世界唯一の妖喚師 ~転生したらスキル「召喚」が「妖怪限定」でした~

詩月 七夜

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第四十一話 突撃!隣の(森の)エルフさん

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「ここが西の森…」

 “洞巨人トロール”を“日和坊ひよりぼうが呼び寄せた”陽の光で石化させ、光が途切れない元の位置に戻した後、俺達は“ウェッジ”を貫通するトンネルを通り抜け、反対側の「西の森」へと到着した。
 広大な“緑の迷宮グリーン・ヘル”の西側にあるこの森は、エルフ達が住まう集落がある。
 俺達はその中でも最大の集落「精都ルミナス」を目指すことにした。
 そこにはエルフ達を束ねる族長がいるという。
 俺達が森の中を動き回ることについて、まずは族長への顔通しと許可を得ることは避けられないそうだ。
 そして、そのためには、ダークエルフ族の中でも王族クラスの地位にいて、名前も顔が売れているアシュレーさんに上手く交渉してもらうしかない。

「ここに来る前にも言ったが、期待はしないで欲しい」

 そう言ったのは、俺達の先頭に立つアシュレーさん当人だ。
 西の森は反対に広がる東の森に比べると、植生も違うのか、木漏れ日が多く降り注いでいる。
 彼女はその下に伸びる小道を、用心しながら進んでいた。
 その後に俺とラノさん、殿しんがりをグレナスさんとクロエさんが固める。

「確かに私はダークエルフ族の中でもそれなりの地位にはいる。それゆえ、エルフ族にも覚えのある存在だ」

 周囲の気配を探るように、視線を走らせるアシュレーさん。

「それでも、エルフ達にしてみれば私達ダークエルフは気を許せる相手ではない。いきなり捕縛されるようなことは無いだろうが、絶対に歓迎されん」

 まあ、ここ数百年は両者の交流は無かったらしいし、俺達人間まで姿を表したらエルフ達も目を剥くだろうな。

「とにかく、相手を刺激しないことだ。下手に刺激すれば、いらぬ騒ぎが起きて下手をすれば捕虜に…」

『生体反応あり』

 アシュレーさんの言葉を遮り、腰の“魔王の小槌こづち”がサラッと報告する。

『数は10。樹上に6、地上に4。私達を包囲してるだわ』

 俺の技能スキル「直感」と「気配察知」にビンビンきてる。
 もう間違いない。

「俺も捉えたよ。これってやっぱ、エルフ?」

 俺の問いに小槌が答えた。

『間違いないだわ。ついでに言うと、完全武装してるだわよ』

 やっぱり。
 向こうは警戒しまくりだよね。

「アルト殿…?急に立ち止まってどうされましたか…?」

 背後を進んでいたグレナスさんが怪訝そうな顔で尋ねてくる。
 ああ、そう言えば小槌の声は他の人には聞こえないんだった。

「ええと…何かエルフの皆さんに囲まれてるっぽいです」

 俺がそう言うと、全員が即座に反応した。

「本当か、アルト殿!?」

ご主人様マスター、私の背後に…!」

「クロエ、ラノ殿と一緒にアルト殿を守れ…!」

「はい、兄さん…!」

 出会った際にアシュレーさん達の接近を見抜いた俺だ。
 その索敵能力の高さは、皆も評価してくれている。
 実際、ここに来るまでの間に何度も魔物の接近を警告し、感嘆されたしね。
 しかし…アシュレーさん達だって野伏レンジャーとして鋭敏な気配察知能力を持っているのに、こうも簡単に包囲してくるなんて。
 ダークエルフと同じ“精霊の加護”を持っているエルフ達っていうこともあるんだろうけど、やはりここがホームグラウンドの森だからかな…?

「…全員、武器は抜くな」

 声を潜めてアシュレーさんが言った。

「先制攻撃が無いということは、少なくとも害意は持っていないだろう。こちらも敵意を見せないよう、自然に振舞うんだ。とにかく友好的に、だ」

 口ではそう言ったものの、アシュレーさん達はいたく緊張していた。
 それだけ、エルフとダークエルフの間には確執があるってことなんだろう。

「これはどういうことでしょうか」

 不意に鈴が鳴るような澄んだ女性の声が響く。
 声のした方を見ると、6人の男女が姿を見せた。
 いずれも軽装だが、弓矢や皮鎧などで身を固めている。
 そして、全員が美男美女ぞろいだ。
 陶器の白い肌に金糸のような金髪ブロンド
 そして、長く尖った耳。
 まごうことなきエルフである。
 いまさら説明するのもアレだけど、エルフはゲルマン神話に起源を持つ北欧州の民間伝承に登場する種族だ。
 北欧神話に登場する彼らは自然の豊饒さを司る不死か長命の小神族で、とても美しく若々しい外見を持ち、森や泉などに住むとされた。
 近代になるとそうした伝承からファンタジーRPGに登場するようなイメージが定着していったとされる。
 そんな彼らを率いるように立つ一人の女性がいた。
 一言で言うならその美貌はまさに女神。
 流れ落ちる黄金の滝のごとき金髪と、微光を放っているかのような白い肌。
 顔立ちはまさに神の手による創造物のように整っていて、アシュレーさんにも引けはとらない美女っぷりだ。
 白い薄布にまとい、美脚を辛うじて覆うきわどい短女裳ミニスカートに驚かされるが、これがエルフ族の基本的な服装なら仕方がない。
 いや実に仕方がない。
 あと、横でラノさんがジト目で俺を凝視してくるのは、何かの誤解のせいだと思っておこう。

「セフィラ…」

 グレナスさんが呻くようにそう言った。
 見れば、何とも言えない苦々しい顔つきになっている。

「グレナスさん、知り合いなんですか…?」

 俺がそう尋ねると、グレナスさんは頷いた。

「はい。ダークエルフとエルフの会合が行われた、幼少の頃に少しだけ」

 そう答えてくれたけど、グレナスさんの表情を見ると、何か事情がありそうだな…

「まあ、グレナス。こうして顔を合わせるのはかれこれ千年ぶりかしら」

 そう言って花のように笑うセフィラさん。
 いや、千年ぶりって…
 人間とエルフ、ダークエルフの年齢進行の格差は知識として分かってるけど、こうして当人達の会話を聞くと時間の感覚がバグりそうだ。
 にしても、セフィラさんの目が笑っていないぞ。
 やはり、二人の間には何か因縁めいたものがありそうだ。

「それにしても…ミストの姫までご一緒とは。こちらに事前の通告もなく“ウェッジ”を抜けて領域侵犯をするなんて、間違いなく大問題だと思いますが…」

 セフィラさんの視線を受け、アシュレーさんが軽く片膝を曲げ、首を垂れる。

「その非礼については詫びよう。しかし、我々に貴方達を害する意思はない」

 そう言うと、アシュレーさんはまっすぐにセフィラさんを見た。

「私達はある事情があって、ユーフェミア様に面会したいだけなんだ」

「族長に…?」

 ちなみにユーフェミア様というのは、精都ルミナスにいるエルフ族の長老で、一族をまとめる存在なのだとか。

「そんなことを認めるわけがないだろう!」

 突然声を荒げたのは、セフィラさんの隣に立つ若者だ。
 エルフにしては珍しく短髪で、繊細さより精悍さが際立つ美丈夫である。
 そして、セフィラさんとは違い、あからさまにこちらへ敵意を向けてきている。

「一方的に俺達の森に侵入し、理由も告げずにユーフェミア様に合わせろだと!?馬鹿にしているのか…!?」

 セフィラさんが激高する若者を手で制する。

「落ち着いて、ユリアン」

「いいや、言わせてもらうぞ、姉上…!」

 この二人、姉弟なんだ?
 何か、あんまり似てないし、性格とか真逆っぽいな。
 そうして俺を指差すユリアン君。

「見ればコイツは人間じゃないか!卑怯で下劣で、俺達エルフを汚す外道が!よくもこの森にやってこれたな…!」

 …おお、何かすごいヘイトを食らってるな。
 けど、無理もない。
 以前聞いたんだけど、ラノさんが生まれ育った里なんかは人間達の戦争のあおりを受け、壊滅したという。
 その際、彼女の母親を含む多数のエルフが犠牲になったり、さらわれたらしい。
 人間にとってはそれなりに昔の出来事だけど、長命なエルフ達にしてみればさほど遠い過去ではないんだろう。

「アルトさんはそんな悪い人間じゃないです…!」

 そうかばってくれたのはクロエさんだ。
 彼女は背の高いユリアン君にも物おじせず、彼を睨みつけた。

「おや?いたのか、チビっ子」

 それに気付いたユリアン君が、鼻で笑う。

「相変わらず身体も声も小さいな。小妖精ピクシーの囁きかと思ったじゃないか」

 そう言いながらあからさまな嘲笑を向けてくるユリアン君。
 うんまあ、確かにクロエさんはモデル体型のアシュレーさんに比べると小柄な方だ。
 性格も物静かな方だから、声も大きい方じゃない。
 その自覚があるのか、ユリアン君のあおりにクロエさんは歯を食いしばって睨み返していた。
 俺はこっそりグレナスさんに尋ねた。

(もしかしてあの二人も知り合い同士で…?)

(ええ。私とセフィラ同様、あの二人も年齢が近く、子供の頃から面識があるんです)

 ちなみにグレナスさん情報だと、セフィラさんは「精霊使いエレメンタラー」で、ユリアン君は「獣使いビーストテイマー」らしい。
 精霊使いは後衛職である魔術師メイジの一種で精霊魔術という系統魔術を使いこなす。
 エルフやダークエルフは生来この資質を強く持って生まれるけど、精霊使いの職種クラスにある者は群を抜いていて、精霊達と交信し、様々な術を使用できるという。
 つまり、彼女はアシュレーさん達をも上回る精霊魔術の専門家ということだ。
 獣使いはその名のごとく、鳥獣を友とし、使役できる職種クラスで、希少な職種クラスでもある。
 本人の戦闘能力次第では前衛もこなせるので、オールラウンダーとして活躍できる。
 生来の才覚に左右されやすいうえ、友とする動物達との相性もあるようだけど、空海陸に棲む多種多様な動物達による支援を受けられるので侮れない。
 味方にいれば心強いけど、敵に回せば怖い存在となるだろう。
 
「ここにいるアルト殿は我々の恩人だ」

 アシュレーさんがそう告げた。

「彼がハモウナの町の冒険者ギルドに所属しているのは間違いない。身分も人柄も、この私が保証しよう」

 凛としてそう言い切ってくれたのを聞き、俺は素直に感動した。
 出会った時は印象最悪だったけど、俺が想像していた以上に彼女は恩義を感じていてくれたんだ。

「へぇ…じゃあ、もう一つ聞きますがね」

 ユリアン君が意地の悪い笑みを浮かべる。

「そっちのはどういった素性で?」

 それにラノさんがハッとする。
 そして、慌てたように首に手を当てた。
 そこには奴隷の証である「隷従輪スレイブリング」が刻印されている。
 ユリアン君の笑みが、敵意に満ちた表情へと変わった。

「…よう、混ざりもの。それを刻んだのは誰だか言ってみろ」
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