世界唯一の妖喚師 ~転生したらスキル「召喚」が「妖怪限定」でした~

詩月 七夜

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第十話 証拠の品を見せて外野を黙らせるの、皆は好き?

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「おはようございます!」

 明けて翌日。
 俺は朝一番で冒険者ギルドに向かい、依頼受注の窓口に立った。
 朝でもギルド内にはそれなりの数の冒険者達がいた。
 たぶん、依頼の内容によっては、朝イチからこなさないと間に合わないものもあるんだろう。

「君は…昨日の…!」

 窓口の奥に昨日、依頼受注の手続きをしてくれたお兄さんがいた。
 僕の顔を見るなり、慌てて窓口へとやって来る。

「良かった、無事に避難してきたんだね…!」

 ホッとした顔でそう言うお兄さん。

 …んん?
 避難…?

 …あ、そうか。
 さては、俺が例の館の居住依頼を達成できずに逃げ帰ってきたと思ってるな?
 俺はにこやかに笑って告げた。

「いえ、依頼は達成するまで、このまま受け続けますよ」

「えっ、そうなのかい?」

 自分の予想が外れたお兄さんが、驚いた顔になる。
 俺は頷き、

「今日は、昨日『ギルドへ顔を出すように』って言われたから来たんですけど、実はちょっとした報告もありまして…」

 そして、俺は昨日、館の地下洞で起きたことを告げた。

 昨日、悪魔を討伐した後、俺と妖怪達は地下洞の調査を続行した。
 まず、物騒な魔法陣は、魔王の小槌こづちの力を借りて即封印。
 いくら妖怪達が強くでも、次から次に悪魔デーモンが湧き出してくるのは勘弁願いたいしね。
 次に地下洞をくまなく歩き回り、異常がないか確認。
 その結果、地下洞の奥に謎めいた祭壇みたいものを発見した。
 小槌が鑑定したところ、

『これは…どうやら、悪魔崇拝のための祭祀場の跡みたいだわね』

 とのことだった。
 ここからは小槌による推測だけど…悪魔召喚の魔法陣の存在といい、館の持ち主だった貴族は、おそらく悪魔崇拝者だった。
 彼は地下洞の存在を知り、その上に館を建てて、地下に悪魔崇拝の祭壇を築いた。
 悪魔崇拝は、この世界でも禁忌とされているみたいだし、人目を避けるにはあの地下洞は隠れて悪魔崇拝を行うにはうってつけだったというわけだ。
 そして、俺達が見つけた魔法陣と呼び出された悪魔は、さしずめあの祭祀場の警備装置と番人といったところだろう。
 しかし、その貴族もいまは故人。
 家は断絶し、血族も離散してしまったらしい。
 後年、館を買い取った人間が不幸な目に遭っていたのは偶然なのか、それとも悪魔崇拝が行われた結果、何らかの呪いでも受けていたのか…
 今となっては、その真相を探る術はない。

 そうして地下洞で見たものや調査結果を報告すると、受付のお兄さんは疑念に満ちた表情を浮かべた。

「…あのねぇ」

 言葉を詰まらせた後、失笑するお兄さん。

「…たぶん、館で何かあって、住み続けるのが怖くなったんだろうけど…ウソはいけないよ…?」

 …うん、まあ、そうなるよね。
 いくらステラ一つ等級ランクの依頼でも、元はステラ三つ等級ランクの依頼で、しかも五年も塩漬けになっていたわけだし。
 その間、ベテランの冒険者達も不吉な噂から受注を忌避していたうえ、そんないわくつきの依頼を俺みたいな子供が単独ソロで受注。
 挙句の果てに、館の地下には実は地下洞があって、そこに悪魔が出ました…なんて荒唐無稽なことを言い出せば、どんな清廉な聖人だって疑ってかかる。
 現に、俺の報告を聞いていた周囲の冒険者達全員が笑いだした。

「こりゃ傑作だぜ!坊主、お前、いい舞台脚本家になれるぞ?www」
「けど『悪魔が出た』ってのはやりすぎだろwww」
「いやいや、竜族ドラゴンが登場しないだけリアルじゃないか?www」
「ちょっと、からかうのはよしなさいよ。泣いちゃうわよ、この子www」

 いやいや、みんな揃いも揃って大爆笑。
 それぞれが好き勝手にからかうし、馬鹿にしてくる。
 どうでもいいけどさ…君達、今まで噂にビビって依頼受注を避けてたクチだよねぇ?
 しっかし…ここまで好き放題に言われて馬鹿にされると、もはや怒りを通り越して、いっそ清々しい気分になるなぁ。
 思わず溜息を吐いてから、俺は周囲で笑う冒険者達を見回した。

「…じゃあ、証拠を見せましょうか?」

 俺がそう言うと、場がしーんと静まり返る。
 そして、

「しょ、証拠だってさ!!!wwwwww」
「コイツはたまげたな!驚き過ぎて、腹がよじれそうだ!wwwww」
「だからからかうのはよせって言ったのよ。この子も後に引けなくなっちゃったでしょwwwww」
「よし、坊主!証拠があるなら、今すぐに見せてくれよ!悪魔の首でも持ってきたのか!?wwwww」

 さらなる大爆笑に包まれたその場に、ギルドに顔を出したばかりの冒険者達や他の職員達も、何事かと集まってくる。
 そして、それぞれが事情を知り、吹き出しては笑い転げていた。
 窓口のお兄さんも、困ったような顔をしつつ、笑い出さないよう口元を必死に押さえている。

 やれやれ…仕方ない。

 俺としては目立ちたくなかったので、ギルドの人間を連れてあの地下洞へと案内し、直接現場を確認してもらいたかったんだけどなぁ。

「さすがに生首は持って来てないんですが…あ、ジーナさん、をこっちへ持って来てください」

 俺は背後を振り返り、そう呼び掛けた。
 すると、ギルドの出入り口に控えていた一人の女性が、大きな袋を担いで持ってやって来る。
 見た目は年齢は二十歳くらい。
 茶色の髪を後ろで束ねており、俺と同じく着物を着た、陽気な雰囲気を放つ美人さんだ。
 さて、突然登場したこのジーナさん。
 詳しくは後で説明するとして、彼女は担いだ袋を窓口の前に下ろした。

「ご主人、ここでいい?」

「うん、ありがとう。いいから、そのまま中身を出しちゃって」

「ハイよ!…フッフッフッ、みんな、驚いてひっくり返んないでよ~?」

 そう言いながら、ニンマリ笑いつつ、袋の口を広げるジーナさん。
 そして、袋の中身が明らかになると、その場にいた全員が一斉にどよめいた。

「お、おいっ、アレって…!」
「まさか…本物かよ!?」
「ウソだろ…そんな、バカな…!」
「マ、マジかよ…!?」
「信じられない…」

 その場にいる全員が息を飲んで固まる中、俺は窓口のお兄さんに告げた。

「これが証拠の品…です」

 俺の前には、あの地下洞で妖怪達が仕留めた悪魔の骨が置かれていた。
 釣瓶火つるべび烏天狗からすてんぐの活躍で、悪魔はまるっと焼却されてしまったので、残ったのは骨だけだった。
 骨になってはいたが、悪魔独特のフォルムを残した頭蓋骨からは、明らかに普通ではない瘴気みたいなものが立ち昇っている。
 ふぅ…こうなる事を予想して、念のためにコレだけでも回収しておいて良かった。
 驚愕と混乱に、周囲でどよめきが収まらない中、俺は硬直したままの窓口のお兄さんにもう一度笑い掛けた。

「早速鑑定をお願いしますね。あ、結果が出るまでは、俺達は隣の食堂で朝ご飯でも食べて待っていますので。あとはヨロシクです♪」

◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

「ぷっは~!んまい!やっぱ、こういう気分で飲むお酒は無敵過ぎるぅ~!」

 ギルドに併設された食堂兼酒場。
 俺とジーナさんはそこで朝ご飯を食べつつ、ギルドの反応を待つことにした。
 ジーナさんは着席するなり、お酒を注文。
 朝だというのに、運ばれてきたエール酒を美味しそうにグビグビ飲んでいる。
 俺も相伴に預かりたいけど、いまは子供だし、ミルクで我慢。
 代わりに焼きたてのパンとチキン、豆のスープ、新鮮なサラダを平らげることにした。

「いや~、しかしさっきの一幕はホント痛快でしたね、ご主人!」

 気分良く酔っ払ったジーナさんが、楽しそうに笑い転げる。

「悪魔の骨を見せた時の、冒険者連中のあの間抜け顔ったら、もう!ギルド職員達もあんぐり口を開けてさぁ!いやぁ、サイコーに笑けた~!」

 ケタケタ笑うジーナさんに、俺は苦笑した。
 俺が皆に馬鹿にされているのを間近で見ていたわけだし、きっと彼女なりに不満フラストレーションが溜まっていたんだろう。

「それというのも、全部君の力のおかげだよ“袋狢ふくろむじな”」

「へへへ~、あんなのお安い御用だよ、ご主人~♡」

 酔って顔が赤いから分かりにくいけど、ジーナさん…いや、妖怪“袋狢”は照れたように言った。
 説明が後回しになったけど、このジーナさんという女性は、実は袋狢が化けた姿だ。
 袋狢は大きな袋を担いだ女性風の姿をしたムジナの妖怪だ。
 今回の一件をギルドに報告し、信用してもらえなかった場合の保険に、俺は倒した悪魔の頭蓋骨を「証拠の品」として持参することにした。
 けど、それを運ぶ方法に困った。
 大きな骨だし、そのままだと目立つし、誰かに手伝いを頼むにも色々と面倒だ。
 けど、モノがモノだし、できるなら目立たず隠して持ち込みたい。
 例えば、大きな袋に骨を入れて運ぶとか。
 で、で思い立ったのが袋狢の存在だった。
 試しに彼女を呼び出し、相談してみると…

「そんなのお茶の子さいさいだよ~」

 と快諾してくれた。
 おまけに嬉しい誤算も付いてきた。
 この世界に来た影響なのか、彼女の持つ妖力で編まれた袋は、まさにゲームでいう「アイテムボックス」並みの収納機能を発揮した。
 つまり、袋の中には何でも収納でき、しかも劣化もしない。
 収納できる数も底が知れないほどで、運ぶ時も袋の中身の重さはまったく影響しないようだった。
 そういうわけで、袋狢には人間に化けてもらい、人間の女性「ジーナさん」としてギルドに同行してもらったというわけである。
 グリルされたチキンをお皿に盛り付けてやりながら、俺はジーナさんに笑い掛けた。

「君の妖力には、何かと頼りにさせてもらうことになりそうだ。今後もよろしくね、ムさん」

「まっかせてよ、ご主人!」

 嬉しそうにチキンを頬張り、ジョッキを飲み干すジーナさん。
 ふふ…妖怪には酒好きが多いらしいけど、彼女も相当イケるクチみたいだなぁ。

「食事中に失礼する。君が噂の“悪魔殺しデーモンスレイヤー”アルト君かな…?」

 と、突然そんな声が割り込んでくる。
 “悪魔殺しデーモンスレイヤー”…?
 何か、エラい呼び名だな。
 見ると、俺達のテーブル脇に声の主と思われる女性が立っていた。
 その女性を見上げ、思わず息を飲む俺。
 見た目は二十代半ばだろうか。
 つややかな白磁の肌に、黄金の滝のように流れる蜜色金髪ハニーブロンド
 切れ長の目には翠玉エメラルドの瞳が輝き、唇にはうっすらと口紅ルージュが引かれている。
 均整のとれた肢体ボディには、たわわな双丘が実り、くびれた腰はそのまま悩まし気な曲線ヒップラインへと続いていた。
 ギルトの制服に身を包んだその女性は右目にかけた片眼鏡モノクルを正すと、呆けたようになっている俺を見下ろしつつ続けた。

「…違ったか?外見は、職員の報告にあった少年と整合するようだが…」

 が、そんな言葉も耳に入らず、俺はただ目の前の美人に目を奪われていた。
 対面に座るジーナさんが、見かねたようにテーブル下で俺のすねを足でつつく。
 ハッと我に返った俺は、慌てて席から立った。

「いえ!俺がアルトで合ってます…!」

 ピンと背筋を伸ばしつつそう答えると、女性はふと微笑した。
 すると、ただでさえ魅力的な美貌がさらに魅力的になる。
 ひえええ…ビックリした!
 こっちの世界には、こんな美人が存在するのかっ!
 微笑を浮かべたまま、美人は言った。

「そうか。朝食時にすまないな。私はイセルナという」

 そう言うと、女性…イセルナさんは胸に手を当てた。

「この冒険者ギルドの統括者マスターだ。以後、よろしく願おう」

 そう自己紹介をし、右手を差し出すイセルナさん。
 冒険者ギルドの…統括者マスター!?
 それって…このギルドで一番偉い人だよね!?
 思わぬ大物の登場に、その手を少し見つめた後、俺はおずおずと握り返した。

「…改めてですが、アルトです。ギルトに入りたての新人です。よろしくお願い致します」

「ふむ」

 すると、握手をしたまま、興味深そうに俺の顔を覗き込んでくるイセルナさん。
 鼻先ノーズキスしそうなその距離に、俺は思わずのけぞった。
 香水のいい匂いが漂う中、イセルナさんの鮮緑の瞳が俺を射抜く。
 ちょ…近い、近いよ!
 俺はその視線を受け止めきれず、思わずうわずった声で、

「あの…何か?」

 俺がそう尋ねると、イセルナさんはスッと身を引いた。

「…いや、失敬。本当に黒髪黒瞳なのだな」

 そう言うと、イセルナさんはフッと笑った。

「私も初めて見たが…黒髪黒瞳とは本当に美しいな。君のその髪も瞳も、私の好きな色だ。それに顔立ちも実に愛らしい」

 そんなストレートな口上に、俺は思わず頬が紅潮するのを感じた。
 いちいち語るのもなんだけど、現実世界にいた頃の俺は、女性と縁の無い男だった。
 もちろん、年齢=彼女いない歴である。
 なので、こうした美人に接するのにもまったく慣れていない。

『…鼻の下が伸びまくってるだわよ』

 腰に下げた魔王の小槌がそう言うもんだから、俺は思わず手で口元を覆った。
 あ、言い忘れたが、小槌の声は俺や妖怪達以外には、意図的に聞こえないようにできるらしい。
 どういう原理なのかは分からないけどね。

「あら、ギルド統括者マスターさんは、年下の男の子が好みなの~?」

 傍らでお酒を飲み続けているジーナさんが、ニヤニヤしながらそう口を挟む。
 …って、いつの間にかさっきよりジョッキ増えてんな、オイ!?

「おや、君は?」

 イセルナさんがそう尋ねると、ジーナさんは席から立ち上がり、俺に近付くと、腕を絡めてきた。

「あたしぃ?あたしはぁ、ご主人の忠実なるカワイイ下僕しもべ、ジーナちゃんでぇっす♡ヨロシク~♡」

 そう言うと、俺の頬に軽くキスをかます。
 う、酒臭い…!
 頬にいきなりキスをかまされたのも驚いたが、彼女から漂う酒のにおいにも驚いた。
 近くにいるだけでこっちも酔いそうだ。

「ほほう」
 
 そんな俺達の様子に、イセルナさんが考え込むように顎に手を当てた。

「…立ち入ったことを聞くが、君達はなのか?」

 さらにキスをしようとしてくるジーナさんへ腕を突っ張り、思いきり遠ざけつつ、俺は首を横に振った。

「見てのとおり、なので、くれぐれも誤解しないでください」

「あん♡ご主人ったら、いけずぅ~♡でも、そういうとこもしゅき~♡」

 ホント、酒量も酒癖も問題あるな、この子!
 基本的に女性には慣れていない俺だが、ジーナさんの正体…袋狢の姿を知っているので、こんな迫り方をされても多少の免疫はある。
 まあ、変身した後の彼女は、まぎれもない美人だし魅力的ではあるんだけどね。
 イセルナさんは、俺の言葉に納得したように頷いた。

「なら、安心した。

 そのひと言で、しーんと静かになる食堂兼酒場。
 ざわめきが凍りつき、時間が停まったようになる。
 冗談かと思ってイセルナさんを見やるが、彼女の表情からふざけた雰囲気は感じられない。
 それどころか、心なし情熱的な視線を向けてきているよーな…
 突然、俺の背筋を得体の知れない悪寒が走り抜けた。
 まるで、獰猛な肉食獣を前にしたような気分になる。
 凍りついたその場の空気をまったく気にした風もなく、にこやかに笑いながら、イセルナさんは俺に言った。

「それはさておき…アルト君、私は君に用があってこうして出向いたのだ」

「はあ…」

 呆けたような声で答える俺に、意味深な視線を向けてくるイセルナさん。

について話をしたい。どうだろう?君さえよければ、これから私の執務室に来てもらえないだろうか…?」

 …ははあ、ギルドのお偉いさんのお出ましはそういうことか。

「…一つ、いいですか?」

「何かな?」

「ジーナさんも同行してもらってもいいですよね?」

 身の危険を感じるので警護役ボディガードに…と、内心呟く。
 すると、イセルナさんは頷き、

「…分かった、構わない。では、案内しよう。ついてきてくれ」

 そう言うと、先導しながら歩き出すイセルナさん。
 その振り向きざまに、小さく「…チッ」と舌打ちが聞こえたような気がしたんだけど…きっと、気のせいだよね?

『いや、アレはだわよ』

「え?」

 俺の心を読んだかのように、小槌が言った。

『…あの女と二人きりになるのは、避けることをお勧めするだわ。から』

 小槌がそう呟く。
 イセルナさんを目で追うと、彼女は背中越しにチラリと俺へ視線を向けてきた。
 その口元に、妖艶な笑みが浮かぶのを目の当たりにし、俺は無言を貫くことにしたのだった。
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