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すぐに飛んで行ってしまうから
「ブライアン・カンテが……!?」
(犯人はシリル・レノーとレノー家ではなかったの……!?)
パーティーで見たブライアンのロボットのような姿を思い出す。角ばった顔、熱のない眼差し。
誰もが性格と仕事ぶりを認め、彼ならば間違いがないと思っていたブライアンが……!?
「そんな……だって、ブライアン様がそんなこと……まさか……」
「俺も、最初は自分の考えが信じられなかった。突拍子もないことを考えたと自分を笑ったよ」
「カミーユ殿下も、クレール家さえも、ブライアン様を疑わなかったわ……! ブライアン様ではなく、彼に提出された書類が捏造されていたのだと! ブライアン様が捏造をするなんて考えたこともなかった!」
カンテ家の当主は、代々財務署のトップをしている。厳正という正義を掲げて当主を選び、相応しい者がカンテ家にいなかったら養子や婿をとる。
ブライアン・カンテはその性格を見込まれて婿入りし、ずっと公明正大に役職を勤めてきた。誰が圧力をかけようと嘆願しようと、意に介さなかった。
だからブライアン・カンテならば不正などしないと、そう思って……!
「……俺を信じられなくても仕方ないね」
無理やり作ったテオバルトの笑みを見て、アデルは咄嗟に否定した。
「いいえ、テオバルト様を信じます!」
——テオバルトを、信じる。
アデルの体に、自分の言葉がゆっくりと染み込んでいった。
それはテオバルトが冤罪をかけられた時からずっとしてきた、アデルにとってあまりに自然なことだった。
「……テオバルト様を信じますわ。盲目的に信じるのではなく、きちんと調べて証拠をそろえます。それがテオバルト様のためにもなると思いますから」
「ありがとう……アデル嬢」
とろけるような笑みを向けられて、アデルは固まった。そんなアデルを愛しくてたまらないというように見つめたテオバルトは、アデルを抱きしめる腕に力をこめる。
「この突拍子もない考えを、ほかでもない俺自身が最初に否定した。けれどシリルがもたらしてくれた情報により、一気に真実味を帯びたんだ」
「シリル様が情報を?」
「ああ。レノー家に従うフリをしながら、俺と情報を共有していたんだ。クレイグ・レノーの策をすべて阻止したら疑われるから、人員配置などはクレイグの思う通りにさせたんだが……失敗したよ。レノー家の領地は知ってるよね?」
「はい」
レノー家の領地は、山に面している険しい土地だ。農業にはあまり向かず、畜産業を主に行っている。
昔はその山を越えて奇襲をかけられることがあり、武力を誇るレノー家に土地が与えられた。
「戦争が終わってからレノー家の当主はあまり領地に行かず、信頼している者に任せるようになった。年に数度行く程度だと聞いている。それが、今年に入ってもう何度も行っているようだ」
この世界でも新年は一月に始まる。
今は二月で、新年になってから二か月も経っていない。
「……領地に、何かがある?」
「クレイグ・レノーが直接領地に行かなければならない理由が領地にあるはずだ。そして、カンテ家には一人娘がいる」
「そういえば、セリーヌ様はカミーユ殿下のパーティーにも参加していませんでしたね」
カンテ家の一人娘であるセリーヌであれば、カミーユの婚約者候補になっていなくても招待されているはずだ。それを欠席した。
「カンテ家で参加したのはブライアンだけだ。今までは、大きなパーティーだけは家族そろって参加していたのに。奥方のシルヴィは娘が心配だという理由だが……危篤でもない限り、あのカンテ家が重要な式典を欠席するはずがない。そして、娘が危篤ならばブライアンも欠席している」
「……セリーヌ様とシルヴィ様が欠席する理由があった……?」
「ああ。そしてシルヴィ夫人とセリーヌ嬢は半年ほど誰も見ていない」
その瞬間、じわじわと嫌な予感が支配していった。
頭に思い浮かんだ最悪を振り払おうとするが、黒い靄のようにまとわりついて離れない。
「まさか、お二人は、すでに……!?」
「いいや、二人は生きておられる」
「ほっ、本当ですか!?」
「ああ。だが衰弱しているのは確かだろう。レノー家の領地は寒いから」
「クレイグ・レノー! あの男が騎士団長の座のためだけに、か弱いレディーを人質に取って、テオバルト様を冤罪で嵌めるようにブライアン・カンテを脅迫したのね……!」
「俺とシリルはそう考えている」
その瞬間アデルの体に沸き上がったのは、体中の細胞が沸騰するほどの怒りだった。
「自分の欲望のために人を陥れて脅す者が、弱き民を守る騎士になれるわけがない!」
「その通りだ」
誰よりも騎士に憧れて目指してきたテオバルトの隠しきれない怒りに気付き、アデルは目を閉じた。
口から怒りを吐き出すように、長く息を吐く。
「ブライアン様がクレイグ・レノーに脅されるままになっているということは、対抗する手段がないのですね?」
「ああ。武力でレノー家に敵う家はない。クレイグの家臣たちの中で最も忠義がある強い者がシルヴィ夫人とセリーヌ嬢を隠していると思う。もし山の中に隠れていたら、見つけ出せるとは思えない」
「それを調べられるのがクレール商会ですわ! すぐに手紙を書いて調べさせます!」
さっとテオバルトの膝からおりたアデルは要点をまとめた手紙を書き、早馬でリックの元へ届けてくれるように頼んだ。
リックならばレノー家に気付かれず、されど総動員で調べてくれるはずだ。
「今は待ちましょう。絶対にレノー家に気付かれないとお約束いたします」
「ありがとう、アデル嬢……。見張られている俺とシリルだと、出来ることも少なくて」
悔しさでテオバルトの握りしめた拳が震えるのを、アデルは気付かないふりをした。
今はそうしたほうがいいような気がしたのだ。
「そうだ、テオバルト様にお見せするのを忘れていましたわ。どうぞ」
裁判で提出する証拠と、カミーユから渡された裁判の証拠品をテオバルトに渡す。
テオバルトは自分の人生が狂ってしまったことが書かれているわずかな重みを手のひらに感じたあと、静かに読み始めた。
(そういえば、決算書には特別な紙を使っているのよね)
決算書は何十年も保存するため、劣化しにくい紙を使っている。つるつるとした曲げられない紙は、コピー紙よりもプラスチックなどに似ていた。
(もしかして、あれが出来るかも……!)
転生したアデルだからこそ思いついたことを、今すぐ試してみなければならない。
「テオバルト様、少し席を外しますわ。何か気になることがあれば、すぐに呼んでください!」
「うん、わかったよ」
そのまま飛ぶように部屋を出て行ってしまったアデルを見て、テオバルトはくすりと笑った。
一途で、こうと決めたら真っすぐ進むアデルの姿を見ると、落ち込んでいる暇はないと思える。
「さて、俺も頑張りますか」
(犯人はシリル・レノーとレノー家ではなかったの……!?)
パーティーで見たブライアンのロボットのような姿を思い出す。角ばった顔、熱のない眼差し。
誰もが性格と仕事ぶりを認め、彼ならば間違いがないと思っていたブライアンが……!?
「そんな……だって、ブライアン様がそんなこと……まさか……」
「俺も、最初は自分の考えが信じられなかった。突拍子もないことを考えたと自分を笑ったよ」
「カミーユ殿下も、クレール家さえも、ブライアン様を疑わなかったわ……! ブライアン様ではなく、彼に提出された書類が捏造されていたのだと! ブライアン様が捏造をするなんて考えたこともなかった!」
カンテ家の当主は、代々財務署のトップをしている。厳正という正義を掲げて当主を選び、相応しい者がカンテ家にいなかったら養子や婿をとる。
ブライアン・カンテはその性格を見込まれて婿入りし、ずっと公明正大に役職を勤めてきた。誰が圧力をかけようと嘆願しようと、意に介さなかった。
だからブライアン・カンテならば不正などしないと、そう思って……!
「……俺を信じられなくても仕方ないね」
無理やり作ったテオバルトの笑みを見て、アデルは咄嗟に否定した。
「いいえ、テオバルト様を信じます!」
——テオバルトを、信じる。
アデルの体に、自分の言葉がゆっくりと染み込んでいった。
それはテオバルトが冤罪をかけられた時からずっとしてきた、アデルにとってあまりに自然なことだった。
「……テオバルト様を信じますわ。盲目的に信じるのではなく、きちんと調べて証拠をそろえます。それがテオバルト様のためにもなると思いますから」
「ありがとう……アデル嬢」
とろけるような笑みを向けられて、アデルは固まった。そんなアデルを愛しくてたまらないというように見つめたテオバルトは、アデルを抱きしめる腕に力をこめる。
「この突拍子もない考えを、ほかでもない俺自身が最初に否定した。けれどシリルがもたらしてくれた情報により、一気に真実味を帯びたんだ」
「シリル様が情報を?」
「ああ。レノー家に従うフリをしながら、俺と情報を共有していたんだ。クレイグ・レノーの策をすべて阻止したら疑われるから、人員配置などはクレイグの思う通りにさせたんだが……失敗したよ。レノー家の領地は知ってるよね?」
「はい」
レノー家の領地は、山に面している険しい土地だ。農業にはあまり向かず、畜産業を主に行っている。
昔はその山を越えて奇襲をかけられることがあり、武力を誇るレノー家に土地が与えられた。
「戦争が終わってからレノー家の当主はあまり領地に行かず、信頼している者に任せるようになった。年に数度行く程度だと聞いている。それが、今年に入ってもう何度も行っているようだ」
この世界でも新年は一月に始まる。
今は二月で、新年になってから二か月も経っていない。
「……領地に、何かがある?」
「クレイグ・レノーが直接領地に行かなければならない理由が領地にあるはずだ。そして、カンテ家には一人娘がいる」
「そういえば、セリーヌ様はカミーユ殿下のパーティーにも参加していませんでしたね」
カンテ家の一人娘であるセリーヌであれば、カミーユの婚約者候補になっていなくても招待されているはずだ。それを欠席した。
「カンテ家で参加したのはブライアンだけだ。今までは、大きなパーティーだけは家族そろって参加していたのに。奥方のシルヴィは娘が心配だという理由だが……危篤でもない限り、あのカンテ家が重要な式典を欠席するはずがない。そして、娘が危篤ならばブライアンも欠席している」
「……セリーヌ様とシルヴィ様が欠席する理由があった……?」
「ああ。そしてシルヴィ夫人とセリーヌ嬢は半年ほど誰も見ていない」
その瞬間、じわじわと嫌な予感が支配していった。
頭に思い浮かんだ最悪を振り払おうとするが、黒い靄のようにまとわりついて離れない。
「まさか、お二人は、すでに……!?」
「いいや、二人は生きておられる」
「ほっ、本当ですか!?」
「ああ。だが衰弱しているのは確かだろう。レノー家の領地は寒いから」
「クレイグ・レノー! あの男が騎士団長の座のためだけに、か弱いレディーを人質に取って、テオバルト様を冤罪で嵌めるようにブライアン・カンテを脅迫したのね……!」
「俺とシリルはそう考えている」
その瞬間アデルの体に沸き上がったのは、体中の細胞が沸騰するほどの怒りだった。
「自分の欲望のために人を陥れて脅す者が、弱き民を守る騎士になれるわけがない!」
「その通りだ」
誰よりも騎士に憧れて目指してきたテオバルトの隠しきれない怒りに気付き、アデルは目を閉じた。
口から怒りを吐き出すように、長く息を吐く。
「ブライアン様がクレイグ・レノーに脅されるままになっているということは、対抗する手段がないのですね?」
「ああ。武力でレノー家に敵う家はない。クレイグの家臣たちの中で最も忠義がある強い者がシルヴィ夫人とセリーヌ嬢を隠していると思う。もし山の中に隠れていたら、見つけ出せるとは思えない」
「それを調べられるのがクレール商会ですわ! すぐに手紙を書いて調べさせます!」
さっとテオバルトの膝からおりたアデルは要点をまとめた手紙を書き、早馬でリックの元へ届けてくれるように頼んだ。
リックならばレノー家に気付かれず、されど総動員で調べてくれるはずだ。
「今は待ちましょう。絶対にレノー家に気付かれないとお約束いたします」
「ありがとう、アデル嬢……。見張られている俺とシリルだと、出来ることも少なくて」
悔しさでテオバルトの握りしめた拳が震えるのを、アデルは気付かないふりをした。
今はそうしたほうがいいような気がしたのだ。
「そうだ、テオバルト様にお見せするのを忘れていましたわ。どうぞ」
裁判で提出する証拠と、カミーユから渡された裁判の証拠品をテオバルトに渡す。
テオバルトは自分の人生が狂ってしまったことが書かれているわずかな重みを手のひらに感じたあと、静かに読み始めた。
(そういえば、決算書には特別な紙を使っているのよね)
決算書は何十年も保存するため、劣化しにくい紙を使っている。つるつるとした曲げられない紙は、コピー紙よりもプラスチックなどに似ていた。
(もしかして、あれが出来るかも……!)
転生したアデルだからこそ思いついたことを、今すぐ試してみなければならない。
「テオバルト様、少し席を外しますわ。何か気になることがあれば、すぐに呼んでください!」
「うん、わかったよ」
そのまま飛ぶように部屋を出て行ってしまったアデルを見て、テオバルトはくすりと笑った。
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