妖しい、僕のまち〜妖怪娘だらけの役場で公務員やっています〜

詩月 七夜

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第十一章 大妖六番勝負

【百二十一丁目】「邪魔しておるぞ、坊」

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 軽やかな電話音が、課内に響き渡る。
 降神町おりがみちょう役場特別住民支援課。
 年末の足音が聞こえてきそうな11月末のある日、僕…十乃とおの めぐるは一人で事務室にいた。
 黒塚くろづか主任(鬼女きじょ)は二弐ふたにさん(二口女ふたくちおんな)を伴って出張。
 何でも、高名な近代妖怪漫画家の9周忌とかで、市長に代わり、町の代表として式典に参加するらしい。
 間車まぐるまさん(朧車おぼろぐるま)と摩矢まやさん(野鉄砲のでっぽう)は、昨日町内で目撃された正体不明の特別住民ようかいの探索及び保護に奔走中。
 沙槻さつきさん(戦斎女いくさのいつきめ)は、先の「夜光院やこういん」における「K.a.Iカイ」との一件について、自らが身を置く五猟ごりょう一族へ経緯を報告・説明すべく不在になっている。
 ということで、僕一人が残され、デスクワークにいそしんでいた。
 僕は、鳴り続ける電話機に手を伸ばす。

「はい、特別住民支援課の十乃です」

「ハァ…ハァ…メグちゃん…?」

 全身を走る怖気に、僕は思わず受話器から耳を離した。
 受話器を通じて聞こえて来たのは男の声。
 そして…聞きたくもない、荒い息づかいだった。

「も、もしもし…?」

「ハァ…ハァ…ね、ねえ、いま何してんの…?」

 沈黙。
 僕は今一度、耳を離し、受話器を見詰める。

 …これは、変質者アレか。
 うん、変質者アレだろう。
 いや、でも、僕は男だし、女の子っぽい可愛い声じゃないと思うんだけど。
 でも「メグちゃん」っていうのは偶然にしても僕の名前に被ってるあたり、極めて気色が悪い。
 このまま受話器を置けば楽になれるのだが…そうはいかないのが役場というところである。
 僕は咳払いをした。

「あの、すみません。ここは降神町役場なんですけど、おかけになった番号に間違いございませんか…?」

「うん。違わないよ…ハァ、ハァ…ね、ねぇ…いま何してるの?」

 「一人っきりの事務所で、変質者アレな人の相手を強いられています」と、ド直球でズバリ言いたいところだが…それも出来ないのが役場というところである。

「あの、お客様?ご用件はそれだけでしょうか?」

「…ハァ…ハァ…」

「そ、その…それだけであるならば、大変申し訳ありませんが、このまま電話を置かせていただきますね?」

「…そ、そんな…釣れないこと言わないでよ、メグちゃん」

 僕は再度咳ばらいをした。

「あの、僕は“メグちゃん”という名前ではありません。もう、電話をお切りしてもいいですね?」

「知ってるよ、十乃 巡君」

 不意に。
 受話器の向こうの声が、一転してそう告げる。
 その声には、聞き覚えがあった。

「…その声、もしかして…雄賀おがさん!?」

「いえーす。ざっつらいと!」

 僕は溜息を吐いた。
 電話の声の主は、雄賀 稀一まれひと
 内閣府の「特別住民対策室」の室長であり、この国の特別住民ようかい政策の一端を担う(これでも)偉い人である。

「ご無沙汰です。元気してました?」

 明るい声でそう尋ねる雄賀さんに、僕はジト目になった。

「ええ、まあ…っていうか、今の電話は何ですか!?」

 思わず声を上げる僕に、受話器の向こうの雄賀さんは平然と、

「何って…何かマズかったですか?」

「マズいですよ、色々と!」

 まったく…
 男の僕でも、あんな電話を取ってしまったら、気色悪いことこの上ない。
 図らずしも露出狂に出くわした女性の心境が分かってしまった気分である。
 だが、そんな僕の気持ちなどお構いなしに、雄賀さんは言った。

「いやあ、すみません。最後にあったのが雉鳴山しめいさんで『天毎逆あまのざこ事件』解決の前でしたからね。あの時の君、女の子の身体になっていたでしょ?」

 あはは、と笑いながら雄賀さんは続けた。

「あの時の印象が残ってて、電話する時についつい盛り上がっちゃって♪」

 …そんなことで、危ない方面に盛り上がらないで欲しい。
 相変わらず、妙なテンションの持ち主である。

「もういいです…で、一体どうしたんです?」

「それについては、からご説明があると思います」

「…へ?」

 雄賀さんに言われて、何気なく正面を向き、僕は目を剥いた。

「うわっ!?」

 僕のデスクの斜め前…応接セットのソファーに、いつの間にか小さな女の子が一人、ちょこんと座っていた。
 年は十歳ちょっとだろうか。
 赤いちゃんちゃんこに丈の短い、淡い桜色の小袖姿で、おかっぱに鈴の飾りがついた髪留めをした可愛らしい女の子である。
 クリクリとした大きなまん丸の目が、面白そうに僕を見ていた。

「邪魔しておるぞ、ぼう

 女の子がそう言うのと同時に、僕は思わず直立不動になった。

「ちょ、町長!?」

-------------------------------------------------------------

 驚く僕の目の前で、女の子…御屋敷みやしき 俚世りせは、湯呑のお茶を一口飲み干した。

「うむ、さすがは二弐。良い茶葉を仕入れとるの」

「はあ。まあ、そう、ですね…」

 僕は受話器を手にしたまま、カクカクと頷くだけだ。
 あまりにも急な登場に、思考が停滞してしまう。

 御屋敷 俚世…見た目は小学生くらいの女の子だが、実はこの降神町の町長である。
 そして何を隠そう、かの有名な妖怪“座敷童子ざしきわらし”その人だったりする。
 この降神町が政府により「妖怪保護特区」に指定された数年の後、町の選挙において、ダントツの票差で町長の座についた、全国初の…いや、歴史上初の妖怪の首長である。
 民間俗説で語られる“座敷童子”の「宿る家に幸福をもたらす」というラッキーシンボル的イメージと愛らしい外見、何より、人妖分け隔てなく展開される政策が人気を博し、すでに三期目の町長職を務めているベテランだ。
 そして、役場内外に複数の親衛隊が存在するとか囁かれるほどのアイドル町長でもある。
 御屋敷町長は、突っ立ったままの僕を見上げ、クスリと笑った。

「そう固くならず、まあ座れ」

「は、はい」

 恐る恐る対面に座る僕。
 今のような御屋敷町長の神出鬼没ぶりは、役場職員なら誰もが知っているところである。
 ご存じの方も多いと思うが、語り継がれている“座敷童子”の伝承には「いつの間にか姿を見せて、悪戯をしたり、子供たちとたわむれたりし、いつの間にか消えている。そして、その顔を覚えている者はいない」というものがある。
 彼女はその伝承そのままの妖力を持っており、いつの間にか姿を現して、いつの間にか姿を消す。
 さらに「そこに彼女がいた」という認識をも阻害し、皆の記憶にすら残らない場合もあるらしい。
 いつ何時、目の前に現れるか分からない、組織のトップ…それが僕たち下っ端職員ヒラにどれだけ心臓に悪いかは推して知るべしだ。

「早速来てくれるとは。相変わらずフットワークが軽いですねぇ」

 どこから見ているのだろうか。
 まるで、この場にいるように、受話器越しに話し出す雄賀さん。
 それに、御屋敷町長はジロリと見た。
 僕の手にある受話器を見ているのだろうが、僕自身が睨まれた錯覚になり、思わず身がすくむ。

「仕方あるまい。事は急を要する。まったく…黒塚がおらぬ時に、よくもまあ、このような面倒事を持ってくるのぅ」

 こちらも受話器の声が聞こえるのか、御屋敷町長がそうボヤいた。
 
「それについては僕の力も及ばないところで動いているので、謝らないですよ?」

 あははは、と呑気に笑う雄賀さん。
 何だろう?
 何だか、穏便でない気配を感じるぞ。

 例えば「天毎逆事件」
 例えば「絶界島トゥーレ」での一件
 例えば「六月の花嫁大戦ジューンブライド・ウォーズ
 例えば「夜光院」での攻防

 それに似た、何だか胃痛を呼ぶような、眩暈めまいを招くような、落ち着かない空気。

 そう…いわゆる「荒唐無稽な大騒動トラブル」の前兆となる空気である。

「まあいい。それは一旦置いておくとして…それ、坊も少し付き合え」

 そう言いながら、御屋敷町長は僕にもお茶の入った湯呑を差し出した。
 来賓用のものではない、正真正銘、僕の自前の湯呑だ。
 …バカな。
 どうして収納場所を知っていて、何で持ってるんだ…!?

「あ、有り難うございます」

 面食らいながらも、勧められるままに一口お茶を口に含む。
 気が付くと、あまりの展開に喉がカラカラだ。

「ところで、坊よ。お前に尋ねたいことがある」

 ニッコリとあどけなく笑う御屋敷町長。

「?」

?」

ぶふーーーーーーーーーーーーっ!!

 僕は思わず真横を向いてお茶を噴き出した。

「な、ななななんのことでしょおか…!?」

 たちまち目を泳がせてキョドる僕に、御屋敷町長は溜息を吐いた。

「…そこまで分かりやすいリアクションをしておいて、まだシラをきるつもりか?」

「あ、あう…」

 声を失う僕。
 同時に、僕は盛大に慌てていた。
 半月前に経験した、異界寺院「夜光院」での一件は、行動を共にした悪友の雄二ゆうじはもちろん、同期の織原おりはらさん、水瀬みなせさん(コサメ小女郎こじょろう)にも「口外はしないで欲しい」と深くお願いしている。
 それは、現世の災厄になりかねない幻獣“ぬえ”の卵の秘匿ひとくは無論のこと、それが人の世に出ないよう守護してくれている北杜ほくとさん(野寺坊のでらぼう)をはじめとする「夜光院」の妖怪たちに対して、一連の情報が他所へ漏れることで彼らに余計な負担を掛けたくないからだった。
 同時に、体を張って外敵から「夜光院」を守る彼らに頼りきりになるのではなく、僕ら人間側も出来る限り彼らを支援したいという気持ちがあったからである。
 この考えには雄二たちも賛同してくれ、幽世かくりょに赴いた証拠がないのをいいことに、全員で口をつぐんだのである。

 だが、それが何故、御屋敷町長の耳に…?

「…ふむ。まあ、言いたくなければそれでも良い」

「ええ~!?僕は聞きたいなぁ。あの伝説の『夜光院』に行ったなんて、実に貴重な経験じゃないですか!」

 しきりに残念がる雄賀さんに、再びジロリと目を向ける御屋敷町長。

「…なれ、余計なことは考えるなよ?」 

 やや低い声でそう釘を刺す。
 それに、雄賀さんは軽く溜息を吐いた。

「はいはい、分かってますよ。そんなに睨まないでください」

「ふん。汝は放っておくと、坊をかどわかして逆行催眠でも施しかねんからのぅ」

 お茶を啜りながら、そんな言葉を漏らす御屋敷町長。
 それを聞き、僕の体を先ほどと同様の悪寒が走り抜ける。

 …それにしても。
 この二人、知り合い同士なのだろうか?
 まあ、特別住民ようかい関連では、国と地方でそれぞれ高い役職にいる人達だ。
 お互いに面識があってもおかしくはないだろうが…

「まあよい。それでは、本題に入ろうか」

 湯呑を置いて、真っすぐに僕を見る御屋敷町長。

「特別住民支援課所属、十乃主事しゅじよ」

「は、はい」

 その様子に僕は思わず居住まいを正した。

「我、降神町長たる御屋敷 俚世の権限において命ずる」

 そう言うと、御屋敷町長はニッコリ笑った。

「この降神町で開催予定の『あやかしサミット』に、儂と一緒に出席せい」

 …

 ……

 …………

 ……………

「はいいいいいいッ!?」
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