氷は存外簡単に溶ける

皿うどん

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砂糖よりも塩辛い

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 グラツィアーナ主催のお茶会は、星辰の儀で二番目に行われる公式な行事だ。三国の主要な未婚の令嬢のみが少数招かれ、お茶を楽しむ。
 今回はアンナも参加する。クレヴァリアンだけ参加人数が多いのは、前年優勝した国の特権だ。星辰の儀も優勝国で開催されるため、経済効果も大きく、大陸の中で主導権を握れる。

 グラツィアーナと共に参加する令嬢たちは非常に素晴らしく、アンナはまたしても令嬢に関する意識を改めた。やはりフィアラークにいるのは「普通の貴族」ではないのだ。
 普通の貴族……いや普通の人は、何でもぶっ飛ばせば解決という思考を持っておらず、誰もがひとつは必殺技を持っているわけではない。
 アンナがしみじみとフィアラークの異質を考えているあいだに、お茶会の場に着いた。雲がなく薄青に晴れた空の下で白薔薇が咲き誇り、セットされたテーブルやティーセットが華やかだ。
 地味な必殺技「動かざる脚」を発動して魔力で滑りながら、アンナはグラツィアーナに続いて椅子に座った。グラツィアーナは柔らかな声で挨拶をし、アンナを紹介する。

「こちらはアンナ・フィアラーク嬢。ご存知の方もいらっしゃるでしょうけれど、フィリップの婚約者よ」
「お初にお目にかかります。アンナ・フィアラークと申します」

 練習した口上を、練習した姿勢で言う。表向きは友好的に受け入れられ、穏やかな空気でお茶会が始まった。
 話題はやはり星辰の儀だ。アンナは微笑みながら話を聞いている素振りをし、ときおりお茶を飲む程度で積極的に会話には参加しなかったが、フィリップのこととなると話を振られる。

「アンナ様は、フィリップ様から求婚されたとか。きっと素晴らしい出会いだったのでしょうね」

 鈴を転がすような声で、ふんわりした金髪を風に揺らす。青く澄んだ大きな瞳でアンナを見るのは、隣国の末の王女トリーシアだった。
 トリーシアは国を通して何度もフィリップに求婚しており、一番の要注意人物だった。間違いなくアンナを敵視しているだろうと情報がきている。
 アンナはにっこりと笑う。

「実は、お互い名を知らぬ状態で出会ったのです。何度も偶然に出会ううちに、惹かれ合ったのですよ」
「でも、アンナ様には婚約者がいらっしゃったのでしょう? それに、何度も出会うのは偶然というのかしら?」

 カーーーーン!!!
 アンナの脳内で開始のゴングが鳴り響いた。

 メアリーとアリソンからは「売られた喧嘩は買って少なくとも倍返しにしろ、何なら自分から喧嘩を売っても構わない」と言われていたが、バルドヴィーノから「せめて喧嘩を売られてから反撃してくれ」と言われたので、攻撃する機会を待っていた。

(これで言い返すことが出来る! ありがとうトリーシア様!)

 アンナはうきうきだった。

「ええ、婚約者がいたので……この思いはあってはならないと封じようとしました。けれどフィリップ様が」

 ここで一呼吸おき、アンナは息を止めて顔を赤らめた。

「偶然を装って何度も会いに来てくださったのです。そして、星辰の儀の褒美として、わたしと結婚する許可を得るとおっしゃってくださいました」
「まあ、素敵!」
「ロマンチックですわね!」
「フィリップ様は義は通すべきだとおっしゃって、先にワーズワースに婚約の話をしたのです。だから今、フィリップ様の婚約者としてここにいられるのですわ」

 年頃の少女の集まりらしく、恋バナは盛り上がる。
 フィリップがアンナに惚れ込んでいること、今年もフィリップが優勝することをほのめかすどころか盛大にぶちかましたアンナはトリーシアに微笑んだ。

「フィリップ様はとても情熱的なお方で、いつも物語に出てくるような言葉をくださるのです」
「フィリップ様が?」

 思わず目を見開いたトリーシアは、すぐに微笑みをまとった。アンナを攻撃するあたり状況を把握出来ていないが、王族としてすぐに感情を隠せるよう仕込まれているらしい。

「ええ……やめてほしいとお願いしたのですけど、フィリップ様はそれすらも可愛らしいとおっしゃって」
「わたくし、アンナ様とフィリップ様とご一緒させていただきましたけれど、あのフィリップ様が、とても優しくとろける瞳をしていらっしゃるのに驚きましたわ。砂糖菓子より甘い言葉を口にしてらしたもの」
「まあ! あのフィリップ様が!」

 クレヴァリアンのご令嬢による援護で、場が一気に盛り上がる。
 トリーシアは空気が落ち着くのを待ち、疑問を投げかけた。

「アンナ様はフィリップ様をとても大事に想ってらっしゃるのね? 前の婚約者と違って」

 棘のある言葉に、ぴりりと空気がひりつきかけるが、アンナは気にしていなかった。言い返していいこの程度の言葉など、嫌味にすらなっていない。

(わたしはフィリップ様をどう思っているのだろう。フィルと呼ぶのも慣れたし、好き勝手に言っても怒らないどころか嬉しそうですらある。好き嫌いで言ったら普通くらいにはなったと思うけど……たぶん……おそらく……。
 ララが一番で唯一すぎるから、それと比べれば他はそう違いがなくて、ララとその他で分類してしまう。
 フィルは、星辰の儀の褒美を辞退するほどわたしが好きなのよね? わたしが、エレナのときの褒美をすべてララにあげたように。わたしにとってララが唯一なように、フィルにとって……)

「……フィリップ様は(20代男性のなかで)一番好きです」

 アンナの答えに、華やかなさざめく声が響く。負けなしのフィリップは非常に顔がいいため人気があった。態度は冷たいが、期待を持たせなくて誠実であるとすら言われている。
 これを気に入らなかったのはトリーシアだ。トリーシアは金髪碧眼、可愛らしくて庇護欲をそそられる見目をしている。実際みなに甘やかされ、今まで思い通りにならないことはなかった。フィリップを除いて。

 3年前、初めて星辰の儀を見に来たトリーシアは、フィリップに一目惚れをした。
 強くて顔もよく、養子とはいえ公爵だ。不足はないと婚約を申し込んだが、フィリップがこの国を出ることは許可しないと返事が来た。

(このわたくしが結婚してあげてもいいと言っているのに、なんて恥知らずな! わたくしにクレヴァリアンに嫁げというの? 嫌に決まっているじゃない。額を床に擦り付けて結婚してほしいと懇願するのなら、いまの無礼を許してさしあげるわ)

 結婚の条件を変えて再度申し込んだが、やはり答えは否だった。

 クレヴァリアンは大陸の中では一番の国力を持つ。フィリップをはじめ後進が育ってきており、他国との差を客観的に見ても、今後もクレヴァリアンは勝ち続ける。
 つまり、戦争をして大陸を制覇しようと思えば出来る。それをしないのは多大な犠牲が出るからであり、するにしても機が熟しきっていないからだ。
 そのクレヴァリアンが英雄のフィリップを国外に出すはずがない。他国からの要求を突っぱねて押し通す力が、いまのクレヴァリアンにはあった。

(許さないわクレヴァリアン! 抗議をしてもこちらを下に見る返事ばかりして! わたくしを妻にするのが大陸で最も名誉なことだと、なぜわからないの?)

 それでもフィリップを諦めきれないトリーシアは、泣いて怒りながらクレヴァリアンに嫁ぐと条件と変えた。それでも答えは否だった。
 トリーシアは怒り狂い、フィリップに執着した。トリーシアにとって初めて手に入らない、思い通りにならないものがフィリップだった。
 そこにフィリップが婚約したと情報が入った。調べさせれば、元は子爵の出だという。前に婚約者もおり、噂もよくないものばかり。

(……こんな女と婚約? わたくしを差し置いて? 許さない!)

 トリーシアの脳内は、逆恨みに燃えさかっていた。

 ……フィリップは女運が非常に悪い。

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