私、モブのはずでは?〜嫌われ悪女なのに推しが溺愛してくる〜

皿うどん

文字の大きさ
45 / 55

すぐに飛んで行ってしまうから

「ブライアン・カンテが……!?」


(犯人はシリル・レノーとレノー家ではなかったの……!?)

 パーティーで見たブライアンのロボットのような姿を思い出す。角ばった顔、熱のない眼差し。
 誰もが性格と仕事ぶりを認め、彼ならば間違いがないと思っていたブライアンが……!?


「そんな……だって、ブライアン様がそんなこと……まさか……」
「俺も、最初は自分の考えが信じられなかった。突拍子もないことを考えたと自分を笑ったよ」
「カミーユ殿下も、クレール家さえも、ブライアン様を疑わなかったわ……! ブライアン様ではなく、彼に提出された書類が捏造されていたのだと! ブライアン様が捏造をするなんて考えたこともなかった!」


 カンテ家の当主は、代々財務署のトップをしている。厳正という正義を掲げて当主を選び、相応しい者がカンテ家にいなかったら養子や婿をとる。
 ブライアン・カンテはその性格を見込まれて婿入りし、ずっと公明正大に役職を勤めてきた。誰が圧力をかけようと嘆願しようと、意に介さなかった。
 だからブライアン・カンテならば不正などしないと、そう思って……!


「……俺を信じられなくても仕方ないね」


 無理やり作ったテオバルトの笑みを見て、アデルは咄嗟に否定した。


「いいえ、テオバルト様を信じます!」


 ——テオバルトを、信じる。

 アデルの体に、自分の言葉がゆっくりと染み込んでいった。
 それはテオバルトが冤罪をかけられた時からずっとしてきた、アデルにとってあまりに自然なことだった。


「……テオバルト様を信じますわ。盲目的に信じるのではなく、きちんと調べて証拠をそろえます。それがテオバルト様のためにもなると思いますから」
「ありがとう……アデル嬢」


 とろけるような笑みを向けられて、アデルは固まった。そんなアデルを愛しくてたまらないというように見つめたテオバルトは、アデルを抱きしめる腕に力をこめる。


「この突拍子もない考えを、ほかでもない俺自身が最初に否定した。けれどシリルがもたらしてくれた情報により、一気に真実味を帯びたんだ」
「シリル様が情報を?」
「ああ。レノー家に従うフリをしながら、俺と情報を共有していたんだ。クレイグ・レノーの策をすべて阻止したら疑われるから、人員配置などはクレイグの思う通りにさせたんだが……失敗したよ。レノー家の領地は知ってるよね?」
「はい」


 レノー家の領地は、山に面している険しい土地だ。農業にはあまり向かず、畜産業を主に行っている。
 昔はその山を越えて奇襲をかけられることがあり、武力を誇るレノー家に土地が与えられた。


「戦争が終わってからレノー家の当主はあまり領地に行かず、信頼している者に任せるようになった。年に数度行く程度だと聞いている。それが、今年に入ってもう何度も行っているようだ」


 この世界でも新年は一月に始まる。
 今は二月で、新年になってから二か月も経っていない。


「……領地に、何かがある?」
「クレイグ・レノーが直接領地に行かなければならない理由が領地にあるはずだ。そして、カンテ家には一人娘がいる」
「そういえば、セリーヌ様はカミーユ殿下のパーティーにも参加していませんでしたね」


 カンテ家の一人娘であるセリーヌであれば、カミーユの婚約者候補になっていなくても招待されているはずだ。それを欠席した。


「カンテ家で参加したのはブライアンだけだ。今までは、大きなパーティーだけは家族そろって参加していたのに。奥方のシルヴィは娘が心配だという理由だが……危篤でもない限り、あのカンテ家が重要な式典を欠席するはずがない。そして、娘が危篤ならばブライアンも欠席している」
「……セリーヌ様とシルヴィ様が欠席する理由があった……?」
「ああ。そしてシルヴィ夫人とセリーヌ嬢は半年ほど誰も見ていない」


 その瞬間、じわじわと嫌な予感が支配していった。
 頭に思い浮かんだ最悪を振り払おうとするが、黒い靄のようにまとわりついて離れない。


「まさか、お二人は、すでに……!?」
「いいや、二人は生きておられる」
「ほっ、本当ですか!?」
「ああ。だが衰弱しているのは確かだろう。レノー家の領地は寒いから」
「クレイグ・レノー! あの男が騎士団長の座のためだけに、か弱いレディーを人質に取って、テオバルト様を冤罪で嵌めるようにブライアン・カンテを脅迫したのね……!」
「俺とシリルはそう考えている」


 その瞬間アデルの体に沸き上がったのは、体中の細胞が沸騰するほどの怒りだった。


「自分の欲望のために人を陥れて脅す者が、弱き民を守る騎士になれるわけがない!」
「その通りだ」


 誰よりも騎士に憧れて目指してきたテオバルトの隠しきれない怒りに気付き、アデルは目を閉じた。
 口から怒りを吐き出すように、長く息を吐く。


「ブライアン様がクレイグ・レノーに脅されるままになっているということは、対抗する手段がないのですね?」
「ああ。武力でレノー家に敵う家はない。クレイグの家臣たちの中で最も忠義がある強い者がシルヴィ夫人とセリーヌ嬢を隠していると思う。もし山の中に隠れていたら、見つけ出せるとは思えない」
「それを調べられるのがクレール商会ですわ! すぐに手紙を書いて調べさせます!」


 さっとテオバルトの膝からおりたアデルは要点をまとめた手紙を書き、早馬でリックの元へ届けてくれるように頼んだ。
 リックならばレノー家に気付かれず、されど総動員で調べてくれるはずだ。


「今は待ちましょう。絶対にレノー家に気付かれないとお約束いたします」
「ありがとう、アデル嬢……。見張られている俺とシリルだと、出来ることも少なくて」


 悔しさでテオバルトの握りしめた拳が震えるのを、アデルは気付かないふりをした。
 今はそうしたほうがいいような気がしたのだ。


「そうだ、テオバルト様にお見せするのを忘れていましたわ。どうぞ」


 裁判で提出する証拠と、カミーユから渡された裁判の証拠品をテオバルトに渡す。
 テオバルトは自分の人生が狂ってしまったことが書かれているわずかな重みを手のひらに感じたあと、静かに読み始めた。

(そういえば、決算書には特別な紙を使っているのよね)

 決算書は何十年も保存するため、劣化しにくい紙を使っている。つるつるとした曲げられない紙は、コピー紙よりもプラスチックなどに似ていた。

(もしかして、あれが出来るかも……!)

 転生したアデルだからこそ思いついたことを、今すぐ試してみなければならない。


「テオバルト様、少し席を外しますわ。何か気になることがあれば、すぐに呼んでください!」
「うん、わかったよ」


 そのまま飛ぶように部屋を出て行ってしまったアデルを見て、テオバルトはくすりと笑った。
 一途で、こうと決めたら真っすぐ進むアデルの姿を見ると、落ち込んでいる暇はないと思える。


「さて、俺も頑張りますか」


感想 1

あなたにおすすめの小説

婚約破棄された際もらった慰謝料で田舎の土地を買い農家になった元貴族令嬢、野菜を買いにきたベジタリアン第三王子に求婚される

さら
恋愛
婚約破棄された元伯爵令嬢クラリス。 慰謝料代わりに受け取った金で田舎の小さな土地を買い、農業を始めることに。泥にまみれて種を撒き、水をやり、必死に生きる日々。貴族の煌びやかな日々は失ったけれど、土と共に過ごす穏やかな時間が、彼女に新しい幸せをくれる――はずだった。 だがある日、畑に現れたのは野菜好きで有名な第三王子レオニール。 「この野菜は……他とは違う。僕は、あなたが欲しい」 そう言って真剣な瞳で求婚してきて!? 王妃も兄王子たちも立ちはだかる。 「身分違いの恋」なんて笑われても、二人の気持ちは揺るがない。荒れ地を畑に変えるように、愛もまた努力で実を結ぶのか――。

好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】

皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」 「っ――――!!」 「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」 クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。 ****** ・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。

【完結】悪役令嬢だったみたいなので婚約から回避してみた

22時完結
恋愛
春風に彩られた王国で、名門貴族ロゼリア家の娘ナタリアは、ある日見た悪夢によって人生が一変する。夢の中、彼女は「悪役令嬢」として婚約を破棄され、王国から追放される未来を目撃する。それを避けるため、彼女は最愛の王太子アレクサンダーから距離を置き、自らを守ろうとするが、彼の深い愛と執着が彼女の運命を変えていく。

断罪中、味方が多すぎて王子が孤立している件について

夏乃みのり
恋愛
バーンスタイン伯爵家の令嬢ラミリアは、魔力も剣の才能もない「ごく普通」の地味な女性。 ある日のパーティーで、婚約者であるジェラルド第二王子から「地味で無能で嫉妬深い」と罵られ、身に覚えのない罪で婚約破棄を突きつけられてしまう。 しかし、断罪劇は予想外の展開へ。

無事にバッドエンドは回避できたので、これからは自由に楽しく生きていきます。

木山楽斗
恋愛
悪役令嬢ラナトゥーリ・ウェルリグルに転生した私は、無事にゲームのエンディングである魔法学校の卒業式の日を迎えていた。 本来であれば、ラナトゥーリはこの時点で断罪されており、良くて国外追放になっているのだが、私は大人しく生活を送ったおかげでそれを回避することができていた。 しかしながら、思い返してみると私の今までの人生というものは、それ程面白いものではなかったように感じられる。 特に友達も作らず勉強ばかりしてきたこの人生は、悪いとは言えないが少々彩りに欠けているような気がしたのだ。 せっかく掴んだ二度目の人生を、このまま終わらせていいはずはない。 そう思った私は、これからの人生を楽しいものにすることを決意した。 幸いにも、私はそれ程貴族としてのしがらみに縛られている訳でもない。多少のわがままも許してもらえるはずだ。 こうして私は、改めてゲームの世界で新たな人生を送る決意をするのだった。 ※一部キャラクターの名前を変更しました。(リウェルド→リベルト)

悪役令嬢に仕立て上げられたので領地に引きこもります(長編版)

下菊みこと
恋愛
ギフトを駆使して領地経営! 小説家になろう様でも投稿しています。

モブ令嬢、当て馬の恋を応援する

みるくコーヒー
恋愛
侯爵令嬢であるレアルチアは、7歳のある日母に連れられたお茶会で前世の記憶を取り戻し、この世界が概要だけ見た少女マンガの世界であることに気づく。元々、当て馬キャラが大好きな彼女の野望はその瞬間から始まった。必ずや私が当て馬な彼の恋を応援し成就させてみせます!!!と、彼女が暴走する裏側で当て馬キャラのジゼルはレアルチアを囲っていく。ただしアプローチには微塵も気づかれない。噛み合わない2人のすれ違いな恋物語。

世継ぎは他の妃が産めばいい——子を産めない私ですが、帝の寵愛を独占して皇后になりました

由香
恋愛
後宮に入る女の価値は、ただ一つ。 ——皇子を産めるかどうか。 けれど私は、産めない。 ならば—— 「世継ぎは他の妃に任せます。私は、陛下に愛される女になります」 そう言い放ったその日から、すべてが狂い始めた。 毒を盛られても、捨てられず。 皇子が生まれても、選ばれたのは私だった。 「お前は、ここにいろ」 これは、子を産めない女が ただ一つの武器“寵愛”だけで頂点に立つ物語。 そして—— その寵愛は、やがて狂気に変わる。