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第六章 カラマス編
第六十話 この俺にどうか神の祝福を!
しおりを挟む「……ッ!だ、ダリルさん!?どうしてここが!?」
「これ」
そう言ってダリルは自分の足元をチョンチョンと指差した。と同時に、俺たちはその足元へ視線を向ける。そこには点々、点々と俺の血が続いていた。
「なぁるほど!これを辿ってきたってわけか!まるでヘンゼルとグレーテルみてぇだなぁ!?」
「……なんだコイツ。とうとう頭イカれたの?」
「いや、頭は元からイカれてんだけどよ、今は色々あってとびきりおかしくなってるだけだ」
俺に対する辛辣な言葉が容赦なく飛び交う。……そこまで言う?俺、普段からそんなに頭おかしい行動してる?
グリーンハーブを口に含み、モッシャモッシャと咀嚼しながらそんなことを考える。
しかし、心当たりがまるでなかった俺は、あまりのショックに自慢の絹ごし豆腐メンタルがホロホロと崩壊しかけるが、それと同時に錯乱しかかった俺の精神も落ち着きを取り戻した。
「……お前らの辛辣な発言のおかげでだいぶ俺も冷静になれたわ、助かった。……まぁ、感謝は全くしてないけどな」
苦虫を噛み潰したような顔で言い放った俺を見て、ダリルは問い掛ける。
「そう、そりゃ良かった。……で、あんたらはなんでここにいるの?」
「なんでって……こんなラクーンシティみたいな状況になってる街中をいつも通りにフラフラほっつき歩くわけにもいかないからな。今はここに避難してるって感じだよ」
「ふーん……。あと、この血痕は?誰がやられたの?」
淡々とした様子で尋ねるダリル。
「俺がヤツらに噛まれたんだ。でも、とりあえずデイモスの魔法で傷を塞いだから、一旦は大丈夫……なんだけど……」
徐々に声が小さくなっていく俺。
そんな様子を見かねてか、代わりにヴェルデとデイモスが説明をしてくれた。
「私の魔法で調べたらね、あのゾンビのような状態は人に感染するらしくて……。多分、麻薬を使った人間を感染源として、そのゾンビ化した麻薬使用者に噛まれることで人に伝染るんだけど……」
「で、さっき噛まれた太郎は見事にそれに感染した、と。そんでパニックを起こして、さっきあんたも見たあのイカれた状態で騒いでたっつーわけよ」
「へー……、大変だね」
『私は何も関係ないですよ』と言わんばかりの真顔で飄々と言い放つダリル。
「『大変だね』って……めちゃくちゃ他人事みたいにしてるけど、ダリルだって麻薬を使ってたんだから街の奴らと同じような状態にな――」
ここまで話して、俺はあることに気付いた。
「……あれ?そういえばなんでダリルはなんともないの?」
そう、ダリルは麻薬を使用していた。しかも、話を聞くと1度や2度ではなく常習的に行っていた可能性もある。にも関わらず、彼女にゾンビ化の兆候はない。……ゾンビ化する時に兆候があるのかは分からんが。
だが、今のところは人も噛まないし、意思疎通もできる。
彼女の様子を見て考えられる可能性としては、『麻薬が人々をゾンビにしている』という俺の仮説が間違っていたか、あるいはダリル自身の体質や何かしらの行動が原因で感染を押さえ込んだか、くらいである。
その時、ヴェルデが徐に口を開いた。
「そういえば……前に『薬物を使ったら【神の祝福】で浄化してる』って言ってましたよね?もしかして……」
「あぁ、そういやそんなことも言ったね。【神の祝福】の『浄化の儀式』っていう、体内の有害物質や害をもたらす可能性がある物質を完全に消滅させる便利なもんが賢者にはあるのよ。……確かに、これを使えばそのイカれた男は助かるかもしれない。だけど、タダでするわけにはいかないなぁ?」
「……要するに金だろ?こんな状況で一体何に使うつもりだ」
俺はダリルを真っ直ぐに見据えながら、そう呟く。
こういった場面で金銭の取引を行うことは、映画だ何だで割とありがち……といったらあれだけど、よくあるパターンではあるよね。
しかし、一点だけ気になる。
なぜ、街がこんな状況であるにもかかわらず、金の心配をするのか。金があれば現状を打開することができるのだろうか。
「何に使うって!?そんなの決まってるでしょ!近々隣町で行われるパチスロのイベント、その軍資金にすんのよ!」
おっと、そうでした。
こいつは酒、ギャンブル、麻薬という負の3要素をコンプリートした、小さい子どもの反面教師になるために存在してるような奴でした。
俺たちがどんな条件を提示されても断れないことを知っていて、タダで助けるほど善人じゃないってか。
しかも、パチスロのイベントか……。
俺の命はパチスロのイベント以下の存在価値しかないのかと錯覚しそうになる。
……けど、まぁ、グダグダ言っても命には変えられない。
「……分かった。いくら払えばいいんだ」
「あんたの所持金全部」
……くぅぅぅの野郎ォォォ……。
こっちが断れないと知っているから搾り取れるだけ搾り取るつもりだな……ッ!
まさに外道!
とかなんとか叫んで、その横っ面に俺の必殺全力グーパンをぶち込んでやりたい気持ちをぐっと堪えながら、金の入った封筒を懐から取り出した。
そして、俺は怒りなのか悔しさなのか、はたまたようやく命の危機から脱することができる安堵なのか、自分でも原因がよく分からない震える手でその金を渡した。
「おーおー結構あんじゃん……ひぃ……ふぅ……ぐへへ、さーてこれが何倍に増えるのか楽しみだな。……ってなわけで、ほな、いただきます」
「ほら、金は渡したろ?次は浄化の番だ」
金の入った封筒をガサツにポケットにねじ込むダリルに、俺は至って冷静な態度でそう言った。
けど内心、実は裏切られるんじゃないかと心臓バクバクである。
俺の勝手なイメージで申し訳ないが、相手の生命を取引材料にし金銭を要求、それらを先払いで支払わせるなんて、どこぞの悪役かヤクザくらいだろ。
そんな奴が約束を本当に守ってくれるのか、だが今はこれに賭けるしかない。
ダリルは封筒をねじ込んだポケットを嬉しそうに見つめながらポンポンと叩いた後、スっとこちらを向いた。
「よっしゃ、金も貰ったことだしちゃちゃっとやっちゃおう」
(あ、ちゃんとやってくれるんだ)
「あ、ちゃんとやってくれるんだ」
まるで俺の心を読んでいたかのように、今思ったことそのまんまヴェルデがボソッと呟いた。
デイモスも『危ねぇ俺も喉まで出かかった……』みたいな顔で咳払いしている。
……こんなところでこんなことを以心伝心させたところで、まっっったく役に立たない。残るのはせいぜいお互いが顔を見合わせて引きつったような照れ隠しの笑みと、くっそ気まずい雰囲気くらいだ。
んなことはどうでもいい。
ともかく俺は全財産と引き換えに、ダリルから『浄化の儀式』をしてもらった。…………。
……え?普段なら『魔法』とか『特殊能力』に異様に食いつく俺が、なぜ【神の祝福】とやらはこんなあっさり流すのかって?
いや実を言うとさ、めちゃくちゃ期待してたんだよ、【神の祝福】にも。
対象の足元に魔法陣が出現して~とか、儀式中は体が淡く光り出す~とか!!魔法みたいなファンタジーにまた出会えると思ってた!!
「命が懸かってる時に何を呑気な」なんて言われるかもしれないが、俺にとっては大真面目な理由だってある。
『魔法』や『特殊能力』とは異なる新しい力【神の祝福】……現状何もできない俺にとってはこういった能力が、この超ハードモードの異世界を生き残るため、そして快適な異世界ハーレム生活を送るための大きな鍵となるわけで!!
……ゴホン。と、いうのはあくまでおまけであり、もちろん魔王を倒すための力が欲しいって理由がメインだよ?ホントウダヨ?嘘ジャナイヨ?
けど、いざ【神の祝福】を見てみたらさ、胸の前で手を組んで、お経みたいな理解不能な言語をブツブツ唱えるだけだった。例を挙げるとするなら、お坊さんのお経。これ、もうまさにドンピシャ。
……てなわけで、魔法やらと比較すると、どうしてもインパクトやかっこよさでは劣ってしまうのだ。
だが俺としては、これは好都合だった。
ただ祈るだけで魔法と同等の力が手に入るかもしれないんだから。そんなことを思いながら、試しにダリルに聞いてみた。
「この【神の祝福】ってどうやったらできんの?」
「神の祝福を受けた者が祈ればできる……って一般的には話されてるけど、多分それは嘘。私そんなの受けた覚えも、そもそも受けようとしたこともないし。つーか、朝起きたらいきなりできるようになっただけだし。……ま、要するに詳しい原理はまだ分かってないってことじゃね?」
あぁ……なるほどね。
俺は今の話を聞いて大体察した。
これあれだ、『魔法』と『神の祝福』は多分同じものだ。賢者とか魔法使いとかで呼び方が変わってるだけだ。
「……本当にこれで大丈夫なのか実感がないのが怖いなぁ」
「私もちゃんとした状態の時に自分以外に掛けるのは相当久し振りだし、一応初心に帰ってちゃんと呪文も唱えてみたけど、もしかしたら失敗してるかもしれない。ま、そん時はそん時ってことで」
なんとも無責任な発言を平然と言ってのけるダリル。有り金全部取っておきながらそんなテキトーな感じなのかよと、文句のひとつでも言ってやろうとした時だった。
「……それじゃそろそろ行くわ」
「パチスロにか?」
ダリルの言葉に間を開けることなく問い掛けたデイモス。
「いや?誰もいなくなった今なら金取り放題じゃん?」
「…………………」
あまりにも堂々と「今から町中の金かっぱらってきます!」宣言をしやがった。そんなクズっぷりに思わず絶句する俺たち。
だが、今はこんなクズでもいいから、一人でも多くの人間が必要だ。
「単独行動は死亡フラグってそれ、一番言われてるから」
「悪いけど、群れるの好きじゃないから」
それだけ言い残してダリルは振り返ることも無く、さっさと歩いてどこかに向かってしまった。残された俺たち3人はキョトンとした顔を見合わせて、ほぼ同時に呟いた。
「「「……これからどうしよう……」」」
◆◆◆◆◆◆
人々の話し声や生活音、そして気配までもが完全に消失した町の中をダリルは無表情で歩き続ける。
「一人で……一人で……」
ボソボソと何かを呟きながら、まるで既に目的地が決まっているかのように迷いなく歩を進めていく。
その道を道なりに進んでいくと、やがてこの町のほぼ中心に位置する巨大な広場に到着する。恐らく、ダリルはその広場を目指しているのだろう。
――そうして一歩一歩をしっかりと踏みしめる度に、ダリルの全身から禍々しい負のオーラが放たれていく。
それでもなお、前を見据える彼女の表情は変わらなかったが、その目の奥に常人とは思えぬ異質な光が見え隠れしていた。
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