世界唯一の妖喚師 ~転生したらスキル「召喚」が「妖怪限定」でした~

詩月 七夜

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第二十二話 月光

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 生まれ育ったその森は、彼女…ラノにとって楽園だった。
 深い森の腕は優しくラノ達…エルフ族を包み、安息を与えてくれた。
 美しい木々の緑。
 澄み切った静謐せいひつな泉。
 風は穏やかに花々の香りを運び舞う。
 木漏れ日は天国からの光のように差し込み、森に生きる生命達を祝福していた。
 夜には月が静かに輝き、安らぎの影を落とした。
 その中を妖精フェアリー光精霊スプライト達が飛び回り、幻想的な夜景を作り出す。
 獣達はその中を、昼間以上に躍動し、生命の営みをつづっていく。
 昼も夜も、生命に溢れ、その森は全てが満たされた空間だった。

 それが一変したのは、いまよりもう百年以上も前のことである。

 森の集落で、幸福な日々を過ごしていたラノ達を、ある日、戦火が襲った。
 原因は人間達による戦争だった。
 森に近い二つの人族の国は、敵対する国となり、互いに優位に立つため、エルフ達を味方に引き入れようと画策。
 しかし、長い時を生きるエルフ達は戦争がもたらす不毛さを学んでいたので、どちらの国にもくみしなかった。
 何より、彼らには争うための理由も無かったのだ。

 が、そうしたエルフ族に業を煮やした片方の国が、エルフ達が敵国に与することを恐れ、集落を襲ったのである。

 森には火が放たれ、集落は焼かれた。
 恵みを与えてくれる森を焼くなどというエルフ達には考えも及ばない蛮行に、彼らは完全に虚を突かれたのだ。
 混乱する中、勇ましく戦った戦士達もいたが、数多い敵兵の前に力尽きていった。
 彼らは人間達に無残に切り刻まれ、娯楽代わりに虐殺された。
 女達は捕まり、獣のような兵士達の慰み者として陵辱された。
 子供達は年端もいかない者まで奴隷にされるために捕まった。
 老人達はそうした若者を逃すためにあえてその身を犠牲とし、無残に散っていった。
 ラノはそんな地獄の中を、母親に守られて逃げた。
 もちろん、宛てなどない。
 森に守られて生きてきたエルフ達に、森の外で生きる術も無い。
 故郷の森を失くした彼らには、もはや未来など無かったのだ。
 そして、ラノにも…

『生きなさい。その生命いのちがある限り、貴女には“あの力”が宿り、守ってくれるでしょう』

 ラノを抱きしめ、微笑みながら母親は最後にそう言った。
 そして、彼女を逃すために追っ手の兵士達の前に立ちはだかった。
 母親はエルフには珍しい冒険者だった。
 広く外の世界を歩き、様々な冒険をこなしてきた手練れだった。
 ラノもそれなりの年齢になった時、数々の冒険に同行した。
 そのため、ラノ自身にも冒険者としての経験と実力が身に付いていった。
 そんなラノの母親も、敵兵の槍と矢にその身を貫かれ、息絶えた。
 それを目の当たりにしたラノは、たまらず悲鳴を上げる。
 母として優しく美しく、そして冒険者として厳しく強かった女性。
 何より、父の顔を知らないラノにとって、唯一の肉親だった。
 だから、ラノは母親を深く愛していた。
 そんな母親が自分を守り、ボロ切れのように打ち捨てられた。
 そして、敵兵達は哄笑しつつ、そんな母親を何度も切り刻み、突き、最後に放尿して汚したのだ。

(許さない…!!)

 その下卑た光景を目にしたラノは、涙と怒りと共に、身体の奥底から溢れ出る不思議な力を感じた。
 まるで、生命そのものが燃えるような感覚。
 全身が神経そのものと化したような鋭敏さが宿り、魂から漏れ出たような蒼い気が陽炎のように立ち上る。
 敵兵達の思考や動きが、手に取るように分かり、それを容易く手折る方法も頭に浮かんだ。

 だから。
 ラノは放たれた矢のように敵兵達に襲い掛かった。

◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 気が付くと、空には白い月があった。
 風には鉄錆てつさびの香りが満ちている。
 そして、足元の大地には無数のむくろ
 どれも原型を留めていない、ただの肉塊だ。

(…ああ…私は…やれたんだ…)

 ぼんやりと勝利を自覚するラノ。

 不思議な事に高揚感は無い。
 (母の仇はとれたのに…)

 かと言って、悲しみも無い。
 (愛する母を失ったのに…)

 心同様に、彼女の顔もまるで仮面のように動かない。
 ふと、自分の頬に手をやる。
 それは、自分の顔に浮かぶはずの感情の色を何もも伝えてくれない。
 ただ、ぬるつく手の感覚に、右手を目の前に持ってくる。
 あかい。
 月光の下でも、それは鮮やかに紅く滴っていた。
 気持ち悪いので、手を振ってそれを落とす。
 その拍子に、彼女の髪も揺れた。
 母親譲りの美しい金髪だったそれは、月光に汚染されたように白くなっていた。
 ラノは色を失った自分の髪の色を、現実離れした視界の中で酷く悲しく思った。

『…ば、化け物…』

 ふと聞こえたその声に振り向くと、地に伏した一人の兵士と目が合った。
 兵士は死ぬ間際のようだった。
 何故なら、彼の片腕は引き千切られたようになっていて、足は両方ともあり得ない方向にひん曲がっている。
 苦痛と恐怖に涙を流す兵士は、怨嗟の声を上げる。

『こんなに…仲間を…人間を殺して…化け物め…この、白い…悪魔め…!』

 兵士の言葉に、不感症じみた心なっていたラノは不快感を覚えた。
 この男は何を言っているのだろう?
 ただ穏やかに暮らしていた自分達を一方的に襲い、汚し、奪い尽くしたのは誰か?
 何より大切な母を無惨に殺したのは誰か?
 化け物は…お前達人間だろうに…!

『ふ、不服…そうな…顔…だな…?人間が…憎い…のか?』

 せせ笑う兵士。
 雑音。
 そう、これは雑音だ。
 何の益体もないし、不快だ。
 ラノは兵士に近付き、その頭を踏みつぶそうと、右足を上げた。
 こんな雑音は、早く消してしまおう。
 ラノの爪先の下で、兵士が言った。

『…だがまあ…お前にも…が流れてるんだろ…?』

 ラノの動きが止まる。
 兵士の口端がわずかに吊り上がる。

『その…半端な長耳…お前…混血ハーフエルフ…なんだろ…?』

 ラノの瞳がスッと細くなる。

『なら…半分は…だなぁ』
 
 瞬間、ラノは足で兵士の頭を踏み割った。
 何かが砕ける鈍い音と共に、血と脳漿のうしょうが辺りに飛び散る。
 兵士の頭が原型を留めなくなるまで、ラノは何度も地面を踏みつけた。
 雑音は消した…はずだ。
 でも…消したのに、消えない。
 だから、消えるまで止めない。
 止められなかった。
 その様を、ただ白い月だけが見つめていた。

◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 数日後、森からほどなく離れた街道を彷徨さまよう、白い髪と肌をしたハーフエルフの少女の姿を何人もの人々が目にした。
 少女は意思を失った虚ろな瞳で、何かを探し求めるようにフラフラと歩き、時折倒れ伏しては立ち上がり、また歩き続けた。
 何年も目にされたその姿はまさに幽鬼のようで、気味悪がって誰も近付かなかったという。 
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