世界唯一の妖喚師 ~転生したらスキル「召喚」が「妖怪限定」でした~

詩月 七夜

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第四話 薬は用法・用量を守って正しく使いましょう

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 豚鬼オーク達を完全駆逐した俺は、荷馬車組の皆さんと改めて言葉を交わした。
 思えば、これも初めて。
 第一異世界人、発見である。

「本当に助かりました」

 そう礼を言ってきたのは、荷馬車組のリーダーであるおじさんだ。
 名前はビルギットさん。
 商人をしていて、護衛を雇いつつ、隊商を組んで移動中だったらしい。
 そこで、先程の豚鬼達に襲われたという。
 が、聞けば不幸中の幸いというやつで、死人はおらず、数名の怪我人が出ただけで被害は済んだらしい。
 ビルギットさんは、仲間を救ってくれた俺が子供であることに驚き、さらに小山のような“鬼熊おにくま”を見て驚き、さらに鬼熊が俺に従順なことにも驚いていた。
 まあ、無理もない。
 豚鬼達を殺戮しまくった猛獣が、いまはサーカスの熊みたいに俺にかしずいているのだ。

「アルトさん…でしたな。失礼だが、貴方のような子供が何故このような所にお一人で…?」

 ビルギットさんがそう尋ねてくる。
 まあ、そーくるよね。
 こんな人も住まない場所に、こんな子供がこんな猛獣を従えているんだから。

「俺も旅の途中なんです」

 などとポエムな感じで言い訳する俺。
 が、もちろん俺は自分探しの旅とかはしていない。
 目的は、この世界に根差す命として、まずは人並みの生活を送ることだ。
 そのためには、手に職つけて、衣食住を確保しなきゃ。
 そして、それを得るにはひと工夫が必要だ。
 僕はあえて困り顔でビルギットさんに言った。

「実はこの辺りは初めて訪れたんですが…道に迷ってしまって」

 まず、こう振ると…

「おお、そうでしたか。それはお困りでしょう。ならば、私共と一緒に近くの町まで参りませんか?」

 と、こう来る…!
 おおう、これこそ異世界の法則。
 「見ず知らずの人を助けてあげると、親切に案内してくれる」現象(長い)なり。
 俺はにっこり笑って、

「それは助かります。ぜひお願いします!」

 礼儀正しくお礼を述べる。
 ビルギットさんは相好を崩して、何度も頷いた。
 と、そこに、

「お話中、済まない」

 一人の男が駆け寄ってきた。
 見れば、荷馬車組の護衛の一人だ。
 彼らはファンタジー世界ではお馴染みの「冒険者」であり、ビルギットさんに雇われたパーティのリーダーである。
 男は深刻な顔でビルギットさんに告げた。

「実は、仲間が受けた傷の具合が良くない…もしかしたら、という可能性がある…」

 そう言って歯噛みするリーダー。
 先程の戦闘で重傷者が出たのは知っていたけど…どうやら、その一人が危ないみたいだ。
 報告を受け、ビルギットさんが驚いた表情を浮かべた。

「皆さんのパーティには『癒やしの法術』を使える方がいたはずでは…!?」

「リノアなら、とっくに法術を施してくれてる…でも、思ったより深手で、治療を始めたタイミングが遅かったらしい」

「そんな…」

 痛ましい顔になるビルギットさん。
 リーダーも覚悟を決めたのか、瞑目している。
 場に重苦しい空気が満ちた。

「…あの、宜しいですか?」

 俺がそう声を掛けると、二人は俺の存在を忘れていたように、少し驚いた。

「ああ…済みません。恩人を放ったらかしにしていて…」

「いえ…それより怪我人のお話を聞きましたが…」

 俺は顎に手を当てると、少し思案してから、二人に告げた。

「…もしかしたら、何とか出来るかも知れませんよ?」

◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 通されたのは一つの野営用テントだった。
 豚鬼の襲撃もあり、隊商を立て直す時間も必要だったため、皆で今夜はここ野営をすることに決めたらしい。
 で、怪我人達も休ませるために、専用のテントも張ったのだ。

「ふーむ…」

 俺はテントの中を覗き、その様子を見てとった。
 テントの中には一人の男性が横たわっていた。
 包帯で巻かれた肩口から胸にかけて、赤黒い出血の痕が見て取れる。
 傍らには一人の女性。
 男性の手を取り、涙を流していた。
 たぶん、彼女がパーティに属する女僧侶プリースト…確か、リノアさん?なんだろう。
 で、仲間である男性の傷を癒す術を施していたが、その効果が及ばないほどにまで、傷の具合が悪化しているらしい。

「…どうでしょうか?」

 ビルギットさんが心配そうに尋ねてきたので、俺は頷いてみせた。

「…ええ、これなら大丈夫です。てっきり、重傷かと思いましたが」

 あっけらかんとそう言う俺に、リノアさんをはじめとしたパーティの面々が目を剥く。

「た、助けることが出来るのですか!?」

 すがるように尋ねるリノアさんに、俺は頷いた。

「はい。ですので、皆さんは一度テントの外に出ていてください」

 俺の言葉に一同がさらに目を剥く。

「ど、どうしてだ!?ここで見守っていては駄目なのか…!?」

 仲間の一人らしい男性がそう問いただす。
 俺は首を横に振った。

「申し訳ありませんが、今から行う治療は他人にお見せ出来るものではないですし、お見せするつもりもありません」

 断固とした俺の言葉に顔を見合わせる一同。
 悪いけど、こっちには都合ってもんがある。
 この異世界で、妖怪を呼ぶ術なんて、あまり見せびらかさない方が良さそうだし、悪目立ちもしたくない。

「思っていたよりも軽症とはいえ、今は一刻を争います。どうか、俺を信じて、この場を任せてくれませんか…?」

 俺がそう言い、一人ひとりの顔を見つめる。
 治療の様子を見せることは出来ないが、怪我人を治すことは間違いなく出来る。
 そう、なら可能なはずだ。

「…分かった。君を信じよう」

 そう言ってくれたのはリーダーさんだ。

「君と君が連れたあの熊のおかげで、俺達は助かったんだ。その君の言葉を信じなくてどうする」

 リーダーがそう言うと、仲間の人達も互いに頷きあった。
 そして、俺一人を残し、全員でテントを出ていく。

『…いい判断だわね』

 俺だけ残ったテントに、声が響く。
 幻聴ではない。
 山ン本のおっさんがくれた、例の“魔王の小槌”の声だ。

『妖怪を呼ぶところを見られるのは、今は避けて正解だわ』

 それに俺は頷いた。

「まーね。後で色々と深掘りされるのもめんどいし」

『でも、本当にこの傷を治せるのだわ?この傷、結構深手だわよ?』

 小槌が言うとおり、男性の傷は見た目以上に深そうだ。
 既に男性の意識は無く、呼吸も浅いし、放っておくと命に関わりそうな様子だ。
 それは素人目にもよく分かる。
 しかし、それでもこの男性を助ける方法はあるのだ。

召命しょうめい

 俺は身構えると指で印を切った。
 妖怪を呼び出す要領は鬼熊の時に掴めている。
 小槌が言うように、妖怪を呼ぶ術は俺の脳内に焼き付けられたように確立されていて、術の発動自体に問題は無い。
 あとは誰を呼ぶか…なのだが、今回は迷うこと無くに決めている。

「顕現せよ!“狸伝膏ばけものこう”!」

 瞬間、俺の前に鬼熊の時より小さめの鳥居が現れる。
 そして、そこを通って一人の少女が姿を見せた。

「…お呼びですかぁ?」

 少女はおずおずと顔を覗かせ、辺りをキョロキョロと見渡す。

「ひゃあ、ここが異世界ですかぁ。何だか、薄暗くて皮臭いですねぇ」

 まぁ、テントの中だしね。

「やあ、よく来てくれたね」

 俺は少女にそう語りかけた。
 少女は俺に気付き、慌てて三つ指をついて地に伏した。

「は、はじめましてぇ、あ…あるじ様にお会いできて光栄ですぅ…!」

 俺は平伏する少女に言った。

「俺も会えて嬉しいよ。で、早速だけど、君の力を借りたいん…だっ!ぷ!」

 顔を上げた少女を見て、俺は吹き出しそうになるのを寸前でこらえた。
 見れば、少女の頭には可愛らしい耳が出ており、目元は黒く、お尻からはふかふかの尻尾が伸びている。
 いわゆる、まごうことなき「人間に化けそこなったたぬき」だ。
 さもありなん。
 今回俺が呼んだのは“狸伝膏”という狸の妖怪なのだ
 妙な名前に思うかも知れないけど、厳密に言えば“狸伝膏”っていうのは、妖怪の名前ではない。
 昔、人に悪さを働いていた化け狸がおり、ある時、その腕を刀で切り落とされてしまった。
 後日「腕を返して欲しい」と懇願する化け狸に腕を返してやると、お礼として伝えたのが秘薬「狸伝膏」だった。
 そして、この狸伝膏は、片腕を切られた狸が作っただけに、非常に高性能な軟膏だったりする。
 吹き出しそうだった俺は、咳払いをした。

「んんっ!…さて、実はこの男の人がご覧のとおり酷い傷を負っていてね。ぜひ、君の力で治して欲しいんだけど…」

 俺の言葉を受け、負傷した男性の様子を診る狸伝膏ちゃん。
 鼻をクンクンさせたり、小首を傾げたり、尻尾をピコピコ動かしたりしていたが、

「…あいあいですぅ。しからば…ほいっ!」

 お腹をポンッと叩くと、何処にしまってあったのか、薬壺が現れた。
 そして、蓋を開けると、それを尻尾に塗り始める。

「さてさて、それでは仕上げですぅ」

 宙に跳び上がり、くるりと一回転する狸伝膏ちゃん。
 それだけで尻尾から軟膏が降り注ぎ、男性の傷に降りかかる。
 すると…

「おお~!」

 思わず感嘆の声を上げる俺。
 包帯の上からかけた軟膏が傷口に染み渡ると、男性の血色もみるみる回復していくではないか…!
 呼吸も規則正しいものになり、苦しそうだった表情もやわらいでいった。
 よーし、想像以上だ!
 やっぱり、こういう傷には狸伝膏こそ効くってね!

「ありがとう!助かったよ、狸伝膏ちゃん!」

 思わずその頭を撫でてあげると、狸伝膏ちゃんは照れたように、

「えへへぇ…主様に褒められたのですぅ」

 尻尾をピコピコさせていたのだった。
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