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日常
⑨
しおりを挟む「さらに言うと、獲物は逃げるから鷹に追いかけられる。ならば、逃げる獲物が愚かだと思わないか?」
「でも、鷹に狙われた獲物は別に鷹に狩られたい訳じゃないから、逃げても仕方ないのでは」
私の言葉に杜若様の指先が、トンッと一段と大きな音を立てた。
その音に石蕗様が「た、環様っ。そこまでにして下さいっ。見ているこちらがハラハラしますっ!」と止めに入り、私に着席を促した。
さらに宇津木様達が、その後ろでこそこそと「鷹から逃げようとしている、女性なんて初めてだな」「天然箱入り娘、恐るべし」などと、話されていたけどその意味がよく分からなかった。
その後ずーっと杜若様に手は握られたまま。
私は今から宇津木様達とこの敷地内の案内に出掛け、今後の妖や術のことなど、座学の日程を立てるように杜若様に言われた。
本来は杜若様が案内したいと思っていたけど、急用が出来たとか。
それも、どうぞ気にしないで下さいと笑顔で言うと、
杜若様は最後に「鷹は存外に執着が強い」と、言いながら微笑んでいた。
執着とかよくわからないけど。
微笑む杜若様を見て機嫌が直ったと思い、
元気よく「はい」と返事と挨拶をして宇津木様達と会議室を後にするのだった。
※※※
環と宇津木隊員達が部屋から出ていくと、ふうっと大きな深呼吸をしたのは石蕗さんだった。
「環様はなんとも不思議なかたですね。ド天然、いえ。失礼しました。その純粋さには驚くばかりです『忌み子』として、辛い立場だったと思われますが、心根が強いから理不尽な目に耐えて来られたのでしょうか」
──個人的には。
治癒能力。
それが精神すらも守って来たのではと思った。
もし環が金色の炎を使い、治癒能力さえも扱うことが出来ることになれば、とんでもない能力者になるだろう。
それこそ帝お抱えの術者に召し上げられてもおかしくないほど。
今はそれには追究せず。そうですねと、石蕗さんに頷く。
「それにカフェで働きたいなんて。本当に働いたら、山ほど言い寄られて。どこぞの馬の骨にあっという間に口説き落とされることでしょう。まぁ、杜若様の目が黒いうちは、そんなことは絶対にならないとは思いますが」
石蕗さんが珍しく舌が滑らかになっているので、俺も雑談を楽しむ心で「そうですか」と軽く呟いて、その先の言葉も耳を傾ける。
「杜若様がそのように女性に執着と、いいますか。積極的になるのは珍しいですね」
やはりと思っていたことを言われて、苦笑しながら背もたれに背を深く預ける。
「今までは人のことを種馬か何かと思っているような、令嬢達ばかりに会って来ましたから。環はそう言った女性達と違う。それに……」
「それに?」
「環にも言いましたが、自分で選んだ妻です。どんなことがあっても、最後まで添い遂げる覚悟ぐらいある」
「なるほど。ようはとても好みなんですね」
「……」
いや、否定はしないがもっと他の言い方があるのではと思った。
「さてと、宇津木達に任しておけば環様の身の安全は問題ないでしょう。あの二人はあれでも手練れです。今から帝都に──土蜘蛛が現れても、きっと環様を守ってくれる。これで杜若様は何の憂いもなく力を振るえるでしょう」
いきなり真面目な話を振らないでくれと言ったところだが、苦笑しながら席を立ち上がる。
「憂いはまだあります。これから五家と土蜘蛛の対策。そのあと帝都の政府、貴族にどこまで情報を開示するか。そう言ったことも含めて多分、帝による御前会議も近日に開かれるでしょう」
「土蜘蛛に御前会議──これは忙しくなりますね。憂いだらけだ」
本当に。
だからと言って手をこまねいている性分でもない。
己の責務を全うするためにも、愛刀の柄に手を添え。次の会議へと足を踏み出すのだった。
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