうんと嬉しそうに頷く昭義さん。
それに黄瀬君、いや……もう黄瀬社長とお呼びしなくてはならない。
その黄瀬社長が「ここまで来てくれた青樹さんに申し訳ないと思ったからです。何よりも彼女は優秀そうだし」と弁解していたが昭義さんに向けるその表情は柔らかい。
私の目にはやんちゃなおじいちゃんに振り回される、孫と言った関係にみえた。
それにしても黄瀬社長の『女嫌い』『堅物』と言うのは、どうしたんだろうと思ったが──これは社長のプライベート。
特に恋愛関係には足を突っ込むべきではない。
今はそれよりも再就職が叶い。人知れずほっとしていると昭義さんが「そうだ」と言った。
「紗凪さん。薫。二人のお祝いとして、このあと一緒に食事をしましょう。その席で今後のことも話していくのはどうでしょう」
その提案に私と黄瀬社長は一瞬だけ視線が合い。また、パッと離れてもちろんと頷く。
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