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第十一章 大妖六番勝負
【百三十一丁目】「それは…儂にも上手く言えん」
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明けて翌日。
いよいよ「妖サミット」が始まった。
会場となるのは「百喜苑」内にある多目的施設「夕宴堂」という建物だ。
外観は、その名の通り、夕日のように赤く塗装された「お堂」である。
ただし、見た目はお堂といっても、その大きさはかなりのものだ。
何でも、聞いた話では、両国国技館と同程度の建物面積があるらしい。
上空から見ると、十六角形という独特の形状をしたこの建物には、大規模な会議を行える会議室のほか、武道場や遊技場なども備わっており、利便性にも長けている。
ここに、昨晩参集した大妖達が顔を並べ、話し合いなどをするのである。
「ご苦労様です」
僕…十乃 巡は、入り口に立っていた警備の木葉天狗にそう声を掛け、身分証明書を提示した。
「これは、十乃殿」
身分証には、物理的どころか電子的にも複製できないように、ある種の術が施されているらしい。
それを確かめていた木葉天狗の背後から、もう一人の木葉天狗が顔を覗かせ、そう声を掛けてきた。
その顔には見覚えがあった。
「颯さん、おはようございます」
「十乃殿こそ、お早いお着きで…おい、この方は大丈夫だ。通してさしあげてくれ」
颯さんが確認をしていた木葉天狗にそう告げてくれ、僕は無事に入場できた。
彼とは、以前起きた「天毎逆事件」以来、顔見知りの間柄だ。
そして「六月の花嫁大戦」以降は、とある事情で、僕の身辺警護を請け負ってくれている。
「颯さん、ここの警備担当になったんですか?」
僕の質問に頷きつつ、やや声を潜める颯さん。
「ええ…本来は十乃殿専属として護衛するのが私の任務なのですが…今回ばかりは事情が事情ですので…」
「…それって、やっぱり昨日の?」
僕の問いに、颯さんが無言で頷く。
彼の言う「事情」とは、昨晩起きた「大妖に対する襲撃事件」のことだ。
何でも、この百喜苑内において何者かが来賓である大妖の一人を襲撃したらしい。
まさに、一大事と言える。
幸い、襲われた大妖自身によって、襲撃者は撃退されたようだが、一歩間違えばサミット自体が中止になっていた可能性が高い。
最悪の場合、大妖達がこの一件で人間へ不審の目を向け、トラブルに発展する危険性もあった。
しかし、実質的な被害が最小であり、襲撃を受けた大妖自身も大ごとにする気もなかったようで、そう大きな騒ぎにはならなかった。
しかし、余計な混乱を避けるため、関係者には「かん口令」が敷かれ、苑内の警備はさらに強化されることになったのだった。
「よもや、これほどの警備の中で十乃殿に狼藉を働こうという者はいないとは思いますが…どうか、くれぐれもご注意を」
そう言う颯さんに僕は頷いた。
「有り難うございます。でも、今日は僕以外に心強い仲間がいるので、大丈夫だと思います」
「心強い仲間、ですか?」
「ええ。この町で、一番頼りになる仲間達ですよ」
きょとんとなる颯さんに、僕は笑って見せた。
その時だった。
「そんな殺生な…!何故でござるか!?この通り、通行証もあるでござるよ!?」
突然、背後の関係者通用口からそんな大声が聞こえる。
振り向いた僕達の視線の先で、見覚えのある男性が騒いでいる。
あ、あれは…余さん(精螻蛄)!?
狼狽える余さんに、門番の木葉天狗が告げた。
「規定により、この中では特別な許可を得た者以外は撮影禁止なのだ。よって、苑内に入る場合、許可を得ていない者の撮影機材は、全て当方で預からせてもらうことになっている」
「そ、それでは、サミットに列席される女妖の艶姿を撮ることは…」
「当然、不可だ!」
呆れ顔の木葉天狗に、決死の表情ですがる余さん。
「そ、そんなぁ~!後生でござる!某は、それだけが楽しみでここに来たんでござる!ご覧くだされ、カメラだって、わざわざ新品のを…!」
「ええい!しつこいぞ!ダメなものはダメだ!」
ぎゃーぎゃー喚く余さんと押し問答になる木葉天狗。
それを見ていた、颯さんが眉根を寄せた。
「どうやら、サミット関係者のようだが、何者だ?まったく見苦しい。あまり騒ぎ立てるようなら、摘み出して…」
「すいません…」
振り返る颯さんから微妙に視線を泳がせて、僕は視線を逸らしつつ小さな声で言った。
「…いま言った『心強い仲間』の一人です…」
僕のその言葉に、颯さんは何とも言えない表情になったのは言うまでもない。
--------------------------------------------------------
「ひとまず、主な顔がそろったようだの」
「夕宴堂」内の大型会議室「紅月の間」。
その中に、降神町町長、御屋敷 俚世(座敷童子)の声が響く。
そこは不思議な空間だった。
造り自体は純和風のやや薄暗い奥座敷なのだが、室内は円形で、階段付きのすり鉢状になっている。
底部となる中央には、鮮やかな深紅の毛氈が敷かれ、真上にある明り取りの円窓から注ぐ明かりが、そこに真円を描いていた。
それは、まさに「紅い月」のようだった。
紅月は、その朧な光で室内を照らしている。
そして、それを囲むように大妖達が座し、思い思いの態勢で開会の時を待っていた。
白衣白髪の美女…「霊王」玉緒(天狐)。
野性味溢れる若者…「獣王」小源太(隠神刑部)。
海賊風の女傑…「海王」勇魚(悪樓)。
平安貴族のような美丈夫…「妖王」神野悪五郎。
高貴なオーラを振りまく令嬢…「鬼王」紅刃(酒呑童子)。
そして、黒い裃姿のいぶし銀…「魔王」山本五郎左衛門。
そうそうたる面々の中、議長役である俚世は一つの空席を見やった。
本来、そこには、もう一体の大妖が座するはずだった。
「連絡があって、骸世殿は遅参するそうじゃ。じゃが、話し合いは進めても良いと言っておった。なので、ここに揃った面子で始めようと思う」
そう言うと、自席に座しながら俚世は一同を見回した。
「で…早速かつ率直に聞くが、汝ら、一体どういう風の吹き回しじゃ?」
「あら、何のことかしら?」
きょとんとした顔で聞き返す神野。
「ぬかせ、神野よ。雁首揃えて、とぼける気か?」
俚世はジロリと神野を見やった。
「日頃、それぞれの|幽世に引きこもったまま、ろくに顔も会わせようともせぬうえ、この会合も決して人目が入らぬ場所で行われていたのに、今回はこんな人里で行うという…汝らのその意図と変節の理由を教えろと言っておるのだ」
「それこそ、とぼける気か?座敷童子」
山本が不敵に笑う。
「俺達とて、自分の幽世でただふんぞりかえっていただけじゃない。人間共の世界で起こったことは、程度の差こそあれ、それぞれ見聞きしているさ」
そう言うと、山本は行儀悪く足を崩したまま、顎髭を撫ぜた。
「もちろん『夜光院』での一件もな」
「…やはりそれか」
俚世が溜息を吐いて、腕を組む。
山本は薄く笑った。
「少し前に、夜光院が狼藉者どもの討ち入りを受け、北杜達が動いたのは大妖達の間ではもはや周知の事実だ」
「…」
「それと、その一件に関わった人間の小僧…十乃っていったか?そいつにも興味がある」
山本がそう言うと、勇魚が面白そうに笑った。
「おう、それな!何でも、普通の人間のくせに、あの夜光院に招かれ、北杜達と共闘したそうじゃないか。そんな珍事、永く生きたあたしも初めて聞いた話さ。そうなりゃあ、どんな奴なのか知りたくなるてぇってもんだ」
追従するように、神野も妖しい笑みを浮かべた。
「こちらの魚のお姉さんの言う通りね。あの『一切不干渉』を貫いていた夜光院の連中が、たかだか人間一匹に門戸を開くなんて、俄かには信じがたい話だし、アタシも興味あるわ」
「噂の十乃君なら、うちはもう会いましたわ。素直そうな可愛ええ子やったわぁ♡」
玉緒がニッコリ笑う。
「あんな純粋な子、久し振りやったから、思わず頭からパクリといきそうになってしもたわ♡」
「あら、趣味が合いますわね」
チロリと舌なめずりする玉緒に、紅刃が同調した。
「私もお会いしましたわ。お顔は幼子のようでしたが、強引に押し倒されてしまいまして…本当に、殿方は見掛けによらないものですわね」
そう言うと、紅刃は洋風扇子で口元を隠す。
「まあ、私好みの殿方でしたから、悪い気はしませんでしたが♡」
「えー!?ズルい!何それ、ズルいー!」
途端に血相を変える玉緒に、紅刃が勝ち誇ったように微笑む。
「うふふ。ご免あそばせ♪でも、欲しいものを奪い、喰らうは鬼の本質。男を誑かすのだって、何も女狐だけの専売特許ではございませんことよ?」
「ぐぬぬ…!鳶ならぬ鬼に横から掻っ攫われるとは…!」
悔し気に歯噛みする玉緒を横目に、小源太が肩を竦めた。
「へっ!十乃って人間は俺も見たけど、あのひょろっちい青二才のことだろ?まったく、あんなひ弱そうな雄のどこがいいんだか…」
すると、玉緒と紅刃がギロリと小源太を睨んだ。
「黙っとき!あの子の良さは、田舎狸なんぞには分からへんわ…!」
「まったくですわ!腹鼓打つしか能のないお子ちゃまは、お呼びではありませんことよ?」
女妖二人の剣幕に、思わず気圧される小源太。
それに苦笑しつつ、山本が言った。
「そう言うわけだ。皆、十乃って奴がどんな奴なのか、知りたくってわざわざ降神町にやって来たのさ」
山本は、脇息に肘を預けつつ続けた。
「おあつらえ向きに、人間の役人共…確か「特別住民対策何とか」っていう所の頭が、この町を推薦してきたしな。まさに『渡りに船』って奴だ」
俚世の脳裏に「特別住民対策室」室長の雄賀が、ヘラヘラ笑う姿が浮かぶ。
「あやつめ…いまさらながら、まったく余計なことをしてくれたもんじゃ」
俚世は、頭痛を堪えるように頭を押さえてから、大妖達を見回した。
「まあいい。どうせそういうことじゃろうと、十乃の奴めは今回のサミットに連れてきたしの。汝らはすでに会っておるが、後程改めて引き合わせよう…しかし、本当にそれだけのためにこの町にやって来たのか、汝ら?」
室内に沈黙が下りる。
大妖達は誰もが視線を合わせることなく、ただじっと俚世を見詰めていた。
「二十年」
不意に。
山本が口を開いた。
「俺達、大妖が現世を離れ、幽世に身を置いてからはもう数百年になるか…それから、人間共が我が物顔でのさばるようになり、現世に留まった妖怪達は、ほとんどがその姿を消した」
そこまで言って目を細める山本。
「…はずだった」
「…」
「そいつらが復活して、原因不明のまま二十年が経つ。そして、さらにだ…」
山本が鋭い牙を剥いて見せる。
「多重結界に籠ってたはずの妖怪神、天毎逆が姿を見せただけでなく、あの忌々しい『斉貴十仙』共が動き回り、挙句の果てには夜光院が何者かに襲われた」
一段低い声のままそう告げると、山本は俚世へ鋭い視線を向けた。
「そして、極めつけは昨日の襲撃事件だ」
「む、山本よ、それは…」
慌てて遮ろうとした俚世の身体を、突然冷気が走った。
「…ねぇ、昨日のアレって何かしら?」
見れば。
山本の好敵手、神野がただならぬ妖気を放っていた。
好敵手の身に起こった、自分の知り得ぬ出来事に反応したのだろう。
「二人だけで内緒話はズルいわ。アタシ達も混ぜて欲しいわね?」
が、山本は軽く無視し、神野を親指で指した。
「俺も最初は神野を疑ったさ…だが見ての通りだ。この様子だと明らかにコイツの仕業じゃない。そもそも、コイツはそんな芝居っ気とは無縁だしな」
俚世は一旦胸を撫で下ろした。
山本の真意は汲みかねたが、故意に襲撃事件をぼやかすような言い回しから、少なくとも今は「事の真相」を語る気はないらしい。
だが、それで収まらないのが神野だった。
「…よく分からないけど、アタシを馬鹿にしてるのかしら?山本五郎左衛門」
神野の声音が冷気を増す。
山本は初めて神野を見て言った。
「いいや違う、褒めてるのさ。お前のその裏表のない度量をな」
「…何よ、藪から棒に」
突然の称賛に神野の妖気が幾分薄らいだ。
「言葉通りさ。まあ、おとなしく聞いててくれ。たぶん、皆にも後で分かる」
「それは公平ではありませんわね」
不意に紅刃が口を挟んだ。
「この会合は、我々大妖が互いに胸襟を開き、平等な立場で話し合う場のはず。山本様、貴方一人だけが知り得る情報があるというのは、この会合の主旨から外れるものではありませんこと?」
紅刃の指摘に山本が薄く笑う。
「確かにそいつは正論だ。とはいえ『腹の探り合い』は、昔からこの会合の妙でもある。大体…」
山本は居並ぶ大妖達を見回し不敵に笑った。
「どうせ、どいつもこいつも腹に一物抱えて来てんだろうが」
その言葉に全員の間に不穏な空気が立ち上る。
玉緒が妖艶に笑った。
「うちは気にしませんえ。こちとら妖狐やさかい、化かし合いなら土俵のうちや」
「へっ!右に同じだ。妖狸相手にいつまでも腹芸がもつと思うなよ?」
追従するように小源太も挑発的な笑みを浮かべる。
「はっはー!あたしはそういうのは気にしないから構わないぜ?好きな事を好きなだけやりゃあいいさ。それに、海に棲むモンは心も器もでっかいからな!」
「…まあ、皆様がそう仰るなら」
豪快に笑う勇魚に毒気を抜かれたかのように、紅刃がそう言った。
「ってことで…話を元に戻すぜ、座敷童子」
「ちょっと!アタシの了承も得なさいよ、山本!」
再び騒ぎ出す神野を尻目に、山本は俚世に言った。
「昔から、ああいう事を目論む奴はいたが、今回はちょっと毛色が違う。第一、アレは他の連中も標的にしてた節もある」
「…」
無言のままの俚世に、山本は静かに告げた。
「俺は…いや、他の皆もだろうが、お前の口から聞きたいのさ。いま、現世で何が動いているのか、をな」
「それは…」
大妖達の視線を受けつつ、俚世は先を言いよどんで首を横に振る。
「いや…儂にも上手く言えん」
俚世は真剣な表情で続けた。
「確かにここ最近、この降神町を中心として、妖怪絡みの不可解な事件や事故が多い。しかし、その真相の究明には儂一人程度の推測では到底真相には届くまいよ」
「この町で、二十年も現世を見続けてきたお前でもか」
山本の言葉に俚世は頷いた。
「じゃがの、儂は夜光院襲撃までの一連の事件を知り、確信をいだいたことがある」
「それは?」
紅刃がそう問いただすと、俚世は言った。
「儂は…我々、特別住民に、何か良からぬ者共の手が忍び寄っている気がするのじゃ」
いよいよ「妖サミット」が始まった。
会場となるのは「百喜苑」内にある多目的施設「夕宴堂」という建物だ。
外観は、その名の通り、夕日のように赤く塗装された「お堂」である。
ただし、見た目はお堂といっても、その大きさはかなりのものだ。
何でも、聞いた話では、両国国技館と同程度の建物面積があるらしい。
上空から見ると、十六角形という独特の形状をしたこの建物には、大規模な会議を行える会議室のほか、武道場や遊技場なども備わっており、利便性にも長けている。
ここに、昨晩参集した大妖達が顔を並べ、話し合いなどをするのである。
「ご苦労様です」
僕…十乃 巡は、入り口に立っていた警備の木葉天狗にそう声を掛け、身分証明書を提示した。
「これは、十乃殿」
身分証には、物理的どころか電子的にも複製できないように、ある種の術が施されているらしい。
それを確かめていた木葉天狗の背後から、もう一人の木葉天狗が顔を覗かせ、そう声を掛けてきた。
その顔には見覚えがあった。
「颯さん、おはようございます」
「十乃殿こそ、お早いお着きで…おい、この方は大丈夫だ。通してさしあげてくれ」
颯さんが確認をしていた木葉天狗にそう告げてくれ、僕は無事に入場できた。
彼とは、以前起きた「天毎逆事件」以来、顔見知りの間柄だ。
そして「六月の花嫁大戦」以降は、とある事情で、僕の身辺警護を請け負ってくれている。
「颯さん、ここの警備担当になったんですか?」
僕の質問に頷きつつ、やや声を潜める颯さん。
「ええ…本来は十乃殿専属として護衛するのが私の任務なのですが…今回ばかりは事情が事情ですので…」
「…それって、やっぱり昨日の?」
僕の問いに、颯さんが無言で頷く。
彼の言う「事情」とは、昨晩起きた「大妖に対する襲撃事件」のことだ。
何でも、この百喜苑内において何者かが来賓である大妖の一人を襲撃したらしい。
まさに、一大事と言える。
幸い、襲われた大妖自身によって、襲撃者は撃退されたようだが、一歩間違えばサミット自体が中止になっていた可能性が高い。
最悪の場合、大妖達がこの一件で人間へ不審の目を向け、トラブルに発展する危険性もあった。
しかし、実質的な被害が最小であり、襲撃を受けた大妖自身も大ごとにする気もなかったようで、そう大きな騒ぎにはならなかった。
しかし、余計な混乱を避けるため、関係者には「かん口令」が敷かれ、苑内の警備はさらに強化されることになったのだった。
「よもや、これほどの警備の中で十乃殿に狼藉を働こうという者はいないとは思いますが…どうか、くれぐれもご注意を」
そう言う颯さんに僕は頷いた。
「有り難うございます。でも、今日は僕以外に心強い仲間がいるので、大丈夫だと思います」
「心強い仲間、ですか?」
「ええ。この町で、一番頼りになる仲間達ですよ」
きょとんとなる颯さんに、僕は笑って見せた。
その時だった。
「そんな殺生な…!何故でござるか!?この通り、通行証もあるでござるよ!?」
突然、背後の関係者通用口からそんな大声が聞こえる。
振り向いた僕達の視線の先で、見覚えのある男性が騒いでいる。
あ、あれは…余さん(精螻蛄)!?
狼狽える余さんに、門番の木葉天狗が告げた。
「規定により、この中では特別な許可を得た者以外は撮影禁止なのだ。よって、苑内に入る場合、許可を得ていない者の撮影機材は、全て当方で預からせてもらうことになっている」
「そ、それでは、サミットに列席される女妖の艶姿を撮ることは…」
「当然、不可だ!」
呆れ顔の木葉天狗に、決死の表情ですがる余さん。
「そ、そんなぁ~!後生でござる!某は、それだけが楽しみでここに来たんでござる!ご覧くだされ、カメラだって、わざわざ新品のを…!」
「ええい!しつこいぞ!ダメなものはダメだ!」
ぎゃーぎゃー喚く余さんと押し問答になる木葉天狗。
それを見ていた、颯さんが眉根を寄せた。
「どうやら、サミット関係者のようだが、何者だ?まったく見苦しい。あまり騒ぎ立てるようなら、摘み出して…」
「すいません…」
振り返る颯さんから微妙に視線を泳がせて、僕は視線を逸らしつつ小さな声で言った。
「…いま言った『心強い仲間』の一人です…」
僕のその言葉に、颯さんは何とも言えない表情になったのは言うまでもない。
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「ひとまず、主な顔がそろったようだの」
「夕宴堂」内の大型会議室「紅月の間」。
その中に、降神町町長、御屋敷 俚世(座敷童子)の声が響く。
そこは不思議な空間だった。
造り自体は純和風のやや薄暗い奥座敷なのだが、室内は円形で、階段付きのすり鉢状になっている。
底部となる中央には、鮮やかな深紅の毛氈が敷かれ、真上にある明り取りの円窓から注ぐ明かりが、そこに真円を描いていた。
それは、まさに「紅い月」のようだった。
紅月は、その朧な光で室内を照らしている。
そして、それを囲むように大妖達が座し、思い思いの態勢で開会の時を待っていた。
白衣白髪の美女…「霊王」玉緒(天狐)。
野性味溢れる若者…「獣王」小源太(隠神刑部)。
海賊風の女傑…「海王」勇魚(悪樓)。
平安貴族のような美丈夫…「妖王」神野悪五郎。
高貴なオーラを振りまく令嬢…「鬼王」紅刃(酒呑童子)。
そして、黒い裃姿のいぶし銀…「魔王」山本五郎左衛門。
そうそうたる面々の中、議長役である俚世は一つの空席を見やった。
本来、そこには、もう一体の大妖が座するはずだった。
「連絡があって、骸世殿は遅参するそうじゃ。じゃが、話し合いは進めても良いと言っておった。なので、ここに揃った面子で始めようと思う」
そう言うと、自席に座しながら俚世は一同を見回した。
「で…早速かつ率直に聞くが、汝ら、一体どういう風の吹き回しじゃ?」
「あら、何のことかしら?」
きょとんとした顔で聞き返す神野。
「ぬかせ、神野よ。雁首揃えて、とぼける気か?」
俚世はジロリと神野を見やった。
「日頃、それぞれの|幽世に引きこもったまま、ろくに顔も会わせようともせぬうえ、この会合も決して人目が入らぬ場所で行われていたのに、今回はこんな人里で行うという…汝らのその意図と変節の理由を教えろと言っておるのだ」
「それこそ、とぼける気か?座敷童子」
山本が不敵に笑う。
「俺達とて、自分の幽世でただふんぞりかえっていただけじゃない。人間共の世界で起こったことは、程度の差こそあれ、それぞれ見聞きしているさ」
そう言うと、山本は行儀悪く足を崩したまま、顎髭を撫ぜた。
「もちろん『夜光院』での一件もな」
「…やはりそれか」
俚世が溜息を吐いて、腕を組む。
山本は薄く笑った。
「少し前に、夜光院が狼藉者どもの討ち入りを受け、北杜達が動いたのは大妖達の間ではもはや周知の事実だ」
「…」
「それと、その一件に関わった人間の小僧…十乃っていったか?そいつにも興味がある」
山本がそう言うと、勇魚が面白そうに笑った。
「おう、それな!何でも、普通の人間のくせに、あの夜光院に招かれ、北杜達と共闘したそうじゃないか。そんな珍事、永く生きたあたしも初めて聞いた話さ。そうなりゃあ、どんな奴なのか知りたくなるてぇってもんだ」
追従するように、神野も妖しい笑みを浮かべた。
「こちらの魚のお姉さんの言う通りね。あの『一切不干渉』を貫いていた夜光院の連中が、たかだか人間一匹に門戸を開くなんて、俄かには信じがたい話だし、アタシも興味あるわ」
「噂の十乃君なら、うちはもう会いましたわ。素直そうな可愛ええ子やったわぁ♡」
玉緒がニッコリ笑う。
「あんな純粋な子、久し振りやったから、思わず頭からパクリといきそうになってしもたわ♡」
「あら、趣味が合いますわね」
チロリと舌なめずりする玉緒に、紅刃が同調した。
「私もお会いしましたわ。お顔は幼子のようでしたが、強引に押し倒されてしまいまして…本当に、殿方は見掛けによらないものですわね」
そう言うと、紅刃は洋風扇子で口元を隠す。
「まあ、私好みの殿方でしたから、悪い気はしませんでしたが♡」
「えー!?ズルい!何それ、ズルいー!」
途端に血相を変える玉緒に、紅刃が勝ち誇ったように微笑む。
「うふふ。ご免あそばせ♪でも、欲しいものを奪い、喰らうは鬼の本質。男を誑かすのだって、何も女狐だけの専売特許ではございませんことよ?」
「ぐぬぬ…!鳶ならぬ鬼に横から掻っ攫われるとは…!」
悔し気に歯噛みする玉緒を横目に、小源太が肩を竦めた。
「へっ!十乃って人間は俺も見たけど、あのひょろっちい青二才のことだろ?まったく、あんなひ弱そうな雄のどこがいいんだか…」
すると、玉緒と紅刃がギロリと小源太を睨んだ。
「黙っとき!あの子の良さは、田舎狸なんぞには分からへんわ…!」
「まったくですわ!腹鼓打つしか能のないお子ちゃまは、お呼びではありませんことよ?」
女妖二人の剣幕に、思わず気圧される小源太。
それに苦笑しつつ、山本が言った。
「そう言うわけだ。皆、十乃って奴がどんな奴なのか、知りたくってわざわざ降神町にやって来たのさ」
山本は、脇息に肘を預けつつ続けた。
「おあつらえ向きに、人間の役人共…確か「特別住民対策何とか」っていう所の頭が、この町を推薦してきたしな。まさに『渡りに船』って奴だ」
俚世の脳裏に「特別住民対策室」室長の雄賀が、ヘラヘラ笑う姿が浮かぶ。
「あやつめ…いまさらながら、まったく余計なことをしてくれたもんじゃ」
俚世は、頭痛を堪えるように頭を押さえてから、大妖達を見回した。
「まあいい。どうせそういうことじゃろうと、十乃の奴めは今回のサミットに連れてきたしの。汝らはすでに会っておるが、後程改めて引き合わせよう…しかし、本当にそれだけのためにこの町にやって来たのか、汝ら?」
室内に沈黙が下りる。
大妖達は誰もが視線を合わせることなく、ただじっと俚世を見詰めていた。
「二十年」
不意に。
山本が口を開いた。
「俺達、大妖が現世を離れ、幽世に身を置いてからはもう数百年になるか…それから、人間共が我が物顔でのさばるようになり、現世に留まった妖怪達は、ほとんどがその姿を消した」
そこまで言って目を細める山本。
「…はずだった」
「…」
「そいつらが復活して、原因不明のまま二十年が経つ。そして、さらにだ…」
山本が鋭い牙を剥いて見せる。
「多重結界に籠ってたはずの妖怪神、天毎逆が姿を見せただけでなく、あの忌々しい『斉貴十仙』共が動き回り、挙句の果てには夜光院が何者かに襲われた」
一段低い声のままそう告げると、山本は俚世へ鋭い視線を向けた。
「そして、極めつけは昨日の襲撃事件だ」
「む、山本よ、それは…」
慌てて遮ろうとした俚世の身体を、突然冷気が走った。
「…ねぇ、昨日のアレって何かしら?」
見れば。
山本の好敵手、神野がただならぬ妖気を放っていた。
好敵手の身に起こった、自分の知り得ぬ出来事に反応したのだろう。
「二人だけで内緒話はズルいわ。アタシ達も混ぜて欲しいわね?」
が、山本は軽く無視し、神野を親指で指した。
「俺も最初は神野を疑ったさ…だが見ての通りだ。この様子だと明らかにコイツの仕業じゃない。そもそも、コイツはそんな芝居っ気とは無縁だしな」
俚世は一旦胸を撫で下ろした。
山本の真意は汲みかねたが、故意に襲撃事件をぼやかすような言い回しから、少なくとも今は「事の真相」を語る気はないらしい。
だが、それで収まらないのが神野だった。
「…よく分からないけど、アタシを馬鹿にしてるのかしら?山本五郎左衛門」
神野の声音が冷気を増す。
山本は初めて神野を見て言った。
「いいや違う、褒めてるのさ。お前のその裏表のない度量をな」
「…何よ、藪から棒に」
突然の称賛に神野の妖気が幾分薄らいだ。
「言葉通りさ。まあ、おとなしく聞いててくれ。たぶん、皆にも後で分かる」
「それは公平ではありませんわね」
不意に紅刃が口を挟んだ。
「この会合は、我々大妖が互いに胸襟を開き、平等な立場で話し合う場のはず。山本様、貴方一人だけが知り得る情報があるというのは、この会合の主旨から外れるものではありませんこと?」
紅刃の指摘に山本が薄く笑う。
「確かにそいつは正論だ。とはいえ『腹の探り合い』は、昔からこの会合の妙でもある。大体…」
山本は居並ぶ大妖達を見回し不敵に笑った。
「どうせ、どいつもこいつも腹に一物抱えて来てんだろうが」
その言葉に全員の間に不穏な空気が立ち上る。
玉緒が妖艶に笑った。
「うちは気にしませんえ。こちとら妖狐やさかい、化かし合いなら土俵のうちや」
「へっ!右に同じだ。妖狸相手にいつまでも腹芸がもつと思うなよ?」
追従するように小源太も挑発的な笑みを浮かべる。
「はっはー!あたしはそういうのは気にしないから構わないぜ?好きな事を好きなだけやりゃあいいさ。それに、海に棲むモンは心も器もでっかいからな!」
「…まあ、皆様がそう仰るなら」
豪快に笑う勇魚に毒気を抜かれたかのように、紅刃がそう言った。
「ってことで…話を元に戻すぜ、座敷童子」
「ちょっと!アタシの了承も得なさいよ、山本!」
再び騒ぎ出す神野を尻目に、山本は俚世に言った。
「昔から、ああいう事を目論む奴はいたが、今回はちょっと毛色が違う。第一、アレは他の連中も標的にしてた節もある」
「…」
無言のままの俚世に、山本は静かに告げた。
「俺は…いや、他の皆もだろうが、お前の口から聞きたいのさ。いま、現世で何が動いているのか、をな」
「それは…」
大妖達の視線を受けつつ、俚世は先を言いよどんで首を横に振る。
「いや…儂にも上手く言えん」
俚世は真剣な表情で続けた。
「確かにここ最近、この降神町を中心として、妖怪絡みの不可解な事件や事故が多い。しかし、その真相の究明には儂一人程度の推測では到底真相には届くまいよ」
「この町で、二十年も現世を見続けてきたお前でもか」
山本の言葉に俚世は頷いた。
「じゃがの、儂は夜光院襲撃までの一連の事件を知り、確信をいだいたことがある」
「それは?」
紅刃がそう問いただすと、俚世は言った。
「儂は…我々、特別住民に、何か良からぬ者共の手が忍び寄っている気がするのじゃ」
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