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第二章 ドッデ村編
第十五話 限りなく黒に近い勇者と竜王
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地の底から響いてくるような低い、低い声が周囲に響き渡る。その声からは幾許かの殺気も感じ取れた。
ただ言葉を話しているだけでこの圧力。
ちょっと前の俺達なら、おそらくこの殺気だけで半分がやられていただろう。
だがもう正直言って、今の俺達はそれどころじゃない。
「まだだ!まだ全然足りねぇぞ!もっと攻撃したい!」
「魔法のチャージ遅いよ!なにやってんの!」
「ステンバーイ…、ステンバーイ…」
車内は阿鼻叫喚のカオスな状況と化していた。
溜まりに溜まったストレスをドラグノフと名乗るドラゴンに向かって爆発させたは良いが、彼らの抱えるストレスは魔法を1発ぶっ放した程度では晴れなかったらしい。
管理職の闇を垣間見た俺は、とりあえずここは素直に流れに便乗しておく。
俺は窓をガラッと開けて上半身を乗り出した。
そして、息を大きく吸い込みこう叫んだ。
「オラァ!お前みたいなただ大きいだけのバケモノなんか俺一人で十分なんだよ!かかってこいや、この赤トカゲが!」
小学生並の煽りで挑発した。
ドラグノフはそんな俺達を軽蔑した目で見下ろしながら、感情を感じられない抑揚のない声で話し始めた。
「地を這う虫以下の劣等種ごときが、何をほざこうと崇高なる魔王様に忠誠を誓った我に怒りなどはない。ただそこに存在するのは、魔王様に仕える事が出来ぬ貴様ら劣等種への憐憫、そして無力が故に喚き散らす事しか出来ない貴様らへ嘲謔が有るのみ」
「やかましいわ!やられキャラの分際で!所詮、魔王含めたお前らはやられキャラなんだよ。で、お前の扱い的には1面のボス止まりだ。1面のボス程度が主人公補正掛かってる……であろう俺に、勝てるわけがねぇんだよ!」
すると、ドラグノフはその山のような巨躯をプルプルと震わせ始めた。
その目には、先程とは比べ物にならないほどの殺意が鈍い光を放っていた。
「魔王様を『やられキャラ』だと?………貴様は、この我に絶対に言ってはいけない事を言ってしまった……!我だけでなく、魔王様までをも侮辱するとは……その罪、万死に値するッ!死を以て償うがよいッ!!」
ドラグノフは咆哮すると、四足歩行で凄まじい勢いでこちらに迫ってきた。
とりあえずここまでは計画通りではあるが、殺気をむき出しにして迫りくる怪物のそのあまりの迫力に流石にビビった俺。
「のわああああああ!来たああああ!!う、運転手さん!あとは頼みましたよ!」
情けない声を出して、後は運転手さんに全部ブン投げた。
「えぇ!?わ、分かりました!皆さん、しっかりとシートベルトを締めておいて下さい!」
次の瞬間、バスが急発進し慣性の法則により俺達は後方へと飛ばされそうになるが、シートベルトのおかげで何とか耐えることが出来た。
ありがとう、シートベルト。
バスは凄まじいエンジン音を轟かせながら、森の中に通る一本の道を突っ切る。だが、重量のあるバスでは思ったようにスタートダッシュが決まらず、ドラグノフとの差がかなり縮まってしまった。
だがそこはプロの運転手。持ち前の技量とバスの馬力、そして車体や乗員の重量を生かして、加速をぐんぐんとつけていく。
ドラグノフとの距離も次第に開いていく。
これなら作戦通りにいけるかも、と俺が思ったその時、外から低い笑い声が聞こえてきた。
「ぐはははは!その先は緩い右のカーブの後にきつい左のカーブだ!そのスピードでは到底曲がり切る事は出来ぬ!直接我が手を下すまでもなかったな!」
ドラグノフの勝ち誇ったような声が聞こえる。俺に聞こえているのだから、当然運転手の方にも聞こえているはずだ。
確かにさっき通った時に見たが、この先はドラグノフの言う通り、右の緩いカーブがあり、続けて左のかなりきついカーブがあった。
『このスピードでは曲がり切れない』
これは俺でも何となく分かった。だがそれは、長年運転に携わってきた運転手の方が一番分かっているはず。
……しかし、スピードは一向に落ちる気配がない。
おいおいおい嘘だろ!?あの二本のカーブをほとんど減速もせずに抜けるつもりなのか!?
車内の俺達は悲鳴を上げたり、衝突に備えて防御姿勢を取っている。
そして、バスはとうとう2連続カーブへと入っていく。
分厚い大型用のタイヤが唸りを上げて、最初の右のカーブをドリフトを決めて曲がっていく。俺達の身体がカーブを曲がったドリフトの遠心力で、左に傾いていくのがハッキリと分かった。
加えて、タイヤが予想以上に空転し滑っているのだろう、車体後方が一瞬外側へと流れていく感覚が伝わってくる。
これは明らかにオーバースピードだろう。
やはりこのスピードでは次の左のカーブを曲がりきれるはずがない。
「ああああああああ!!!もうダメだァァァァァァァァ!!!!」
俺は叫びながら目をつぶり頭を抱え込んだ。
しかしその瞬間、左側に傾いていたはずの俺の重心が突然右側へと切り替わった。
俺はハッと顔を上げ、窓の外へと視線を移す。
窓の外を見ると、普通では信じられないほど間近に木々が迫ってきていた。
これの意味する事。それはつまり……
「かっ、慣性ドリフトだとォォォ!?」
ドラグノフが俺が考えていた可能性と全く同じ事を驚愕に満ちた叫び声とともに放ち、それが外から聞こえてくる。
慣性ドリフトとはブレーキなどに一切頼らず、慣性の法則を用いて行うドリフト走行だ。
運転手が握るハンドルのみが、俺を含めた全ての乗員の命を背負っている。
この慣性ドリフトは、バスよりもサイズや重量が小さい一般的な乗用車でも行う事が困難といわれているほどの超高難易度の技なのだ。
それを……この運転手は大型のバスで、しかも上限数ギリギリの乗員を乗せた重量で、成功させている。
「誤算だった……。異世界にもこれほどの凄腕ドライバーがいたなんて……」
カーブでドラグノフを大きく突き放し、バスは勢いそのままにアクセルを踏んで加速していった。
◆◆◆◆
――あれからしばらく走り続け、バスとドラグノフの距離を大分離す事が出来た。
「待たぬか!待てと言っておるだろうが!」
やや遠くに離れたドラグノフが走りながら叫んでいる。
何とか落ち着いたところで、俺は顔だけをちょこっと出して迫って来るドラグノフに叫び返した。
「馬鹿がっ!今時そんな事言われて止まる奴なんていねぇよ!」
その後もバスは走り続け、その距離はあらかじめ『遠すぎず近すぎず、このくらいの距離があれば大丈夫だよね』と決めた作戦遂行における最適距離であった。
そして、落とし穴が仕掛けてある場所を不自然にならないように回り込み、ドラグノフの進行方向、落とし穴、このバスが一直線になるところでバスは停車した。
このルートを真っ直ぐに来れば間違いなく落とし穴に引っかかる。
日頃から時間やらなんやらと色々な制限があり、それらと毎日戦っているバスの運転手さんだからこそ出来た事なのかなぁと、あらためてプロの運転手の手腕に驚きながら、俺はバスから降りドラグノフが来るのを待ち受ける。
「よし、到着したみたいですね。では、降りましょう。……皆さん、よろしくお願いしますね」
魔法使い達は急いで次々とバスを降り、俺と隊長以外はそのままの勢いで周囲の森の中へと散った。
全員が森の中に入って息を潜めたところで、ようやくドラグノフが俺達に追いついた。
「余計な手間をかけさせおって……!もう、逃がしはしないぞ!」
だが、ドラグノフが立ち止まったところは落とし穴の1歩手前。
本当ならドラグノフが落とし穴の上に立ったところで蓋をした地面を隊長の魔法で消し去るつもりだったのに……ッ!
ドラグノフはしばらくキョロキョロと辺りを見回した後、威圧感を放ちながら俺と隊長に問いかけてきた。
「……そういえば、貴様ら2人だけか?他の奴等はどうした」
これに俺は引き攣る顔面を何とか必死に誤魔化して、半笑いっぽい顔で答える。
「いや、隊長は手を出さないからな。たかがトカゲごとき、俺一人でも十分って言ったろ?そういう事だよ、察しろよ」
俺は左腰に差していた相棒の『ヒノキの棒』をドラグノフに向かって構え、チョイチョイと左手で手招きをして挑発する。
「特別サービスだ。先攻は譲ってやるよ」
「どこまで……一体どこまで、この我を馬鹿にすれば気が済むのだァァァァァァ!!」
頭に血が上ったドラグノフは、俺に向かって一直線に突進してきた。
そして、落とし穴がある部分に入ったところで俺は合図を出した。
「今だ!隊長!」
俺がそう叫ぶのと同時に、ドラグノフの足元に黄色の魔法陣が展開される。
俺への怒りで隊長には意識を向けていなかったドラグノフは、足元に展開される魔法陣に気付くのが一瞬遅れた。
戦闘においてその間は、あまりにも致命的であった。
「――地属性魔法、『エアデス』ッ!」
隊長が魔法を唱えた瞬間、立っていられないほどの揺れが起こり、ドラグノフが立っていた足元の地面が一瞬で消え去った。
「―――ッ!」
声を上げる間もなくドラグノフは一瞬で穴の底へと落ちていき、その直後、落下の衝撃により思わずよろけてしまいそうになるほどの振動と音が響き渡った。
俺はその落ちた穴に近寄り、その場にしゃがみこんで中の様子をうかがった。
「落とし穴だと!?この我がこんな古典的な罠に掛かってしまうとは……!だが、この程度では我を止める事は出来ぬ!」
「だったらそこから出てみろよ」
「ふん!言われずともこんなもの、すぐに抜け出してやるわ!」
ドラグノフは立ち上がろうと四肢に力を込める。しかし、いくら力を込めようとも腹部が地面にくっついたまま離れない。
「なっ、何だこれは!何故、この我が立つことすらできないのだ!」
混乱して状況が理解できていない様子のドラグノフ。
俺はしゃがんだまま穴の中に向かって話しかける。
「お前に説明しても何の事だか分からないだろうが特別に教えてやるよ。お前が踏んだのは10ゴールドで売られている超強力な粘着力を持った『スライムガム』ってお菓子だ。1回くっついたら2度と離れないらしいから、多分この穴がお前の墓穴になる」
ここまで説明したところで、心の中にあった本当に勝つことが出来るのかという不安、死と隣り合わせの緊張感が消えていくのが分かった。
俺はドラグノフに説明していたつもりだったが、どうやら無意識に自分にも言い聞かせていたらしい。
これだけなら良かったのだが、ちょっと予想外の事態が起こった。
勝利を確信した事の安堵感によって、不安や緊張感とともに俺の中にあった人として大事な物までプッツンと音を立てて一緒に弾け飛んだ。
「………アーッハッハッハッハッ!どうだ?見下してた人間に見下される気分は?たかが10ゴールドの駄菓子に身動きを完全に封じられた気持ちは?」
俺は両手を大きく広げて下にいるドラグノフを見下しながら、狂人だと勘違いされかねないような歪んだ笑みを浮かべて、声を上げ高らかに笑う。
今の状況や発言、態度、どれを取っても俺の方が悪役です。
本当にありがとうございました。
しかし、ドラグノフはまだ諦めるつもりはないらしい。
「くっ……!この程度では時間稼ぎにしかならんぞ!今に見ていろ、こんなものなど……!」
「……これで終わりなわけがないじゃん。その周りの壁をよーく見てみな?お前へのとっておきのプレゼントを準備しておいたからよ」
ドラグノフは首だけを動かして自身の周りの壁を見る。
そして、すぐにその『プレゼント』を見つけたらしく、かなり動揺した様子で俺に尋ねてきた。
「……こ、この筒状の物の事を言っているのか?これは、何だ?」
その質問に俺は淡々とした口調で答える。
「そいつは爆弾だよ。しかもとびきり強力な『対魔物爆弾』とかいうやつらしいぞ。討伐隊の装備品の中に結構な量があったんで、ありったけ拝借してきた。………ちなみに、そこにある全部の爆弾を俺の手元にあるスイッチ1つで同時に起爆出来るように設定してもらった」
そう言って俺はズボンのポケットから、赤いボタンの付いた長方形の機械を取り出して、ドラグノフに見せつけた。
「くっ……!こんな汚い真似を……!劣等種の分際で!!」
ん?『汚い真似を』だって?
その発言は少し引っかかるな。
俺は、戦闘の最中に耳障りの良い綺麗事を持ち込もうとするドラグノフを嘲笑いながらこう言う。
「汚いだって?……大いに結構じゃないか!勝負とは勝つか負けるか、殺し合いでは尚更の事!勝った者は生き残り、負けた者は勝者の前に屍を晒す!……俺はなぁ、生き残るためだったらどんな汚い手でも使ってやるよ!!魔法が使えない?特殊能力がない?そんなもんは関係ねぇんだよ!」
「……おい、あれ本当に勇者なのか?」
「……やってる事と言ってる事はドラゴンよりあいつの方がゲスいよな」
森の茂みからは、ボソボソと話し声が聞こえてくる。
おい、お前らはどっちの仲間なんだ。
……ここで俺以外の全員が急に静まり返り、隊長は耳をそばだて始めた。
俺も何がなんだか分からないが、とりあえず集中して周囲の音を聞いてみる。
すると、キュルキュル……と金属同士が擦れるような音と、空気全体が振動するほどの地鳴りのような爆音が徐々にこちらに近付いて来るのが聞こえた。
「……ん?何だ、この音は?」
ドラグノフも気付いたようだ。
そして、この音を聞いた俺は即座に正体に気付き、ニヤリと笑った。
木々を薙ぎ倒しながら現れたそれを見て、俺と穴の中で外の様子が見えないドラグノフ以外の全員が声を揃えて叫んだ。
「「「ショ、ショベルカー!!?」」」
森の中から突如現れたのは、3台の大型ショベルカーだった。
「ゆ、勇者殿、これは一体どういう事なのだ……!?」
慌てて俺に駆け寄ってきた隊長が、頭の上にクエスチョンマークを浮かべて訊いてきた。
「隊長の力をちょっとでも節約する為に急遽工事現場から借りてきたんです。この3台のショベルカーと隊長の土の魔法で、ドラグノフを埋めて、爆破します」
俺は頭を抱える隊長から視線を外し、再び穴の方向にしゃがみこんで、ドラグノフに向かってこう言った。
「聞こえたか?今からこの穴をお前ごと埋めて、爆破する!さぁ、覚悟を決めろ!そして、潔く死ぬがよい!」
ただ言葉を話しているだけでこの圧力。
ちょっと前の俺達なら、おそらくこの殺気だけで半分がやられていただろう。
だがもう正直言って、今の俺達はそれどころじゃない。
「まだだ!まだ全然足りねぇぞ!もっと攻撃したい!」
「魔法のチャージ遅いよ!なにやってんの!」
「ステンバーイ…、ステンバーイ…」
車内は阿鼻叫喚のカオスな状況と化していた。
溜まりに溜まったストレスをドラグノフと名乗るドラゴンに向かって爆発させたは良いが、彼らの抱えるストレスは魔法を1発ぶっ放した程度では晴れなかったらしい。
管理職の闇を垣間見た俺は、とりあえずここは素直に流れに便乗しておく。
俺は窓をガラッと開けて上半身を乗り出した。
そして、息を大きく吸い込みこう叫んだ。
「オラァ!お前みたいなただ大きいだけのバケモノなんか俺一人で十分なんだよ!かかってこいや、この赤トカゲが!」
小学生並の煽りで挑発した。
ドラグノフはそんな俺達を軽蔑した目で見下ろしながら、感情を感じられない抑揚のない声で話し始めた。
「地を這う虫以下の劣等種ごときが、何をほざこうと崇高なる魔王様に忠誠を誓った我に怒りなどはない。ただそこに存在するのは、魔王様に仕える事が出来ぬ貴様ら劣等種への憐憫、そして無力が故に喚き散らす事しか出来ない貴様らへ嘲謔が有るのみ」
「やかましいわ!やられキャラの分際で!所詮、魔王含めたお前らはやられキャラなんだよ。で、お前の扱い的には1面のボス止まりだ。1面のボス程度が主人公補正掛かってる……であろう俺に、勝てるわけがねぇんだよ!」
すると、ドラグノフはその山のような巨躯をプルプルと震わせ始めた。
その目には、先程とは比べ物にならないほどの殺意が鈍い光を放っていた。
「魔王様を『やられキャラ』だと?………貴様は、この我に絶対に言ってはいけない事を言ってしまった……!我だけでなく、魔王様までをも侮辱するとは……その罪、万死に値するッ!死を以て償うがよいッ!!」
ドラグノフは咆哮すると、四足歩行で凄まじい勢いでこちらに迫ってきた。
とりあえずここまでは計画通りではあるが、殺気をむき出しにして迫りくる怪物のそのあまりの迫力に流石にビビった俺。
「のわああああああ!来たああああ!!う、運転手さん!あとは頼みましたよ!」
情けない声を出して、後は運転手さんに全部ブン投げた。
「えぇ!?わ、分かりました!皆さん、しっかりとシートベルトを締めておいて下さい!」
次の瞬間、バスが急発進し慣性の法則により俺達は後方へと飛ばされそうになるが、シートベルトのおかげで何とか耐えることが出来た。
ありがとう、シートベルト。
バスは凄まじいエンジン音を轟かせながら、森の中に通る一本の道を突っ切る。だが、重量のあるバスでは思ったようにスタートダッシュが決まらず、ドラグノフとの差がかなり縮まってしまった。
だがそこはプロの運転手。持ち前の技量とバスの馬力、そして車体や乗員の重量を生かして、加速をぐんぐんとつけていく。
ドラグノフとの距離も次第に開いていく。
これなら作戦通りにいけるかも、と俺が思ったその時、外から低い笑い声が聞こえてきた。
「ぐはははは!その先は緩い右のカーブの後にきつい左のカーブだ!そのスピードでは到底曲がり切る事は出来ぬ!直接我が手を下すまでもなかったな!」
ドラグノフの勝ち誇ったような声が聞こえる。俺に聞こえているのだから、当然運転手の方にも聞こえているはずだ。
確かにさっき通った時に見たが、この先はドラグノフの言う通り、右の緩いカーブがあり、続けて左のかなりきついカーブがあった。
『このスピードでは曲がり切れない』
これは俺でも何となく分かった。だがそれは、長年運転に携わってきた運転手の方が一番分かっているはず。
……しかし、スピードは一向に落ちる気配がない。
おいおいおい嘘だろ!?あの二本のカーブをほとんど減速もせずに抜けるつもりなのか!?
車内の俺達は悲鳴を上げたり、衝突に備えて防御姿勢を取っている。
そして、バスはとうとう2連続カーブへと入っていく。
分厚い大型用のタイヤが唸りを上げて、最初の右のカーブをドリフトを決めて曲がっていく。俺達の身体がカーブを曲がったドリフトの遠心力で、左に傾いていくのがハッキリと分かった。
加えて、タイヤが予想以上に空転し滑っているのだろう、車体後方が一瞬外側へと流れていく感覚が伝わってくる。
これは明らかにオーバースピードだろう。
やはりこのスピードでは次の左のカーブを曲がりきれるはずがない。
「ああああああああ!!!もうダメだァァァァァァァァ!!!!」
俺は叫びながら目をつぶり頭を抱え込んだ。
しかしその瞬間、左側に傾いていたはずの俺の重心が突然右側へと切り替わった。
俺はハッと顔を上げ、窓の外へと視線を移す。
窓の外を見ると、普通では信じられないほど間近に木々が迫ってきていた。
これの意味する事。それはつまり……
「かっ、慣性ドリフトだとォォォ!?」
ドラグノフが俺が考えていた可能性と全く同じ事を驚愕に満ちた叫び声とともに放ち、それが外から聞こえてくる。
慣性ドリフトとはブレーキなどに一切頼らず、慣性の法則を用いて行うドリフト走行だ。
運転手が握るハンドルのみが、俺を含めた全ての乗員の命を背負っている。
この慣性ドリフトは、バスよりもサイズや重量が小さい一般的な乗用車でも行う事が困難といわれているほどの超高難易度の技なのだ。
それを……この運転手は大型のバスで、しかも上限数ギリギリの乗員を乗せた重量で、成功させている。
「誤算だった……。異世界にもこれほどの凄腕ドライバーがいたなんて……」
カーブでドラグノフを大きく突き放し、バスは勢いそのままにアクセルを踏んで加速していった。
◆◆◆◆
――あれからしばらく走り続け、バスとドラグノフの距離を大分離す事が出来た。
「待たぬか!待てと言っておるだろうが!」
やや遠くに離れたドラグノフが走りながら叫んでいる。
何とか落ち着いたところで、俺は顔だけをちょこっと出して迫って来るドラグノフに叫び返した。
「馬鹿がっ!今時そんな事言われて止まる奴なんていねぇよ!」
その後もバスは走り続け、その距離はあらかじめ『遠すぎず近すぎず、このくらいの距離があれば大丈夫だよね』と決めた作戦遂行における最適距離であった。
そして、落とし穴が仕掛けてある場所を不自然にならないように回り込み、ドラグノフの進行方向、落とし穴、このバスが一直線になるところでバスは停車した。
このルートを真っ直ぐに来れば間違いなく落とし穴に引っかかる。
日頃から時間やらなんやらと色々な制限があり、それらと毎日戦っているバスの運転手さんだからこそ出来た事なのかなぁと、あらためてプロの運転手の手腕に驚きながら、俺はバスから降りドラグノフが来るのを待ち受ける。
「よし、到着したみたいですね。では、降りましょう。……皆さん、よろしくお願いしますね」
魔法使い達は急いで次々とバスを降り、俺と隊長以外はそのままの勢いで周囲の森の中へと散った。
全員が森の中に入って息を潜めたところで、ようやくドラグノフが俺達に追いついた。
「余計な手間をかけさせおって……!もう、逃がしはしないぞ!」
だが、ドラグノフが立ち止まったところは落とし穴の1歩手前。
本当ならドラグノフが落とし穴の上に立ったところで蓋をした地面を隊長の魔法で消し去るつもりだったのに……ッ!
ドラグノフはしばらくキョロキョロと辺りを見回した後、威圧感を放ちながら俺と隊長に問いかけてきた。
「……そういえば、貴様ら2人だけか?他の奴等はどうした」
これに俺は引き攣る顔面を何とか必死に誤魔化して、半笑いっぽい顔で答える。
「いや、隊長は手を出さないからな。たかがトカゲごとき、俺一人でも十分って言ったろ?そういう事だよ、察しろよ」
俺は左腰に差していた相棒の『ヒノキの棒』をドラグノフに向かって構え、チョイチョイと左手で手招きをして挑発する。
「特別サービスだ。先攻は譲ってやるよ」
「どこまで……一体どこまで、この我を馬鹿にすれば気が済むのだァァァァァァ!!」
頭に血が上ったドラグノフは、俺に向かって一直線に突進してきた。
そして、落とし穴がある部分に入ったところで俺は合図を出した。
「今だ!隊長!」
俺がそう叫ぶのと同時に、ドラグノフの足元に黄色の魔法陣が展開される。
俺への怒りで隊長には意識を向けていなかったドラグノフは、足元に展開される魔法陣に気付くのが一瞬遅れた。
戦闘においてその間は、あまりにも致命的であった。
「――地属性魔法、『エアデス』ッ!」
隊長が魔法を唱えた瞬間、立っていられないほどの揺れが起こり、ドラグノフが立っていた足元の地面が一瞬で消え去った。
「―――ッ!」
声を上げる間もなくドラグノフは一瞬で穴の底へと落ちていき、その直後、落下の衝撃により思わずよろけてしまいそうになるほどの振動と音が響き渡った。
俺はその落ちた穴に近寄り、その場にしゃがみこんで中の様子をうかがった。
「落とし穴だと!?この我がこんな古典的な罠に掛かってしまうとは……!だが、この程度では我を止める事は出来ぬ!」
「だったらそこから出てみろよ」
「ふん!言われずともこんなもの、すぐに抜け出してやるわ!」
ドラグノフは立ち上がろうと四肢に力を込める。しかし、いくら力を込めようとも腹部が地面にくっついたまま離れない。
「なっ、何だこれは!何故、この我が立つことすらできないのだ!」
混乱して状況が理解できていない様子のドラグノフ。
俺はしゃがんだまま穴の中に向かって話しかける。
「お前に説明しても何の事だか分からないだろうが特別に教えてやるよ。お前が踏んだのは10ゴールドで売られている超強力な粘着力を持った『スライムガム』ってお菓子だ。1回くっついたら2度と離れないらしいから、多分この穴がお前の墓穴になる」
ここまで説明したところで、心の中にあった本当に勝つことが出来るのかという不安、死と隣り合わせの緊張感が消えていくのが分かった。
俺はドラグノフに説明していたつもりだったが、どうやら無意識に自分にも言い聞かせていたらしい。
これだけなら良かったのだが、ちょっと予想外の事態が起こった。
勝利を確信した事の安堵感によって、不安や緊張感とともに俺の中にあった人として大事な物までプッツンと音を立てて一緒に弾け飛んだ。
「………アーッハッハッハッハッ!どうだ?見下してた人間に見下される気分は?たかが10ゴールドの駄菓子に身動きを完全に封じられた気持ちは?」
俺は両手を大きく広げて下にいるドラグノフを見下しながら、狂人だと勘違いされかねないような歪んだ笑みを浮かべて、声を上げ高らかに笑う。
今の状況や発言、態度、どれを取っても俺の方が悪役です。
本当にありがとうございました。
しかし、ドラグノフはまだ諦めるつもりはないらしい。
「くっ……!この程度では時間稼ぎにしかならんぞ!今に見ていろ、こんなものなど……!」
「……これで終わりなわけがないじゃん。その周りの壁をよーく見てみな?お前へのとっておきのプレゼントを準備しておいたからよ」
ドラグノフは首だけを動かして自身の周りの壁を見る。
そして、すぐにその『プレゼント』を見つけたらしく、かなり動揺した様子で俺に尋ねてきた。
「……こ、この筒状の物の事を言っているのか?これは、何だ?」
その質問に俺は淡々とした口調で答える。
「そいつは爆弾だよ。しかもとびきり強力な『対魔物爆弾』とかいうやつらしいぞ。討伐隊の装備品の中に結構な量があったんで、ありったけ拝借してきた。………ちなみに、そこにある全部の爆弾を俺の手元にあるスイッチ1つで同時に起爆出来るように設定してもらった」
そう言って俺はズボンのポケットから、赤いボタンの付いた長方形の機械を取り出して、ドラグノフに見せつけた。
「くっ……!こんな汚い真似を……!劣等種の分際で!!」
ん?『汚い真似を』だって?
その発言は少し引っかかるな。
俺は、戦闘の最中に耳障りの良い綺麗事を持ち込もうとするドラグノフを嘲笑いながらこう言う。
「汚いだって?……大いに結構じゃないか!勝負とは勝つか負けるか、殺し合いでは尚更の事!勝った者は生き残り、負けた者は勝者の前に屍を晒す!……俺はなぁ、生き残るためだったらどんな汚い手でも使ってやるよ!!魔法が使えない?特殊能力がない?そんなもんは関係ねぇんだよ!」
「……おい、あれ本当に勇者なのか?」
「……やってる事と言ってる事はドラゴンよりあいつの方がゲスいよな」
森の茂みからは、ボソボソと話し声が聞こえてくる。
おい、お前らはどっちの仲間なんだ。
……ここで俺以外の全員が急に静まり返り、隊長は耳をそばだて始めた。
俺も何がなんだか分からないが、とりあえず集中して周囲の音を聞いてみる。
すると、キュルキュル……と金属同士が擦れるような音と、空気全体が振動するほどの地鳴りのような爆音が徐々にこちらに近付いて来るのが聞こえた。
「……ん?何だ、この音は?」
ドラグノフも気付いたようだ。
そして、この音を聞いた俺は即座に正体に気付き、ニヤリと笑った。
木々を薙ぎ倒しながら現れたそれを見て、俺と穴の中で外の様子が見えないドラグノフ以外の全員が声を揃えて叫んだ。
「「「ショ、ショベルカー!!?」」」
森の中から突如現れたのは、3台の大型ショベルカーだった。
「ゆ、勇者殿、これは一体どういう事なのだ……!?」
慌てて俺に駆け寄ってきた隊長が、頭の上にクエスチョンマークを浮かべて訊いてきた。
「隊長の力をちょっとでも節約する為に急遽工事現場から借りてきたんです。この3台のショベルカーと隊長の土の魔法で、ドラグノフを埋めて、爆破します」
俺は頭を抱える隊長から視線を外し、再び穴の方向にしゃがみこんで、ドラグノフに向かってこう言った。
「聞こえたか?今からこの穴をお前ごと埋めて、爆破する!さぁ、覚悟を決めろ!そして、潔く死ぬがよい!」
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ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
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