訳アリ部長は新人社員を食べ尽くしたい

猫とろ

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八滴目〜②〜

「あの林と言う男が咲帆に触れていて、実に不快だった。あれがきっかけだ。長らくヒトを遠ざけていたが咲帆は違ったしな……俺もまだまだ、だな」

先輩の髪が悩まし気にはらりと顔にかかる。
その真剣な態度に嘘を言ってる様子はなくて、急な告白に胸が過去一、うるさいほど高鳴った。

「う、あ、あの先輩っ」

「あぁ。わかっている。吸血鬼がヒトに恋をするのは不毛だ。忘れてくれ」

「え……わすれる?」

不穏な言葉に体が強張る。

「そうだ。俺の気持ちに応えなくていい。今からこのことは咲帆の記憶から消す。咲帆の気持ちもわかったから、これでわだかまりは解消されて、いつも通りの関係になるだろう」

「そんなの消しちゃダメっ!」

ぐいっと先輩から離れて、慌てて距離を取る。

「何故。まさか咲帆も俺のことを……」

「!!」

「だったら、尚更だ。俺のことは忘れた方がいい。その見返りとして、ナハトに居るあいだは咲帆を見守る。変な男が近づかないようにしよう」

「ナハトで先輩が一番変わった人ですよ! じゃなくて、なんで記憶を消すとか言うんですか!? そんなのおかしくないですかっ」

私たち両思いじゃないですか!
私だって先輩にそんなふうに想われていたのならば、その気持ちに応えたいです!

そんな風に、強く言いたかったけど。
今それを言ってしまえば本当に、有無を言わさず記憶を消されてしまう気配がしたので黙った。

真剣にこの気持ちが伝われと納谷先輩を見つめる。自然とシーツを握り締める手にもきゅっと力が入った。

「咲帆。前にも言っただろう。吸血鬼とヒトは違う。そしてヒトは老いる。どうやってもヒトが先に死ぬ。それが自然の摂理だが、そばに老いもせず。死から遠い存在が居たらヒトは心に変調を来たすだろう?」

「それは……」

「誰しも愛した者が心を乱れる様子など見たくない。ならば穏やかに人生を送ってほしいと思うのが普通ではないのか? なぁ咲帆?」

「──だったら、それを二人で乗り越える方法を見つけるとか、いろんな方法があるはずです!」

「そんな方法があったら、俺の種族はもっと繁栄していただろう」

ふっと寂しく微笑されたのが論より証拠だと思った。そして先輩の手が私に伸びてくるので、この手が今から記憶を消すと思った。

抵抗なんかしても、体格差で火を見るよりあきらか。
どんな言葉も今の問答で、私如きが覆せるものがないと肌で感じた。
私のことを想ってのことだろうと、それも理解できる。

──それでも記憶を消されるのは嫌だ!

そう思った瞬間。
先輩の手が伸び切る前に口が勝手に喋った。

「先輩! ギブアンドテイクの追加条件いいですかっ!」

先輩の手が私の目の前でピタリと止まったので、その隙に喋る。
広い部屋に私の声が響く。

「私が企画コンペで優勝したら記憶はこのままにしてくださいっ。絶対に消さないで。それから、えーと、そう。私達二人で。私達が幸せだと思えることを一緒に探していきましょう!」

「咲帆……俺は吸血鬼だ。それを理解しているのか?」

「この世には色んな人達がいます。理解出来ずにケンカする人たちもいる。けど私達はこうしてちゃんと向き合えているじゃないですか。だから大丈夫。過去の人達が出来なかったことは、私達で成功させましょう。時代は進んでいるから、きっとなんとかなりますよ」

だから、記憶を消さないでと目の前に差し出された手を自ら掴みに行った。
すると先輩は天をゆっくりと仰いだ。

「Sie ist wie die Göttin meines Schicksals(まるで俺の運命の女神だな)」

「今、なんて言ったんですか」

「いや。なんでもない……わかったと言っただけだ」

「じゃあ!」

「追加条件を呑もう」

ふわりと優しく微笑む先輩。
あぁ、私はこの人のいろんな顔がもっと知りたいと思った。いつか過去のことも全部受け止めてあげたいと思った。

「だったら早速ですね。私のスケッチブック見てくださいっ、あ、そうだ。頑張って企画書の雛形まで作ったんです。それもチェックをお願いします」

いそいそと私の荷物があると言う机に向かおうとしたら、先輩にきゅっとまた抱きしめられてしまった。

「わ、あのっ。先輩?」

暖かい先輩の体温が心地よい。このままこうしていたくなる。

「見たいけど、見たくない。優勝されたら記憶が消せなくなる」

「そ、そんなこと言ったら、血だってあげませんよ!?」

「……最初から記憶の改竄をするべきか……」

「ぼそっと怖いことを言わないで下さいっ」

冗談だと笑う先輩。そして手をゆっくりと離してくれた。
内心、案外本音だったりするんじゃないかと思ったけど、そのあとキッチリとスケッチブックや企画書の雛形を見てもらって、しっかりとアドバイスを貰った。

先輩の態度に変わりはない。
きっと長く生きてきたのだろう。だから表情に出にくい。ぶっきらぼうと勘違いされてしまうのだろう。
それは仕方ないことかも知れないが、せめて私だけでも理解してあげたいと思った。

そんな気持ちを隠しつつ。
スケッチブックを凄く褒めて貰いながら。必死に先輩のアドバイスに耳を傾ける。

先輩はいつも同じように淡々と「これをメインに活かすように」「ターゲットを幅広くより、同年代とかに絞る方がいいのでは」と具体的な助言をたくさんくれた。

そうやって話をして、そのままルームサービスで一緒に食事をして。他愛のない話をたくさんして。

──最後は家にちゃんと送り届けてくれた。

なんでも流石に今日一緒に夜を過ごすのは、自制心を抑える自信はないとハッキリと言われた。

それが嬉しくも恥ずかしかったり。ちょっと残念だったりしたけども。

先輩と車での別れ際。
記憶は絶対に消させない。
私は絶対に企画書で優勝すると宣言した。

そう言うと先輩は困ったように笑っていた。きっと気持ち的には複雑なんだろう。
優しいからこそ記憶を消すという選択肢を選んだ。私のことを想ってくれているからこそ、私の追加の条件に乗ってくれた。

それこそどちらも深い愛だと私は思った。

私はその想いに応えたい。コンペで優勝したら今度は私が先輩にちゃんと告白しようと思った。

だから今はしっかり悔いを残さずに頑張ろう。

全力を出すんだと家に帰ってから、明日こそ本屋に行くぞと。寝る直前ギリギリまで、資料のピックアップ探しに熱を入れるのだった。
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