210 / 229
第六章の裏話
建国貴族の当主 ①
しおりを挟む
クウリイエンシア皇国には、最強の杖と最硬の盾がある。
最強の武器はロイヤルメイジといわれる。どのような魔法もたやすく使う知恵ある者たち。
最硬の盾は王の盾といわれる。どのような剣技も防ぎ国のためなら命を惜しまぬ勇気ある者たち。
皇国の民はそう思っている。
だがしかし、実情はそうとはいえないのだ。
ロイヤルメイジは知恵のある者たちといわれるが、彼らしか使えぬ魔法があるため情報を自分たちで集めるしかない。
王の盾は勇気ある者たちではあるが、勇気の方向が同じだとは限らない。彼らは身内で争いが始まっている。
華やかさとは無縁である場所。それがロイヤルメイジと王の盾だ。
今日も怪我の治療もそこそこにロイヤルメイジたちは情報を持ち帰る。
「おかえりなさい。また、魔族っすか?」
「子爵級だがな」
退けるにしろ、逃げるにしろ、実力者でなくば話にならない。ロイヤルメイジに選抜されるには、最低でも一人で『転移』ができねばロイヤルメイジにはなれない。
そして必要とされるのは高い書類の処理能力だ。
「報告書は読みました?…冒険者の未帰還率が高まってるって」
「読んだ…よくない傾向だ」
書類仕事の前に中年の魔法使いは引き出しから乾燥された薬草の束をつかみ、刻み若い男が渡してきた液体を軽くかけ一本のタバコとして巻く。
嗜好品のタバコではない。『転移』を繰り返すと酔いが生じる。それが徐々に脳へと負荷を与えるのか、記憶障害を併発させることがある。
高い魔力を持つなら防げる。ロイヤルメイジになるほどの男だ。魔力は比較的多い。とはいえ、限度はある。
年々この薬の需要が高まっている。嫌なことと平行してだ。
吸いたくなさそうに顔をしかめ、薬草を巻いたタバコに火をつけ、中年にさしかかった男は灰に煙をいれる。
「ここ八年間は特に異常だ」
魔物が出没するのはまだ理解ができる。
数千年も昔に張られた結界により、魔王や位の高い魔族のほとんどが北に封印されている。
けれど、封印されたあとも魔王が別な大陸で確認されることもある。
「やはり魔王が産まれたんですかね?」
「その可能性は…あるな」
魔王が新しく産まれても早くに倒せば問題はない。
いや、早期に見つけ次第殺さねばどんどん力を増していくだろう。魔王は時間をかければそれだけ強まる存在なのだ。
「ドラルインから何か返答はないのか?」
「あいかわらずですね…『静観されたし』」
「ふざけてんのか?勇者に任せっぱなしとか」
首席ロイヤルメイジがとある筋から仕入れた情報によれば、結界を支える精霊たちを捕らえる者が出ている。それが原因で結界が弱まり魔族が逃げだしている。
首席ロイヤルメイジの情報を裏付けるように、とある証言も出てきている。
精霊を武器に封じる。
その開発研究をしていたドラルインに連絡をとればろくに返答はなかったを
いかにクウリイエンシア皇国が大国の一つであろうとも、単独ではドラルイン帝国には叶わない。
技術力や戦力ではドラルインが何倍も上だ。
そのドラルインがクウリイエンシア皇国に敬意を少なからず払っているのは建国貴族のお陰だ。
「うちも建国貴族に頼りっぱなしですよ」
「いうなよ…そのとおりだけどな」
王と十の建国貴族。一つの家を除き、強大なスキルと魔法を行使できる国の根幹にして最高戦力。
他の貴族にはない力を持っている。
例えば、王が城にいるかぎり、この城は王を決して死なせない。ただし、王が次代を決めれば新しき王にその役割は譲られ、先代の王を守る力はなくなる。
それぞれが特殊な役割を持ち、建国以来ほぼ変わらない。
「今は特に状況が悪い。各家の『才ある落ちこぼれたち』が一同に介してしまった…念のため次席が席次を返上しサイジャルに潜入しても防げなかったからな」
「長期休暇ってことにしてますよ」
「…帰ってこねぇだろ。あの人は」
公にはロイヤルメイジを辞して席次を返している次席。『黒雷のナザド』の顔と所業を思い出して二人は震える。
あれは人の皮を被った暴力の化身だ。
「まぁ、ナザドさんは俺も帰って来てほしくないんで…仕事はできますが、人として終わってますからね」
「仕事ができる超人だって恐ろしいぞ?怒りでさらに超人になってたからな」
「首席…ぶちぎれてましたからね…前に読んだ冒険者物語の一幕を思い出しました。俺『影狼』を初めて見ましたよ」
「あの人は首席のためなら何でもするからな…ほら、ボリン元三席が開発協力という名目で護衛をしていたろ?あれ、変わりに『影狼』をロイヤルメイジに出向させる手だってよ。まぁ、ボリン元三席の場合名目と本来の目的が入れ替っちまったけどよ」
「ボリンさんは技術畑っすからね…サイジャルが珍しく引っ張ろうとしただけはあるんですけどねー」
「あの人なら魔道具はすぐに分析ができるからな。サイジャルも協力的になる」
ロイヤルメイジたちの中でサイジャルで起こった誘拐事件はトラウマになる出来事だった。
仕事が増えまた帰れない日々が増えるだけではなく、古参のロイヤルメイジですらあまり見たことがないほど首席ロイヤルメイジであるティストールの怒りの形相を見たというのだ。
懐刀である『影狼のカルド』を武装までさせて王都で魔王を崇拝していた邪教徒たちを殲滅したのはつい最近のことだ。
度重なるロイヤルメイジの人事異動だが王の命令はない。首席ロイヤルメイジの決定に王ですら逆らうことはできなかったであろう。
護衛を派遣せねば首席自身がサイジャルへと行っていただろうことは誰の目にも明らかだったのだ。
ティストール・フェスマルクは今でこそ比較的大人しくしているが、冒険者としても活躍していた。
その名残からか一度、敵と認識すれば容赦はしない。
そのうえ、不倶戴天の敵である魔族が関わっているとなれば止めれるはずはない。
「あ、あの。お、お客様が」
雑談に興じながら書類仕事をしていた二人の元へ新人の青年が申し訳なさそうに声をかける。
「客?このくそ忙し」
文句をいって客人の顔を見れば動きが止まる。
「忙しいときに申し訳ないが、フェスマルク殿はいらっしゃるかな?」
「ザクス様!」
身なりのよい老人…クレトス・ザクスが本来では訪れるはずのないロイヤルメイジの部署へと顔をだす。
件の建国貴族、先代とはいえその当主が前触れもなく訪れたのだから、驚かないはずはない。
「えーとですね、首席は多忙でして」
「存じております。本日はロイヤルメイジの仕事があるため王城に来られるのでしょ?王より聞いております」
研究室に戻ってサイジャルで仕入れた新技術の転用を試みていたボリンはお茶を出しつつ顔には出さず、心の中で恨み言をぶつける。
『やはり知っていたか。恨みますよ首席』
建国貴族の応対ができるのは自分しかいないと部下たちにどやされて、研究室から連行された。
しかし、接待をするほど貴族の教養があるわけでもなく、貴族として格の高い者たちはロイヤルメイジとしては格が低いからとすでに逃げている。
ボリンはただ願っている。
穏便に帰ってもらえないだろうかと。
「…ところで、サイジャルはどうでしたか?私が通ったころもはるか昔ですので、ぜひお聞かせください」
「ええ…私なんかでよければ」
クレトスの言葉に、ボリンは驚きを隠しつつ、内心は焦っていた。極秘で派遣されていたことまで調べていたとは思ってもいなかったのだ。
ザクス家は医療関係者としての側面が強い。情報を扱わないわけではないが、他家に比べて手練れはいない。
とするなら、王から直接情報を仕入れたのだろう。
クレトス・ザクスは王家とフェスマルク家専属の医師だ。その可能性が高い。ボリンは次いでかけられる質問に予測をたてた。それは的中していた。
「子供たちはどうですかな?」
「子供たちですか?」
「建国貴族の子供たちは我が家の者が取上げる決まりなのです。もちろん、王家もです」
医療関係を牛耳っているザクス家は建国貴族の者たちの健康を管理している。
高い医療技術を有しており、彼らの作る薬は品質や効能が優れており、特に初代ザクスが作った薬は噂に名高いエルフの秘薬を凌駕したともいわれる。
それゆえ、お産という生死が関わる分野も彼らの手によってなされていた。
「皇子と皇女も取上げましたがね…そうそう。ケルン君は私が取上げたんですよ。とても良い天気の日でした。『世界が始まった日』からすぐディアニア殿が産気づかれて」
「そうですか」
相づちを打ちつつボリンは背中に冷や汗が流れるのを感じた。
やはりフェスマルク家の話をしだしたか。
にこやかな老人は好々爺としているが、下手なことを話せば自分の立場は危うくなる。
呼吸すら診察する材料にされる。それがザクス家の恐ろしいところだ。
「あのときのフェスマルク家の方々は危機迫っておりましてね。何かあれば私は死んでいたでしょうな」
「ご冗談…ともいえませんね」
フェスマルク家が家族愛にとても深いことは知られている話だ。使用人すら家族としてみなし、普通なら受けさせないような高等教育まで受けさせる。
家族を攻撃されるときはフェスマルク家はその愛の重さゆえに敵を殲滅する。
「産まれたばかりでもケルン君はね、きっと夜会を騒がす美男子になるとすぐわかるほどだったんですよ」
「でしょうね…恐ろしいくらい顔が整ってますから」
脳裏に浮かぶのはケルンの顔だった。
この世の者ではないほどの美しさを持つディアニアと、老化を迎える前までは美男子として夜会を騒がしていたティストールの息子なだけはあり、幼くても人ではないほど完成された顔立ちをしていた。
初めて会ったときよりも成長していた顔を思い出せば、年頃になれば老若男女を問わず誘惑するこては察せられた。
なんとなくだが、今後のことを考えれば頭が痛くなる話だ。血筋と容姿が揃えばそれだけ狙われる。側室や妾もフェスマルク家なら前例もあり、現在、事実上フェスマルク家の血統の少なさを考えれば推奨される案件だ。
「それでも、ケルン君は粘膜が弱くてね。子供ならよくあることなのに、たびたび呼ばれたものです」
「まぁ、過保護ですからね」
「それ以外では健康です。体が弱いなんてありえないんです。私が医師として断言しましたから」
「そうですか…体が弱い…」
引っ掛かるいい方だ。
だが目的はそこなのだろう。
「そうです。体が弱いとされる…もう一人の子はどんな子でしたか?」
フェスマルク家の隠されていた長男。あるときから世間に名を知られ、公表されたエフデ。
子ではなく、すでに成人男性なのだが、クレトスのいい方は少し気にかかった。
「面白い男…ですね。首席と似ています。誰に対しても世話焼きなとこなんてまさに首席の息子だって思うほどにです」
思い出すのはエフデの行動だ。ケルンをこれでもかと構い甘やかしており、さすがに煙たがれるかと思えばケルンの方も当然のように甘えている。
兄弟というよりも親子のようにも見えるほど世話を焼いているが、年齢差を考えれば子供でもおかしくはない。
貴族ではそれこそ孫ぐらい離れた兄弟もたまにいるのだ。
「本人に会われたことは?」
「ないです。会わなくても問題はありませんしたから」
「おかしなところはありませんでしか?感情がなかったり、攻撃的であったりだとか」
視線を動かし、落ち着きもなく尋ねる姿に首をかしげる。
まるで何かの動物と勘違いしているのではないか。
「そんなことはありませんよ。むしろ考えてることが丸わかりでしたね。攻撃的…というより、弟優先なとこがありましたね。まぁ、身内に甘いフェスマルク家なら普通でしょ」
ケルンの見た目にころりとやられた輩が近づけばすぐに喧嘩を売りにいき、仮装させれば「うちの弟を変な目でみたり使うやつは殺す」とボージィンの姿で地の底のような声で脅す。
かと思えば自分のことを顧みず、ケルンに仕事が多すぎると怒られていたりと騒がしい。
ケルンも「仕事より休んで!あと僕と遊んで!」とやたらと兄弟仲がいいから、あの『エフデと愉快な教室』での日々は楽しかった。
そう振り返っているとクレトスは声を低くしていった。
「貴族の現状をご存知で?」
「多少は…『ケーニア家の悲劇』以来のことと聞いております」
建国貴族で唯一直系が絶えた家がある。
『獣使いのケーニア家』ありとあらゆる獣魔を従え、魔物すら従えるケーニア家は序列七位にして、国境の守護者であった。
彼らは軍馬の調教などを一手に引き受けていた。
けれど彼らは絶えた。今のケーニア家は分家でもなく、かなり薄くしか血の繋がりのない者が代行として家業を取り仕切っている。
「ケーニア家はまさに奇病としかいえなかったと…当時のザクス家当主や他家の当主たちも手を尽くしましたが結局は…」
ある日、ケーニア家の当主が一夜にして干からびて見つかる。その日のうちに、当主の子供たち、孫やひ孫。嫁に出した娘やその子供たちまで全員が干からびて死んでしまう。
血が薄まった者ほど干からびるのがのびていったが、治療の甲斐もなくみなミイラのようになって死んでしまった。
「噂ではご落胤がいるとか」
「…噂ですし、かなり昔のことです…代行であるナータ殿はそれを信じておられるようですがね」
あくまで噂だが、当主の息子の一人が惚れ込んでいた女がいた。どのような事情かはわからぬが、女と駆け落ちまでして逃げていたのを捕まり屋敷に閉じ込められた。夫を家に戻されたが、女には子供がいた。
当時から子沢山で知られるケーニア家は子供をとりあげず、ケーニア家とは無縁であり二度とクウリイエンシア皇国に踏みいることを許さないと精霊に立ち会わせ誓約をさせた。
悲嘆にくれた女はそれでも愛しい夫の幸せを願いケーニア家の血を引く子と異国へと旅立った。
当主の息子は幽閉された部屋で干からびていた。
部屋には妻と息子への手紙が山のように置かれていた。
「題材とされた舞台もありますね」
「…さて。私はあまり舞台を観ませんので」
噂にも真実があるってことか。
当時の背景を考えれば答えは単純だが、ケーニア家の固有スキルは特殊だ。持つ者がわかればすぐにでも当主になるだろう。
「ケーニア家とまではいきませんが…あの病さえなければと考えます…建国貴族にも犠牲が出ましたから」
「『花裂病』ですか…子供しか、かからなかったですからね。私も友人を亡くしました」
貴族の幼い子供しか、かからない『花裂病』は異常な病であった。突然健康であった子供が喘息のような症状が続き、呼吸ができなくなる。そのまま呼吸困難で死ぬ者や完治する者がいるなかで、重篤な者は悲惨な最期を迎える。
原因は不明だが胸が花が開くように裂けて息絶えるのだ。
犠牲になった子供の最後をみた者の中には花が咲いていたという者もいた。
職人街には以外と貴族のお手付きが多い。クウリイエンシア皇国では貴族と接点を持ちやすいからだろう。
ボリンの友人の何人かはそこそこの貴族、それこそ建国貴族の傍流筋の者といった子供たちもいた。
だからだろうか。貴族の間ではやった病により、友人の何人かは亡くなった。
それだけではなく、本宅の跡取りが亡くなったからと、職人街から引き上げられたそれこそ貴族のご落胤である自分のような子供は多かったほどだ。
「未だに理由もなく発生する奇病です。ザクス家も力を尽くしました…ですが我らだけでは…レダート家の協力がなければ被害は甚大だったでしょう」
レダート家の宝島でしか採れない薬草が『花裂病』に効果があった。薬草によって『花裂病』は終息していったのだが、まだ完全に終息したとはいえなかった。
ボリンは真偽は定かではないがこの国の皇子と皇女がかかっている病は『花裂病』ではないのかという話を聞き、ないとは思わなかった。むしろだからこそ、皇子と皇女はあまり人前に出なかったのだろうとも思ったほどだ。
完治したからこそサイジャルに通えているが、完治してなければ王位継承問題でく国は大騒ぎになっていただろう。
クレトスはひどく後悔をしているのだろう。救えなかった命はどれも幼く、彼の心に傷をつけたのだろう。
だから口が滑った。
「今でも思うのですよ…もし、あのとき」
クレトスは建国貴族しか知らぬことを口に出そうとしていた。
それはいくら先代の当主であっても許されることではないことだ。
「お待たせして申し訳ありませんでした」
「首席!え!いつから!」
「なに、今帰ってきたんだ」
タイミングよく…いや、姿を消すのを止めてティストールは二人の前に現れた。
部屋で誰にも告げずに仕事をしていれば来客を感じ、とっさに光の精霊に姿を隠してもらいやり過ごそうとしていた。穏便に帰ってもらえたら顔を出すつもりはなかった。
相手にするには骨が折れる相手なのだ。
だがいくらボリンがロイヤルメイジとして信頼できても、クレトスからその話をされるのはティストールとしても困るのだ。建国貴族…ひいてはクウリイエンシア皇国の根幹を揺るがすことになる事件の話をさせるわけにはいかなかった。
「これはフェスマルク殿。ようやくお会いできましたな」
「ご無沙汰して申し訳ありません、ザクス殿」
建国貴族の二人の会話は、ある意味で他国の王同士の会話のようなものだ。
なぜなら、建国貴族は王と同列であり、彼らは土台から格が違う。
容赦なく重く苦しい気配に押し潰されながらボリンは震える。
『俺は技術屋だっての!貴族っていってもおこぼれだってのに!』
そう心中で文句をいったところで、どうにもならず、こそこそと部屋から抜け出すので精一杯だった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
多くなりすぎたのでわけます。続きは明日更新します。
花裂病の記述を載せ忘れていたので追加しました。
最強の武器はロイヤルメイジといわれる。どのような魔法もたやすく使う知恵ある者たち。
最硬の盾は王の盾といわれる。どのような剣技も防ぎ国のためなら命を惜しまぬ勇気ある者たち。
皇国の民はそう思っている。
だがしかし、実情はそうとはいえないのだ。
ロイヤルメイジは知恵のある者たちといわれるが、彼らしか使えぬ魔法があるため情報を自分たちで集めるしかない。
王の盾は勇気ある者たちではあるが、勇気の方向が同じだとは限らない。彼らは身内で争いが始まっている。
華やかさとは無縁である場所。それがロイヤルメイジと王の盾だ。
今日も怪我の治療もそこそこにロイヤルメイジたちは情報を持ち帰る。
「おかえりなさい。また、魔族っすか?」
「子爵級だがな」
退けるにしろ、逃げるにしろ、実力者でなくば話にならない。ロイヤルメイジに選抜されるには、最低でも一人で『転移』ができねばロイヤルメイジにはなれない。
そして必要とされるのは高い書類の処理能力だ。
「報告書は読みました?…冒険者の未帰還率が高まってるって」
「読んだ…よくない傾向だ」
書類仕事の前に中年の魔法使いは引き出しから乾燥された薬草の束をつかみ、刻み若い男が渡してきた液体を軽くかけ一本のタバコとして巻く。
嗜好品のタバコではない。『転移』を繰り返すと酔いが生じる。それが徐々に脳へと負荷を与えるのか、記憶障害を併発させることがある。
高い魔力を持つなら防げる。ロイヤルメイジになるほどの男だ。魔力は比較的多い。とはいえ、限度はある。
年々この薬の需要が高まっている。嫌なことと平行してだ。
吸いたくなさそうに顔をしかめ、薬草を巻いたタバコに火をつけ、中年にさしかかった男は灰に煙をいれる。
「ここ八年間は特に異常だ」
魔物が出没するのはまだ理解ができる。
数千年も昔に張られた結界により、魔王や位の高い魔族のほとんどが北に封印されている。
けれど、封印されたあとも魔王が別な大陸で確認されることもある。
「やはり魔王が産まれたんですかね?」
「その可能性は…あるな」
魔王が新しく産まれても早くに倒せば問題はない。
いや、早期に見つけ次第殺さねばどんどん力を増していくだろう。魔王は時間をかければそれだけ強まる存在なのだ。
「ドラルインから何か返答はないのか?」
「あいかわらずですね…『静観されたし』」
「ふざけてんのか?勇者に任せっぱなしとか」
首席ロイヤルメイジがとある筋から仕入れた情報によれば、結界を支える精霊たちを捕らえる者が出ている。それが原因で結界が弱まり魔族が逃げだしている。
首席ロイヤルメイジの情報を裏付けるように、とある証言も出てきている。
精霊を武器に封じる。
その開発研究をしていたドラルインに連絡をとればろくに返答はなかったを
いかにクウリイエンシア皇国が大国の一つであろうとも、単独ではドラルイン帝国には叶わない。
技術力や戦力ではドラルインが何倍も上だ。
そのドラルインがクウリイエンシア皇国に敬意を少なからず払っているのは建国貴族のお陰だ。
「うちも建国貴族に頼りっぱなしですよ」
「いうなよ…そのとおりだけどな」
王と十の建国貴族。一つの家を除き、強大なスキルと魔法を行使できる国の根幹にして最高戦力。
他の貴族にはない力を持っている。
例えば、王が城にいるかぎり、この城は王を決して死なせない。ただし、王が次代を決めれば新しき王にその役割は譲られ、先代の王を守る力はなくなる。
それぞれが特殊な役割を持ち、建国以来ほぼ変わらない。
「今は特に状況が悪い。各家の『才ある落ちこぼれたち』が一同に介してしまった…念のため次席が席次を返上しサイジャルに潜入しても防げなかったからな」
「長期休暇ってことにしてますよ」
「…帰ってこねぇだろ。あの人は」
公にはロイヤルメイジを辞して席次を返している次席。『黒雷のナザド』の顔と所業を思い出して二人は震える。
あれは人の皮を被った暴力の化身だ。
「まぁ、ナザドさんは俺も帰って来てほしくないんで…仕事はできますが、人として終わってますからね」
「仕事ができる超人だって恐ろしいぞ?怒りでさらに超人になってたからな」
「首席…ぶちぎれてましたからね…前に読んだ冒険者物語の一幕を思い出しました。俺『影狼』を初めて見ましたよ」
「あの人は首席のためなら何でもするからな…ほら、ボリン元三席が開発協力という名目で護衛をしていたろ?あれ、変わりに『影狼』をロイヤルメイジに出向させる手だってよ。まぁ、ボリン元三席の場合名目と本来の目的が入れ替っちまったけどよ」
「ボリンさんは技術畑っすからね…サイジャルが珍しく引っ張ろうとしただけはあるんですけどねー」
「あの人なら魔道具はすぐに分析ができるからな。サイジャルも協力的になる」
ロイヤルメイジたちの中でサイジャルで起こった誘拐事件はトラウマになる出来事だった。
仕事が増えまた帰れない日々が増えるだけではなく、古参のロイヤルメイジですらあまり見たことがないほど首席ロイヤルメイジであるティストールの怒りの形相を見たというのだ。
懐刀である『影狼のカルド』を武装までさせて王都で魔王を崇拝していた邪教徒たちを殲滅したのはつい最近のことだ。
度重なるロイヤルメイジの人事異動だが王の命令はない。首席ロイヤルメイジの決定に王ですら逆らうことはできなかったであろう。
護衛を派遣せねば首席自身がサイジャルへと行っていただろうことは誰の目にも明らかだったのだ。
ティストール・フェスマルクは今でこそ比較的大人しくしているが、冒険者としても活躍していた。
その名残からか一度、敵と認識すれば容赦はしない。
そのうえ、不倶戴天の敵である魔族が関わっているとなれば止めれるはずはない。
「あ、あの。お、お客様が」
雑談に興じながら書類仕事をしていた二人の元へ新人の青年が申し訳なさそうに声をかける。
「客?このくそ忙し」
文句をいって客人の顔を見れば動きが止まる。
「忙しいときに申し訳ないが、フェスマルク殿はいらっしゃるかな?」
「ザクス様!」
身なりのよい老人…クレトス・ザクスが本来では訪れるはずのないロイヤルメイジの部署へと顔をだす。
件の建国貴族、先代とはいえその当主が前触れもなく訪れたのだから、驚かないはずはない。
「えーとですね、首席は多忙でして」
「存じております。本日はロイヤルメイジの仕事があるため王城に来られるのでしょ?王より聞いております」
研究室に戻ってサイジャルで仕入れた新技術の転用を試みていたボリンはお茶を出しつつ顔には出さず、心の中で恨み言をぶつける。
『やはり知っていたか。恨みますよ首席』
建国貴族の応対ができるのは自分しかいないと部下たちにどやされて、研究室から連行された。
しかし、接待をするほど貴族の教養があるわけでもなく、貴族として格の高い者たちはロイヤルメイジとしては格が低いからとすでに逃げている。
ボリンはただ願っている。
穏便に帰ってもらえないだろうかと。
「…ところで、サイジャルはどうでしたか?私が通ったころもはるか昔ですので、ぜひお聞かせください」
「ええ…私なんかでよければ」
クレトスの言葉に、ボリンは驚きを隠しつつ、内心は焦っていた。極秘で派遣されていたことまで調べていたとは思ってもいなかったのだ。
ザクス家は医療関係者としての側面が強い。情報を扱わないわけではないが、他家に比べて手練れはいない。
とするなら、王から直接情報を仕入れたのだろう。
クレトス・ザクスは王家とフェスマルク家専属の医師だ。その可能性が高い。ボリンは次いでかけられる質問に予測をたてた。それは的中していた。
「子供たちはどうですかな?」
「子供たちですか?」
「建国貴族の子供たちは我が家の者が取上げる決まりなのです。もちろん、王家もです」
医療関係を牛耳っているザクス家は建国貴族の者たちの健康を管理している。
高い医療技術を有しており、彼らの作る薬は品質や効能が優れており、特に初代ザクスが作った薬は噂に名高いエルフの秘薬を凌駕したともいわれる。
それゆえ、お産という生死が関わる分野も彼らの手によってなされていた。
「皇子と皇女も取上げましたがね…そうそう。ケルン君は私が取上げたんですよ。とても良い天気の日でした。『世界が始まった日』からすぐディアニア殿が産気づかれて」
「そうですか」
相づちを打ちつつボリンは背中に冷や汗が流れるのを感じた。
やはりフェスマルク家の話をしだしたか。
にこやかな老人は好々爺としているが、下手なことを話せば自分の立場は危うくなる。
呼吸すら診察する材料にされる。それがザクス家の恐ろしいところだ。
「あのときのフェスマルク家の方々は危機迫っておりましてね。何かあれば私は死んでいたでしょうな」
「ご冗談…ともいえませんね」
フェスマルク家が家族愛にとても深いことは知られている話だ。使用人すら家族としてみなし、普通なら受けさせないような高等教育まで受けさせる。
家族を攻撃されるときはフェスマルク家はその愛の重さゆえに敵を殲滅する。
「産まれたばかりでもケルン君はね、きっと夜会を騒がす美男子になるとすぐわかるほどだったんですよ」
「でしょうね…恐ろしいくらい顔が整ってますから」
脳裏に浮かぶのはケルンの顔だった。
この世の者ではないほどの美しさを持つディアニアと、老化を迎える前までは美男子として夜会を騒がしていたティストールの息子なだけはあり、幼くても人ではないほど完成された顔立ちをしていた。
初めて会ったときよりも成長していた顔を思い出せば、年頃になれば老若男女を問わず誘惑するこては察せられた。
なんとなくだが、今後のことを考えれば頭が痛くなる話だ。血筋と容姿が揃えばそれだけ狙われる。側室や妾もフェスマルク家なら前例もあり、現在、事実上フェスマルク家の血統の少なさを考えれば推奨される案件だ。
「それでも、ケルン君は粘膜が弱くてね。子供ならよくあることなのに、たびたび呼ばれたものです」
「まぁ、過保護ですからね」
「それ以外では健康です。体が弱いなんてありえないんです。私が医師として断言しましたから」
「そうですか…体が弱い…」
引っ掛かるいい方だ。
だが目的はそこなのだろう。
「そうです。体が弱いとされる…もう一人の子はどんな子でしたか?」
フェスマルク家の隠されていた長男。あるときから世間に名を知られ、公表されたエフデ。
子ではなく、すでに成人男性なのだが、クレトスのいい方は少し気にかかった。
「面白い男…ですね。首席と似ています。誰に対しても世話焼きなとこなんてまさに首席の息子だって思うほどにです」
思い出すのはエフデの行動だ。ケルンをこれでもかと構い甘やかしており、さすがに煙たがれるかと思えばケルンの方も当然のように甘えている。
兄弟というよりも親子のようにも見えるほど世話を焼いているが、年齢差を考えれば子供でもおかしくはない。
貴族ではそれこそ孫ぐらい離れた兄弟もたまにいるのだ。
「本人に会われたことは?」
「ないです。会わなくても問題はありませんしたから」
「おかしなところはありませんでしか?感情がなかったり、攻撃的であったりだとか」
視線を動かし、落ち着きもなく尋ねる姿に首をかしげる。
まるで何かの動物と勘違いしているのではないか。
「そんなことはありませんよ。むしろ考えてることが丸わかりでしたね。攻撃的…というより、弟優先なとこがありましたね。まぁ、身内に甘いフェスマルク家なら普通でしょ」
ケルンの見た目にころりとやられた輩が近づけばすぐに喧嘩を売りにいき、仮装させれば「うちの弟を変な目でみたり使うやつは殺す」とボージィンの姿で地の底のような声で脅す。
かと思えば自分のことを顧みず、ケルンに仕事が多すぎると怒られていたりと騒がしい。
ケルンも「仕事より休んで!あと僕と遊んで!」とやたらと兄弟仲がいいから、あの『エフデと愉快な教室』での日々は楽しかった。
そう振り返っているとクレトスは声を低くしていった。
「貴族の現状をご存知で?」
「多少は…『ケーニア家の悲劇』以来のことと聞いております」
建国貴族で唯一直系が絶えた家がある。
『獣使いのケーニア家』ありとあらゆる獣魔を従え、魔物すら従えるケーニア家は序列七位にして、国境の守護者であった。
彼らは軍馬の調教などを一手に引き受けていた。
けれど彼らは絶えた。今のケーニア家は分家でもなく、かなり薄くしか血の繋がりのない者が代行として家業を取り仕切っている。
「ケーニア家はまさに奇病としかいえなかったと…当時のザクス家当主や他家の当主たちも手を尽くしましたが結局は…」
ある日、ケーニア家の当主が一夜にして干からびて見つかる。その日のうちに、当主の子供たち、孫やひ孫。嫁に出した娘やその子供たちまで全員が干からびて死んでしまう。
血が薄まった者ほど干からびるのがのびていったが、治療の甲斐もなくみなミイラのようになって死んでしまった。
「噂ではご落胤がいるとか」
「…噂ですし、かなり昔のことです…代行であるナータ殿はそれを信じておられるようですがね」
あくまで噂だが、当主の息子の一人が惚れ込んでいた女がいた。どのような事情かはわからぬが、女と駆け落ちまでして逃げていたのを捕まり屋敷に閉じ込められた。夫を家に戻されたが、女には子供がいた。
当時から子沢山で知られるケーニア家は子供をとりあげず、ケーニア家とは無縁であり二度とクウリイエンシア皇国に踏みいることを許さないと精霊に立ち会わせ誓約をさせた。
悲嘆にくれた女はそれでも愛しい夫の幸せを願いケーニア家の血を引く子と異国へと旅立った。
当主の息子は幽閉された部屋で干からびていた。
部屋には妻と息子への手紙が山のように置かれていた。
「題材とされた舞台もありますね」
「…さて。私はあまり舞台を観ませんので」
噂にも真実があるってことか。
当時の背景を考えれば答えは単純だが、ケーニア家の固有スキルは特殊だ。持つ者がわかればすぐにでも当主になるだろう。
「ケーニア家とまではいきませんが…あの病さえなければと考えます…建国貴族にも犠牲が出ましたから」
「『花裂病』ですか…子供しか、かからなかったですからね。私も友人を亡くしました」
貴族の幼い子供しか、かからない『花裂病』は異常な病であった。突然健康であった子供が喘息のような症状が続き、呼吸ができなくなる。そのまま呼吸困難で死ぬ者や完治する者がいるなかで、重篤な者は悲惨な最期を迎える。
原因は不明だが胸が花が開くように裂けて息絶えるのだ。
犠牲になった子供の最後をみた者の中には花が咲いていたという者もいた。
職人街には以外と貴族のお手付きが多い。クウリイエンシア皇国では貴族と接点を持ちやすいからだろう。
ボリンの友人の何人かはそこそこの貴族、それこそ建国貴族の傍流筋の者といった子供たちもいた。
だからだろうか。貴族の間ではやった病により、友人の何人かは亡くなった。
それだけではなく、本宅の跡取りが亡くなったからと、職人街から引き上げられたそれこそ貴族のご落胤である自分のような子供は多かったほどだ。
「未だに理由もなく発生する奇病です。ザクス家も力を尽くしました…ですが我らだけでは…レダート家の協力がなければ被害は甚大だったでしょう」
レダート家の宝島でしか採れない薬草が『花裂病』に効果があった。薬草によって『花裂病』は終息していったのだが、まだ完全に終息したとはいえなかった。
ボリンは真偽は定かではないがこの国の皇子と皇女がかかっている病は『花裂病』ではないのかという話を聞き、ないとは思わなかった。むしろだからこそ、皇子と皇女はあまり人前に出なかったのだろうとも思ったほどだ。
完治したからこそサイジャルに通えているが、完治してなければ王位継承問題でく国は大騒ぎになっていただろう。
クレトスはひどく後悔をしているのだろう。救えなかった命はどれも幼く、彼の心に傷をつけたのだろう。
だから口が滑った。
「今でも思うのですよ…もし、あのとき」
クレトスは建国貴族しか知らぬことを口に出そうとしていた。
それはいくら先代の当主であっても許されることではないことだ。
「お待たせして申し訳ありませんでした」
「首席!え!いつから!」
「なに、今帰ってきたんだ」
タイミングよく…いや、姿を消すのを止めてティストールは二人の前に現れた。
部屋で誰にも告げずに仕事をしていれば来客を感じ、とっさに光の精霊に姿を隠してもらいやり過ごそうとしていた。穏便に帰ってもらえたら顔を出すつもりはなかった。
相手にするには骨が折れる相手なのだ。
だがいくらボリンがロイヤルメイジとして信頼できても、クレトスからその話をされるのはティストールとしても困るのだ。建国貴族…ひいてはクウリイエンシア皇国の根幹を揺るがすことになる事件の話をさせるわけにはいかなかった。
「これはフェスマルク殿。ようやくお会いできましたな」
「ご無沙汰して申し訳ありません、ザクス殿」
建国貴族の二人の会話は、ある意味で他国の王同士の会話のようなものだ。
なぜなら、建国貴族は王と同列であり、彼らは土台から格が違う。
容赦なく重く苦しい気配に押し潰されながらボリンは震える。
『俺は技術屋だっての!貴族っていってもおこぼれだってのに!』
そう心中で文句をいったところで、どうにもならず、こそこそと部屋から抜け出すので精一杯だった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
多くなりすぎたのでわけます。続きは明日更新します。
花裂病の記述を載せ忘れていたので追加しました。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
315
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる