世界唯一の妖喚師 ~転生したらスキル「召喚」が「妖怪限定」でした~

詩月 七夜

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第十三話 妖喚師、デビュー!【接触編】

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 そして、三日後。
 冒険者ギルドでの昇級試験の日がやって来た。

「おはよう。待っていたよ、アルト君」

 ギルド統括者マスターイセルナさんが俺を出迎えてくれる。

「おはようございます、イセルナさん。今日はよろしくお願いいたします」

 丁寧にお辞儀をしてあいさつする俺。
 いつもの妖喚師の衣装に身を包み、準備は万端だ。
 応援(保護者役兼対イセルナさん用護衛として)にジーナさん(袋狢ふくろむじな)とか呼ぼうと思ったが、あえて一人で参上した。
 考えてみれば、ジーナさんを呼ぶと酒飲んでくクダまいて応援しそうだし、気が散るし。
 イセルナさんがいざなうように僕へと進路を開ける。

「早速、試験会場に案内しよう」

 そう言ったイセルナさんの足がギルドの奥へと向かったので、俺は目を瞬かせた。

「ええと…会場って屋内なんですか…?」

 前に聞き及んでいた模擬戦とやらが今回の試験なら、派手に動き回りそうだし、屋外の会場を勝手に想定していたけど…
 イセルナさんは俺の言葉に頷いた。

「会場が屋外だと見物客ギャラリーも出るから、その統制とか矢や魔法による流れ弾への安全対策などが面倒なのでね。うちのギルドには、昇級試験や自己鍛錬、職種クラス変更チェンジ用として特別な地下の修練場が設けられているのだよ」

 イセルナさんについて行くと、彼女は窓口カウンター脇の扉を開け、奥へと続く通路を進んだ。
 その先には一つの大きな扉があった。
 扉の横の壁面には青い結晶体クリスタルが埋め込まれていて、イセルナさんがそれに触れると扉が自動で開く。
 だが、中は行き止まりの狭い部屋だった。

「さ、入りたまえ」

 イセルナさんに促されたので、おっかなびっくり中に入る。
 と、イセルナさんが室内の壁面にあった赤い結晶体クリスタルに触れると、今度は扉が閉まり、密室になった。

「少しめまいがするかも知れないが、そのままじっとしていたまえ」

 イセルナさんの言葉どおり、全身を不思議な気だるさとめまいが襲う。
 しかしそれも一瞬で、すぐに収まった。
 何だか、エレベーターに乗っている時の感覚に近かったな…

「着いたぞ」

 再び壁の赤い結晶体に触れるイセルナさん。
 すると、閉ざされていた扉がひとりでに開く。
 その先に広がる光景は、入室前と一変していた。

「…うわあ」

 思わず声を漏らす俺。
 そこは言うなれば巨大な地下アリーナだった。
 中央には広大な広場があり、その周囲は塀で区切られていて、スタジアムのように客席で囲まれている。
 高い天井には白い照明が見えるけど、この世界に電気が無いのは俺も知っている。
 たぶん魔法による光なんだと思う。

「ようこそ、当ギルドが誇る地下特別修練場へ」

 イセルナさんが微笑みながらそう言う。

「どうだね?なかなか立派だろう?」

 いや大したもんだ。
 こんな広さの地下施設なんて、現実世界でもそうは無いだろう。

「すごいですね…ギルドの地下にこんな施設があるなんて…!」

 俺の素直な感想に、イセルナさんがウインクしてくる。

「残念だが、ここはではないよ」

「え?でもさっき…」

「ここはハモウナの町より離れた、とある山脈の地下迷宮ダンジョンの一フロアをまるまる改修した施設だ。先程入った部屋に設置型の転移魔法陣があってね。私達はそれでギルドから転移してきたというわけさ」

 そ、そうか。
 あの時感じた気だるさとめまいは、転移魔法の影響だったのか。
 イセルナさんは続けた。

「戦闘用の魔法の中には、物騒な威力を持つものも多い。街中で暴発した場合を考慮して、この修練場はこうした人気ひとけがなく、被害を抑えることができる場所に造られたんだよ」

 町に被害が出るレベルの魔法って…もう、完全に災害レベルだよね!?
 この世界には、そんな魔法まであるんだ…
 まあ、何にせよ、これだけ大きな施設なら爆裂魔法だろうがドラゴン召喚だろうが、対応は出来そうだ。
 客席数だって、ざっと見回してみても某ドーム型スタジアムくらいはありそうだし。

「ようやくご到着か」

 不意にそんな野太い声がする。
 見れば、修練場には既に10人程の人間がいた。
 エルフ族にドワーフ族、ハーフリング族に獣人…その構成は種族・老若男女様々だ。

「紹介しよう。彼らがハモウナの冒険者ギルド幹部の面々だ」

 そう説明してくれるイセルナさん。
 紹介された幹部の面々が、各々値踏みするような視線を俺へと向けてくる。
 奇異・猜疑さいぎ・好奇…様々な色が混じったその視線を受けつつ、俺はお辞儀をしてから名乗った。

妖喚師ようかんしのアルトと申します。宜しくお願いいたします」

 すると、幹部の中にいた戦士風の一人の男が呆れたように言った。

「おいおい…本当にガキじゃねぇか!こんなチビ助が下級悪魔レッサーデーモン単独ソロで倒したって言うのかよ!?」

 胴間声どうまごえを上げたその男は、俺に近付くと胡散臭いものを見る目で俺を見下ろす。
 おお、近くで見ると結構デカいな。
 まるで、世紀末の救世主な伝説に登場しそうな巨漢だ。
 筋肉量も半端ないし、顔や体中に傷跡もあり、見るからに場数を踏んだ脳筋ファイターって感じだ。
 男は俺からイセルナさんへと視線を変えた。

統括者マスター、本気で信じてるんですかい?こんなガキが例の“悪魔殺しデーモンキラー”だって」

 侮蔑すらこもったその視線を受け止めながら、イセルナさんは動じた風もなく片眼鏡モノクルを正して言った。

「それをハッキリさせるための昇級試験だ」

 そして、僕を見て、

「改めて紹介しよう、アルト君。彼は当ギルドの幹部にしてステラ三つ等級ランクの冒険者、戦士ドルアドだ」

 と、告げた。
 さらに、

「そして、君の昇級試験の教導役および対戦相手でもある」

 気の弱い人なら卒倒しそうな程の凄みのある笑顔を向けてくるドルアドのおっさん。

「へっ…まあ、せいぜい可愛がってやる。楽しみにしとけ」

 うわあ…マジですか。
 教導役って聞いていたから、もっと達人や教師みたいな賢そうな人物を想像していたけど、想定外のキャラだ。
 無言でいる俺を怖気づいたと見なしたのか、ドルアドのおっさんはニヤリと笑った。

「安心しな、殺さない程度には手加減してやる。だが、始める前に便所には行っておけよ」

 そう言って背を向けるドルアドのおっさん。
 そして、背中越しに俺を嘲笑って言った。

「ビビって小便を漏らさないようにな…!」

◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 アルトとドルアドの双方が模擬戦の準備を進める中、見守っていたイセルナの隣りに一人の女性が立った。

「ふーん…あれが統括者マスターご執心の子?」

 見れば、エルフ族の女性…ミレニアだった。
 長い白金金髪プラチナブロンドが今日も美しい。
 ミレニアは碧いその瞳を悪戯っぽく輝かせてイセルナに尋ねた。

「希少な黒髪黒瞳な上に顔立ちもキュートだし、モロに統括者マスター好みの美少年だねぇ…でも、ぶっちゃけ合格の見込みはあるの?」

「お前にはどう見える?」

 イセルナにとって十年来の友人でもあるミレニア。
 彼女は魔法戦職種クラスである魔道士メイジの中でも「大魔導師アークウィザード」の称号を持つ高位の魔道士だ。
 おまけに、数少ない「白銀月級ルナランク」に認定された冒険者でもある。
 さらに、長命種であるエルフがゆえに経験や知識も豊富。
 特にその鑑定眼は統括者マスターであるイセルナすら及ばない。
 逆に質問されたミレニアは、アルトを見据えたまま顎に手を当てて考え込んだ。

「うーん…分かんない」

 思わずミレニアを見やるイセルナ。

「お前ほどの者でも、彼の実力は読めないのか?」

 それにミレニアが頷く。

「アルト君…だっけ?彼ってば見た目は人並み以上にカワイイけど普通の男の子だし、魔力も感じないし。それに所作は素人で隙だらけ。いて言えば、あの見たこともない装備が気になるかな。あと…」

「あと?」

 尋ねるイセルナに、ミレニアは少し声を落とした。

「冒険者としてはかな」

 髪を掻き上げつつ、ミレニアは続けた。

「魔力が無いなら、普通は白兵戦職種クラスのはずなんだけど、あの子のアレはそんな装備じゃないし、戦士ファイター武道家グラップラー修道拳士モンクらしい気配がない」

 準備運動するアルトを見つめるミレニア。

「確か、あの子『妖喚師』とかいう召喚士サモナー職種クラスなんでしょ?なら、白兵戦職種クラス独特の気配が無いのは頷けるけど、それにしたって魔力無しでの召喚魔法の行使は不可能だし」

「つまり…お前の見立てでは、彼は白兵戦職種クラスでもなければ魔法戦職種クラスでもない、と?」

 と、何かに気付いたイセルナがギギギギ…と首を曲げて隣のミレニアを見やった。

「…ちょっと待て。それって、ではないか?」

「そうとしか思えないねぇ」

 苦笑するミレニアに、ギョッとなるイセルナ。
 冗談ではない。
 ミレニアの鑑定眼による見立てなら、真実味は極めて高い。
 もしアルトが「ただの一般人」なら、屈強なドルアドを相手に模擬戦など自殺行為である。
 しかし、当のアルト本人は辞退など口にもしなかった。
 一般人である彼がどういうつもりでこんな無謀な試験に応じたのか分からないが、事は大事故につながるものだ。
 慌ててイセルナが試験の中止を宣言しようとした瞬間だった。

 試験開始の笛が鳴る。
 その数瞬後、

ぺしっ

「ぶげれぼぉおおおおおおッ…!!!!!」

 イセルナの視界を、ドルアドの巨体が宙を横切って舞った。
 そのまま修練場の地面を二転三転し、塀にぶち当たると遂には動かなくなるドルアド。
 修練場を静寂が包み、居並ぶ幹部達が顎が外れんばかりに口をポカーンと開いて立ち尽くす。
 イセルナも一瞬の出来事に唖然となり、普段動じないミレニアですら手にしていた魔法杖を思わず取り落とした。
 そんな中、

「…あの~」

 のアルトが心配そうに動かないドルアドを指差す。

「あの人、手当とかしなくていいんですか?」

 ハッと我に返ったイセルナが、幹部達に慌てて指示を飛ばす。

「ポポロ君、ダラム老!早くドルアドに『治癒の法術』を!」

「は、はい!」
「うむ…!」

 指示を受け、ハーフリング族とドワーフ族の僧侶プリースト二人がドルアドに駆け寄っていく。
 それと入れ違いに、申し訳さそうな顔のアルトがイセルナの元にやって来た。

「すみません、イセルナさん。ちょっと力加減を間違っちゃいました…」

「…ア…アハハ…あ、あれで…ちょっと…?」

 傍らのミレニアが引き攣った笑いを漏らす。
 勝負開始から決着までの一部始終を完全に見逃したイセルナは、深い溜息を吐き、こめかみを押さえたのだった。
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