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第十五話 幹部達は迷って、決めて、解散した
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ハモウナの町の中央通り。
その中心部に冒険者ギルドの建物は存在する。
剣と魔法が存在し、魔物達が人々を脅かすこの世界…「ファーランディア」では、冒険者と冒険者ギルドの存在は無くてはならないものだった。
冒険者は人々の生活を守る存在として、時に魔物を駆逐し、時に未踏の地下迷宮や遺跡を探索し、寄せられた数多の依頼をこなすことで財産を得る。
そして、そうした過程や得た富で経済を動かす。
そんな彼らを支援する組織として存在するのが冒険者ギルドだ。
ギルドに所属する冒険者に依頼を斡旋したり、情報を提供したり、報酬を渡したり、国と連携したりとその仕事の幅は非常に広い。
そんなギルドを運営し、統括するのが、代表であるギルド統括者と幹部達である。
彼らは、人間族の魔法剣士イセルナを筆頭に多種族・多職種で構成され、ギルドの運営方針や冒険者情報の管理などを協議制で執り行っている。
今日もギルド内にある会議室では、そんな幹部達の協議が行われていた。
その協議の最中、イセルナは厳かに口を開く。
「…これは当ギルド発足以来、前代未聞の事態だ」
円卓上で手を組み顎を乗せたまま、愛用の片眼鏡を光らせ、彼女は続けた。
「皆も知ってのとおり、先日の昇級試験において、妖喚師アルト君が戦士ドアルドに圧勝した」
一同は沈黙したままだ。
イセルナの目も光る。
「それはもう、まったく誰も非を挟めないほどの見事な瞬殺だ。さすがはアルト君、私が見込んだ少年だけのことはある。うほほい、ビバ♡アルト君。可愛いうえに強いなんてマジ最強。正直、私自ら強く抱きしめて勝利の口づけを進呈したいほど…」
「統括者、私情漏れてる。あと涎も」
隣に座るエルフ族の魔道士ミレニアが静かに制止する。
彼女にとって十年来の友人であるイセルナは、文武両道で色彩兼備。
ギルド統括者としての手腕も確かで、王族や貴族の覚えもめでたい、傑出した才媛だ。
が、いかんせん、美少年に目がないのが唯一の欠点だった。
何でも、冒険者時代にはいかつい男達に囲まれていたことに加え、その美貌が災いし、数多のムサい男達からしつこく言い寄られた反動らしい。
そんな彼女の性癖を知っている幹部連中は、ただ溜息を吐くだけだ。
ミレニアの指摘に口端をぬぐいつつ、イセルナは真剣な表情のまま言った。
「…ということで、私としては彼の等級上昇を改めて提案したい」
「まあ、確かに文句無しの合格だったけどさ…」
頬杖を突きながら、ミレニアが言った。
「私としては、正直、彼の得体の知れないあの戦い方と冗談みたいな結果がどうしても引っ掛かるよねぇ…」
ミレニアのその意見に、幹部の何人かが頷く。
「儂もミレニアに同意じゃ」
白髭を蓄えたドワーフ族の僧侶、ダラムがそう言った。
「あの坊主は星一つ等級なのじゃろう?なのに、2等級も上のドルアドをあんな風に倒すなど、人間技とは思えぬ」
「僕もダラム老と同じ見解です。あの時、ドルアドさんの手当てをしましたが、そりゃあヒドいもんでしたよ」
ハーフリング族の僧侶、ポポロもそう告げる。
「あの頑丈なドルアドさんが、二人がかりで“治癒の法術”を施したのに、全治一カ月の重傷を負うなんて…」
「まあ、彼の場合、ちょうどいいお灸になったんじゃない?いつも新人いじめをしてたし、罰が当たったんだよ」
ミレニアがヘラヘラと笑う。
「何にせよ、アルト君を安易に等級上昇させるのは、様々な影響を考えると少し様子を見た方がいいと思うな」
「しかし…」
イセルナがそう言いかけるのを、ミレニアは手で制止し、
「彼には謎が多過ぎるんだよ。妖喚師って聞き慣れない職種とか、等級差無視の戦闘能力とか。それに、彼の冒険者登録申請の書類を見たけど、出身地の『ニッポン』だっけ?そんな国も土地も聞いたことが無いよ」
そこでミレニアは声を落とした。
「彼の事は少し慎重に判断すべきじゃない?どこかの国の間者かも知れないし…」
ミレニアの目が細まる。
「もしかしたら…人間じゃない可能性だってあるよ?」
イセルナは無言になった。
確かに、ミレニアの意見は的を得ている。
イセルナ自身、不覚にも見逃してしまったが、アルトの素性や実力は未だ解明されていない部分が多い。
「それに、いま等級上昇させたら、彼は他の冒険者達からいらぬ反感を買うかも」
「反感?」
「うん。悪魔崇拝の拠点調査を見事こなしたとは言え、アルト君はまだ初依頼も成し遂げてないんだし。ここでホイホイと等級上昇したら、彼への風当たりも強くなるんじゃない?」
考え込むイセルナ。
言われてみればそうだ。
何一つ依頼をこなしていない新人冒険者がいきなり等級上昇したなんて前例は無い。
もしそれが叶ったなら、今後、ギルドにおけるアルトの立場はかなり微妙になるだろう。
それはアルト推しのイセルナとしても望ましい状況ではない。
「んー、あたしは別に等級上昇してもいいと思うにゃ」
「うわあっ!」
突然割り込んできた女の声に、ポポロが驚きの声を上げる。
見れば、空席だったはずの彼の隣席に、いつの間にか一人の猫獣人族が座っていた。
猫獣人族とは、主に森林地帯を住処とする獣人の一種だ。
習性は猫に近く、女性が非常に多いことや、猫耳と尻尾に爪、部分的に毛皮を有する以外、外見はほぼ人間だ。
この猫獣人族の女性…マオミーも見た目は小柄な10代の少女である。
が、彼女達特有の隠密行動はいま見たとおり、まさに神出鬼没だった。
マオミーの姿を認めたイセルナが眉を寄せる。
「15分の遅刻だぞ、マオミー。あと、こういう場では普通に出入口から入って来なさい。ポポロ君を心臓麻痺で殺す気か」
その注意に女忍者の幹部は悪びれた様子もなく尻尾をくねらせ、ウインクする。
「ごめんにゃ、統括者にポポロ君。でも、頼まれ事はバッチリこにゃしてきたにゃ」
その言葉に一同が顔を見合わせた。
「頼まれ事って…何のこと?」
ミレニアがそう尋ねると、マオミーは目を細めて笑った。
「もちろん、アルト君の偵察にゃ♪」
「まさか…お主、あの坊主に張り付いておったのか?」
ダラムがそう尋ねると、マオミーが頷く。
「にゃん。彼が依頼をこにゃしてる最中の例の館で、今までアルにゃんをのぞき見…じゃにゃくて、身辺調査してたにゃ」
「どおりで…マオミーさん、昇級試験の時も姿を見ませんでしたし」
苦笑するポポロ。
が、彼をはじめとした幹部一同は、内心、イセルナがマオミーにアルトの監視を指示したことに舌を巻いていた。
イセルナは表面上では個人的趣味でアルトをプッシュしているようだが、裏ではその素性を探るために密偵を使い、情報を握るために手を回していたのだ。
ある意味、とんだ食わせものと言える。
そんな幹部一同の胸の内を知ってか知らずか、イセルナは表情も変えずにマオミーに尋ねた。
「それで…首尾はどうだった?」
「にゃふふ…とりあえず、これを見て欲しいにゃ」
懐から親指ほどの結晶体を取り出すマオミー。
室内の中央に置かれた水晶の立方体に近付き、それを表面のくぼみへとはめ込む。
すると、部屋の白い壁面に向けて、何かが投写された。
まるでプロジェクターである。
「これは、あたしがアルにゃんが仮住まいしている館に忍んで、撮影してきた記録映像にゃ」
「ほほぅ」
ミレニアをはじめとした幹部達が身を乗り出してスクリーン代わりの壁面を注視する。
その視線の先で、風呂場で全裸で身体を拭くアルトの姿が映った。
幹部達の目を点になる。
「…ナニコレ…」
声を震わせるミレニアに、マオミーが舌を出す。
「うっかりしたにゃ。これは統括者に頼まれた『特典映像版』の方だったにゃ」
「ちょっと、イセルナ!!!!!」
目を血走らせて詰め寄るミレニアを横目に、イセルナは鼻血を垂らしつつ、表情を変えずに映像を食い入るように見詰めている。
「やむを得んのだ。これも彼の綿密な情報を得るための、やむを得ん措置なのだ」
「ちなみに、見た目は可愛いくて子供っぽいのに、あっちの方はしっかりオトナで、サイズは可愛くなかったにゃ♡」
マオミーがポッと頬を染めつつそう言うと、イセルナの鼻血は増量された。
「な、何とッ…それはぜひとも確認せねばッ!!おい、映像中の湯気は何とか除去処理できないのか!?肝心なところが見えないじゃないか…!」
クワっと目を見開きつつ、拳を握り締めるイセルナ。
「イセルナ、いい加減にしなさい!!!!!マオミーも要らない報告しなくていいから!!!!!」
血相を変えて映像を止めるミレニア。
何とも言えない空気の中、先程イセルナの切れ者ぶりを内心で評価していた幹部達が溜息を漏らす。
マオミーは肩を竦めた。
「失礼したにゃ。じゃあ、改めて…この映像を見るにゃ」
結晶体を入れ替え、別の映像を映し出すマオミー。
すると、今度は個室でくつろぐアルトの姿が映し出された。
とりあえず、まともそうな映像であることにホッとするミレニア。
「…で、これが何だって言うの?」
「まあ、見てるにゃ」
映像の中のアルトは、ただ椅子に座っているだけだ。
だが、ミレニアはふとあることにに気付いた。
「…彼の口が動いてる。誰かと喋ってるの?」
が、映像にはアルト以外の誰も映っていない。
しかし、アルトは時折自分の腰のあたりに視線を向けて、何かと会話をしているように見える。
「残念ながら、この結晶体媒体は音声は拾えないにゃ。あと、これはあたしが猫を低級使い魔にして撮影させた映像だから、誰と何を話していたかは分からないにゃ」
目を細めるマオミー。
「見て欲しいのはここからにゃ」
映像の中、アルトは突然立ち上がり、何かの印を組み始める。
すると、彼の目前に不思議な物体が突如出現した。
その物体は赤い柱を「开」の形に組んだものだ。
一同が目を見張る中、映像の中のアルトが突然こちらに気付く。
と、慌てたように傍らにあった空の食器を投げつけてきた。
映像はそこで終わり、途絶えてしまう。
静寂の中、マオミーが告げた。
「見てもらいたかった映像は以上にゃ。あと、これ以降は不思議な力で、使い魔もあたしも館に近付けなくなってしまったにゃ」
それを聞き、ミレニアが眉を寄せる。
「つまり…結界みたいものが張られたの?」
「う~ん…そうにゃんだけど、何か違うにゃ。魔力は感じにゃかったけど、普通に物理的に通れにゃくにゃったにゃ」
「何じゃそれは。物理的にと言っても、まさか防壁でも築かれたわけでもあるまい?」
ダラムの言葉に首を横に振るマオミー。
「本当の本当に通れにゃくにゃったにゃ。まるで透明にゃ壁が目の前に立っているみたいだったにゃ」
イセルナがミレニアを見やる。
「ミレニア、そんな術に心当たりはあるか?」
すると、考え込んでいたミレニアが答えた。
「いや…私も聞いたことがないよ。魔力を使わない透明な壁の生成なんて…まるで妖術だよ」
イセルナはマオミーに向き直った。
「ご苦労だった、マオミー。後で報酬を渡そう。しかし…今の映像とアルト君の等級上昇を認めることに何の関係が…?」
すると、マオミーは指を立てて言った。
「見てのとおり、アルにゃんには絶対何か秘密があるにゃ。ドルアドのアホに勝ったのはともかく、偵察中のあたしの使い魔に気付くなんて、熟練の冒険者でも出来っこにゃいにゃ」
そして、マオミーは幹部達を見回した。
「だから、それを探るためにも、アルにゃんにはもっと多くの依頼をこにゃしてもらって、もっとたくさんの冒険者達と関わってもらった方が都合が良いと思うにゃ」
その言葉に、幹部達が顔を見合わせた。
「成程。普段から傍で監視する目を増やすわけか」
「確かに、依頼によってはパーティを組まざるを得ないものもあるからな」
「それに、状況によっては幹部である私達も彼に近付きやすくなるわね」
概ねの幹部がマオミーの提案に賛同し始める中、イセルナが立ち上がって宣言した。
「では、改めて採決する。妖喚師アルトの等級上昇に異論のある者はいるか?」
その宣言に、幹部達は何も言わなかった。
それに頷くイセルナ。
「では今後、妖喚師アルトを星二つ等級の冒険者として認めるものとする」
「ちょっと待った」
と、そこにミレニアが厳しい視線を向けて立ち上がった。
それを真っ向から受け止めるイセルナ。
「ミレニア、何か問題があるか?」
「ええ、大いにね」
両者の間に漂う緊迫した空気に、その場にいた全員が固唾を呑む。
硬い口調でそう告げたミレニアは、イセルナに向けて冷酷な声で続けた。
「さっきの『特典映像版』とやらは、私が没収・処分するから、そのつもりで」
イセルナが一瞬で固まる。
「待て!それは再度協議しないか!?あれはアルト君の秘密を探るためにどうしても必要な資料で…!」
「却下」
「た、頼む!せめて、少しだけでも閲覧する時間を…!」
ミレニアの長衣にすがり、哀願するイセルナを見つつ、ポポロはダラムと顔を見合わせた。
「…そろそろ解散しましょうか」
「うむ。もう話し合うことも無いしの」
次々に席を立つ幹部達。
背中越しに聞こえるイセルナの必死の訴えも、このギルドにおける日常のやり取りの一つなので、誰も気にも留めなかった。
その中心部に冒険者ギルドの建物は存在する。
剣と魔法が存在し、魔物達が人々を脅かすこの世界…「ファーランディア」では、冒険者と冒険者ギルドの存在は無くてはならないものだった。
冒険者は人々の生活を守る存在として、時に魔物を駆逐し、時に未踏の地下迷宮や遺跡を探索し、寄せられた数多の依頼をこなすことで財産を得る。
そして、そうした過程や得た富で経済を動かす。
そんな彼らを支援する組織として存在するのが冒険者ギルドだ。
ギルドに所属する冒険者に依頼を斡旋したり、情報を提供したり、報酬を渡したり、国と連携したりとその仕事の幅は非常に広い。
そんなギルドを運営し、統括するのが、代表であるギルド統括者と幹部達である。
彼らは、人間族の魔法剣士イセルナを筆頭に多種族・多職種で構成され、ギルドの運営方針や冒険者情報の管理などを協議制で執り行っている。
今日もギルド内にある会議室では、そんな幹部達の協議が行われていた。
その協議の最中、イセルナは厳かに口を開く。
「…これは当ギルド発足以来、前代未聞の事態だ」
円卓上で手を組み顎を乗せたまま、愛用の片眼鏡を光らせ、彼女は続けた。
「皆も知ってのとおり、先日の昇級試験において、妖喚師アルト君が戦士ドアルドに圧勝した」
一同は沈黙したままだ。
イセルナの目も光る。
「それはもう、まったく誰も非を挟めないほどの見事な瞬殺だ。さすがはアルト君、私が見込んだ少年だけのことはある。うほほい、ビバ♡アルト君。可愛いうえに強いなんてマジ最強。正直、私自ら強く抱きしめて勝利の口づけを進呈したいほど…」
「統括者、私情漏れてる。あと涎も」
隣に座るエルフ族の魔道士ミレニアが静かに制止する。
彼女にとって十年来の友人であるイセルナは、文武両道で色彩兼備。
ギルド統括者としての手腕も確かで、王族や貴族の覚えもめでたい、傑出した才媛だ。
が、いかんせん、美少年に目がないのが唯一の欠点だった。
何でも、冒険者時代にはいかつい男達に囲まれていたことに加え、その美貌が災いし、数多のムサい男達からしつこく言い寄られた反動らしい。
そんな彼女の性癖を知っている幹部連中は、ただ溜息を吐くだけだ。
ミレニアの指摘に口端をぬぐいつつ、イセルナは真剣な表情のまま言った。
「…ということで、私としては彼の等級上昇を改めて提案したい」
「まあ、確かに文句無しの合格だったけどさ…」
頬杖を突きながら、ミレニアが言った。
「私としては、正直、彼の得体の知れないあの戦い方と冗談みたいな結果がどうしても引っ掛かるよねぇ…」
ミレニアのその意見に、幹部の何人かが頷く。
「儂もミレニアに同意じゃ」
白髭を蓄えたドワーフ族の僧侶、ダラムがそう言った。
「あの坊主は星一つ等級なのじゃろう?なのに、2等級も上のドルアドをあんな風に倒すなど、人間技とは思えぬ」
「僕もダラム老と同じ見解です。あの時、ドルアドさんの手当てをしましたが、そりゃあヒドいもんでしたよ」
ハーフリング族の僧侶、ポポロもそう告げる。
「あの頑丈なドルアドさんが、二人がかりで“治癒の法術”を施したのに、全治一カ月の重傷を負うなんて…」
「まあ、彼の場合、ちょうどいいお灸になったんじゃない?いつも新人いじめをしてたし、罰が当たったんだよ」
ミレニアがヘラヘラと笑う。
「何にせよ、アルト君を安易に等級上昇させるのは、様々な影響を考えると少し様子を見た方がいいと思うな」
「しかし…」
イセルナがそう言いかけるのを、ミレニアは手で制止し、
「彼には謎が多過ぎるんだよ。妖喚師って聞き慣れない職種とか、等級差無視の戦闘能力とか。それに、彼の冒険者登録申請の書類を見たけど、出身地の『ニッポン』だっけ?そんな国も土地も聞いたことが無いよ」
そこでミレニアは声を落とした。
「彼の事は少し慎重に判断すべきじゃない?どこかの国の間者かも知れないし…」
ミレニアの目が細まる。
「もしかしたら…人間じゃない可能性だってあるよ?」
イセルナは無言になった。
確かに、ミレニアの意見は的を得ている。
イセルナ自身、不覚にも見逃してしまったが、アルトの素性や実力は未だ解明されていない部分が多い。
「それに、いま等級上昇させたら、彼は他の冒険者達からいらぬ反感を買うかも」
「反感?」
「うん。悪魔崇拝の拠点調査を見事こなしたとは言え、アルト君はまだ初依頼も成し遂げてないんだし。ここでホイホイと等級上昇したら、彼への風当たりも強くなるんじゃない?」
考え込むイセルナ。
言われてみればそうだ。
何一つ依頼をこなしていない新人冒険者がいきなり等級上昇したなんて前例は無い。
もしそれが叶ったなら、今後、ギルドにおけるアルトの立場はかなり微妙になるだろう。
それはアルト推しのイセルナとしても望ましい状況ではない。
「んー、あたしは別に等級上昇してもいいと思うにゃ」
「うわあっ!」
突然割り込んできた女の声に、ポポロが驚きの声を上げる。
見れば、空席だったはずの彼の隣席に、いつの間にか一人の猫獣人族が座っていた。
猫獣人族とは、主に森林地帯を住処とする獣人の一種だ。
習性は猫に近く、女性が非常に多いことや、猫耳と尻尾に爪、部分的に毛皮を有する以外、外見はほぼ人間だ。
この猫獣人族の女性…マオミーも見た目は小柄な10代の少女である。
が、彼女達特有の隠密行動はいま見たとおり、まさに神出鬼没だった。
マオミーの姿を認めたイセルナが眉を寄せる。
「15分の遅刻だぞ、マオミー。あと、こういう場では普通に出入口から入って来なさい。ポポロ君を心臓麻痺で殺す気か」
その注意に女忍者の幹部は悪びれた様子もなく尻尾をくねらせ、ウインクする。
「ごめんにゃ、統括者にポポロ君。でも、頼まれ事はバッチリこにゃしてきたにゃ」
その言葉に一同が顔を見合わせた。
「頼まれ事って…何のこと?」
ミレニアがそう尋ねると、マオミーは目を細めて笑った。
「もちろん、アルト君の偵察にゃ♪」
「まさか…お主、あの坊主に張り付いておったのか?」
ダラムがそう尋ねると、マオミーが頷く。
「にゃん。彼が依頼をこにゃしてる最中の例の館で、今までアルにゃんをのぞき見…じゃにゃくて、身辺調査してたにゃ」
「どおりで…マオミーさん、昇級試験の時も姿を見ませんでしたし」
苦笑するポポロ。
が、彼をはじめとした幹部一同は、内心、イセルナがマオミーにアルトの監視を指示したことに舌を巻いていた。
イセルナは表面上では個人的趣味でアルトをプッシュしているようだが、裏ではその素性を探るために密偵を使い、情報を握るために手を回していたのだ。
ある意味、とんだ食わせものと言える。
そんな幹部一同の胸の内を知ってか知らずか、イセルナは表情も変えずにマオミーに尋ねた。
「それで…首尾はどうだった?」
「にゃふふ…とりあえず、これを見て欲しいにゃ」
懐から親指ほどの結晶体を取り出すマオミー。
室内の中央に置かれた水晶の立方体に近付き、それを表面のくぼみへとはめ込む。
すると、部屋の白い壁面に向けて、何かが投写された。
まるでプロジェクターである。
「これは、あたしがアルにゃんが仮住まいしている館に忍んで、撮影してきた記録映像にゃ」
「ほほぅ」
ミレニアをはじめとした幹部達が身を乗り出してスクリーン代わりの壁面を注視する。
その視線の先で、風呂場で全裸で身体を拭くアルトの姿が映った。
幹部達の目を点になる。
「…ナニコレ…」
声を震わせるミレニアに、マオミーが舌を出す。
「うっかりしたにゃ。これは統括者に頼まれた『特典映像版』の方だったにゃ」
「ちょっと、イセルナ!!!!!」
目を血走らせて詰め寄るミレニアを横目に、イセルナは鼻血を垂らしつつ、表情を変えずに映像を食い入るように見詰めている。
「やむを得んのだ。これも彼の綿密な情報を得るための、やむを得ん措置なのだ」
「ちなみに、見た目は可愛いくて子供っぽいのに、あっちの方はしっかりオトナで、サイズは可愛くなかったにゃ♡」
マオミーがポッと頬を染めつつそう言うと、イセルナの鼻血は増量された。
「な、何とッ…それはぜひとも確認せねばッ!!おい、映像中の湯気は何とか除去処理できないのか!?肝心なところが見えないじゃないか…!」
クワっと目を見開きつつ、拳を握り締めるイセルナ。
「イセルナ、いい加減にしなさい!!!!!マオミーも要らない報告しなくていいから!!!!!」
血相を変えて映像を止めるミレニア。
何とも言えない空気の中、先程イセルナの切れ者ぶりを内心で評価していた幹部達が溜息を漏らす。
マオミーは肩を竦めた。
「失礼したにゃ。じゃあ、改めて…この映像を見るにゃ」
結晶体を入れ替え、別の映像を映し出すマオミー。
すると、今度は個室でくつろぐアルトの姿が映し出された。
とりあえず、まともそうな映像であることにホッとするミレニア。
「…で、これが何だって言うの?」
「まあ、見てるにゃ」
映像の中のアルトは、ただ椅子に座っているだけだ。
だが、ミレニアはふとあることにに気付いた。
「…彼の口が動いてる。誰かと喋ってるの?」
が、映像にはアルト以外の誰も映っていない。
しかし、アルトは時折自分の腰のあたりに視線を向けて、何かと会話をしているように見える。
「残念ながら、この結晶体媒体は音声は拾えないにゃ。あと、これはあたしが猫を低級使い魔にして撮影させた映像だから、誰と何を話していたかは分からないにゃ」
目を細めるマオミー。
「見て欲しいのはここからにゃ」
映像の中、アルトは突然立ち上がり、何かの印を組み始める。
すると、彼の目前に不思議な物体が突如出現した。
その物体は赤い柱を「开」の形に組んだものだ。
一同が目を見張る中、映像の中のアルトが突然こちらに気付く。
と、慌てたように傍らにあった空の食器を投げつけてきた。
映像はそこで終わり、途絶えてしまう。
静寂の中、マオミーが告げた。
「見てもらいたかった映像は以上にゃ。あと、これ以降は不思議な力で、使い魔もあたしも館に近付けなくなってしまったにゃ」
それを聞き、ミレニアが眉を寄せる。
「つまり…結界みたいものが張られたの?」
「う~ん…そうにゃんだけど、何か違うにゃ。魔力は感じにゃかったけど、普通に物理的に通れにゃくにゃったにゃ」
「何じゃそれは。物理的にと言っても、まさか防壁でも築かれたわけでもあるまい?」
ダラムの言葉に首を横に振るマオミー。
「本当の本当に通れにゃくにゃったにゃ。まるで透明にゃ壁が目の前に立っているみたいだったにゃ」
イセルナがミレニアを見やる。
「ミレニア、そんな術に心当たりはあるか?」
すると、考え込んでいたミレニアが答えた。
「いや…私も聞いたことがないよ。魔力を使わない透明な壁の生成なんて…まるで妖術だよ」
イセルナはマオミーに向き直った。
「ご苦労だった、マオミー。後で報酬を渡そう。しかし…今の映像とアルト君の等級上昇を認めることに何の関係が…?」
すると、マオミーは指を立てて言った。
「見てのとおり、アルにゃんには絶対何か秘密があるにゃ。ドルアドのアホに勝ったのはともかく、偵察中のあたしの使い魔に気付くなんて、熟練の冒険者でも出来っこにゃいにゃ」
そして、マオミーは幹部達を見回した。
「だから、それを探るためにも、アルにゃんにはもっと多くの依頼をこにゃしてもらって、もっとたくさんの冒険者達と関わってもらった方が都合が良いと思うにゃ」
その言葉に、幹部達が顔を見合わせた。
「成程。普段から傍で監視する目を増やすわけか」
「確かに、依頼によってはパーティを組まざるを得ないものもあるからな」
「それに、状況によっては幹部である私達も彼に近付きやすくなるわね」
概ねの幹部がマオミーの提案に賛同し始める中、イセルナが立ち上がって宣言した。
「では、改めて採決する。妖喚師アルトの等級上昇に異論のある者はいるか?」
その宣言に、幹部達は何も言わなかった。
それに頷くイセルナ。
「では今後、妖喚師アルトを星二つ等級の冒険者として認めるものとする」
「ちょっと待った」
と、そこにミレニアが厳しい視線を向けて立ち上がった。
それを真っ向から受け止めるイセルナ。
「ミレニア、何か問題があるか?」
「ええ、大いにね」
両者の間に漂う緊迫した空気に、その場にいた全員が固唾を呑む。
硬い口調でそう告げたミレニアは、イセルナに向けて冷酷な声で続けた。
「さっきの『特典映像版』とやらは、私が没収・処分するから、そのつもりで」
イセルナが一瞬で固まる。
「待て!それは再度協議しないか!?あれはアルト君の秘密を探るためにどうしても必要な資料で…!」
「却下」
「た、頼む!せめて、少しだけでも閲覧する時間を…!」
ミレニアの長衣にすがり、哀願するイセルナを見つつ、ポポロはダラムと顔を見合わせた。
「…そろそろ解散しましょうか」
「うむ。もう話し合うことも無いしの」
次々に席を立つ幹部達。
背中越しに聞こえるイセルナの必死の訴えも、このギルドにおける日常のやり取りの一つなので、誰も気にも留めなかった。
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彼の願いを聞き入れた女神様は、彼を無難な異世界へと送り出す。
四億年の経験知識と共に異世界へ降り立ったオリ主――『アヤト』は、自由気ままな転生者生活を満喫しようとするのだが、そんなぶっ壊れチートを持ったなろう系オリ主が平穏無事な"普通の異世界転生"など出来るはずもなく……?
道行く美少女ヒロイン達をスパルタ特訓で徹底的に鍛え上げ、邪魔する奴はただのパンチで滅殺抹殺一撃必殺、それも全ては"普通の異世界転生"をするために!
気が付けばヒロインが増え、気が付けば厄介事に巻き込まれる、テメーの頭はハッピーセットな、なろう系最強チーレム無双オリ主の明日はどっちだ!?
※小説家になろう、エブリスタ、ノベルアップ+にも掲載しております。
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転生理由は幼い少女を交通事故からかばったこと。
良いとこなしの日々を送っていたが女神様から異世界に転生すると説明された時にはアニメやゲームのような展開を期待したりもした。
例えばモンスターを倒して国を救いヒロインと結ばれるなど。
けれど与えられた【今まで選ばれなかったスキルが使える】 戦闘はおろか日常の役にも立つ気がしない余りものばかり。
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※小説家になろう様にも掲載しています。
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