氷は存外簡単に溶ける

皿うどん

文字の大きさ
7 / 28

フィリップ・フィアラーク3

しおりを挟む
 あまりに軽いアンナを客室へ運んだあと、フィリップは青ざめて横たわる少女を見下ろした。
 フィリップは養父と養母に多大な恩義を感じており、脇目も振らず己を鍛えてきた。いままで女性にうつつを抜かすどころか、ふたりきりになったことさえ数える程度しかない。

 フィリップは多少眼光が鋭いものの整った顔立ちをしていたし、周囲も美しい顔を褒め称えた。
 鬱陶しい異性も、いくら冷たくしても寄ってくる。

 だからフィリップは、アンナは自分との婚約を喜ぶと思っていたのだ。

(まさか、魔力暴走するくらい嫌だったとは……)

 多少、結構、かなり落ち込んだフィリップは、慌ただしく侍医がやってきて診察するのをぼうっと眺めていた。


「命の危険はございません。アンナ様の空となった体に魔力が満ちるには、一週間から10日ほどかかると思われます。ゆっくりと魔力を取り込んでおりますので、無理に動かしたり魔力を注入しようとせず、自然と目を覚まされるまでお待ちください」

 ほかにも細々としたことを挙げた侍医は、礼をして去っていった。
 ララが泣きそうな顔でアンナの世話を始める。着替えをすると言われ、フィリップはおとなしく部屋を出た。


「フィリップ、あなたとアンナは仮とはいえ婚約者です。本来なら本人に承諾を得てからがいいでしょうけれど、あなたは読んだほうがいいわ」

 グラツィアーナから渡されたの紙の束を受け取り、ぱらぱらとめくってみる。

「これは……!」
「いままでアンナがどのような扱いを受けてきたかが記されているわ。小さいころから行われていて、わたくしたちでも全てを知ることはできなかったの」

 グラツィアーナのあたたかな茶色の目に、心配が詰まっている。

「アンナは、あなたが嫌うような人間ではないわ。もし……アンナが婚約を続けたいと言うならば、謝罪する機会もあるでしょう」

 去っていくグラツィアーナに言える言葉は、なにもなかった。

(きっと彼女は、婚約はやめると言うだろう)

 王城に与えられた自身の客室へ行き、じっくりと報告書を読む。
 記されているのは、奴隷のような生活の日々だった。


 アンナのつらい生活を追っていくうちに、平民にしては美しく字が読めるララが雇われてアンナの世話をするようになると、意外なことにほっとした。
 そこには、ララがアンナの支えになっていることが書かれていたからだ。

 ララは病気の弟がいてワーズワース家に人質とされていた。弟が患っているのは完治する病なのに、症状が悪化したときのみ薬を飲ませ、ララを縛り付ける。
 アンナはララとその弟のために、自ら地獄にいることを選択した。逃げればララが殺されると知っていたのだろう。

「……強い少女だ……それなのに私は……」

 貴族であるというだけで今まで接してきた女と同じだと思い込み、ひどい態度をとってしまった。
 アンナは、家族と同じく傷つけるだけの人間だとフィリップを認識しただろう。



 それから鍛錬の合間に毎日、日に何度もフィリップはアンナの元を訪れた。
 そのたびに、コルセットが必要ない細すぎる体と、傷ついているであろう心を痛々しく思う。


 アンナが目を覚ましたのは、倒れてから12日後だった。

しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢の慟哭

浜柔
ファンタジー
 前世の記憶を取り戻した侯爵令嬢エカテリーナ・ハイデルフトは自分の住む世界が乙女ゲームそっくりの世界であり、自らはそのゲームで悪役の位置づけになっている事に気付くが、時既に遅く、死の運命には逆らえなかった。  だが、死して尚彷徨うエカテリーナの復讐はこれから始まる。 ※ここまでのあらすじは序章の内容に当たります。 ※乙女ゲームのバッドエンド後の話になりますので、ゲーム内容については殆ど作中に出てきません。 「悪役令嬢の追憶」及び「悪役令嬢の徘徊」を若干の手直しをして統合しています。 「追憶」「徘徊」「慟哭」はそれぞれ雰囲気が異なります。

笑う令嬢は毒の杯を傾ける

無色
恋愛
 その笑顔は、甘い毒の味がした。  父親に虐げられ、義妹によって婚約者を奪われた令嬢は復讐のために毒を喰む。

(完結)私が貴方から卒業する時

青空一夏
恋愛
私はペシオ公爵家のソレンヌ。ランディ・ヴァレリアン第2王子は私の婚約者だ。彼に幼い頃慰めてもらった思い出がある私はずっと恋をしていたわ。 だから、ランディ様に相応しくなれるよう努力してきたの。でもね、彼は・・・・・・ ※なんちゃって西洋風異世界。現代的な表現や機器、お料理などでてくる可能性あり。史実には全く基づいておりません。

忌むべき番

藍田ひびき
恋愛
「メルヴィ・ハハリ。お前との婚姻は無効とし、国外追放に処す。その忌まわしい姿を、二度と俺に見せるな」 メルヴィはザブァヒワ皇国の皇太子ヴァルラムの番だと告げられ、強引に彼の後宮へ入れられた。しかしヴァルラムは他の妃のもとへ通うばかり。さらに、真の番が見つかったからとメルヴィへ追放を言い渡す。 彼は知らなかった。それこそがメルヴィの望みだということを――。 ※ 8/4 誤字修正しました。 ※ なろうにも投稿しています。

今更気付いてももう遅い。

ユウキ
恋愛
ある晴れた日、卒業の季節に集まる面々は、一様に暗く。 今更真相に気付いても、後悔してももう遅い。何もかも、取り戻せないのです。

冤罪で婚約破棄したくせに……今さらもう遅いです。

水垣するめ
恋愛
主人公サラ・ゴーマン公爵令嬢は第一王子のマイケル・フェネルと婚約していた。 しかしある日突然、サラはマイケルから婚約破棄される。 マイケルの隣には男爵家のララがくっついていて、「サラに脅された!」とマイケルに訴えていた。 当然冤罪だった。 以前ララに対して「あまり婚約しているマイケルに近づくのはやめたほうがいい」と忠告したのを、ララは「脅された!」と改変していた。 証拠は無い。 しかしマイケルはララの言葉を信じた。 マイケルは学園でサラを罪人として晒しあげる。 そしてサラの言い分を聞かずに一方的に婚約破棄を宣言した。 もちろん、ララの言い分は全て嘘だったため、後に冤罪が発覚することになりマイケルは周囲から非難される……。

王子は婚約破棄を泣いて詫びる

tartan321
恋愛
最愛の妹を失った王子は婚約者のキャシーに復讐を企てた。非力な王子ではあったが、仲間の協力を取り付けて、キャシーを王宮から追い出すことに成功する。 目的を達成し安堵した王子の前に突然死んだ妹の霊が現れた。 「お兄さま。キャシー様を3日以内に連れ戻して!」 存亡をかけた戦いの前に王子はただただ無力だった。  王子は妹の言葉を信じ、遥か遠くの村にいるキャシーを訪ねることにした……。

婚約破棄された私は、処刑台へ送られるそうです

秋月乃衣
恋愛
ある日システィーナは婚約者であるイデオンの王子クロードから、王宮敷地内に存在する聖堂へと呼び出される。 そこで聖女への非道な行いを咎められ、婚約破棄を言い渡された挙句投獄されることとなる。 いわれの無い罪を否定する機会すら与えられず、寒く冷たい牢の中で断頭台に登るその時を待つシスティーナだったが── 他サイト様でも掲載しております。

処理中です...