19 / 20
19
しおりを挟む
王太子には、やはり第一側妃の二子である、第三王子が立つことになった。
第二王子は身体的に病弱で、政務を任せるには不安な面があるからだ。
能力的にはむしろフィリクより優秀、婚約者も侯爵家の令嬢なので、次期国王と王妃として、不足はないだろう。
残る問題は、ひとつ。
それを解決するために、私はアドリエ嬢に面会を申請した。
「王太子妃殿下にご挨拶いたします」
厳密に言えば私はもう王太子妃ではないが、引継ぎを終えるまで便宜上、呼称はそのままということになっている。
それを言うなら、アドリエ嬢も側妃として嫁した形なので、名称は違うのだが。
さておき。
久しぶりに顔を合わせたが、思った以上に憔悴している。
食事どころか、飲み物さえあまり摂れていないと聞く。懐妊中なのだから、無理にでも栄養を摂取しないとならないのだが。
「まずは、過日のこと、災難だったと思います。お加減はいかがかしら?」
「…はい、体調は悪くないです。…いえ、あの、」
何かを言いかけ、躊躇い。顔を上げては俯くということを彼女は繰り返す。
「あまり食事を摂れてないことは聞き及んでいます。果物をお持ちしてるので、よろしければ召し上がって」
「………」
「実行犯は捕縛されてますし、背後関係も突き止め、処罰されています。この辺りは第一王子殿下から聞いたと思いますが」
「………」
「後は、そうね。あなたの毒見役、危うく処刑されるところでした」
そこで、目の前の女性はびくっと肩を揺らす。
「何のために毒見役がいるか、教育されてるはずね?」
「……」
「あなたが断ったせいで、あなたの軽率な判断で、人が死ぬところでした」
「……っ」
「何も思わないかしら?」
「っ…あなただって! 王太子妃殿下だって、毒を盛られたじゃありませんか! 何故わたしだけが責められなきゃいけないんです?!」
他にも何か言われたのだろうなと。面と向かってではなくとも。
彼女に怒りを宿した目で見られるのは初めてだろうか。
余裕を崩されたこと自体、あまりないのかもしれない。
「そうね。ただあなたと違うところは、私は毒見を欠かしたことはない。私のときは、食事そのものではなく、食器の、それも一部に仕込まれていた。完全に避けるには難しい状況だったわ」
摂取したのは微量でも、毒性が強いものだった。国王の側妃だから入手もできようくらいの。明確な繋がりはついぞ見つけられなかったが。
「毒を盛られたことが問題ではないこと、分からないかしら」
「何が問題だって言うんですか…っ」
「あなたは今、側妃という立場。あなたの言動で、人生を左右される存在がいるということよ」
「……わたしが望んだわけじゃないっ!!」
アドリエ嬢の叫びは、本心からだろう。
私を訪ねたのも、形式上などではなかった。
願えば叶うだろうとの浅い思考は置いておいて。
「あなたがっあなたが、わたしの名前を出さなければ…! あなたのせいで…っ!」
憎々し気に睨まれるが、私は何とも思わない。
筋違いの怒りに、同じ熱量で返してやる義理はない。
「ならば何故、第一王子殿下に悟られるような振る舞いをしたの?」
「……はっ?!」
「何故、殿下をお止めしなかったの? 私のところへ来る前に」
「それとこれと、何の関係がっ」
「何も分かっていないようだけれど、あの1件で、他の候補は選ばれなかったのよ」
まさか、本当に分かっていなかったとは。
フィリクといい、宮廷に回っている情報すら掴んでいないのは、驚く他ない。
「どういう…ことですか…」
「殿下が私の執務室に怒鳴り込んできた件で、他の候補を立てても無駄と認識されたのよ。つまり、自業自得なの」
呆然としているアドリエ嬢に、噛んで含めるように私は言う。
私が名を挙げた時点では、まだ議論の余地はあったのだ。
可能性を潰したのは、他でもなく。
「あなたが側妃になったのも、避けられたはずの毒を盛られたのも、全部、自己責任よ」
「あ、ああ…っ」
自分の行動がどんな結果を生んだのか、ようやく気付いたらしい。
「そもそも、始めにあなたの名前を出したのも、共に働くようになって、殿下が随分落ち着きがなくなってきたからよ。あなたと添い遂げることができれば、少しは改善するかと思ってのことだったのだけれどね」
効果がなかったのは、言うまでもない。
「わたしは…わたしは、どうすれば…」
縋るように見られるが、相手を間違っている。
私の言えることはそう多くない。
「あなたが、殿下の妃であり続けるのなら、その責任を自覚しなさい。それを放棄したいのであれば、相応の覚悟をすることね」
後悔など今更しても、もう遅いのだ。
第二王子は身体的に病弱で、政務を任せるには不安な面があるからだ。
能力的にはむしろフィリクより優秀、婚約者も侯爵家の令嬢なので、次期国王と王妃として、不足はないだろう。
残る問題は、ひとつ。
それを解決するために、私はアドリエ嬢に面会を申請した。
「王太子妃殿下にご挨拶いたします」
厳密に言えば私はもう王太子妃ではないが、引継ぎを終えるまで便宜上、呼称はそのままということになっている。
それを言うなら、アドリエ嬢も側妃として嫁した形なので、名称は違うのだが。
さておき。
久しぶりに顔を合わせたが、思った以上に憔悴している。
食事どころか、飲み物さえあまり摂れていないと聞く。懐妊中なのだから、無理にでも栄養を摂取しないとならないのだが。
「まずは、過日のこと、災難だったと思います。お加減はいかがかしら?」
「…はい、体調は悪くないです。…いえ、あの、」
何かを言いかけ、躊躇い。顔を上げては俯くということを彼女は繰り返す。
「あまり食事を摂れてないことは聞き及んでいます。果物をお持ちしてるので、よろしければ召し上がって」
「………」
「実行犯は捕縛されてますし、背後関係も突き止め、処罰されています。この辺りは第一王子殿下から聞いたと思いますが」
「………」
「後は、そうね。あなたの毒見役、危うく処刑されるところでした」
そこで、目の前の女性はびくっと肩を揺らす。
「何のために毒見役がいるか、教育されてるはずね?」
「……」
「あなたが断ったせいで、あなたの軽率な判断で、人が死ぬところでした」
「……っ」
「何も思わないかしら?」
「っ…あなただって! 王太子妃殿下だって、毒を盛られたじゃありませんか! 何故わたしだけが責められなきゃいけないんです?!」
他にも何か言われたのだろうなと。面と向かってではなくとも。
彼女に怒りを宿した目で見られるのは初めてだろうか。
余裕を崩されたこと自体、あまりないのかもしれない。
「そうね。ただあなたと違うところは、私は毒見を欠かしたことはない。私のときは、食事そのものではなく、食器の、それも一部に仕込まれていた。完全に避けるには難しい状況だったわ」
摂取したのは微量でも、毒性が強いものだった。国王の側妃だから入手もできようくらいの。明確な繋がりはついぞ見つけられなかったが。
「毒を盛られたことが問題ではないこと、分からないかしら」
「何が問題だって言うんですか…っ」
「あなたは今、側妃という立場。あなたの言動で、人生を左右される存在がいるということよ」
「……わたしが望んだわけじゃないっ!!」
アドリエ嬢の叫びは、本心からだろう。
私を訪ねたのも、形式上などではなかった。
願えば叶うだろうとの浅い思考は置いておいて。
「あなたがっあなたが、わたしの名前を出さなければ…! あなたのせいで…っ!」
憎々し気に睨まれるが、私は何とも思わない。
筋違いの怒りに、同じ熱量で返してやる義理はない。
「ならば何故、第一王子殿下に悟られるような振る舞いをしたの?」
「……はっ?!」
「何故、殿下をお止めしなかったの? 私のところへ来る前に」
「それとこれと、何の関係がっ」
「何も分かっていないようだけれど、あの1件で、他の候補は選ばれなかったのよ」
まさか、本当に分かっていなかったとは。
フィリクといい、宮廷に回っている情報すら掴んでいないのは、驚く他ない。
「どういう…ことですか…」
「殿下が私の執務室に怒鳴り込んできた件で、他の候補を立てても無駄と認識されたのよ。つまり、自業自得なの」
呆然としているアドリエ嬢に、噛んで含めるように私は言う。
私が名を挙げた時点では、まだ議論の余地はあったのだ。
可能性を潰したのは、他でもなく。
「あなたが側妃になったのも、避けられたはずの毒を盛られたのも、全部、自己責任よ」
「あ、ああ…っ」
自分の行動がどんな結果を生んだのか、ようやく気付いたらしい。
「そもそも、始めにあなたの名前を出したのも、共に働くようになって、殿下が随分落ち着きがなくなってきたからよ。あなたと添い遂げることができれば、少しは改善するかと思ってのことだったのだけれどね」
効果がなかったのは、言うまでもない。
「わたしは…わたしは、どうすれば…」
縋るように見られるが、相手を間違っている。
私の言えることはそう多くない。
「あなたが、殿下の妃であり続けるのなら、その責任を自覚しなさい。それを放棄したいのであれば、相応の覚悟をすることね」
後悔など今更しても、もう遅いのだ。
299
あなたにおすすめの小説
記憶がないなら私は……
しがと
恋愛
ずっと好きでようやく付き合えた彼が記憶を無くしてしまった。しかも私のことだけ。そして彼は以前好きだった女性に私の目の前で抱きついてしまう。もう諦めなければいけない、と彼のことを忘れる決意をしたが……。 *全4話
愛を騙るな
篠月珪霞
恋愛
「王妃よ、そなた一体何が不満だというのだ」
「………」
「贅を尽くした食事、ドレス、宝石、アクセサリー、部屋の調度も最高品質のもの。王妃という地位も用意した。およそ世の女性が望むものすべてを手に入れているというのに、何が不満だというのだ!」
王妃は表情を変えない。何を言っても宥めてもすかしても脅しても変わらない王妃に、苛立った王は声を荒げる。
「何とか言わぬか! 不敬だぞ!」
「……でしたら、牢に入れるなり、処罰するなりお好きに」
「い、いや、それはできぬ」
「何故? 陛下の望むままなさればよろしい」
「余は、そなたを愛しているのだ。愛するものにそのような仕打ち、到底考えられぬ」
途端、王妃の嘲る笑い声が響く。
「畜生にも劣る陛下が、愛を騙るなどおこがましいですわね」
【完結】わたしの欲しい言葉
彩華(あやはな)
恋愛
わたしはいらない子。
双子の妹は聖女。生まれた時から、両親は妹を可愛がった。
はじめての旅行でわたしは置いて行かれた。
わたしは・・・。
数年後、王太子と結婚した聖女たちの前に現れた帝国の使者。彼女は一足の靴を彼らの前にさしだしたー。
*ドロッとしています。
念のためティッシュをご用意ください。
さよなら 大好きな人
小夏 礼
恋愛
女神の娘かもしれない紫の瞳を持つアーリアは、第2王子の婚約者だった。
政略結婚だが、それでもアーリアは第2王子のことが好きだった。
彼にふさわしい女性になるために努力するほど。
しかし、アーリアのそんな気持ちは、
ある日、第2王子によって踏み躙られることになる……
※本編は悲恋です。
※裏話や番外編を読むと本編のイメージが変わりますので、悲恋のままが良い方はご注意ください。
※本編2(+0.5)、裏話1、番外編2の計5(+0.5)話です。
番ではなくなった私たち
拝詩ルルー
恋愛
アンは薬屋の一人娘だ。ハスキー犬の獣人のラルフとは幼馴染で、彼がアンのことを番だと言って猛烈なアプローチをした結果、二人は晴れて恋人同士になった。
ラルフは恵まれた体躯と素晴らしい剣の腕前から、勇者パーティーにスカウトされ、魔王討伐の旅について行くことに。
──それから二年後。魔王は倒されたが、番の絆を失ってしまったラルフが街に戻って来た。
アンとラルフの恋の行方は……?
※全5話の短編です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる