龍の都 鬼の城

宮垣 十

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序章

鬼の城

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「将家は東夷七道尽くを敵にまわしたのか・・・・」
 敵陣に集まった色とりどりの幟旗を眺めていた真宗が呟いた。
遅れて参陣した家々を加え、柳営を囲む山野は軍勢に覆い尽くされている。号して三十万、実数でも二十万は越えているだろう。
 ここ数日で着陣した旗の中には、真宗も良く見知った家のものが相当あった。
将家公子真宗、この戦に臨んで急ぎ加冠の儀を済ませ、諱名「真宗」を名乗ったとはいえ、歳は数えで十と四。まだ声変わりもしていない少年の両脇には、加冠の儀に際して烏帽子親をはたした太宰の条衛と、同じく太宰の少弐(次席)冬門が立つ。
 真宗の呟きに、少弐の冬門が応えた。
「なに、心得違いをした逆臣に逆らえぬ腰抜けどもの集まりでございます。本心よりのものではありますまい。ご案じなさいますな」
「少弐は本当にそう思うのか?」
 振り向いた真宗に、冬門が不敵な笑みを浮かべ、仰々しく頭を下げる。長身、痩躯、細く鋭いいかにも怜悧そうな目をした男だ。
「御意」
 今度は条衛に訊く。
「太宰もそう思われるか?」
「臣も、多くの家は本意で参陣したものではないと思います。しかし諸家ともに安家を怖れており、その命には何であろうと従うことと存じる。ご油断無きよう」
 小柄だが、がっしりした体躯から発せられる条衛の声は、いつも重い。太い眉に黒目がちの眼。何かにつけ対照的な両将は、この戦で既に二度の襲撃を退けていた。柳営の街そのものが攻められることこそ無かったが、この乱世に将家も戦と無縁であったわけではない。将家の兵や柳営の民はその数々の戦働きから、太宰を「将家の盾」少弐を「将家の鑓」と渾名する。
 真宗らが立つのは、柳営の街を囲む山々で最も高所にある北丹峰、その頂上に設けた鼓楼である。東西に続く尾根には、岩を削りだした高さ十丈の城壁が続き、所によってそれは山そのものを削って、二段三段の岩棚となっている。永い時を経てきた壁は、風雪に削られ自然の懸崖を思わせるが、将家が柳営に拠を定めてより、営々と人の手が築いてきたものであった。十丈の壁の上には、山から切り出した石を泥で固めた低い石築地があり、陰に兵が身を隠していた。山々の頂には鼓楼と炮楼がある。これも城壁同様、岩山を削りだしたものだ。
「あれは何か?」
 再び、真宗が訊ねる。
「付け城の普請でございましょう」
 条衛が答えた。付け城とは、城攻めのため攻城側が築く砦である。
「やれご苦労なことで、街の外にさらに街を造っているようなものではありませぬか。どちらが籠城しているのやら」
 冬門が、らしい軽口をたたく。
「二度の城攻めに懲り、今度は兵糧攻めということか?」
「それはあり得ませぬな。そうならぬよう差配してまいりました」
 冬門は言う。冬門の策で将家領内の民と糧食は、そのほとんどを城壁内に取り込み、田畑は焼いた。冬門は、さらに村々も焼き、井戸という井戸に毒を投げ入れる策も述べたが、許されなかった。二十万の軍勢では、柳営に籠もる兵と民すべての三倍以上、柳営の周囲にそれをまかなう糧食は無い。敵陣の諸将は、その本貫地から兵糧を運ばねばならず、遠国の領主ではその負担に耐えきれない。ましてやもうすぐ三月である。これだけの健児が戦で柳営に引きつけられて春を迎えては、どの領地でも田植えに差し障り、飢饉さえ招きかねない。来月になれば、参陣諸将がこぞって浮き足立つであろう。
 にもかかわらず、向かいの山野では、濠を掘り、土を掻き揚げ、柵木を結う作事が続いていた。近在の山を総て裸にし、材木が運ばれてくる。
 眼下の双鳳門から伸びる大路の先、将家の別業(別荘)鴻館があった場所では、戦の開始来、敵主将安家の本陣と思しき城の普請が続き、これはあらかた出来上がっているよう見える。かつての鴻館は、四方百間高さ六丈、玉石で覆われた矩形の土山に築かれていた。土山は神代の王の陵ともいい、幅三十間のやはり矩形の蓮池に囲まれる。館は四方に門を開く。蓮池には中央に楼を設けた橋が懸かり、内には高欄を巡らした二層の高閣や蓮池に突き出した水閣、伽羅香木で普請した御殿が並び建ち、それらを渡殿が繋いでいた。
 涼やかな竹笹の高生垣に囲まれ、庭に玉砂利と白砂を敷いた柳営の御所が、冷え枯れた幽玄の館と呼ばれるのに対し、蓮池に浮かび、水面にその豪奢な姿を映す鴻館は、仏のおわす浄土の姿に例えられてきた。鴻館はまた、将家の別業であるとともに、大陸におわす金輪聖王からの使者を迎える客館であり、将家当主の大君が、金輪聖王から東夷の諸軍事・統治を許された安東将軍位を受ける儀式の場でもあった。
 父欽宗が安東将軍位を許されたのは十年前、真宗が数えで四つの時であったが、昨日のことのようによく憶えている。金輪聖王の使者が待つ鴻館へと双鳳門から進む将家の行列、鳳輦に乗った父、真宗自身は乳母の夫でもあった条衛に抱きかかえられ、美しく飾られた馬上にあった。大路の両側に甍を連ねる伽藍には、無数の幢竿が立てられて、色とりどりの幡や幟がはためく。伽藍の門前では香が焚かれ、無数の僧侶が唱える観寿無量の経が、金輪聖王と新しき安東将軍を言祝ぐ。経の大合唱の中、美しい稚児達が、金紙銀紙で作った蓮の花弁を行列に播いていた。加羅御殿で将軍位を受ける父、舗石を敷き詰めた前庭で群臣が平伏し千秋万歳を唱和した。
 それが今どうだろう。極楽浄土と称された館は、水面に映るその姿を全く変えていた。玉石で覆われていた土手には高石垣が築かれ、石垣の上には寺院の層塔のような瓦葺きの高楼がいくつも建てられている。中央の楼閣は一際高く大きい。これだけが赤く塗られ、各層にある飾金具が、日の光を返し見る者の目を刺した。石垣や高楼は、大路に連なっていた寺院を解体し、その材と瓦、礎石、石塔を運んで築いたものだろう。それにしても戦を始めてから僅か三月、良く造ったものだ。替わって、かつての伽藍の群れは見る影もない。真宗には、見たことも無いその城が、幼い時に読み聞かせられたお伽草子に出てくる鬼の城に思えた。おそらくは、壁を守っている兵の少なからぬ者も、そう思って見ているに違いない。背後を見れば、柳営の街を挟んだ山際に、将家当主の御所「柳営」が臨める。柿葺き、檜皮葺きの御殿の大屋根が優美な線を描いていくつも連なる。館の回りを囲むのは、戦に用をなさない生け垣にすぎない。あれが東夷八道を統べる武門の館であるとすれば、眼前にある城を他に何と呼べば良いのか。
 「天魔」また「妖鬼」という。自らは天王を名乗る敵将安家当主広起のことである。
「あるいは本当に、鬼なのか?」
将家は、鬼を相手に戦っているのだろうか。
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