帝都・狐の嫁入り物語〜嫁いだ先は前世の私を殺した天敵〜

猫とろ

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すれ違い

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「逆に言えば、土蜘蛛出現までに時間があるということ。その間に万全の準備が出来ると捉えるべきでしょう。それに、杜若様が本来の力を遺憾なく発揮すれば、土蜘蛛とて毒蟲でしかありません。帝都に出現でなければ、全くこんなことには……はぁ」

帝都に出現しなくても俺が力を振るい。
どこであろうと地形を変えたら、結局は俺が怒られるとは思ったが、俺が力を遺憾なく発揮しない方が平和なのだ。

ここはそうですねと石蕗さんに答えた。
そのまま、石蕗さんにこの後の予定は主に明日への準備、隊長各位に緊急発令をどの段階まで出す会議で間違いないかと聞くと、石蕗さんがコホンと咳払いした。

「ときに。杜若様、環様と会っていますか?」

「いや……あまり。ここで宇津木隊員が環に座学を教えているときに顔を少し見たり、報告を聞いたりして、あとは母から様子を聞くぐらいか」

会いに行きたいのは山々。
環に会ったら気が緩みそうな気もしていた。
だから仕事の切りのいいところをと探っていたら、あっという間に日にちが経っていたというのが本音だった。

「その宇津木と梅千代様からの環様の報告ですが、まずは環様は座学は優秀そのもの。一を知り、十を飛ばして百を知る勢い。このまま実技もこなせたら、半年後にはここの隊に入隊出来る勢いだと言っておりました」

「そんなにか?」

石蕗さんは深く頷き、
すちゃっと眼鏡のツルを押し上げる。

「さらに梅千代様が杜若家の奥様として環様にお茶、お花、琴などのお稽古事を進めたところ。環様は嬉々として臨まれ、結果、師事した家元達が環様を後継者として育てたい、養子縁組をしたいと梅千代様に申し出があったと聞いております」

「環にそんな才能まで?」

「環様は『前世でやったことがある』なんて、うそぶいているみたいですね。謙虚というか。無邪気と言うか」

宇津木隊員や母に安心して環を任せていた間、そんなことがあったのかと驚く。
多分、俺の多忙を知った上でそういったことはあえて俺に報告しなかったのだろうと思った。

「二週間も時間が開けば、鷹に狙われた対象はするりと逃げても文句は言えないかと」

「痛いところを突いてくる」

再び、指先で机を叩きそうなところを耐えた。

「そんなわけで今日は夜二十一時までは拘束させて頂きますが、明日の十三時まではご自由にお過ごし下さい」

環に顔を出して来いと言わないところが、石蕗さんの大人の気遣いだと思った。

「お気遣いありがとうございます。そうさせてもらいます」

瞼の裏にふわりと、あの眩しい金髪を思い出しながら指先を万年筆へと伸ばし、仕事の続きを再開するのだった。

※※※

夜になり、
本邸へと向かう最中、月明かりの下で懐中時計を見ると二十一時を回っていた。
さすがに運動場や訓練場を使う隊員は見なかったが、敷地内の建物にはポツポツと灯りが灯されていた。

それらは夜勤の交代、夜警の見回りのため。
ここは警察とさして変わらぬ、組織体系をしていた。

まだそうやって他の隊員が勤務に励んでいるなか、自分が帰宅するというのはいつも気が引ける思いがあった。

「どうにも、俺は休むというのが下手くそなのかもしれない」

夜風に世迷い事を揺らしながら、懐中時計を懐に入れた。
夜道でもガス灯の明かりが灯された舗装された道は歩きやすく、ざっと足を進める。

今日は環がいる庵に顔を出してから、自室へ戻ろうと思った。
この時間なら環は起きているだろう。
今の時間は深夜というわけでもない。
惜しむべきことは、環への土産の一つもないといったところか。
横目でちらりと花壇の花を見る。

「その辺の花壇で、花を摘むわけにもいかない」

声に出したところで、そういえば環が好きなものを知らないと思った。
食べ物は多分、前に母から聞いた油揚げの味噌だと思うが、それ以外のことは知らなかった。

「……会議で男とばかり喋っている場合じゃないな」

さわやかな夜風に髪がなびく。
昼間にでも香水や髪飾りの一つでも買っておけば良かったと思いながら、夜の敷地内を歩くのだった。

※※※

足早に着いた庵には、明かりが灯っていなかった。

「もう寝たのだろうか」

白木が美しい木製の格子戸の玄関扉を軽く叩くが中の反応はなし。
迷いながらも扉を引いてみるとカラリと開いた。
施錠はどうしたと言いたいが、ここは杜若家の敷地内。
本邸と同じく緊急で人が出入りする可能性があるから、本邸と足並みを揃えて環は施錠しなかったと思った。

「それでも、施錠しろと言うべきだな」

何かあったらどうすると思いながら、玄関へと入る。

中もやはり静まりかえっていた。
それでも月明かりが冴え渡り、夜でも充分明るい。

玄関の土間には女性物の下駄に草履。壁には竹細工の一輪挿しが備え付けられて、白壁を彩る桔梗の花が愛らしい。

静かにブーツを脱ぎ、家に上がる。
この庵は環が来るまでは、ほぼ使われてない離れだった。
雪華家に内偵調査をして、探していた環がいると分かると保護という目的でもなんでもいい。
必ず雪華家から、どんな人物であれ連れ出そうと決めていた。

そして杜若家の目が届きやすい場所にと、人が住みやすいように拵えた場所がここだった。

静かに廊下を歩き、奥の部屋の襖の前に立つ。

「環。俺だ。起きているか?」
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