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第十七話 思わぬ出会いと再会
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俺は館から離れた森の中で、人気が無いことを確認してから印を組み、意識を集中させる。
「召命…!」
お馴染みの鳥居が出現し、俺は呼び出す妖怪の名を告げた。
「顕現せよ、“迷い家”!」
俺の声に応じて、鳥居から黄金の霧が漏れ出した。
黄金の霧は、霧散することなくその場に漂い続ける。
小槌が感嘆の声を上げた。
『成程、迷い家を隠れ家にするだわね…!』
「そ。安全でしょ?」
『か、考えただわね!確かにこれ以上ない程の隠れ家だわ…!』
「でしょ?たぶん、この霧が入り口なんだな。よーし、早速中を見て見ようかね」
俺は黄金の霧を見据えると、その中に思い切って目を閉じたまま跳び込んだ。
すると、何の抵抗もなく霧を通り抜ける。
一瞬後に目を開けるとそこには、立派な長屋門が見えた。
「うおおおお!本当に迷い家に来れた…!」
興奮しながら門をくぐると、目の前に立派な屋敷が現れた。
形は古いが、新築同然の純和風の屋敷だ。
大きな玄関に広々とした縁側、その向こうには立派な座敷も覗き見える。
庭も広かった。
見事な枝振りの庭木が茂り、大きな土蔵や作業小屋もあれば、美しく澄んだ大池もある。
ニワトリ達がのんびり散歩し、厩と牛小屋には牛馬の姿すらあった。
「す、すげぇ…」
呼び出しておいてなんだけど、伝承どおりの迷い家の全容に感動して止まない。
迷い家とは、東北、関東地方に伝わる「幻の家」で「遠野物語」なんかにも登場する。
山中に現れる立派な屋敷なのだが、人の住む痕跡はあれども、住人の姿は無い。
それだけでも不思議だけど、この家は訪れた者に富貴を授け、訪れた者は迷い家から何か物品を持ち出していいことになっている。
「遠野物語」では無欲な妻と強欲な妻が登場し、迷い家の恩恵で幸福になったり、何も得られなかったりという結末を迎えている。
そして、もう一つ。
この迷い家は、偶然訪れることは出来ても、二度と訪れることは出来ない。
『つまり、もし侵入者が来ても、二度とここにたどり着くことは不可能だわね…!』
魔王の小槌の言葉に、俺は頷いてみせた。
「しかも、妖喚した俺なら出入り自由。おまけに、伝承どおりならこの屋敷には不思議な効果を持つ道具でいっぱいだ。いくら汲んでもお米が減らないお椀とかね」
『左様』
突然聞こえたおじいさんの声に、俺は飛び上がらんばかりに驚いた。
「い、いまの声は…?」
キョロキョロと周囲を見回すけど、誰もいない。
てっきり無人だと思っていたけど…まさか誰か住んでるの!?
『儂じゃよ。儂は“迷い家”じゃ』
えっ?
マジで!?
迷い家って…意思を持ってるの!?
『久し振りだわね、迷い家のじいさま』
『フォッフォッフォッ…かれこれ百年振りになるかのう?お互い息災で何よりじゃ、小槌殿』
思わず腰に下げた小槌を見やる俺。
え?
何、君ら知り合いなの!?
驚く俺を置き去りに、無機物達は会話を続けた。
『じいさま、紹介するだわ。このちっこい人間はアルト。魔王様がスカウトした異世界侵攻のための役目を担っているのだわ』
突然始まった自己紹介に、俺は慌てて、
「あ、ども…アルトっていいます!突然来ちゃってすんませんでした…!」
声の元が分からないので、とりあえず屋敷に向かってお辞儀する俺。
すると、迷い家のじいさまは、
『そんなにかしこまらんでもよい。アルトとやら、お主は儂らにとっては主も同然なんじゃ。このジジイが役に立つなら、遠慮なく使いこなせばいい』
温厚な声でそう言う迷い家。
何だか、亡くなった田舎のお祖父ちゃんを思い出す。
お祖父ちゃんは小さい頃から俺を可愛がってくれ、妖怪の話もたくさんしてくれた。
もう墓参りにも行けないと思うと、少し寂しい。
俺は迷い家のじいちゃんに切り出した。
「あの…その言葉に甘えちゃってなんですが、実は…」
すると、
『皆まで言わんでいい。お主達の会話は全て聞いておったしの』
そう言って、迷い家は気配で笑う。
『ここには無いものの方が少ない。食料に水、家畜もおるし、裏手には畑、田んぼもある。それに、何かと便利な施設と道具もあるし、しかも尽きることはない。そして、儂が認めた者以外は辿り着くことも叶わぬ』
ほええ~!
いや、呼び出しておいてなんだが…チート過ぎない、この家!?
「とても助かります!でも、本当にいいんですか?いくら召喚主っていっても、ここまでしてもらうと厚遇過ぎる気がします…」
俺は思い切って尋ねた。
「お礼と言っては何ですけど…俺に何か出来ることありませんか?」
俺がそう言うと、迷い家のじいさまは笑って、
『お主はなかなか律儀な人間じゃのう』
そして、穏やかな声で続ける。
『気にしなくとも良い。そもそも「家」というものは、誰かが住むために存在するものじゃし、儂にとっては存在意義でもある。お主らに住んでもらうこと自体が、儂にとっては十分な返礼なのじゃよ』
「…では、素直にご厚意に甘えさせていただきます」
再度、屋敷に向かって一礼する俺。
今は例の館に三カ月間住むという依頼があるから、長く空けることはできないが、依頼が達成されたら、この迷い家に引っ越そう。
洋館も魅力的だが、俺自身は日本家屋が好みだし、何よりセキュリティも万全だ。
『アルトと一緒にあたしも厄介になるだわ。よろしくだわ、じいさま』
小槌がそう言うと、迷い家のじいさまも快く言った。
『フオッフォッフォッ…よいよい。なかなかに賑やかな毎日になりそうじゃのう』
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
…というわけで、呪われた館の一件を片付けた今日、早速迷い家のじいさまのところに厄介になる予定だ。
夕食を食べ終えた後も勧誘にやってくる冒険者達がいたので、丁寧に対応し、ようやく俺はひと息つくことができた。
そこへ…
「お元気そうですね、アルトさん」
聞き覚えのある声がしたので顔を上げると、そこには知った顔があった。
「貴方は…!」
そこに居たのは、ビルギットさんだった。
彼は、この世界に来て一番最初に知り合った商人だ。
以前、彼の隊商が豚鬼達の群れに襲われていたところを俺が偶然発見。
その時、俺は記念すべき初めての妖喚によって“鬼熊”を率い、救い出した。
それを切っ掛けとして、俺は彼の協力でこのハモウナの町にたどり着くことができたのだ。
「お久し振りですね。お元気そうで何よりです…!」
そう言って握手を交わすと、彼も笑って言った。
「アルトさんもお変わりなく。それに貴方のご活躍は耳にしておりましたよ。なかなか華々しい成果をあげていらっしゃるようですね」
さすがは情報に敏感な商人だ。
俺の噂をどこかで聞き知ったんだろう。
俺はお店に二人分の飲み物を頼むと、彼に卓の席を勧めた。
「今日はどうして冒険者ギルドに?お仕事ですか?」
俺がそう尋ねると、ビルギットさんは曖昧に笑った。
「ええ…そんなところです」
そう言うと、彼は溜息を吐いた。
おや?
ビルギットさんにしては珍しく浮かない様子だな。
隊商を率いて旅をしていた彼は、穏やかながら毅然としていて、リーダーシップに溢れた好人物だった。
共に過ごした時間こそ短いけど、後をついて行きたくなる頼もしさもあったけど…
「…何かあったんですか?」
「いえ!何でもありません…!」
俺の質問に、急に慌て始めるビルギットさん。
その視線が明後日の方向へ泳いでいる。
俺は、その様子に何か引っ掛かるものを感じた。
「…あの、俺でよければお話を聞きますよ?」
ビルギットさんには、この世界に来て間もない頃、随分と世話になった。
異世界に放り出され、右も左も分からないでいた俺に、色々な知識や情報もくれた。
その恩くらいは返してあげたい。
俺の言葉に言いよどんでいたビルギットさんだったが、少々しつこく聞き出すと、観念したように話し始めた。
「実は…冒険者ギルドへある依頼を発注しに来たのです」
ビルギットさんの話はこうだった。
彼がこの町で素材商店を始めて三カ月。
武具や道具、薬剤、食物になる様々な素材を取り扱う彼の店は順調に利益をあげ、いくつかの常連客の確保も叶った。
そんな折り、上得意になっているある貴族より「ある素材」の納品を依頼されたんそうだ。
貴族の覚えが良ければ、この先商売を行う上でも色々な益がある。
なので、ビルギットさんは依頼を受けることにした。
が、その素材を得るには魔物も出没する難所へ赴かねばならず、冒険者達への依頼が必須だった。
なので、ビルギットさんはすぐにベテランの冒険者と契約を結び、素材採集の打ち合わせを行うため、冒険者ギルドにやって来たのだが…
「えっ?断られたんですか…!?」
俺がそう言うと、ビルギットさんは頷いた。
「契約は済んでいたのですが、その後、怪我を負ってしまい、今も治療中なので、こちらの依頼を受けるどころではないそうで…」
うなだれるビルギットさん。
「代理で別の方をギルドに紹介してもらおうとしたんですが、今は手空きの冒険者もいないようなのです」
成程。
それは何とも間が悪いことだ。
まあ、日々危険な依頼をこなしている冒険者にとっては、ありがちな話ではある。
けど、いくら怪我がつきものの職業とは言え、ビルギットさんと契約を交わしたその冒険者にも非はあるぞ。
第一、既に契約相手がいる冒険者なら、依頼の達成のために体調は万全に整え、無駄な怪我を負わないよう、他の依頼は受けないでおくのが定石のはずだ。
そんな間抜けな冒険者って誰なんだ?
頭を抱えるビルギットさん。
「さらに困ったことに、素材の納品には期限がありまして…それを守れなければ、当店の信用にも関わるのです」
達成期限付きの依頼か。
そうなると、その成否は依頼を受ける冒険者側への評価にも影響するから、期限が厳しい場合は依頼の受注を断る連中は多いだろう。
「それは災難ですね…でも、最初に契約を交わした冒険者って誰なんです?怪我をしたからって、ドタキャンなんて無責任じゃないですか」
「どたきゃん…ハハ、一緒に旅をしていた時から思っていましたが、アルトさんは時々変わった方言を使いなさりますなぁ」
そして、そのまま無言になるビルギットさん。
その不自然な様子に俺は首をひねった。
「あの…どうしたんですか?」
「いえ、その…まあ、ハイ…」
ビルギットさん、不自然な汗まで流してる…
そんなに名前を出しにくい相手なのかな?
「ビルギットさん…?」
顔を覗き込むようにすると、ビルギットさんは小さな声でつぶやいた。
「…ドルアドという戦士でして…」
その場に沈黙が下りる。
ビルギットさんはうつむいたまま、汗を流し続け。
俺も汗を流しつつ、笑顔で固まっていた。
おやぁ…?
気のせいかなぁ…どこかで聞いたことのある名前が耳に入って来たような…?
『貴方が昇級試験でボコした、あのクソデカ態度な野郎だわね』
俺の現実逃避を打ち砕くように、腰の小槌がボソッと呟く。
一方、その場の沈黙を振り合はらうように、ビルギットさんが笑顔で言った。
「ア、アルトさんが気に病まれることはありません!たまたま巡り合わせが悪かっただけなんです…!」
そう言いつつも、ビルギットさんの笑顔は強張っている。
…そうか、そういうことか。
冒険者である俺の噂を知っていた彼の耳には、俺が昇級試験でドルアドのおっさんを叩きのめした相手だというもことも届いていた。
つまり(知らなかったとは言え)俺がビルギットさんの契約した相手をボコって、その結果、彼が依頼を断られる原因を作ってしまったわけだ。
彼が見せていた不自然な態度は、それが原因なんだろう。
俺は溜息を吐いてから頭を下げた。
「すみません、ビルギットさん。俺のせいで不利益を生じさせてしまって…」
それにビルギットさんは慌てて言った。
「いえ、それは違います!今も申し上げたとおり、これはたまたま不幸が重なった結果ですよ!アルトさんは命の恩人ですし、悪意があってのことではないんですから…!」
それは正論だし、まぎれもなく彼自身の本心だろう。
この親切な男が、俺のところにわざわざ恨み言を言いに来るはずがない。
今日、冒険者ギルドでこうして再会したのも、たぶん偶然だ。
俺自身にしたって、ドルアドのおっさんがビルギットさんと契約して依頼を受けていたなんて、まったく想定もできなかった。
けど…だからと言って、この優しい人を見捨てるなんてできない。
「ビルギットさん…ドルアドさんに出したその依頼の内容を、俺に教えてくれませんか?」
すると、ビルギットさんは目を丸くした。
「アルトさん…貴方、まさか…!?」
驚くビルギットさんに俺は頷いた。
「よければ、その依頼、俺が遂行してみます…!」
「召命…!」
お馴染みの鳥居が出現し、俺は呼び出す妖怪の名を告げた。
「顕現せよ、“迷い家”!」
俺の声に応じて、鳥居から黄金の霧が漏れ出した。
黄金の霧は、霧散することなくその場に漂い続ける。
小槌が感嘆の声を上げた。
『成程、迷い家を隠れ家にするだわね…!』
「そ。安全でしょ?」
『か、考えただわね!確かにこれ以上ない程の隠れ家だわ…!』
「でしょ?たぶん、この霧が入り口なんだな。よーし、早速中を見て見ようかね」
俺は黄金の霧を見据えると、その中に思い切って目を閉じたまま跳び込んだ。
すると、何の抵抗もなく霧を通り抜ける。
一瞬後に目を開けるとそこには、立派な長屋門が見えた。
「うおおおお!本当に迷い家に来れた…!」
興奮しながら門をくぐると、目の前に立派な屋敷が現れた。
形は古いが、新築同然の純和風の屋敷だ。
大きな玄関に広々とした縁側、その向こうには立派な座敷も覗き見える。
庭も広かった。
見事な枝振りの庭木が茂り、大きな土蔵や作業小屋もあれば、美しく澄んだ大池もある。
ニワトリ達がのんびり散歩し、厩と牛小屋には牛馬の姿すらあった。
「す、すげぇ…」
呼び出しておいてなんだけど、伝承どおりの迷い家の全容に感動して止まない。
迷い家とは、東北、関東地方に伝わる「幻の家」で「遠野物語」なんかにも登場する。
山中に現れる立派な屋敷なのだが、人の住む痕跡はあれども、住人の姿は無い。
それだけでも不思議だけど、この家は訪れた者に富貴を授け、訪れた者は迷い家から何か物品を持ち出していいことになっている。
「遠野物語」では無欲な妻と強欲な妻が登場し、迷い家の恩恵で幸福になったり、何も得られなかったりという結末を迎えている。
そして、もう一つ。
この迷い家は、偶然訪れることは出来ても、二度と訪れることは出来ない。
『つまり、もし侵入者が来ても、二度とここにたどり着くことは不可能だわね…!』
魔王の小槌の言葉に、俺は頷いてみせた。
「しかも、妖喚した俺なら出入り自由。おまけに、伝承どおりならこの屋敷には不思議な効果を持つ道具でいっぱいだ。いくら汲んでもお米が減らないお椀とかね」
『左様』
突然聞こえたおじいさんの声に、俺は飛び上がらんばかりに驚いた。
「い、いまの声は…?」
キョロキョロと周囲を見回すけど、誰もいない。
てっきり無人だと思っていたけど…まさか誰か住んでるの!?
『儂じゃよ。儂は“迷い家”じゃ』
えっ?
マジで!?
迷い家って…意思を持ってるの!?
『久し振りだわね、迷い家のじいさま』
『フォッフォッフォッ…かれこれ百年振りになるかのう?お互い息災で何よりじゃ、小槌殿』
思わず腰に下げた小槌を見やる俺。
え?
何、君ら知り合いなの!?
驚く俺を置き去りに、無機物達は会話を続けた。
『じいさま、紹介するだわ。このちっこい人間はアルト。魔王様がスカウトした異世界侵攻のための役目を担っているのだわ』
突然始まった自己紹介に、俺は慌てて、
「あ、ども…アルトっていいます!突然来ちゃってすんませんでした…!」
声の元が分からないので、とりあえず屋敷に向かってお辞儀する俺。
すると、迷い家のじいさまは、
『そんなにかしこまらんでもよい。アルトとやら、お主は儂らにとっては主も同然なんじゃ。このジジイが役に立つなら、遠慮なく使いこなせばいい』
温厚な声でそう言う迷い家。
何だか、亡くなった田舎のお祖父ちゃんを思い出す。
お祖父ちゃんは小さい頃から俺を可愛がってくれ、妖怪の話もたくさんしてくれた。
もう墓参りにも行けないと思うと、少し寂しい。
俺は迷い家のじいちゃんに切り出した。
「あの…その言葉に甘えちゃってなんですが、実は…」
すると、
『皆まで言わんでいい。お主達の会話は全て聞いておったしの』
そう言って、迷い家は気配で笑う。
『ここには無いものの方が少ない。食料に水、家畜もおるし、裏手には畑、田んぼもある。それに、何かと便利な施設と道具もあるし、しかも尽きることはない。そして、儂が認めた者以外は辿り着くことも叶わぬ』
ほええ~!
いや、呼び出しておいてなんだが…チート過ぎない、この家!?
「とても助かります!でも、本当にいいんですか?いくら召喚主っていっても、ここまでしてもらうと厚遇過ぎる気がします…」
俺は思い切って尋ねた。
「お礼と言っては何ですけど…俺に何か出来ることありませんか?」
俺がそう言うと、迷い家のじいさまは笑って、
『お主はなかなか律儀な人間じゃのう』
そして、穏やかな声で続ける。
『気にしなくとも良い。そもそも「家」というものは、誰かが住むために存在するものじゃし、儂にとっては存在意義でもある。お主らに住んでもらうこと自体が、儂にとっては十分な返礼なのじゃよ』
「…では、素直にご厚意に甘えさせていただきます」
再度、屋敷に向かって一礼する俺。
今は例の館に三カ月間住むという依頼があるから、長く空けることはできないが、依頼が達成されたら、この迷い家に引っ越そう。
洋館も魅力的だが、俺自身は日本家屋が好みだし、何よりセキュリティも万全だ。
『アルトと一緒にあたしも厄介になるだわ。よろしくだわ、じいさま』
小槌がそう言うと、迷い家のじいさまも快く言った。
『フオッフォッフォッ…よいよい。なかなかに賑やかな毎日になりそうじゃのう』
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
…というわけで、呪われた館の一件を片付けた今日、早速迷い家のじいさまのところに厄介になる予定だ。
夕食を食べ終えた後も勧誘にやってくる冒険者達がいたので、丁寧に対応し、ようやく俺はひと息つくことができた。
そこへ…
「お元気そうですね、アルトさん」
聞き覚えのある声がしたので顔を上げると、そこには知った顔があった。
「貴方は…!」
そこに居たのは、ビルギットさんだった。
彼は、この世界に来て一番最初に知り合った商人だ。
以前、彼の隊商が豚鬼達の群れに襲われていたところを俺が偶然発見。
その時、俺は記念すべき初めての妖喚によって“鬼熊”を率い、救い出した。
それを切っ掛けとして、俺は彼の協力でこのハモウナの町にたどり着くことができたのだ。
「お久し振りですね。お元気そうで何よりです…!」
そう言って握手を交わすと、彼も笑って言った。
「アルトさんもお変わりなく。それに貴方のご活躍は耳にしておりましたよ。なかなか華々しい成果をあげていらっしゃるようですね」
さすがは情報に敏感な商人だ。
俺の噂をどこかで聞き知ったんだろう。
俺はお店に二人分の飲み物を頼むと、彼に卓の席を勧めた。
「今日はどうして冒険者ギルドに?お仕事ですか?」
俺がそう尋ねると、ビルギットさんは曖昧に笑った。
「ええ…そんなところです」
そう言うと、彼は溜息を吐いた。
おや?
ビルギットさんにしては珍しく浮かない様子だな。
隊商を率いて旅をしていた彼は、穏やかながら毅然としていて、リーダーシップに溢れた好人物だった。
共に過ごした時間こそ短いけど、後をついて行きたくなる頼もしさもあったけど…
「…何かあったんですか?」
「いえ!何でもありません…!」
俺の質問に、急に慌て始めるビルギットさん。
その視線が明後日の方向へ泳いでいる。
俺は、その様子に何か引っ掛かるものを感じた。
「…あの、俺でよければお話を聞きますよ?」
ビルギットさんには、この世界に来て間もない頃、随分と世話になった。
異世界に放り出され、右も左も分からないでいた俺に、色々な知識や情報もくれた。
その恩くらいは返してあげたい。
俺の言葉に言いよどんでいたビルギットさんだったが、少々しつこく聞き出すと、観念したように話し始めた。
「実は…冒険者ギルドへある依頼を発注しに来たのです」
ビルギットさんの話はこうだった。
彼がこの町で素材商店を始めて三カ月。
武具や道具、薬剤、食物になる様々な素材を取り扱う彼の店は順調に利益をあげ、いくつかの常連客の確保も叶った。
そんな折り、上得意になっているある貴族より「ある素材」の納品を依頼されたんそうだ。
貴族の覚えが良ければ、この先商売を行う上でも色々な益がある。
なので、ビルギットさんは依頼を受けることにした。
が、その素材を得るには魔物も出没する難所へ赴かねばならず、冒険者達への依頼が必須だった。
なので、ビルギットさんはすぐにベテランの冒険者と契約を結び、素材採集の打ち合わせを行うため、冒険者ギルドにやって来たのだが…
「えっ?断られたんですか…!?」
俺がそう言うと、ビルギットさんは頷いた。
「契約は済んでいたのですが、その後、怪我を負ってしまい、今も治療中なので、こちらの依頼を受けるどころではないそうで…」
うなだれるビルギットさん。
「代理で別の方をギルドに紹介してもらおうとしたんですが、今は手空きの冒険者もいないようなのです」
成程。
それは何とも間が悪いことだ。
まあ、日々危険な依頼をこなしている冒険者にとっては、ありがちな話ではある。
けど、いくら怪我がつきものの職業とは言え、ビルギットさんと契約を交わしたその冒険者にも非はあるぞ。
第一、既に契約相手がいる冒険者なら、依頼の達成のために体調は万全に整え、無駄な怪我を負わないよう、他の依頼は受けないでおくのが定石のはずだ。
そんな間抜けな冒険者って誰なんだ?
頭を抱えるビルギットさん。
「さらに困ったことに、素材の納品には期限がありまして…それを守れなければ、当店の信用にも関わるのです」
達成期限付きの依頼か。
そうなると、その成否は依頼を受ける冒険者側への評価にも影響するから、期限が厳しい場合は依頼の受注を断る連中は多いだろう。
「それは災難ですね…でも、最初に契約を交わした冒険者って誰なんです?怪我をしたからって、ドタキャンなんて無責任じゃないですか」
「どたきゃん…ハハ、一緒に旅をしていた時から思っていましたが、アルトさんは時々変わった方言を使いなさりますなぁ」
そして、そのまま無言になるビルギットさん。
その不自然な様子に俺は首をひねった。
「あの…どうしたんですか?」
「いえ、その…まあ、ハイ…」
ビルギットさん、不自然な汗まで流してる…
そんなに名前を出しにくい相手なのかな?
「ビルギットさん…?」
顔を覗き込むようにすると、ビルギットさんは小さな声でつぶやいた。
「…ドルアドという戦士でして…」
その場に沈黙が下りる。
ビルギットさんはうつむいたまま、汗を流し続け。
俺も汗を流しつつ、笑顔で固まっていた。
おやぁ…?
気のせいかなぁ…どこかで聞いたことのある名前が耳に入って来たような…?
『貴方が昇級試験でボコした、あのクソデカ態度な野郎だわね』
俺の現実逃避を打ち砕くように、腰の小槌がボソッと呟く。
一方、その場の沈黙を振り合はらうように、ビルギットさんが笑顔で言った。
「ア、アルトさんが気に病まれることはありません!たまたま巡り合わせが悪かっただけなんです…!」
そう言いつつも、ビルギットさんの笑顔は強張っている。
…そうか、そういうことか。
冒険者である俺の噂を知っていた彼の耳には、俺が昇級試験でドルアドのおっさんを叩きのめした相手だというもことも届いていた。
つまり(知らなかったとは言え)俺がビルギットさんの契約した相手をボコって、その結果、彼が依頼を断られる原因を作ってしまったわけだ。
彼が見せていた不自然な態度は、それが原因なんだろう。
俺は溜息を吐いてから頭を下げた。
「すみません、ビルギットさん。俺のせいで不利益を生じさせてしまって…」
それにビルギットさんは慌てて言った。
「いえ、それは違います!今も申し上げたとおり、これはたまたま不幸が重なった結果ですよ!アルトさんは命の恩人ですし、悪意があってのことではないんですから…!」
それは正論だし、まぎれもなく彼自身の本心だろう。
この親切な男が、俺のところにわざわざ恨み言を言いに来るはずがない。
今日、冒険者ギルドでこうして再会したのも、たぶん偶然だ。
俺自身にしたって、ドルアドのおっさんがビルギットさんと契約して依頼を受けていたなんて、まったく想定もできなかった。
けど…だからと言って、この優しい人を見捨てるなんてできない。
「ビルギットさん…ドルアドさんに出したその依頼の内容を、俺に教えてくれませんか?」
すると、ビルギットさんは目を丸くした。
「アルトさん…貴方、まさか…!?」
驚くビルギットさんに俺は頷いた。
「よければ、その依頼、俺が遂行してみます…!」
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スキルが簡単に得られるようなので頑張っていきます
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