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第一章の裏話
追話 使用人の日記より執事カルドの日記 ①
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カルドの日記は全体的に暗く、少々残虐表現がございます。
苦手なかたは流し読みなどをして、一番最後だけ読んでいただけたらなとも思います
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本日は坊ちゃまの誕生日でした。坊ちゃまは、お健やかにご成長なされております。祝福の儀も無事に終えられ、旦那様から、改めて、留守の間を頼むと仰せつかり、詳しく話をお聞きしました。
私は、再度誓いました。必ず、坊ちゃまをお守りいたします。
それにしても、ようやく、私の日記も日記らしくなってきました。これも、坊ちゃまのおかげでしょうか。ランディのように、毎日書くことを私はしていなかったのですが、ここ五年は毎日書いております。毎年、一冊書けるようになるとは、初めて日記を書くように、旦那様から申し付けられた当時の私には、信じられないでしょうね。
そろそろ、新しい日記を作らねばなりません。そう思って、残りのページを埋めようと、日記というより、私の罪を告白しようと思う。私の死後、この日記がどすうなるかはわからないが、私の人生を、私の罪をここに記すことにする。
私は人ではなかった。
私がいた南の大陸チューネシュの地方では、獣人は、人でも家畜でもなく、兵器代わりの使い捨ての獣だったのだ。
獣人は、余程のことがない限り、スキルに優れ恵まれていた。その代わりに、魔法が使えても、才能があっても人並み程度の者がほぼ全てだった。魔力が少ない代わりに、己の肉体を武器に戦える。
父と母のスキルのおかげて今の私はあるが、親というものは私にはわからなかった。
スキルは、遺伝する。だから、優秀な雄と雌の獣人から私は産まれたと、ブリーダーのような者にいわれた。
私は母の乳を吸ったことはない。私がもし、母と思える者をあげるなら、それは一頭のヤギだ。私は、ヤギの乳を吸って、三年生きた。
産まれて三年。今ではわかる。まともではない生活で、生きていても、スキルは発現した。いや、発現させられた。
他にも私のような子供が何人かいたが、ある日、暗い部屋に一人一人閉じ込められた。最初は泣き叫んだ。だが、泣き叫んでも、誰も私を殴りに来ないことに気が付くのは早かった。私が泣き叫ぶのは、何も助けを求めていたわけではないと、今でも思う。痛みを与えるが、人に会いたかったのだろう。水も、食糧もなく、飢えて死ぬか、頭がどうにかなりそうだった。いや、どうにかなっていた。
最初に感じたのは、鼻と音だ。うまそうな匂いと、何かが動く音。
歩く力もなく、どうにか這いずって、動くそれに近付くとそれは、後ずさった。
私の頭の中には、獲物を捕らえることでいっぱいだった。喉の渇きを、飢えを満たす獲物を補食するしか、考えがなかった。
まず、発現したスキルは『気配絶ち』だった。自分でも、空気に溶け混んだと思えるあの感覚を、私は初めて使った。体力が限界で、獲物に暴れられても困る。獲物が落ち着いたのを見計らって、行動を始めた。
次々とスキルが発現し出した。
頭の中に、スキルと使い方が刷り込まれていく。
『身体強化』で体力の底上げをし、身体を動かせるようにすると『疾風』と『剛力』のスキルを併用して、獲物の首をしめ『暗殺』のスキルで仕留めた。
かじりついた獲物の血肉は、何ともいえぬ美味であった。
『夜目』のスキルが発現して、獲物を綺麗に喰らおうと獲物の姿をみて、私は獣なのだとわかった。
私の飢餓の犠牲となった獲物は、私が母と慕ったヤギであった。
私が初めて命を奪ったのは、これまで生かしてくれた者であった。
数日経ってようやく解放された外の夕焼けが、やたらと赤かった記憶が今でも鮮明に思い出せる。
同じように閉じ込められた子供達の何人かは、二度と見ることはなかった。スキルが発現しなかったのか、獣になりきれなくて、死んだのだ。
部屋から出て、まだ足りぬと補食している者もいた。誰かの母であったヤギも、獣の前には、ただの獲物であった。
最低限の教育を受けた。
「わかりました」
「仰せの通りに」
この二つのの言葉と、人を殺す方法だ。
スキルを上手く使えれば、うまいものが食える。そういわれた。生きる為に、殺した。たくさん、たくさん、殺した。
生き延びた子どもたちとも殺しあった。
私は、何も感じなかった。
雇われた国だったか、傭兵だったか。雇われ先が負けた。負けて生き残った私を含めた数人は、船で運ばれた。
どこもかしこも、戦争だらけだった。
王都で、奴隷市が開かれていたなど、今の若者は知らないだろう。あの頃は、どこもかしこも薄汚れていて、空模様も灰色だった。
クウリィエンシア皇国の人の多さに、当時の私は、何と獲物が多い土地だと思ったのだ。
人は私の獲物だった。一人殺せば腹が満たされ、もう一人殺せば、次の日も生きれる。
鎖で繋がれ、市場で他の家畜と一緒に売られた。女は早く売れた。男もすぐに戦場で使えるからと、早めに売れた。
売れ残ったは、子供と獣人だ。子供であり、獣人であった私には、誰も目もくれなかった。
女の代わりとして、戦地で子供には需要があるが、王都では需要がなかったのだろう。私は、何度もその現場を見ていた。幸いなことなのか、私には、誰も触れなかった。そういった欲すら向ける価値がなかったのだろう。
身なりの良い少年が、私の前に立って、私を指差した。
「おい、こいつは、いくらだ?」
奴隷商人は、鎖を引っ張り、私を引きずった。
「はい、若様。この者は、成りはちいせぇですが、なかなか優秀なスキルを持っています。護衛でも何でもできるように、調教もきちんとしておりますので…金貨十枚ほどでいかがでしょうか?」
「わかった。支払う」
「隷従の魔道具はご入り用でございましょうか?お安くご用意」
「いらん。俺は、魔法使いだ。必要ない」
ゴマをする奴隷商人を冷たくあしらって、支払いを済ませると、私の手をひき、新しい御主人様は、足早に市場から離れる。
私は、奴隷商人から教わった通りに、感謝の言葉を伝えようとした。
「御主人様、買っていた」
「おい、俺を御主人様と呼ぶな」
怒りの感情が伝わる。ああ、私が口を勝手に開いたことがいけなかった。そう思っていた。
「その、なんだ…奴隷じゃなくその…お前は…そう!執事として、うちで働くんだ。だから、そうだな…俺のことは旦那様と呼べ!」
頭をかき、早口に仰られつつ、私は執事という言葉を聞いて驚いた。執事とは何だろうか。
「執事ですか?」
「そうだ。うちの使用人は、昨日、全員辞めたからな。執事がいないと困るんだ。だから、お前はうちの執事だ」
執事とは使用人というものらしく、主に家のことをするということだ。
旦那様は、どこか上の空で続けられた。
「礼儀作法と教養はいるからな。今の時勢、どうなるかわからんが、まぁ、俺と学園に行って学べばいい。俺とたぶんそう歳は変わらないよな?使用人枠での入学もできるし、いくつか講座を増やせば…」
はっとした顔をされ、立ち止まり、私と目を合わせてすまないと仰られました。謝罪の言葉を初めてもらい、私はどうすればいいのかわからず、何もいえませんでした。
「ああ、悪い。考えたり興奮すると周りが見えなくなる悪癖があってな。よく、父にも注意されていたもんだ。大事なことを聞くのを忘れてしまっていた。お前、名前は?」
名前…つまり、どう呼ばれているかであるかということだ。私はすぐに答えられた。私や、私以外も同じ風にいわれていたものが、名前だと思っていたのだ。
「コレかソレです、旦那様」
「コレカソレ?親が名付けたのか?」
旦那様は、私の言葉に、首をかしげておられていました。
「親は知りません。ただ、コレと呼ばれるか、ソレと呼ばれてました」
私が付け加えていうと、旦那様は、眉をぴくりとさせて、舌打ちをされました。
「そうか…お前には悪いが気に食わない。いいか?お前は、うちのたった一人の執事だ」
私の肩をつかんで、真剣に、そして、感情がよくわからない私が、不思議と胸が熱くなる声で仰ったのです。
「物じゃない。人だ。それに、屋敷の使用人は、俺の家族だ。家族は大事にするもんだ。わかったな」
人。そして、家族。どちらも私にはわからなかった。
人とはなんだ。
家族とはなんだ。
私は、獣なんだ。私は、人では。
「カルド」
旦那様が誰かの名前を呼んだ。
「カルド…?」
誰のことだろうか。
「お前の名前だ。良い名前だろ?俺が尊敬しているカルファスという魔法使いがいてな…まぁ、俺の父なんだが…父にあやかって、名付けたんだ」
照れたように旦那様は仰り、そして、私の頭を撫でられた。
「お前も、尊敬される人間になれるさ、カルド」
曇り空に太陽が見えたように思えた。
そのときの私にとって、旦那様の笑顔はあの憎らしい赤い太陽を打ち消した、本当の太陽だったのだ。
「旦那様…旦那様のお名前は?」
私は、旦那様の名前を知りたいと思った。今まで、何一つ興味がわいたことも、知りたいとも思ったことはなかった。それなのに、何故だか、知りたいと思ったのだ。
「おお、そうだった!自分の名前をいうのを忘れるとは、また悪癖が出ていたな!」
ハハハと、私の中に残っていた雲が晴れるような、豪快な笑い声でした。
それまで聞いていた笑い声は、どんなにか、薄汚れていたのでしょうか。
晴れやかな声で旦那様は告げました。
「俺は、ティストール・フェスマルク!一昨日、当主になったばかりの新米旦那様だ!」
それが旦那様との出会いでした。
旦那様が仰られたとおり、学園に私は入り、適性のあるものは無論、旦那様のお役にたてるように、執事の講義も受けた。
いつのことでしたか。学園の講義で習ってからでしたか。はたまた、どこかの本で読んだのでしたか。歳を取ると物忘れをしてしまいますね。
「旦那様」
「ん?何だ、カルド。何かあったのか?まさか、また獣人だからと北の奴らにちょっかい出されたのか!待ってろ!どこのどいつか知らないが、俺の執事に対して」
「違います、旦那様。落ち着いてください」
悪癖が出ている旦那様は、話を聞かなくなるので、落ち着くのをお待ちしました。
「ん?何だ、違うのか?」
「はい、旦那様。旦那様は、ご自身のことを『俺』と呼称されますね?」
「ああ、昔っから、俺といっていたからな。貴族らしくないとよくいわれたもんだが」
「恐れながら申し上げます、旦那様。ご自身のことを、『俺』ではなく『私』と呼称した方が威厳があります。今のままでは、威厳がありません」
そう申し上げた時の旦那様の表情といったら!
今思い出しても、失礼ながら、笑いが込み上げてまいります。
坊ちゃまが、うちの馬鹿息子から、五歳のお祝いとして、金の時計を贈られた時の表情とまったく同じで、やはり、坊ちゃまは旦那様のご子息であると強く認識させてもらいました。二人とも、まったく同じことを申し上げられましたからね。
「まさか…そんな…ど、どうしよう!」
旦那様は、先代の旦那様である旦那様の父上様を、とても尊敬の念を抱かれてましたから、威厳がないということに、衝撃を受けておりました。
坊ちゃまは、馬鹿息子の給料の心配をしておりましたね。馬鹿息子は使うあてがないですし、坊ちゃまの為に、三十年近く貯めてきたのですから、気になされずともいいのですが。
長期休暇で、お屋敷に戻ると、森から異質な気配を感じました。魔族か、魔物が入り込んだと思い、旦那様に申し上げ、一人で討伐しにいこう。そう思っていました。
「私も行こう。ここは、私の家だからな」
そういって、ご一緒すると、熊の獣人と、最弱の魔物が住み着いていた。私は、旦那様に代わり、始末しようと思いましたが、旦那様は雇うと仰られました。
「これからは、カルド。ランディはお前の弟だ。だから、世話を頼む」
私に弟ができた。不思議な気分になりました。守ることを命じられたわけではないのに、守らねばならないといけない。そう思えた。
学園では、旦那様のご学友達との交流ばかりしていました。
旦那様と幼馴染みであり、貴族であったのに、教会に人生を捧げると決められたルワント様。
鍛冶の麒麟児と呼ばれながら、学園へと修行と称して、家出してきたドワーフのヴェルム様。
ヴェルム様は、ドワーフでありながら、酒が弱く、旦那様と二人で特訓されて、よく二日酔いになっていましたね。あれから六十年ほど経ちますが、まだルワント様が一番お酒にお強いですね。
私を含めた四人でよく、資金集めに行きました。素材を狩ったり、遺跡に潜り込んだり。迷宮に入り込んで、財宝を探したり。
異質な冒険者でしたね。魔法使いと司祭見習い、ドワーフに獣人。私をのぞいたお三方とも貴族でしたから、奇異な目で見られていました。それでも、私は、冒険を楽しいと思える感情がいつの間にか芽生えていたんです。
学園を卒業され、私も二十歳まではいるか?と旦那様にいわれましたが、おそらく十八になっていたので、ご一緒に学園を離れることにしました。何より、執事は旦那様から離れてはならないと学園で学びましたからね。
学園を卒業後、旦那様はすぐに宮廷魔法使いになられ、先代と同じロイヤルメイジに任命されました。誇らしいお姿と、どこか張りつめた表情をなされていました。
旦那様は、争いがお嫌いです。先代や、先代の奥様を戦争で亡くされたからかもしれません。
私は、戦場でこそ、旦那様のお役に立てるので、当時は戦場を求めておりました。
そして、戦場で、旦那様と私の運命は大きく代わり、そして、深く苦しめられるようになったのです。
カルドの日記は全体的に暗く、少々残虐表現がございます。
苦手なかたは流し読みなどをして、一番最後だけ読んでいただけたらなとも思います
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本日は坊ちゃまの誕生日でした。坊ちゃまは、お健やかにご成長なされております。祝福の儀も無事に終えられ、旦那様から、改めて、留守の間を頼むと仰せつかり、詳しく話をお聞きしました。
私は、再度誓いました。必ず、坊ちゃまをお守りいたします。
それにしても、ようやく、私の日記も日記らしくなってきました。これも、坊ちゃまのおかげでしょうか。ランディのように、毎日書くことを私はしていなかったのですが、ここ五年は毎日書いております。毎年、一冊書けるようになるとは、初めて日記を書くように、旦那様から申し付けられた当時の私には、信じられないでしょうね。
そろそろ、新しい日記を作らねばなりません。そう思って、残りのページを埋めようと、日記というより、私の罪を告白しようと思う。私の死後、この日記がどすうなるかはわからないが、私の人生を、私の罪をここに記すことにする。
私は人ではなかった。
私がいた南の大陸チューネシュの地方では、獣人は、人でも家畜でもなく、兵器代わりの使い捨ての獣だったのだ。
獣人は、余程のことがない限り、スキルに優れ恵まれていた。その代わりに、魔法が使えても、才能があっても人並み程度の者がほぼ全てだった。魔力が少ない代わりに、己の肉体を武器に戦える。
父と母のスキルのおかげて今の私はあるが、親というものは私にはわからなかった。
スキルは、遺伝する。だから、優秀な雄と雌の獣人から私は産まれたと、ブリーダーのような者にいわれた。
私は母の乳を吸ったことはない。私がもし、母と思える者をあげるなら、それは一頭のヤギだ。私は、ヤギの乳を吸って、三年生きた。
産まれて三年。今ではわかる。まともではない生活で、生きていても、スキルは発現した。いや、発現させられた。
他にも私のような子供が何人かいたが、ある日、暗い部屋に一人一人閉じ込められた。最初は泣き叫んだ。だが、泣き叫んでも、誰も私を殴りに来ないことに気が付くのは早かった。私が泣き叫ぶのは、何も助けを求めていたわけではないと、今でも思う。痛みを与えるが、人に会いたかったのだろう。水も、食糧もなく、飢えて死ぬか、頭がどうにかなりそうだった。いや、どうにかなっていた。
最初に感じたのは、鼻と音だ。うまそうな匂いと、何かが動く音。
歩く力もなく、どうにか這いずって、動くそれに近付くとそれは、後ずさった。
私の頭の中には、獲物を捕らえることでいっぱいだった。喉の渇きを、飢えを満たす獲物を補食するしか、考えがなかった。
まず、発現したスキルは『気配絶ち』だった。自分でも、空気に溶け混んだと思えるあの感覚を、私は初めて使った。体力が限界で、獲物に暴れられても困る。獲物が落ち着いたのを見計らって、行動を始めた。
次々とスキルが発現し出した。
頭の中に、スキルと使い方が刷り込まれていく。
『身体強化』で体力の底上げをし、身体を動かせるようにすると『疾風』と『剛力』のスキルを併用して、獲物の首をしめ『暗殺』のスキルで仕留めた。
かじりついた獲物の血肉は、何ともいえぬ美味であった。
『夜目』のスキルが発現して、獲物を綺麗に喰らおうと獲物の姿をみて、私は獣なのだとわかった。
私の飢餓の犠牲となった獲物は、私が母と慕ったヤギであった。
私が初めて命を奪ったのは、これまで生かしてくれた者であった。
数日経ってようやく解放された外の夕焼けが、やたらと赤かった記憶が今でも鮮明に思い出せる。
同じように閉じ込められた子供達の何人かは、二度と見ることはなかった。スキルが発現しなかったのか、獣になりきれなくて、死んだのだ。
部屋から出て、まだ足りぬと補食している者もいた。誰かの母であったヤギも、獣の前には、ただの獲物であった。
最低限の教育を受けた。
「わかりました」
「仰せの通りに」
この二つのの言葉と、人を殺す方法だ。
スキルを上手く使えれば、うまいものが食える。そういわれた。生きる為に、殺した。たくさん、たくさん、殺した。
生き延びた子どもたちとも殺しあった。
私は、何も感じなかった。
雇われた国だったか、傭兵だったか。雇われ先が負けた。負けて生き残った私を含めた数人は、船で運ばれた。
どこもかしこも、戦争だらけだった。
王都で、奴隷市が開かれていたなど、今の若者は知らないだろう。あの頃は、どこもかしこも薄汚れていて、空模様も灰色だった。
クウリィエンシア皇国の人の多さに、当時の私は、何と獲物が多い土地だと思ったのだ。
人は私の獲物だった。一人殺せば腹が満たされ、もう一人殺せば、次の日も生きれる。
鎖で繋がれ、市場で他の家畜と一緒に売られた。女は早く売れた。男もすぐに戦場で使えるからと、早めに売れた。
売れ残ったは、子供と獣人だ。子供であり、獣人であった私には、誰も目もくれなかった。
女の代わりとして、戦地で子供には需要があるが、王都では需要がなかったのだろう。私は、何度もその現場を見ていた。幸いなことなのか、私には、誰も触れなかった。そういった欲すら向ける価値がなかったのだろう。
身なりの良い少年が、私の前に立って、私を指差した。
「おい、こいつは、いくらだ?」
奴隷商人は、鎖を引っ張り、私を引きずった。
「はい、若様。この者は、成りはちいせぇですが、なかなか優秀なスキルを持っています。護衛でも何でもできるように、調教もきちんとしておりますので…金貨十枚ほどでいかがでしょうか?」
「わかった。支払う」
「隷従の魔道具はご入り用でございましょうか?お安くご用意」
「いらん。俺は、魔法使いだ。必要ない」
ゴマをする奴隷商人を冷たくあしらって、支払いを済ませると、私の手をひき、新しい御主人様は、足早に市場から離れる。
私は、奴隷商人から教わった通りに、感謝の言葉を伝えようとした。
「御主人様、買っていた」
「おい、俺を御主人様と呼ぶな」
怒りの感情が伝わる。ああ、私が口を勝手に開いたことがいけなかった。そう思っていた。
「その、なんだ…奴隷じゃなくその…お前は…そう!執事として、うちで働くんだ。だから、そうだな…俺のことは旦那様と呼べ!」
頭をかき、早口に仰られつつ、私は執事という言葉を聞いて驚いた。執事とは何だろうか。
「執事ですか?」
「そうだ。うちの使用人は、昨日、全員辞めたからな。執事がいないと困るんだ。だから、お前はうちの執事だ」
執事とは使用人というものらしく、主に家のことをするということだ。
旦那様は、どこか上の空で続けられた。
「礼儀作法と教養はいるからな。今の時勢、どうなるかわからんが、まぁ、俺と学園に行って学べばいい。俺とたぶんそう歳は変わらないよな?使用人枠での入学もできるし、いくつか講座を増やせば…」
はっとした顔をされ、立ち止まり、私と目を合わせてすまないと仰られました。謝罪の言葉を初めてもらい、私はどうすればいいのかわからず、何もいえませんでした。
「ああ、悪い。考えたり興奮すると周りが見えなくなる悪癖があってな。よく、父にも注意されていたもんだ。大事なことを聞くのを忘れてしまっていた。お前、名前は?」
名前…つまり、どう呼ばれているかであるかということだ。私はすぐに答えられた。私や、私以外も同じ風にいわれていたものが、名前だと思っていたのだ。
「コレかソレです、旦那様」
「コレカソレ?親が名付けたのか?」
旦那様は、私の言葉に、首をかしげておられていました。
「親は知りません。ただ、コレと呼ばれるか、ソレと呼ばれてました」
私が付け加えていうと、旦那様は、眉をぴくりとさせて、舌打ちをされました。
「そうか…お前には悪いが気に食わない。いいか?お前は、うちのたった一人の執事だ」
私の肩をつかんで、真剣に、そして、感情がよくわからない私が、不思議と胸が熱くなる声で仰ったのです。
「物じゃない。人だ。それに、屋敷の使用人は、俺の家族だ。家族は大事にするもんだ。わかったな」
人。そして、家族。どちらも私にはわからなかった。
人とはなんだ。
家族とはなんだ。
私は、獣なんだ。私は、人では。
「カルド」
旦那様が誰かの名前を呼んだ。
「カルド…?」
誰のことだろうか。
「お前の名前だ。良い名前だろ?俺が尊敬しているカルファスという魔法使いがいてな…まぁ、俺の父なんだが…父にあやかって、名付けたんだ」
照れたように旦那様は仰り、そして、私の頭を撫でられた。
「お前も、尊敬される人間になれるさ、カルド」
曇り空に太陽が見えたように思えた。
そのときの私にとって、旦那様の笑顔はあの憎らしい赤い太陽を打ち消した、本当の太陽だったのだ。
「旦那様…旦那様のお名前は?」
私は、旦那様の名前を知りたいと思った。今まで、何一つ興味がわいたことも、知りたいとも思ったことはなかった。それなのに、何故だか、知りたいと思ったのだ。
「おお、そうだった!自分の名前をいうのを忘れるとは、また悪癖が出ていたな!」
ハハハと、私の中に残っていた雲が晴れるような、豪快な笑い声でした。
それまで聞いていた笑い声は、どんなにか、薄汚れていたのでしょうか。
晴れやかな声で旦那様は告げました。
「俺は、ティストール・フェスマルク!一昨日、当主になったばかりの新米旦那様だ!」
それが旦那様との出会いでした。
旦那様が仰られたとおり、学園に私は入り、適性のあるものは無論、旦那様のお役にたてるように、執事の講義も受けた。
いつのことでしたか。学園の講義で習ってからでしたか。はたまた、どこかの本で読んだのでしたか。歳を取ると物忘れをしてしまいますね。
「旦那様」
「ん?何だ、カルド。何かあったのか?まさか、また獣人だからと北の奴らにちょっかい出されたのか!待ってろ!どこのどいつか知らないが、俺の執事に対して」
「違います、旦那様。落ち着いてください」
悪癖が出ている旦那様は、話を聞かなくなるので、落ち着くのをお待ちしました。
「ん?何だ、違うのか?」
「はい、旦那様。旦那様は、ご自身のことを『俺』と呼称されますね?」
「ああ、昔っから、俺といっていたからな。貴族らしくないとよくいわれたもんだが」
「恐れながら申し上げます、旦那様。ご自身のことを、『俺』ではなく『私』と呼称した方が威厳があります。今のままでは、威厳がありません」
そう申し上げた時の旦那様の表情といったら!
今思い出しても、失礼ながら、笑いが込み上げてまいります。
坊ちゃまが、うちの馬鹿息子から、五歳のお祝いとして、金の時計を贈られた時の表情とまったく同じで、やはり、坊ちゃまは旦那様のご子息であると強く認識させてもらいました。二人とも、まったく同じことを申し上げられましたからね。
「まさか…そんな…ど、どうしよう!」
旦那様は、先代の旦那様である旦那様の父上様を、とても尊敬の念を抱かれてましたから、威厳がないということに、衝撃を受けておりました。
坊ちゃまは、馬鹿息子の給料の心配をしておりましたね。馬鹿息子は使うあてがないですし、坊ちゃまの為に、三十年近く貯めてきたのですから、気になされずともいいのですが。
長期休暇で、お屋敷に戻ると、森から異質な気配を感じました。魔族か、魔物が入り込んだと思い、旦那様に申し上げ、一人で討伐しにいこう。そう思っていました。
「私も行こう。ここは、私の家だからな」
そういって、ご一緒すると、熊の獣人と、最弱の魔物が住み着いていた。私は、旦那様に代わり、始末しようと思いましたが、旦那様は雇うと仰られました。
「これからは、カルド。ランディはお前の弟だ。だから、世話を頼む」
私に弟ができた。不思議な気分になりました。守ることを命じられたわけではないのに、守らねばならないといけない。そう思えた。
学園では、旦那様のご学友達との交流ばかりしていました。
旦那様と幼馴染みであり、貴族であったのに、教会に人生を捧げると決められたルワント様。
鍛冶の麒麟児と呼ばれながら、学園へと修行と称して、家出してきたドワーフのヴェルム様。
ヴェルム様は、ドワーフでありながら、酒が弱く、旦那様と二人で特訓されて、よく二日酔いになっていましたね。あれから六十年ほど経ちますが、まだルワント様が一番お酒にお強いですね。
私を含めた四人でよく、資金集めに行きました。素材を狩ったり、遺跡に潜り込んだり。迷宮に入り込んで、財宝を探したり。
異質な冒険者でしたね。魔法使いと司祭見習い、ドワーフに獣人。私をのぞいたお三方とも貴族でしたから、奇異な目で見られていました。それでも、私は、冒険を楽しいと思える感情がいつの間にか芽生えていたんです。
学園を卒業され、私も二十歳まではいるか?と旦那様にいわれましたが、おそらく十八になっていたので、ご一緒に学園を離れることにしました。何より、執事は旦那様から離れてはならないと学園で学びましたからね。
学園を卒業後、旦那様はすぐに宮廷魔法使いになられ、先代と同じロイヤルメイジに任命されました。誇らしいお姿と、どこか張りつめた表情をなされていました。
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トモモト ヨシユキ
ファンタジー
10才の誕生日に女神に与えられた本。
それは、最強の魔道具だった。
魔道具頼みの異世界で『魔法』を武器に成り上がっていく!
すべては、憧れのスローライフのために!
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