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魔獣とGは似ている
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フィアラーク分家筆頭、バルドヴィーノ。
魔獣と戦った際についた顔の傷跡が恐ろしく見えるが、アンナを見る瞳はどこか少年のようにまたたいていた。夫の隣で微笑む妻のアリソンは優雅で美しく、息子のヴィクターはアンナと同い年で、目が鋭く怜悧な雰囲気を漂わせている。
全員銀髪で非常に見目が整っており、アンナはひとり感心していた。
フィアラークは本家も分家も姓がフィアラークで銀髪が多く、美しい者ばかりだと聞いていたが、そのとおりだった。
礼と挨拶をしようとしたアンナを、バルドヴィーノはよく通る声で制した。
「これからは家族となるのだ。堅苦しい挨拶や上辺だけの言葉は不要だ。座りたまえ」
軽く礼をしたアンナがソファへ座る。お茶を淹れた侍女が部屋から去ると、バルドヴィーノは口を開いた。
「王城からはるばるよく来た。アンナ嬢、疲れはとれたかな?」
「はい。用意していただいたオイルが好みの香りでリラックスできました。ありがとうございます」
アンナがかすかに微笑むと、バルドヴィーノは頷いた。王城でアンナが気に入っていたオイルと同じだったので、わざわざ用意してくれたのだろう。その心遣いが嬉しかった。
「フィリップ、素敵なレディだな。さてアンナ嬢、単刀直入に、なぜこの婚約を受け入れたか聞かせてくれ。どんな言葉でもただの意見として受け入れる。率直な気持ちを聞かせてほしい」
戸惑うアンナに、フィリップは頷いてみせた。
が、アンナがまったくフィリップを見なかったので伝わらなかった。もう一度大きく頷くがやはり気づいてもらえず、仕方なくフィリップは下手くそな咳払いをした。
「アンナ、バルドヴィーノ殿の言うように、好きに発言して構わない。フィアラークには『意見は当主の前で言うべし』という言葉がある。フィアラークを束ねる者はどんな意見でも聞くし、発言で罰せられることはほぼない。いつものアンナでいい」
「……わかりました。この婚約を受け入れた理由は、グラツィアーナ様に懇願されたからです」
「それだけか?」
「あとは……わたしの生い立ちはご存知ですね。わたしは自分であの家にいることを選びました。他者から見れば要領が悪く、無意味にも見えたでしょう。けれどわたしは、自分の人生を、自分で選んだのです。そこに同情や情けは必要ありません。フィリップ様はそのような感情を向けてきませんでしたので、まぁいいかなと。きちんと人間でしたし」
これで婚約解消になっても構わないアンナの、貴族らしからぬあけすけな言い方に、バルドヴィーノは爆笑した。その横でアリソンもお腹を抱えて笑っている。
「本当に素敵なレディだ。よかったなフィリップ、お前が望んだ通りになりそうだ」
「……からかわないでください」
アンナからフィリップへの恋慕が感じられないどころか、興味すら持ってもらえていないことが伝わってくる。アンナは間違ってもフィリップに懸想しないだろうし、最初にそれを望んだフィリップは、あれだけ恐れていた恋愛に人生が彩られている。
「だから言っただろう、レディには優しくと。アンナ嬢は手強いぞ」
「存じております」
「さてアンナ嬢、もうひとつ質問だ。ワーズワースとゲーデル、両家に何をしたい?」
「出来たらマグマに落として回復魔法をかけ続けたいのですが……回復魔法も灼熱には追いつかないでしょう。最低限、目の前で家を崩壊させて魔獣の群れに突き落とし気が済むまでムチ打ちして、人間扱いされないところに奴隷として売り払いたいです」
「素晴らしいわ!」
声をあげたのは、ここまでアンナを観察していたアリソンだった。女性にしては上背があり、姿勢は非常にいい。小柄なアンナを見下ろすアリソンの目は、星のようにきらめいていた。
「フィアラークに軟弱な令嬢は必要ありません。戦いに出る夫の無事を自室で祈る? 誘拐されたらその場で待つ? どちらも言語道断! すぐ気絶したり泣く令嬢は足手まといです。やられたら10倍返し、それを即決できる令嬢でなくては」
「10倍返しなんて、とても……今までされたことを思えば、せいぜい3……いえ、2倍返しくらいしか出来ません。未来永劫苦しんでほしいんです! 殺したら終わりだなんて、どうしてあのゴミ達は不死身じゃないんでしょう!」
「素晴らしい! これぞフィアラークに必要な人材です!」
バルドヴィーノとヴィクターは揃って口をつぐんだ。
フィアラークは代々魔獣と戦ってきた一族であり、先頭に立つのは男であったが、女性も戦闘に参加している。むしろ女性のほうが過激で猛烈で壮絶だった。
猛獣に追い打ちをかけている最中に「日が暮れるしもういいんじゃないか」と声をかけようものなら、凄まじい剣幕で
「魔獣は1匹見たら30匹いるのですよ! ここでやつらを逃したら、今晩のうちに交尾をして一週間後には10倍に増えてしまう! 今のうちに殺せるだけ殺すのです! さあみなさん立ち上がって、虐殺の時間です!」
と、真っ先に魔獣の群れに飛び込んで魔法をぶっ放す、そんな女性が多い。
なので分家筆頭も、興奮した妻とアンナの会話に口を挟むことはなかった。
「アンナのために、とっておきの奴隷商を紹介しましょう。殺さないように痛めつけるのがとても上手な顧客を抱えているのですよ」
「まあ素敵! できるだけ長生きしてほしいですね!」
「ええ本当に。アンナは数日したら本家で暮らすことになります。フィリップの住まいはそちらですからね。ですが、星辰の儀が終わればここで暮らします。たくさん拷問のアイデアを出しましょう!」
「はい!」
「娘としてたっぷり愛します。覚えることも叩き込むことも多いですが、アンナ、あなたならついてこられると信じています」
「アリソン様……」
「母と呼んでください」
「……はい。お母様」
こつこつ積み重ねてきたアンナのフィリップへの好感度をあっさり乗り越えたアリソンは、今まで一度も発言しなかった息子の背に手を置いた。
「学院ではヴィクターと同じクラスになります。きっと素晴らしいサポートをしてくれるでしょう」
「……ヴィクターだ。挨拶が遅れてすまない」
「ヴィクターは、いつもはもっと柔らかに笑うのです。フィリップに憧れているから、突然婚約者ができて困惑しているのでしょう。アンナは気にしなくていいわ。ヴィクター、屋敷を案内してさしあげて」
「はい」
「その前に、養子の手続きを終わらせてしまおう。アンナ嬢を養子にするのは決まっていたのだが、どうせなら顔を合わせてからと思ってな。アンナ嬢、いいだろうか」
「はい。これからどうぞよろしくお願いいたします」
書類にサインしたアンナは、心をこめて深々と礼をしたあと、フィリップにエスコートされて部屋を出た。
部屋に残るは、上機嫌なアリソンと書類にサインをするバルドヴィーノ。アリソンがアンナを気に入った、イコール、アンナが魔獣を虐殺する未来が確定したのだが、バルドヴィーノは何も言わなかった。
分家筆頭といえど、妻には弱い。
魔獣と戦った際についた顔の傷跡が恐ろしく見えるが、アンナを見る瞳はどこか少年のようにまたたいていた。夫の隣で微笑む妻のアリソンは優雅で美しく、息子のヴィクターはアンナと同い年で、目が鋭く怜悧な雰囲気を漂わせている。
全員銀髪で非常に見目が整っており、アンナはひとり感心していた。
フィアラークは本家も分家も姓がフィアラークで銀髪が多く、美しい者ばかりだと聞いていたが、そのとおりだった。
礼と挨拶をしようとしたアンナを、バルドヴィーノはよく通る声で制した。
「これからは家族となるのだ。堅苦しい挨拶や上辺だけの言葉は不要だ。座りたまえ」
軽く礼をしたアンナがソファへ座る。お茶を淹れた侍女が部屋から去ると、バルドヴィーノは口を開いた。
「王城からはるばるよく来た。アンナ嬢、疲れはとれたかな?」
「はい。用意していただいたオイルが好みの香りでリラックスできました。ありがとうございます」
アンナがかすかに微笑むと、バルドヴィーノは頷いた。王城でアンナが気に入っていたオイルと同じだったので、わざわざ用意してくれたのだろう。その心遣いが嬉しかった。
「フィリップ、素敵なレディだな。さてアンナ嬢、単刀直入に、なぜこの婚約を受け入れたか聞かせてくれ。どんな言葉でもただの意見として受け入れる。率直な気持ちを聞かせてほしい」
戸惑うアンナに、フィリップは頷いてみせた。
が、アンナがまったくフィリップを見なかったので伝わらなかった。もう一度大きく頷くがやはり気づいてもらえず、仕方なくフィリップは下手くそな咳払いをした。
「アンナ、バルドヴィーノ殿の言うように、好きに発言して構わない。フィアラークには『意見は当主の前で言うべし』という言葉がある。フィアラークを束ねる者はどんな意見でも聞くし、発言で罰せられることはほぼない。いつものアンナでいい」
「……わかりました。この婚約を受け入れた理由は、グラツィアーナ様に懇願されたからです」
「それだけか?」
「あとは……わたしの生い立ちはご存知ですね。わたしは自分であの家にいることを選びました。他者から見れば要領が悪く、無意味にも見えたでしょう。けれどわたしは、自分の人生を、自分で選んだのです。そこに同情や情けは必要ありません。フィリップ様はそのような感情を向けてきませんでしたので、まぁいいかなと。きちんと人間でしたし」
これで婚約解消になっても構わないアンナの、貴族らしからぬあけすけな言い方に、バルドヴィーノは爆笑した。その横でアリソンもお腹を抱えて笑っている。
「本当に素敵なレディだ。よかったなフィリップ、お前が望んだ通りになりそうだ」
「……からかわないでください」
アンナからフィリップへの恋慕が感じられないどころか、興味すら持ってもらえていないことが伝わってくる。アンナは間違ってもフィリップに懸想しないだろうし、最初にそれを望んだフィリップは、あれだけ恐れていた恋愛に人生が彩られている。
「だから言っただろう、レディには優しくと。アンナ嬢は手強いぞ」
「存じております」
「さてアンナ嬢、もうひとつ質問だ。ワーズワースとゲーデル、両家に何をしたい?」
「出来たらマグマに落として回復魔法をかけ続けたいのですが……回復魔法も灼熱には追いつかないでしょう。最低限、目の前で家を崩壊させて魔獣の群れに突き落とし気が済むまでムチ打ちして、人間扱いされないところに奴隷として売り払いたいです」
「素晴らしいわ!」
声をあげたのは、ここまでアンナを観察していたアリソンだった。女性にしては上背があり、姿勢は非常にいい。小柄なアンナを見下ろすアリソンの目は、星のようにきらめいていた。
「フィアラークに軟弱な令嬢は必要ありません。戦いに出る夫の無事を自室で祈る? 誘拐されたらその場で待つ? どちらも言語道断! すぐ気絶したり泣く令嬢は足手まといです。やられたら10倍返し、それを即決できる令嬢でなくては」
「10倍返しなんて、とても……今までされたことを思えば、せいぜい3……いえ、2倍返しくらいしか出来ません。未来永劫苦しんでほしいんです! 殺したら終わりだなんて、どうしてあのゴミ達は不死身じゃないんでしょう!」
「素晴らしい! これぞフィアラークに必要な人材です!」
バルドヴィーノとヴィクターは揃って口をつぐんだ。
フィアラークは代々魔獣と戦ってきた一族であり、先頭に立つのは男であったが、女性も戦闘に参加している。むしろ女性のほうが過激で猛烈で壮絶だった。
猛獣に追い打ちをかけている最中に「日が暮れるしもういいんじゃないか」と声をかけようものなら、凄まじい剣幕で
「魔獣は1匹見たら30匹いるのですよ! ここでやつらを逃したら、今晩のうちに交尾をして一週間後には10倍に増えてしまう! 今のうちに殺せるだけ殺すのです! さあみなさん立ち上がって、虐殺の時間です!」
と、真っ先に魔獣の群れに飛び込んで魔法をぶっ放す、そんな女性が多い。
なので分家筆頭も、興奮した妻とアンナの会話に口を挟むことはなかった。
「アンナのために、とっておきの奴隷商を紹介しましょう。殺さないように痛めつけるのがとても上手な顧客を抱えているのですよ」
「まあ素敵! できるだけ長生きしてほしいですね!」
「ええ本当に。アンナは数日したら本家で暮らすことになります。フィリップの住まいはそちらですからね。ですが、星辰の儀が終わればここで暮らします。たくさん拷問のアイデアを出しましょう!」
「はい!」
「娘としてたっぷり愛します。覚えることも叩き込むことも多いですが、アンナ、あなたならついてこられると信じています」
「アリソン様……」
「母と呼んでください」
「……はい。お母様」
こつこつ積み重ねてきたアンナのフィリップへの好感度をあっさり乗り越えたアリソンは、今まで一度も発言しなかった息子の背に手を置いた。
「学院ではヴィクターと同じクラスになります。きっと素晴らしいサポートをしてくれるでしょう」
「……ヴィクターだ。挨拶が遅れてすまない」
「ヴィクターは、いつもはもっと柔らかに笑うのです。フィリップに憧れているから、突然婚約者ができて困惑しているのでしょう。アンナは気にしなくていいわ。ヴィクター、屋敷を案内してさしあげて」
「はい」
「その前に、養子の手続きを終わらせてしまおう。アンナ嬢を養子にするのは決まっていたのだが、どうせなら顔を合わせてからと思ってな。アンナ嬢、いいだろうか」
「はい。これからどうぞよろしくお願いいたします」
書類にサインしたアンナは、心をこめて深々と礼をしたあと、フィリップにエスコートされて部屋を出た。
部屋に残るは、上機嫌なアリソンと書類にサインをするバルドヴィーノ。アリソンがアンナを気に入った、イコール、アンナが魔獣を虐殺する未来が確定したのだが、バルドヴィーノは何も言わなかった。
分家筆頭といえど、妻には弱い。
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