帝都・狐の嫁入り物語〜嫁いだ先は前世の私を殺した天敵〜

猫とろ

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出会い

〜フジコマチ〜

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雪華家の台所は綺麗で広い。
かちゃりとお皿を洗いながら、つらつらとそんなことを考える。

庭の井戸から水を汲まなくとも、蛇口を捻ると水が出る。今日は暖かいので、指先を滑る冷たい水は気持ちいい。
水場の横には最新式のガス七輪まで設置されている。コックを捻ると七輪から火が出るのだ。

私の炎とは違って調節が出来て、とっても便利。
 
電気も通っているけど、連なるガラス窓から自然の光が燦々と降り注ぎ。電気をつけなくとも、ここの台所はとても明るい。

しかし、そのガラスに映る私は黒い。

部屋の中でもこうして一年中、黒い頭巾を被り。地味な古着の着物を身につけている。
蔵の中に閉じ込められた十年前と、さほど変わらない。金色の髪も瞳も変わらない。ただ十七歳になり身長が伸びただけ。

それでも私はこの台所に立ち。この空間が料理の良い香りで満たされるのが好きだった。
私がいつもいる蔵はかび臭くて、天井からの小さな窓からしか光はなく。蝋燭の灯りだけが頼りで、いつも薄暗い。だからこの明るい場所はホッとするのだ。

それでも今日は早く蔵に戻らないと行けない。
使用人の皆様はとっくの昔に、出来上がった数々の料理を広間へと運んでいた。

「朝からお料理をたくさん作って、お腹減っちゃた」

かちゃっと、最後の皿の一枚を洗い終え、山積みの食器の向こう側。
ちらりと視界の端にあるお膳を見る。
そこには竹皮に包まれた、おにぎりとおすまし。菜葉、お漬物、焼き魚の切れ端。煮崩れした煮物。今日の料理の残り物達のおかげで、いつもより豪勢な食事があった。
それに、ばあやがこっそりと私にお裾分けしてくれた、酒蒸しの白いお饅頭もある。

広間では姉や皆はもっといいものを食べているんだろうと、思ったけど『忌み子』の私のには……
前世がアレな私にはこうして、食事と住む場所。

最低限の教育をして貰っただけ、充分ありがたいことだと思うしかない。

「私の前世がバレたら、今日来ている人に祓われてしまうもの」

さぁ、早く蔵に行こうと口にした瞬間。

「環、そこで何をしているんだ!? 今日は特別な日だと知っているだろう!」

背後からお父様の叱責が飛んで来て、慌てて振り返った。

お父様は雪華家の特徴によく見られる、銀髪に灰色の瞳をしていた。着物は祝いの場に着るような上質な銀鼠色の紋付袴。

洗い物を終えたばかりの手を布巾で拭う暇もなく、黒い頭巾を被ったままの頭を下げた。

「すみません。今、洗い物の片付けをしていて終わったところです」

「だったら、早く母屋から出ていけ。蔵に籠って夕方まで大人しくしていろ。いいな、今日は円の嫁入りが決まるかも知れない、大事な日なんだ」

「はい」

「お前は絶対に出て来るんじゃないぞ。いいな。今日はあの帝都の守護大名、五家の一柱。その中でも霊力が随一と言う、杜若かきつばた鷹夜たかや様がこの雪華家に来るんだ! 名目上は円との顔合わせだが、これは結婚を見据えた見合いだ。粗相などはあってはならい」

「はい、存じております」

痛いほどに。いや本当に。
十年前のあの日以来。炎を使ってないが杜若様が来れないように。炎を使って広間だけをなんとか、火事に出来ないかと散々悩んでしまったほど。

妖を祓う一族、御年二十三才の若き当主。
杜若鷹夜様。
その実力は帝の皇宮側近護衛に、異例の速さで抜擢されるほど。

そんな人に私は出会いたくない。近くに来て欲しくない。
噂では容姿端麗。
紫紺の瞳に絹のような長い黒髪が特徴。
背筋が凍るほどの美男子らしいが、興味が全くない。
だって私の前世がバレてしまえば、即刻首を刎ねられても仕方ないからだ。

だから私も早く蔵に行きたいのは山々だけども、家事が残っていたらあとで怒られる。
そのせいで食事を貰えない、というのは回避したかったのだ。

下を向いていても、お父様の突き刺さる視線は肌で感じた。
もう一度「申し訳ありません。今からすぐに蔵に行きます」と返事をするとお父様はふんっと鼻息荒く、出て行った。
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