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8.旅立ちの時

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「……?どこに帰るというのだ!お前はこれから法に則り処刑されるんだぞ!」

(ほーう。法まで変えたのね…法だけに)

「…っ!そうよ!お姉様!お姉様はこれから投獄されて1週間後に市井で公開処刑されるのよ!」

 チャーリーの勢いにつられチャーリーの腕の中にいたミリアがまくしたてた。

 とてもではないが、いじめられた方には見えないくらい上から目線だ。

 でも、もういい。

 覚悟も決まったし、準備は今、整った。

 先程から右手には扇子を持っていたがもう片方の左手には純度の高い魔石をセレーナはこの会場に来てからずっと握っていた。


「……ふふふ。」

(滑稽だから笑っちゃうわ)

「死刑と聞いて狂ったか!」

「まぁ、完璧令嬢が聞いて呆れますわね。」

 確かに狂ったと言えば狂ったのかもしれない。

(何がおかしいって?…だって長年の私の望みが叶うんですもの。皆様がすべからくクズでよかったわ。安心して発動できる)

 実は今日まで少し悩んだ。王族と公爵家だけにしようかな~とか、大人だけにしようかな~とか。

 でもそんなことどうでも良くなっちゃった。

「時に皆様、対価ってご存知かしら?」

 罵ったチャーリーとミリアを無視してセレーナは皆に問いかけた。

「ものを買う時に見合った金額を払い、ものを買う。それは過不足なく行われなくてはいけない。」

(だから皆様から対価をいただくわね)

 もう条件だけならすでにクリアしている。セレーナは魔石を掲げ、魔法を発動した。

「衛兵、捕らえよ!」

「はっ!」

 セレーナが魔法を発動した瞬間、捕縛を命じたのはチャーリーではない。国王だ。チャーリーはポンコツだから呆然としている。

 そして国王の命によりすでに臨戦体制に入っていた騎士や魔道士たちがセレーナを拘束しようと動いた。

 その辺の素早い対処ができるのは、さすが国王だなと思う。

(まぁでも、何もできない小娘って油断していたのは阿呆のすることね)

 現に小娘によってこの国は遠く無い未来、滅びゆく運命にある。

 国王の命で騎士は駆け出し、魔道士は拘束魔法を唱える。

 けれどもいづれの攻撃もセレーナに届くことはなく、むしろ謎の…巨大な力で動きが取れなくなった。

 騎士や魔道士以外の王族や列席者も同様に…だ。

(((まずいっっ!)))

 皆がそう思った。セレーナの魔力は明らかに異常だった。自分達では歯が立たないと悟った彼等は皆一様に思った。

"こんな時にあの男はなぜいないのだ!"

 その男とはこの国の特級魔道士長マイケル・ミラーのことだ。

 当然ながら彼はこの場にはいない。契約書は偽名なので、契約を履行しなくても問題はない。

 ちなみにマイケル・ミラーの影武者達は数日前に帰国している。

 彼女達の祖国に。

 情報盗み放題だったし、セレーナがいなくなった後に上手く使ってくれることを祈るばかりだ。

「私、ずっとずっとこの日を待っておりましたの。国の重鎮である皆さまがこの会場に集まるこの日を。私を断罪する日を。」

(まぁ、死刑はちょっと予想外だったけど)

「今から皆様の大事なものと引き換えに私は私の望みを叶えようと思います。別にいいですよね?の18年間こんな馬鹿げた茶番に付き合ったのですからその対価ですわ。」

 そう言うと、セレーナはにっこりと微笑んだ。

 そして、魔法の発動が終わるとセレーナの目の前にピンク色のドアが現れた。

 そう。ドアが現れた。

 いきなりのピンクのドア展開に動けなくなった人々も"あれはなんなのだ?""これから一体何が起きるのだ?"と誰もが思っていた。

 一同が見守る中、セレーナは扉に背を向け、会場の皆に美しいカーテーシーをすると、後ろを振り返り、ドアノブを回してドアの向こうに消えていった。

 そして、セレーナの姿が見えなくなると同時にピンクのドアは役目を終えたのか、スーッと消えていった。

会場内にはセレーナが最後に残した言葉が響いた。

「皆さま、ご機嫌よう。」
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