氷は存外簡単に溶ける

皿うどん

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二度目の求婚拒否

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「まことに、まことに申し訳ありませんでした!!!」

 目覚めてから経緯を聞いたアンナは、床に這いつくばって謝罪するしかできなかった。
 王族を傷つけるところだったのだ。首を切断などいいほうで、拷問されて殺されても文句は言えない。

「アンナ、気にしなくていい。私もグラツィアーナも傷ひとつなかった」
「傷がなければ許されることではありません!」
「性急にことを進めた私の責任でもある。グラツィアーナの初めての友人を処刑して恨まれたら、私は非常に困るんだ」
「友人……?」

 この場にふさわしくない単語が聞こえた気がして、アンナは思わず顔を上げる。薔薇のように咲き誇るグラツィアーナの笑顔が、そこにはあった。

「わたくしの初めての友人です。それに魔力暴走は、意図して起こるものではありません。アンナに傷つける意思がないのはわかっていてよ」
「……わたしは自分で自分が許せないのです」
「それなら、アンナのぶんまでわたくしが許すわ。お友達と思っていたのは、わたくしだけなのかしら」
「そんな……ことは」

 アンナはくちびるを噛みしめた。

「こんな状況なのに、初めての友人ができて嬉しく思ってしまうわたしを、許してくださるんですか?」
「もちろん。わたくしとアルベルト様がいいと言えば、いいのよ」

 このように権力を使うなど滅多にないグラツィアーナが胸を張ると、なんだか子供のように見えて微笑ましかった。

「アンナ嬢の魔力は、王城の強化に使わせてもらうよ。星辰の儀に向けて、土の魔力はいくらあっても足りないからね」

 大陸で一番大事な星辰の儀の前に、英雄と王族を傷つけてしまったかもしれないと思うと、アンナは何度目かわからない吐き気を覚えた。

「アンナ嬢、本当に気にしないでくれ。フィリップに逃げるよう言われたのに、あの場に残ったのは私たちの意思だ。私たちが悪いのだよ」

 アルベルトはアンナを立たせ、椅子へ座らせた。この話は終わりだと言わんばかりの態度に、アンナは謝罪を飲み込む。
 これ以上謝ったら、ただの自己満足だ。殿下をそんなことに付き合わせるわけにはいかない。

「婚約の件だけれど、魔力暴走するくらい嫌ならば取り止めるよ」

 アルベルトの言葉に、アンナは首をふった。

「婚約のせいではありません。好き嫌いで言えば即答するくらい婚約は嫌ですけど、あのときはあまりに自分が情けなくて」

 アンナの目に悔しさが浮かぶ。

「いつかララとその弟を連れて逃げることを考えていました。それなのに結局、他人の手を借りなければどうにもならなくなってしまいました。自分に力がないのが情けなくて悔しくて……」
「アンナ……」
「いつか家族とギュンターを魔獣の群れに放り込んでやろうと思っていたんです! 奴隷として売り払うとか! それが出来なくなったかもしれないと思うと心底悔しいんです!!」
「アンナ……」

 グラツィアーナの顔が、なんともいえない表情へと変わる。
 思ったよりたくましいアンナに驚きつつ、フィリップは口を開いた。

「私でよければ手助けしよう」
「結構です。自分の手でしたいので」

 きっぱりすっぱり断られ、言おうとしていた言葉がのどに詰まる。

「あなたがわたしによくない感情を持っていることは知っています。お互い人前でだけ仲睦まじくしましょう」
「違う! 確かに初対面の私は印象が悪かっただろう。それは私が愚かだからだ」

 フィリップに話しかける口実として、今の生活がつらいと言う令嬢は幾人もいた。
 刺繍をしなければならないのに肩が凝ってできず怒られただの、勉強が進まないだの、甘ったれたことしか言わず媚を売ってくるのはうんざりだった。

「苦労を知らず苦労したと言う人間を見てきた。きみのことを知らずに決めつけて申し訳なかった」

 こうべを垂れるフィリップに、アンナはあっさりと頷いた。

「許します」
「え?」
「魔力暴走したわたしを、殿下とグラツィアーナ様は許してくださいました。そのわたしがフィリップ様を許さずにいるなど、どうしてできましょう」
「だが……私の態度は」
「確かに、高圧的でいけ好かなくて好意などみじんも抱けませんでしたね。でも、謝罪してくださいました。それでも足りないと言うのなら、今からの態度で表してください」

 アンナは微笑んだが、それだけだった。フィリップが嫌う、媚や見返りを求めるものは、なにもなかった。

「……本当に、申し訳ない。きみは敬うべき人間だ」
「そこまでの者ではありません」
「私は、努力してきた人間に敬意を払う。きみの努力を、涙を、汗を、それらを積み重ねてきた精神を尊敬する」

 アンナはぱちりと大きな瞳をまたたかせ、くしゃりと笑った。

「そんなことを言われたのは初めてです。レディを人前で泣かせてしまったら、どう責任を取るおつもりですか」
「きみさえよければ、婚約後に結婚しても構わない」
「あはは! 嫌です!」

 あっさりと明るい声で拒否され、フィリップは固まった。話すたびに何かしら拒否を(しかも女性に)されるのは初めてで、どう返していいかわからずいるあいだに、アルベルトとグラツィアーナも笑い出した。

「いまのは断られるよ。さすがのフィリップも女心ばかりはわからないらしいね」
「あんな言葉で求婚されて嬉しい女性がいるはずがないのに」
「まったく嬉しくなかったです。確かにわたしの評判は最悪ですが、わたしだって伴侶を選びたいですよ」
「つまり……私は伴侶として値しないと?」
「婚約者としてはじゅうぶんですよ」

 さりげなく肯定され落ち込むフィリップを物珍しく、しかし抑えきれない笑みを浮かべて見ていたアルベルトは立ち上がった。

「この先はふたりで話し合うべきこともあるだろう」
「アンナ、また明日お茶をしましょうね」

 立ち上がってふたりを見送ったあと、残されたふたりは沈黙を持て余したあと、どちらからともなく先程の席へ腰を下ろした。
 給仕としてララのみが残り、新しいお茶がカップに注がれる。

 先に口を開いたのはフィリップだった。

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