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第四章 ハルマ編
第四十四話 栗まんじゅう
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「……ヴ、ヴェル……デ……?」
俺は目の前に立つ彼女の背中を見上げながら、震える声を振り絞り名前を呟いた。
しかし、彼女は無言でアンパン魔人を真っ直ぐに見据えたまま動かない。
アンパン魔人は俺に繰り出した拳を引いて、バックステップで後ろに飛び退いた。その直後、不思議そうに首を傾げる。
「……君、今何したの?ボクは今、本気で勇者を殺しにいったんだよ?攻撃が外れるなんて有り得ない」
しかし、これに対してヴェルデはすぐには答えない。よく見ると彼女は肩を震わせていた。
――やっぱりヴェルデは無理をしてるんだ。肩を震わせるほど怖いのに、彼女は俺を庇ってくれているのか……ッ!
俺は自分の無力さを改めて痛感すると同時に、何も出来ない悔しさが込み上げた。
ギリッと歯を噛み締め、自ずと嗚咽が漏れ呼吸が激しく乱れた……。
……ん?ちょっと待てよ。
確かに嗚咽は俺のだが、この呼吸音は俺じゃないな。なんか、別の場所から聞こえる。
キョロキョロと見回すと、俺はあることに気付いた。
……なんだかヴェルデから荒い呼吸音が聞こえるような……。
ヴェルデの様子をうかがっていると、彼女が震える声で話を始めた。
「……ずっと……我慢してたんですよ……。けどもうダメ!!さあ!!魔王軍の幹部か何か知らないけど私と一体一で殺し合いましょう!!そして私の魔法の実験台になってください!」
そう言うや否やヴェルデは素早い身のこなしで、一気に距離を取った。
これに反射的に反応したアンパン魔人も同じく距離を取る。
おっと、急激に雲行きが怪しくなってきたぞ。
俺から見て右側がアンパン魔人、左側がヴェルデという立ち位置。二人の間の距離は開いているが、恐らく彼らにとってはこの程度の間隔はないも同然だろう。
なんだか西部劇に出てくるガンマン同士の決闘シーンみたいになってるぞ。
……いやいや!何を呑気な事に考えてるんだ、俺!そんな場合じゃないだろ!
やばいぞ!ヴェルデの目が尋常じゃないくらい血走ってらっしゃる!
般若を彷彿とさせるその表情に、先程までの美少女の面影は完全に霧散した。
彼女の全身から漂うオーラは、戦闘に狂った狂戦士そのもの。
魔法使いの女の子だと思っていたら、いつの間にかバーサーカーになっていた。
……な、何を言っているのか分からねーと思うが、俺も何が何だか分からないんだ……。
「そこまで言うなら望み通り殺してあげるよっ!」
アンパン魔人は残像を残すほどの動きで、ヴェルデに急接近する。
だが、彼女は微動だにしない。
アンパン魔人の殺意をまとった拳が、容赦なく彼女に襲いかかった。
――ダメだ、避けられない!
「あぴゃぁぁぁぁぁぁ!!」
何も出来ない俺は情けない悲鳴を上げて、両目を手で覆った。
その直後。
ズドンという体の芯を揺さぶるような衝撃と、何か硬質な物体を貫くような鈍い音が響く。
俺は震える指の隙間から、恐る恐るヴェルデを見た。
そこには、再び部屋の床に拳をめり込ませたアンパン魔人と、ゾッとするような冷徹な笑みを浮かべたヴェルデが仁王立ちしている姿があった。
「なっ、なんで……ッ!?」
アンパン魔人は困惑した声を上げる。
それを受け、ヴェルデは表情を変えずに感情を感じない冷たい声色で答える。
「あなたには『攻撃が当たらない魔法』を掛けました。どんなに強いパンチでも当たらなければどうということはありません。……残念ですが、あなたに私は殺せない」
もはや勝利宣言とも取れるような発言と同時に、どっかの赤い彗星さんみたいな事を言い放つヴェルデ。
この衝撃の事実を知ったアンパン魔人や隊員達は、大小あれどそれぞれ驚愕の感情を浮かべる。
しかし、これに1番最初に反応したのは実際に魔法を受けたアンパン魔人ではない。
関係ない俺が真っ先に反応しちゃった。
「シャアアアアアアア!!!チート級の魔法が来たあああああ!!!」
これはしょうがないでしょ!!
だって、俺が心の底から待ち望んでいたチートじみた魔法が目の前にあるんだよ!てっきりこの世界に魔法はあってもチートは存在しないとまで思い始めてたんだよ!?そんなところにこの知らせは俺を狂喜させるには充分すぎる!
――気が付くと、いつの間にかここにいる全員の視線を集めていた。
「……あっ、すいません。こっちの話です。続けてください」
ヘコヘコ頭を下げながら数歩ほど後ろに下がる俺。これで俺にターゲットが変わったらヤバいぞと、恐ろしいイメージが脳裏をよぎり、冷や汗が頬を伝っていく。
だが幸いにも、俺の存在はすぐに忘れ去られ空気と化した。
ヴェルデは話を続ける。
「そろそろ私が封印していた魔法で終わりにしてあげましょう!!……まさか、私がこの魔法を使う機会が来るとは思ってなかったけど……」
そう言って彼女は、両手を突き出して手のひらをアンパン魔人に向ける。
するとアンパン魔人の足元に、まるで闇にでも染められたかのような漆黒の魔法陣が出現した。
「……ッ!?う、動けないっ!?」
「魔法陣があなたの足元に展開した事で、全身の動きは一時的にですが完全に封じこめました。……ですが、この効果はただのおまけに過ぎません。この魔法の恐ろしさはここからですよ。さぁ、覚悟はいいですか?」
……ごくり。
ヴェルデの言葉を聞き、俺を含めた全員が息を呑むのが分かった。
あれだけ驚異的な実力を持ったアンパン魔人の動きを止める効果が、『魔法のおまけ』と聞かされたんだからそりゃビビるよ。
……そんなことを考えているうちに、ヴェルデは何かの言葉を呟き出す。
最初、俺は魔法発動に必要な呪文だと思ってたが、よくよく耳を澄ますとなんだか違うようだ。
「……この魔法はパンと水がある場合にのみ発動する事が許される禁忌の魔法……この魔法を使うと――」
……えっ?
頭の中が一瞬で『???』で埋め尽くされる俺とその他大勢。
……け、けど、まだ彼女は話してる途中だから、その次に来る説明で意味が分かるはずだ!
俺はそう考えた。
しかし、次のヴェルデの言葉でその『???』はさらに増加し、俺の脳内は?マーク1色で埋め尽くされた。
「――パンと水が混ざり合って栗まんじゅうになります。ちなみにその栗まんじゅうは食べずに一定時間経過する毎に倍に増えます」
「?????????????」
悟りを開いたような表情でヴェルデを見つめる俺とデイモス、そして隊員達。
そして彼女はついにその禁忌の魔法を唱えた。
「ヴェルデ魔法ッ!!『バイバイン』ッッ!!」
その瞬間、魔法陣から思わず目を覆ってしまうほど強烈な光が放たれ、アンパン魔人の全身はその光に包まれて見えなくなる。
数秒ほどでその光はすぅと消えていった。
ゆっくりと視線を戻すとアンパン魔人の姿が完全に無くなっていた。……のだが、先程まで立っていた位置に何かが置いてある。
俺とデイモスはそれを確認するため、恐る恐る近寄っていく。
――そこに残っていたのは真っ白な皿と、その上に一つだけポツンと置かれた栗まんじゅうだった。
ヴェルデはその栗まんじゅうを見て、思いっきり嫌そうに顔を歪めながらため息をついた。
「私、栗まんじゅう好きじゃないんですよね……。だから今まで戦闘では1回も使ったこと無かったんですけど。まぁ、そもそもこの魔法を使える場面が全くなかったし……」
脳が俺の目の前にある光景と、今のヴェルデの発言を処理出来ずにフリーズしかける。
だがその時、ヴェルデが「ああ!!」と焦ったような声を出した事で、俺は何とか脳の停止を免れることに成功。
「どうしたどうした!!」とパニック寸前の俺はヴェルデに問いかけた。
するとヴェルデは栗まんじゅうを指さしながら叫ぶ。
「ああ!私がそんな話をしているうちに分裂して栗まんじゅうが2個になっちゃった!放っておくとその2個が4個に……ああ!!4個が8個になった!!誰か!誰か食べて!」
彼女の指差す先にある栗まんじゅうを見ると、さっきまでは1つだったのに今はアメーバの分裂みたいな気持ち悪い動きで、4つが8つに分裂している真っ最中だった。
「いやいや!こんなの怖いし気持ち悪いし食えないって!さっきまでアンパン……じゃなくて、魔王軍幹部だった栗まんじゅうを食えるやつがどこにいるんだよ!」
俺も焦ってワタワタしながらそう言うと、
「――え?食べたらダメだったのか?悪い、美味そうだったんで俺が全部食べちゃった」
ハムスターみたいにパンパンに膨らんだ頬をもっしゃもっしゃ動かしながら、デイモスがキョトンとした顔でそう言った。
俺は思わず問いかける。
「…………………美味しい?」
「美味しい」
「そっか」
もしゃもしゃと咀嚼するデイモスを呆然と眺めるこの場にいる俺とヴェルデ。
だが、周囲の隊員達は魔王軍幹部を倒したという事に喜びの雄叫びを上げていた。
「魔王軍幹部討ち取ったりー!!」
「「「ウオオオオオオオオオオオオ!!!!」」」
雄叫びが部屋に響き渡る中、俺たち三人の空間だけ言葉に出来ない異様な雰囲気が漂っていた。
なんとも言えない終わり方だったけど……アンパン魔人は倒せたから良かったよね。
……俺たちが苦戦して一生懸命戦ったわりには、呆気ない最期だったなんて……思ってないから。
◆◆◆◆
そんなこんなで拠点に戻る途中、ヴェルデは俺とデイモスにこう言った。
「あれ、実は『絶対に攻撃が当てられない魔法』なんかじゃないの。『物理攻撃を当てようとすると絶対に外してしまう魔法』なの。かなり限定的な魔法だったんだけど、上手く決まって良かったぁ……」
ホッと胸を撫で下ろした様子のヴェルデ。それにデイモスがツッコミを入れる。
「……いやいや!それでもかなり強いじゃねぇか!要するに物理攻撃無効みたいなもんだろ?」
これを聞いたヴェルデは口をモニュモニュさせて、ボソボソと呟く。
「……確実に当たる攻撃は外れるんだけど……逆に当たらないはずの攻撃が全部当たっちゃうの。しかも物理攻撃限定で、魔法は対象外」
「「は?」」
俺とデイモスは声を揃えて呟きを漏らした。
「ちょっと待って」を連呼しながら、俺は額を押さえてゆっくりと整理する。
「つまり……その魔法に掛かった奴の攻撃が当たりたくないなら、敢えてその場でボッ立ちしてわざと当たるか、自分から当たりにいくしかない、と?」
「そゆこと!」
「……ちなみにだけど、その魔法の名前は?」
よくぞ聞いてくれました!と言わんばかりに破顔し、嬉しそうに語った。
「『アベコンべ』っていうの!」
何言ってんだこいつと言いたげなデイモスと、一瞬で真顔になる俺。
俺はヴェルデの肩に手を置いて、血走った目をギョロギョロ動かしながら震える声で言った。
「……もしかして、ドラ○もんって知ってる?」
「知らない」
「そっか」
俺は目の前に立つ彼女の背中を見上げながら、震える声を振り絞り名前を呟いた。
しかし、彼女は無言でアンパン魔人を真っ直ぐに見据えたまま動かない。
アンパン魔人は俺に繰り出した拳を引いて、バックステップで後ろに飛び退いた。その直後、不思議そうに首を傾げる。
「……君、今何したの?ボクは今、本気で勇者を殺しにいったんだよ?攻撃が外れるなんて有り得ない」
しかし、これに対してヴェルデはすぐには答えない。よく見ると彼女は肩を震わせていた。
――やっぱりヴェルデは無理をしてるんだ。肩を震わせるほど怖いのに、彼女は俺を庇ってくれているのか……ッ!
俺は自分の無力さを改めて痛感すると同時に、何も出来ない悔しさが込み上げた。
ギリッと歯を噛み締め、自ずと嗚咽が漏れ呼吸が激しく乱れた……。
……ん?ちょっと待てよ。
確かに嗚咽は俺のだが、この呼吸音は俺じゃないな。なんか、別の場所から聞こえる。
キョロキョロと見回すと、俺はあることに気付いた。
……なんだかヴェルデから荒い呼吸音が聞こえるような……。
ヴェルデの様子をうかがっていると、彼女が震える声で話を始めた。
「……ずっと……我慢してたんですよ……。けどもうダメ!!さあ!!魔王軍の幹部か何か知らないけど私と一体一で殺し合いましょう!!そして私の魔法の実験台になってください!」
そう言うや否やヴェルデは素早い身のこなしで、一気に距離を取った。
これに反射的に反応したアンパン魔人も同じく距離を取る。
おっと、急激に雲行きが怪しくなってきたぞ。
俺から見て右側がアンパン魔人、左側がヴェルデという立ち位置。二人の間の距離は開いているが、恐らく彼らにとってはこの程度の間隔はないも同然だろう。
なんだか西部劇に出てくるガンマン同士の決闘シーンみたいになってるぞ。
……いやいや!何を呑気な事に考えてるんだ、俺!そんな場合じゃないだろ!
やばいぞ!ヴェルデの目が尋常じゃないくらい血走ってらっしゃる!
般若を彷彿とさせるその表情に、先程までの美少女の面影は完全に霧散した。
彼女の全身から漂うオーラは、戦闘に狂った狂戦士そのもの。
魔法使いの女の子だと思っていたら、いつの間にかバーサーカーになっていた。
……な、何を言っているのか分からねーと思うが、俺も何が何だか分からないんだ……。
「そこまで言うなら望み通り殺してあげるよっ!」
アンパン魔人は残像を残すほどの動きで、ヴェルデに急接近する。
だが、彼女は微動だにしない。
アンパン魔人の殺意をまとった拳が、容赦なく彼女に襲いかかった。
――ダメだ、避けられない!
「あぴゃぁぁぁぁぁぁ!!」
何も出来ない俺は情けない悲鳴を上げて、両目を手で覆った。
その直後。
ズドンという体の芯を揺さぶるような衝撃と、何か硬質な物体を貫くような鈍い音が響く。
俺は震える指の隙間から、恐る恐るヴェルデを見た。
そこには、再び部屋の床に拳をめり込ませたアンパン魔人と、ゾッとするような冷徹な笑みを浮かべたヴェルデが仁王立ちしている姿があった。
「なっ、なんで……ッ!?」
アンパン魔人は困惑した声を上げる。
それを受け、ヴェルデは表情を変えずに感情を感じない冷たい声色で答える。
「あなたには『攻撃が当たらない魔法』を掛けました。どんなに強いパンチでも当たらなければどうということはありません。……残念ですが、あなたに私は殺せない」
もはや勝利宣言とも取れるような発言と同時に、どっかの赤い彗星さんみたいな事を言い放つヴェルデ。
この衝撃の事実を知ったアンパン魔人や隊員達は、大小あれどそれぞれ驚愕の感情を浮かべる。
しかし、これに1番最初に反応したのは実際に魔法を受けたアンパン魔人ではない。
関係ない俺が真っ先に反応しちゃった。
「シャアアアアアアア!!!チート級の魔法が来たあああああ!!!」
これはしょうがないでしょ!!
だって、俺が心の底から待ち望んでいたチートじみた魔法が目の前にあるんだよ!てっきりこの世界に魔法はあってもチートは存在しないとまで思い始めてたんだよ!?そんなところにこの知らせは俺を狂喜させるには充分すぎる!
――気が付くと、いつの間にかここにいる全員の視線を集めていた。
「……あっ、すいません。こっちの話です。続けてください」
ヘコヘコ頭を下げながら数歩ほど後ろに下がる俺。これで俺にターゲットが変わったらヤバいぞと、恐ろしいイメージが脳裏をよぎり、冷や汗が頬を伝っていく。
だが幸いにも、俺の存在はすぐに忘れ去られ空気と化した。
ヴェルデは話を続ける。
「そろそろ私が封印していた魔法で終わりにしてあげましょう!!……まさか、私がこの魔法を使う機会が来るとは思ってなかったけど……」
そう言って彼女は、両手を突き出して手のひらをアンパン魔人に向ける。
するとアンパン魔人の足元に、まるで闇にでも染められたかのような漆黒の魔法陣が出現した。
「……ッ!?う、動けないっ!?」
「魔法陣があなたの足元に展開した事で、全身の動きは一時的にですが完全に封じこめました。……ですが、この効果はただのおまけに過ぎません。この魔法の恐ろしさはここからですよ。さぁ、覚悟はいいですか?」
……ごくり。
ヴェルデの言葉を聞き、俺を含めた全員が息を呑むのが分かった。
あれだけ驚異的な実力を持ったアンパン魔人の動きを止める効果が、『魔法のおまけ』と聞かされたんだからそりゃビビるよ。
……そんなことを考えているうちに、ヴェルデは何かの言葉を呟き出す。
最初、俺は魔法発動に必要な呪文だと思ってたが、よくよく耳を澄ますとなんだか違うようだ。
「……この魔法はパンと水がある場合にのみ発動する事が許される禁忌の魔法……この魔法を使うと――」
……えっ?
頭の中が一瞬で『???』で埋め尽くされる俺とその他大勢。
……け、けど、まだ彼女は話してる途中だから、その次に来る説明で意味が分かるはずだ!
俺はそう考えた。
しかし、次のヴェルデの言葉でその『???』はさらに増加し、俺の脳内は?マーク1色で埋め尽くされた。
「――パンと水が混ざり合って栗まんじゅうになります。ちなみにその栗まんじゅうは食べずに一定時間経過する毎に倍に増えます」
「?????????????」
悟りを開いたような表情でヴェルデを見つめる俺とデイモス、そして隊員達。
そして彼女はついにその禁忌の魔法を唱えた。
「ヴェルデ魔法ッ!!『バイバイン』ッッ!!」
その瞬間、魔法陣から思わず目を覆ってしまうほど強烈な光が放たれ、アンパン魔人の全身はその光に包まれて見えなくなる。
数秒ほどでその光はすぅと消えていった。
ゆっくりと視線を戻すとアンパン魔人の姿が完全に無くなっていた。……のだが、先程まで立っていた位置に何かが置いてある。
俺とデイモスはそれを確認するため、恐る恐る近寄っていく。
――そこに残っていたのは真っ白な皿と、その上に一つだけポツンと置かれた栗まんじゅうだった。
ヴェルデはその栗まんじゅうを見て、思いっきり嫌そうに顔を歪めながらため息をついた。
「私、栗まんじゅう好きじゃないんですよね……。だから今まで戦闘では1回も使ったこと無かったんですけど。まぁ、そもそもこの魔法を使える場面が全くなかったし……」
脳が俺の目の前にある光景と、今のヴェルデの発言を処理出来ずにフリーズしかける。
だがその時、ヴェルデが「ああ!!」と焦ったような声を出した事で、俺は何とか脳の停止を免れることに成功。
「どうしたどうした!!」とパニック寸前の俺はヴェルデに問いかけた。
するとヴェルデは栗まんじゅうを指さしながら叫ぶ。
「ああ!私がそんな話をしているうちに分裂して栗まんじゅうが2個になっちゃった!放っておくとその2個が4個に……ああ!!4個が8個になった!!誰か!誰か食べて!」
彼女の指差す先にある栗まんじゅうを見ると、さっきまでは1つだったのに今はアメーバの分裂みたいな気持ち悪い動きで、4つが8つに分裂している真っ最中だった。
「いやいや!こんなの怖いし気持ち悪いし食えないって!さっきまでアンパン……じゃなくて、魔王軍幹部だった栗まんじゅうを食えるやつがどこにいるんだよ!」
俺も焦ってワタワタしながらそう言うと、
「――え?食べたらダメだったのか?悪い、美味そうだったんで俺が全部食べちゃった」
ハムスターみたいにパンパンに膨らんだ頬をもっしゃもっしゃ動かしながら、デイモスがキョトンとした顔でそう言った。
俺は思わず問いかける。
「…………………美味しい?」
「美味しい」
「そっか」
もしゃもしゃと咀嚼するデイモスを呆然と眺めるこの場にいる俺とヴェルデ。
だが、周囲の隊員達は魔王軍幹部を倒したという事に喜びの雄叫びを上げていた。
「魔王軍幹部討ち取ったりー!!」
「「「ウオオオオオオオオオオオオ!!!!」」」
雄叫びが部屋に響き渡る中、俺たち三人の空間だけ言葉に出来ない異様な雰囲気が漂っていた。
なんとも言えない終わり方だったけど……アンパン魔人は倒せたから良かったよね。
……俺たちが苦戦して一生懸命戦ったわりには、呆気ない最期だったなんて……思ってないから。
◆◆◆◆
そんなこんなで拠点に戻る途中、ヴェルデは俺とデイモスにこう言った。
「あれ、実は『絶対に攻撃が当てられない魔法』なんかじゃないの。『物理攻撃を当てようとすると絶対に外してしまう魔法』なの。かなり限定的な魔法だったんだけど、上手く決まって良かったぁ……」
ホッと胸を撫で下ろした様子のヴェルデ。それにデイモスがツッコミを入れる。
「……いやいや!それでもかなり強いじゃねぇか!要するに物理攻撃無効みたいなもんだろ?」
これを聞いたヴェルデは口をモニュモニュさせて、ボソボソと呟く。
「……確実に当たる攻撃は外れるんだけど……逆に当たらないはずの攻撃が全部当たっちゃうの。しかも物理攻撃限定で、魔法は対象外」
「「は?」」
俺とデイモスは声を揃えて呟きを漏らした。
「ちょっと待って」を連呼しながら、俺は額を押さえてゆっくりと整理する。
「つまり……その魔法に掛かった奴の攻撃が当たりたくないなら、敢えてその場でボッ立ちしてわざと当たるか、自分から当たりにいくしかない、と?」
「そゆこと!」
「……ちなみにだけど、その魔法の名前は?」
よくぞ聞いてくれました!と言わんばかりに破顔し、嬉しそうに語った。
「『アベコンべ』っていうの!」
何言ってんだこいつと言いたげなデイモスと、一瞬で真顔になる俺。
俺はヴェルデの肩に手を置いて、血走った目をギョロギョロ動かしながら震える声で言った。
「……もしかして、ドラ○もんって知ってる?」
「知らない」
「そっか」
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やがて“魔王”と呼ばれる世界級の脅威や、世界の秘密に巻き込まれていくことになる。
——これは、“怠惰が美徳”な最強種族に生まれてしまった元社畜が、
「自分らしく、全力で生きる」ことを選んだ物語。
世界を知り、仲間と出会い、規格外の強さで冒険と成長を繰り広げる、
最強幼竜の“成り上がり×異端×ほのぼの冒険ファンタジー”開幕!
※小説家になろう様にも掲載しています。
ラストアタック!〜御者のオッサン、棚ぼたで最強になる〜
KeyBow
ファンタジー
第18回ファンタジー小説大賞奨励賞受賞
ディノッゾ、36歳。職業、馬車の御者。
諸国を旅するのを生き甲斐としながらも、その実態は、酒と女が好きで、いつかは楽して暮らしたいと願う、どこにでもいる平凡なオッサンだ。
そんな男が、ある日、傲慢なSランクパーティーが挑むドラゴンの討伐に、くじ引きによって理不尽な捨て駒として巻き込まれる。
捨て駒として先行させられたディノッゾの馬車。竜との遭遇地点として聞かされていた場所より、遥か手前でそれは起こった。天を覆う巨大な影―――ドラゴンの襲撃。馬車は木っ端微塵に砕け散り、ディノッゾは、同乗していたメイドの少女リリアと共に、死の淵へと叩き落された―――はずだった。
腕には、守るべきメイドの少女。
眼下には、Sランクパーティーさえも圧倒する、伝説のドラゴン。
―――それは、ただの不運な落下のはずだった。
崩れ落ちる崖から転落する際、杖代わりにしていただけの槍が、本当に、ただ偶然にも、ドラゴンのたった一つの弱点である『逆鱗』を貫いた。
その、あまりにも幸運な事故こそが、竜の命を絶つ『最後の一撃(ラストアタック)』となったことを、彼はまだ知らない。
死の淵から生還した彼が手に入れたのは、神の如き規格外の力と、彼を「師」と慕う、新たな仲間たちだった。
だが、その力の代償は、あまりにも大きい。
彼が何よりも愛していた“酒と女と気楽な旅”――
つまり平和で自堕落な生活そのものだった。
これは、英雄になるつもりのなかった「ただのオッサン」が、
守るべき者たちのため、そして亡き友との誓いのために、
いつしか、世界を救う伝説へと祭り上げられていく物語。
―――その勘違いと優しさが、やがて世界を揺るがす。
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