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兵どもが…

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タリン。
西側地域の中でも最大の産出量を誇る彼らは、西側の連合の盟主としいてブラジュ領に侵攻すべく、集結地に向かっていた。

多少、進軍に手間取ったが、約束の日時に遅れたわけでは無い。
まあ、到着したあとも、軍事進路や作戦、部隊配置を合議で決める必要があるため、多少、進行予定日から遅れる可能性もあるが、
東のザク領に先に攻め込んでもらえれば、こちらにはブラジュ軍が来ないかもしれない。
ということは、
「遅れるくらいでちょうどいいだろうな」
「?タリン様。まだ約束の日時には十分間に合いますよ」
「いや、なんでもない。忘れてくれ」
「はい、わかりました」

―――声に出ていたか。さすがに、勝ちが確定したこの戦いにおいても、気を抜きすぎだな。いかんいかん。

「勝ちが確定している」とは、クオン老の言葉だ。
あの爺は、一癖も二癖もある食わせ物だが、言っていることは正しい。
そう思いながら、もう少しで味方が待つ谷間に到着するとなったころ、最初に感じたのは、小さな違和感だった。

ほのかに吹く西風に乗って、不愉快なにおいが流れてくるのだ。
本当にかすかなにおい。
しかし、しばらく歩いて、空が真っ黒になっているのを目撃したころには、すっかり確信に変わっていた。

戦いが起こった。
しかも、友軍が待つはずの場所で、だ。

最初は同士討ちを疑った。
理由はいくつかある。
まず、散らばる死体が、見知った西側地域出身の兵たちばかりであること。
あるイネア兵の槍には、別地域の兵隊が突き刺さっているところなんかを見ると、間違いないと思ってしまう。

そして、我らはそもそもが寄せ集めの軍勢なのだ。
何か気に食わないトラブルがエスカレートし、武器を向けあった可能性も大いにある。

また、ブラジュ領の軍勢が、ここまで多数の敵を相手に一方的に戦えるとは思えない。
もしそれができるとしたら、それは鬼か悪魔であって、少なくとも、人間をやめてしまった何かであろう。

ただし、気がかりなのもいくつかある。
まず、死体の量。
いくらなんでも、多すぎる。
それは小競り合い程度でもなく、それこそ全滅したんじゃないかというくらい、あちこちに死体が転がっていた。

また、勝者がこの地に踏みとどまっていない。
普通、同士討ちであっても勝った方がいるはずなのに、生きている人間がいないのは、いかにも不自然だ。

そして、最大の疑問。
「どの死体にも首が無いこと」だ。
まるで、最初から無いのが当然だとでも言いたいかのように、どこもかしこも首が無い。

もし同士討ちであったとしても、悠長に首を切り取るだろうか?
形式的には、さっきまで味方だった相手だ。
例えお偉いさん同士がケンカしたにせよ、兵士たちは同じ場所で飯を食った人間であり、全員が憎しみあったわけでは無い。
そのため、一部ならまだしも、全部の死体から首を獲るだなんて馬鹿げている。

普通は、わざわざこんなことを兵士に命令したりしないものだ。
普通の神経じゃない。

―――いったい何があったのか?

そんな当然の疑問をもちつつ、慎重に進むタリン勢。
さっきまでの気楽な雰囲気が、嘘のように張り詰めていた。

それに、向かう先が味方が待つ場所であり、かつ、すでに到着見込みを伝える先触れを出していただけに、斥候を放っていなかったことも運が悪かった。
タリンの2千人の兵士全員が、その光景を見てしまったのだ。

これが誰の仕業かを示す、犯人たちのメッセージを。

かつて、味方の陣所があったであろうその場所には、
先日まで味方だった兵士や指揮官、およそ2500個以上の首が山と積まれており、直ぐそばには味方の腹に収まるはずだったであろう兵糧が積んである。

これは、ブラジュ軍からのメッセージだ。

―――兵糧が欲しいなら持っていけ。
―――ただし、これ以上来るなら、お前ら全員首にするぞ。と。

情報が少ない山間の閉鎖社会だ。
2千人の兵は、ブラジュ人のことは噂でしか知らない。
それでも尾ひれがつきながらではあるが、多くの噂がタリン領にも響き渡っていた。

ブラジュ人には翼や角が生えているなども含め、荒唐無稽な噂はいくらでも飛び交っていた。

曰く、一人で5人分くらいの強さがある。
曰く、子供のころから首を獲るための訓練がされている。
曰く、ブラジュ人の庭には、常に新鮮な生首が転がっている。

―――いくらんでも、それはありえないだろう。

そんな風に笑いあえたのはもはや昔。
いまでは、それらが絶対に嘘だと言い切れる人間はいなくなった。
誰もが、ただただ、自分たちが首にされなくてよかったと感謝している。

それに、今回の戦いは、食料を確保するための戦いだった。
今、目の前にある兵糧を持って帰れば、目標は達成だ。

―――ここから欲をかいて、この首の山を作った連中と戦うのか?
―――そんなの馬鹿げている。

戦う理由が無くなれば、もはや兵も指揮官も戦意は喪失したに等しい。
ありがたく、味方の兵糧をもらって帰ろうではないか。
それに、こいつらの仇を取ってやるほどの義理もない。

こうして、タリンは最も嬉しさの湧かない「勝利」と
ブラジュ人という得体のしれない連中の「恐怖」を手土産に、道を引き返していった。
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