再会した御曹司は 最愛の秘書を独占溺愛する

猫とろ

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秘書、それはいけません!

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今日は他県への出張。
私と黄瀬社長は朝早くから新幹線のホームに居た。

本日の出張の目的は山裾に染織の工房を構える『清美染織工房』の社長への挨拶と、その工房の見学だった。

今日の服装は出張と見学も兼ねているので動きやすくて、汚れが目立たない上下ブラックのパンツスタイルとローヒールで準備も万端。

工房自体は小規模だが新進気鋭の若手染織作家からベテランの職人も抱え、デザインに定評があり。デパートの催事の出展も活動的で勢いがあった。
そして来年、キセイ堂とコラボが決まったのだった。
木花染めのカラーのパレット。染織を使ったポーチなどが予定されていて、和のテイストで今からコラボが楽しみである。

本当はweb会議での挨拶や、企画部の役職の挨拶でも十分なのだが、黄瀬社長は出来るだけ現場を見たい言う希望があった。
そうして本日スケジュールを組み、都会から離れて工房に向かおうとしていた。
私の手には本日ご挨拶する社長への手土産とビジネバッグ。

新幹線に乗るのは久しぶりだと思いながら、掲示板をみればもうすぐで新幹線到着の時間だった。

平日と言うこともあり、乗り場は空いている。

「社長。本当にグリーン車じゃなくて良かったのですか。平日でこの時間、自由席が混み合うこともないとは思いますが」

「どうせ移動中は寝るから問題ない。それに付き合わせて悪いとは思うが、青樹さんも好きにしてくれて構わないから」

多分、これも小さなコストカット対策なのだろう。有言実行のスタイルにまた好感度があがる。微笑みたくなるのを堪えて、今は仕事中なので分かりましたと、返事をするのみ。

そしてスケジュール確認をする。

「移動時間は二時間程です。清美駅で新幹線を降りてローカル線に乗り換え。降りた駅すぐに『清美染織工房』があります。そこの社長と会食後、工房の見学。実際に染織体験も予定。帰りはまたここに戻って来て解散となります」

「まるで課外研修みたいで楽しそうな一日だな。こう言う仕事ばっかりだったらいいのに」

「それは困ります」

くすっとお互いに笑い合う。こういったやり取りも板に付いて来たのではと思う。

するとホームに新幹線到着のアナウンスが響き渡り、風と共に新幹線の白い車体がホームに滑り込んで来るのだった。
新幹線に乗り込み。三列シートの窓側へと社長は腰を下ろした。私も荷物を上のラックに預けて隣に座る。

乗車中。黄瀬社長は何をするのかのと思えば。
スマホを取り出して画面を素早くタップし始めた。ニュースでも見ているのかと、つい視線を向けてしまうと黄瀬社長はちらっと私を見た。

そして少しだけ気恥ずかしそうに、私にスマホの画面を見せて来た。

「その、やましいものは見ていない。ちょっとエサをやりたかっただけだ」

「エサ?」

すっとスマホに体を寄せて、画面を覗き込めば水に揺蕩うクラゲがいた。

「エサをやると、画面に来てくれるんだ。レアキャラでイルカとかも現れたりして。それだけなんだけども、ゆらゆらしている感じが癒される」

イケメン社長がクラゲアプリで照れ臭そうにしている。
──可愛すぎでは。

「それ。女子社員の前で見せちゃダメですよ」

「あぁ、威厳がないのは分かっている」

「いえ。女子社員がクラゲアプリにハマってしまいます。変なブームを起こし兼ねません」

きょとんとする黄瀬社長だったが「分かった。こっそりとりする」と言ってスマホを上着に入れた。

この人は時たま、こう言うことをする人だった。新たな一面にまた好感度が上がってしまい。
今度は私が笑みを隠しきれず、下を向いて微笑んでしまうのだった。

新幹線に乗ること二時間程。私も少し仮眠したり、今から会う先方の会社のことを確認していたりすると、新幹線は時刻ぴったりに目的の駅に到着した。

黄瀬社長もタイミングよく目覚め、慌てることなく新幹線を下車した。
そこからローカル線に乗り換え十五分ほど。出張は至って順調。早くも帰りも問題なく無事に終われるだろうと、今日の仕事の手応えを感じながら。目的の駅を降りて徒歩で工房へと向かった。

降車した駅は有人駅ではあったが規模は小さく。田舎とまでは言わないが、正直に言えば過疎化が進む山に囲まれた小さな町、と言った印象だった。

その駅から歩いて十分ほど。清美染職工房は緑眩しい山すそにあった。まるでペンションみたいな建物。木の看板にはレトロな良い雰囲気がある。

この目の前のペンションみたいな建物が、工房で出来た商品を購入できる場所。
その隣にある小さな工場が染色工房。そこで染色体験を出来たりする。

と言うのはwebで見たと通り──だったけど。目の前の建物からは人の気配はなく。
木の看板の前に『本日休館日』と言うプレートが掲げられていた。

「休館日……?」

それを目にした黄瀬社長が不思議そうに呟いた。

「多分、今日は黄瀬社長が訪問されるからお休みになっているのでは?」

休館日と言うプレートに戸惑いながら、こう言うこともあるのかなと思った。

「いつも通りの作業風景を見たいと希望していて、それで話が進んだはずだが」

黄瀬社長はふむと小首をかしげる。

「何か行き違いがあったかもしれませんね。とりあえず、工房の方に向かいましょう」

「そうだな」

ここまで順調だったのに、横槍を入れられた気持ちになった。しかし、山合いからの爽やかな風や視界のキラキラした緑が不安な気持ちを攫ってくれる。

気を取り直して、工房へと向かうが。

アルミサッシの引き戸の扉を叩こうが、ブザーを鳴らそうが中からの反応はなし。
窓はカーテンが閉じており、中の様子を伺うことは出来なかったが明かりがついてる様子はなく。

人の気配もなく、道具を動かす稼働音も聞こえない。
ただ山合いから風に乗ってさわさわと、木々を揺らす音が私と黄瀬社長の間を通り抜けるだけ。

「これは本当に休みと言うことかな。もしかして待ち合わせの場所はここではなかった?」

「か、確認しますっ」

「俺も先方に確認してみる」

黄瀬社長に言われて、スマホとスケジュール帳を取り出し、今日の予定を確認する。
さらに秘書室に連絡を入れて、先輩達と共有しているパソコンのファイルブックの管理表も見て貰い。確認すること、十分程。

背中に冷たい汗が流れた。


じわりと嫌な汗に固まってしまうが、意を決して黄瀬社長に向き直る。

黄瀬社長は微かに、眉根を寄せた硬い表情をしながら口を開いた。

「今、先方の事務所に連絡したが、今日は休みだと留守電話が流れるだけだった。その様子からだと、あまり良くないことが起こったのか?」

その通りだった。
ごくっと生唾を飲み込み。素早く頭をさげた。

「申し訳ありませんっ。スケジュールミスです。本来の訪問日は来月でした……!」

「来月?」

「私の確認不足です。今日、何もアポがないのに来てしまいました」

言いながら深く頭を下げる。自分のミスに心臓がギュッとなった。
スケジュール帳や秘書室に確認して分かった。私が一番最初にメモを取った、メモ帳の暦のページが一枚、ずれていたのだ。そして確認を怠り。今日と言う日を迎えてしまった。

直前の来訪を先方へと確認するメールには『近日にお伺いします』と言う一文のみで、日時の確認をしていなかった。

なんて単純なケアレスミス。
それでもミスには違いない。今日一日、ここに来るために他の予定を調整したのに。いや、反省の前に他のスケジュールを確認しなくては。

ううん、反省もだいじ。ちゃんと自分のミスを受け止めるべきだと頭がグルグルしてきた。

自分のミスがあまりにも情け無く。頭を上げることが出来ないでいると、チリンチリンとベルを鳴らす音がした。

私がハッとする前に、さっと黄瀬社長が私の腕を掴んで内側へと引き寄せた。
すぐに自転車が私達の横を過ぎ去る。

「スケジュールミスで今日の予定が無いのは分かった。先方が休みで良かったとしよう。これ以上ここにいても仕方ない。取り敢えず駅に戻ろう」

「……わかりました」

黄瀬社長の表情に怒りや苛立ちは見られなかった。冷静に次の行動へと移す様子が、私のミスを浮き彫りになるようで心苦しくて仕方ない。

もっと謝りたいけど、今みたいに往路の邪魔になってしまう。渡せないお土産の袋がずしりと重く感じながら、来た道を無言で戻るのだった。

戻った駅にはカフェなどもなく。ましてやワークスペースなどもない。
近くにこぢんまりとしたカラオケがあり。そこで急遽、今後のスケジュール確認をすることになった。

カラオケルームは小さいながらも、防音は問題無さそうで第三者に会話を聞かれるようなことはなさそうだ。
そこだけはホッとしていると、黄瀬社長がフリードリンクのアイスコーヒー二つを持って来て下さり、向かいのソファに腰を掛けた。
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