氷は存外簡単に溶ける

皿うどん

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類は友を呼ぶ

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 翌日、別れを惜しみながら分家を出発したアンナは、フィリップと共に馬車で転移陣へと移動した。分家へ来たときに使った転移陣から、本家のすぐそばへ転移できると聞き、アンナはフィアラークの特権を実感した。
 自領に複数の転移陣があるのはフィアラークだけだ。転移陣が自領にないもののほうが多い。隣国や魔獣が出る森に接しているフィアラークの領は広大で、危険ではあるが王城にはない一種の清々しさがあった。

 転移陣から一気に本家の近くまで転移すると、すぐに当主の元へと招かれた。アンナたちが来るのを楽しみにしているというのは本当らしい。

「アンナ、緊張しなくていい。本家の方々はとてもお優しい方ばかりだ」
「そう言われて緊張しない人はあまりいません」
「……む。そうだな」
「そうです」

 重厚でどっしりした扉が開かれると、アンナはまず深々と礼をした。横でフィリップも礼をしているのを感じる。

「頭を上げてほしい。フィリップ、アンナ、よく来たね」

 フィアラーク当主、ロー・フィアラーク。
 銀糸に黒の瞳、美形、落ち着いた物腰でやわらかな雰囲気をまとう40代。実際は非常に苛烈。誰のどのような意見でも聞くが、フィアラークの敵と判断したものには容赦しない。

「私はメアリーよ。アンナ、あなたに会えるのを楽しみにしていました。フィリップも息災で何よりです」

 メアリー・フィアラーク。紫をおびた銀糸が珍しいが、それが儚げな美貌を引き立てている。たおやかでおとなしく見えるが、歴代フィアラークの中でも魔獣を倒した数が一番多い。うふふと笑いながら魔獣を倒す様はちょっとトラウマになる。

「セドリックです。僕が次期当主としてふがいないばかりに、おふたりに苦労をかけてしまって申し訳ありません」

 頭を下げるのはフィアラーク次期当主のセドリック、13歳。まだ幼いが利発な少年で、当主に相応しい。将来が楽しみだ。

 以上が事前にフィリップに聞いていた人物像である。まとめると「優しそうに見えるがフィアラークで一番苛烈な家族」だ。
 勧められるままソファへ座ると、ローは穏やかに切り出した。

「まずアンナ、フィアラークはきみを歓迎するよ。今後はアンナ・フィアラークと名乗るといい」
「はい」
「それから元婚約者のゲーデル家だが、ゲーデル家に連なる者はアンナを含めたフィアラークに接触禁止とした。アンナへの賠償金は莫大なものだ。借金しても返しきれるかどうかだが、ゲーデルに金を貸す者はいないだろう」
「わかりました」
「ワーズワースの時のようにアンナに行ってもらってもよかったんだけどね。ゲーデルは権力はさほどないが伯爵だ。ああいう輩は、最初にきっちり身の程を教え込んでプライドを折らなければならない。そういったことが得意な者に行ってもらった」

 アンナはとりあえず礼を述べながら、早くもこの婚約をちょっぴり後悔しはじめていた。
 アンナはフィアラークになるのだから、何をしてもフィアラークの名がついてまわる。そのせいで元家族への仕返しもしたい時に出来ず、ひとりでやりたいと言ったのに何かと手を出され、フィリップはやたら熱っぽい視線を送ってくる。どれも不要だった。

(よかったと言えるのは、アリソン様を母と呼べることくらい。お母様はとても気が合うから、ずっとお話していたいわ)

 ポーカーフェイスが得意なアンナだったが、昨日から初体験の連続で、少しばかり疲れていた。
 アンナの内心を察したローが切り込む。

「私の息子は、この通りまだ幼い。成長するまで君たちに偽装婚約までしてもらった。フィアラークがアンナを利用するように、アンナ、きみもフィアラークを利用しなさい」
「フィアラークを利用……?」
「あまり大それたことをされては困るが、見返りはきちんとなければね。アンナはしたいことをして、尻拭いはこちらに任せればいい」
「……それならば、ゲーデル夫人を救うことはできますか? ゲーデルは夫人に暴力をふるっています。ゲーデル家を壊す前に、出来るならば可能な限りはやく、あの肥溜めから夫人を救いたいのです」

 アンナひとりで屋敷を崩壊させることは出来ても、厳重な見張りをかいくぐってゲーデル夫人を助け出すのは不可能だった。
 ゲーデルは虐待の事実を隠すため、夫人はおろか使用人でも女は外に出さない。使用人は家族に危害を加えると脅され、身分差もあって、どこにも訴えらずにいる。屋敷にいる使用人は見張りも兼ねていた。
 その中でゲーデル夫人は、夫どころか息子にも手ひどく扱われ、衰弱しきっている。一度会ったときもベッドで寝ており、絶望から死を望んでいた。ゲーデル夫人は男爵の出で、実家への援助を引き換えに嫁いできた。アンナと違うのは、ゲーデル夫人は家族に愛されており、権力を使われて泣く泣く結婚した点だ。

 アンナは危害を加えられると「相手をぶん殴ろう」と思うが、ゲーデル夫人は「自殺してしまおう」と考える人だった。なので、アンナがゲーデル夫人と話したほんの僅かな時間に「いつかこの屋敷を崩壊させます」と言っても、弱々しく

「そのときは私がいても躊躇しないで壊してほしい。私は早く死にたい……アンナ、あなたの手にかかるならいいわ。あなたは逃げて」

 と言うばかりだった。アンナは「まぁ誰だって死にたいときはあるし」と了承したが、助けられるならそうしたかった。

「わかった。きみの復讐に首を突っ込んだのだから、きみの望むとおりにしよう」
「ありがとうございます! あとは……そうですね、ワーズワースとゲーデルを星辰の儀に来るようにすることは出来ますか? 幸せな姿を見せつけて、歯茎から血が出るほど歯ぎしりさせたいんです!」
「根回ししてみよう」

 吹っ切れたアンナは強かった。
 仕返しは自分ひとりでしたかったが、フィアラークを名乗る以上それは望めない。ならば、質のいい復讐を目指すべきだ。フィアラークならばそれが出来る。
 アンナの望む仕返しが終われば、あとは婚約者のフリをしていればいい。ワーズワースで耐えた日々と比べれば、すぐ過ぎ去るだろう。

(それにララも、せっかくだから公爵家の生活を堪能すればいいって言ってたし。ご飯は美味しいしベッドはふかふかだし、魔法を練習して実戦にいけるようになれば、腹いせに魔獣もぶっ飛ばせる)

「心を砕いてくださってありがとうございます。婚約のあいだ、一刻も早く当主様の指示通り振る舞えるよう努力いたします」
「うん、期待してるよ。でもねアンナ、我々が望むのは、反当主派に取り入れられないことと、フィリップの婚約者でいることだけだ。多くの貴族は事情を知って成り行きを見ているが、婚約だけして結婚はしないことを言う者も出てくるし、なんとか取り入ろうとしたり、情報を得ようとする者も出てくるだろう。それらの対処は教えていくし、きみを守る者もいる。アンナに覚えていてほしいことはひとつ」
「なんでしょう」
「フィアラークはアンナを気に入った。だから手助けをしたい。それが根底にあるってことを」
「わたしを……?」
「フィリップが選んだだけあって、素晴らしい女性だ。アンナの性格はフィアラークと非常に合う。そのような女性は、フィアラーク以外では珍しいんだ。できるならずっとここにいてほしいくらいだよ」

 フィアラークって変人の集まりなんだな、という言葉は、なんとか飲み込んだ。

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