平凡冒険者のスローライフ

上田なごむ

文字の大きさ
62 / 190
2-1 第二の故郷

第56話 淡い光

しおりを挟む

 昨夜の宴席では少しでも気を引こうとキノコをする行列が出来上がり、その様子にさすがのリーフルも困り顔を浮かべ、目の前に並び立つキノコもそこそこに結局はいつもの俺が与える肉を食べていた。

 リーフルが構われている様を遠巻きに観察していたのだが、俺の懸念とは裏腹に、エルフ族達はリーフルに対して特別に何かの役割を期待しているといった様子は無く、ただ単に『伝説の存在』を有難がっているといった感じだった。

 なので自分の中では今後はエルフ族とは距離を置こうとか、そういった結論には至らなかった。

 現状はそう納得した訳だが、森の守護者の伝説に関してはリーフルの人生──鳥生を想えば警戒せざるを得ない気持ちは拭えないままだろう。

 一夜明け、宴席の前にアメリアから話に聞いていた"マジックエノキ"の栽培の様子がとても気になるので広場で待ち合わせ、朝から早速見学させてもらう事にした。

「あなたも物好きね。キノコの栽培なんて見学しても、何も楽しい事はないんじゃない?」

「いやぁ、そんなことはないよ。昨日聞いたけど、"マッシュバット"だっけ? 動物が居ると聞いちゃ見学したいと思う流れは当たり前だと思うけど」

「やっぱり変わってるわ。ふふ、リーフルちゃんがあなたに懐いているのもわかる気がするわ」

「ホ」

 すっかりリーフルと仲良くなった様子のアメリアは、敬称も『様』から『ちゃん』へと変わり、リーフルも満更では無い雰囲気だ。

 アメリアの境遇に対して、何か少しでもアドバイスの参考になんて程度の考えではあったが、危険性の無い自然動物が居るとなれば俄然気になるので、むしろ見学する動機としてはそちらの方が勝ってしまう程だ。

 雑談しつつ村から離れようと歩いていていると、ふと樹上にある動物を発見した。

『ホッホ~ゥ、ホッホ~ゥ』

「お?──あ! メンフクロウか! あの子達は村に住んでるの?」

 今日まで何かと慌ただしい事象が続いたせいで今更ながらに気付いたのだが、村の礎となっている大樹の枝の所々に"メンフクロウ"が止まっているのを発見した。

「え? フクロウ? アプルフクロウの事かしら? ええ、あの子達はこの大樹を住処にしてる野生の子達よ」

(なるほど……アプルか。この世界だとそういう表現になるわけだ)

「へぇ~! 野生とは言え、触れ合う機会が多そうで羨ましいなぁ」

 メンフクロウの顔は、林檎を切った断面を正面から見たような顔つきをしていて、大きさはリーフルと同程度の中型で、そのユニークな顔つきから、一度見れば誰もが印象深い種類のフクロウだ。

 この世界の林檎の呼称はアプルなので、名前もそこから来ているのだろう。

「ホーホ! (ヤマト!)」

「ヤキモチ?──そんな事も無いか。心配しなくても俺の相棒はミミズクだけだからさ」
 
「ねぇ、気になっていたのよね。あなたはリーフルちゃんの言葉がわかるの?」

「なんとなくだけどね。動物や魔物の考えてる事が伝わってくるんだ」

「あなた……相棒なのは伊達じゃないのね」

「少しだけね」

 実際にはそれ程便利では無いし、詳しく説明するとややこしい事になるので、森の守護者の相棒という立場──異能で、エルフ族達には認識しておいてもらおうと思う。

 話をしながら村から土砂崩れの起きた洞窟とは反対方面に進んで行くと、そこにも小高い山があり、洞窟の入り口らしきものが見えて来た。

「少し暗いけど、パールモスが生えてるから松明なんかは大丈夫よ。むしろ火を焚いちゃうとマッシュバット達が逃げてしまうから気を付けてね」

「わかった」

 洞窟内に入ると、アメリアの言葉にあったパールモスと呼ばれる蛍光塗料に似た発光をしている苔のようなものが生えており、おっかなびっくり歩かずに済む程度には洞窟内が照らされていた。

 十メートルほど奥へ入ると、パールモスに照らされた白く輝くマジックエノキが栽培されている様子が広がっていた。

「はぇ~……すごいなぁ」

「ホ~……」

 パールモスの良い塩梅の照明の効果と密室という事も重なり、とてもキノコだとは思えない、まるで宝石が直に生えてきているかのような、少し奇妙でいてなんとも幻想的な惚れ惚れする光景が広がっている。
 
 マジックエノキの姿形は、地球でよく食卓に並ぶエノキ茸と瓜二つで、比べると五倍程大きい事以外に違いはほとんど見受けられない。

 だがこの世界のマジックエノキは、魔力を回復させる効能があるらしく、マジックポーションの材料となる、少々貴重な代物だ。

 サウドの相場で言えば普通のポーションの三~四倍、銀貨百枚程の値が付く高級品で、生産量をコントロール出来て特産品として扱えるのであれば、良い外貨収入になるのは確かだ。

 恐らくその事実──加工後のマジックポーションの相場をアメリアは知らないのだろう。

 街への卸は兄のラインが担当しているという話だったし、エルフ族の暮らしぶりの雰囲気から察するに、世俗的な話もあまりしないようなので知らなくても無理はない。

「こんなにいっぱい……貴重なのにすごいね。どうやってるの?」

「もちろん収穫は人力だけど、それまでの過程──そもそも栽培なんておこがましい事はしていないのよ。私がしているのはマッシュバット達のお世話係ってところかしら」

「というと?」

「ほら見て……」

 アメリアがマジックエノキの隙間を指差しながら呟く。
 
「あ、おぉ~……コウモリだ……」

 見るとマジックエノキの隙間を埋めるように、全身が白い毛並みのコウモリが五~六匹、身を寄せ合ってジッとしている。これが先程アメリアが言っていたマッシュバットなのだろう。

 一匹一匹は手の平に収まる程度の大きさで、小ぶりな豚鼻をしていて、白い豊富な毛並みをモフモフと豊富に纏っている。

 逆さ吊りになって不気味なイメージを振りまく地球のコウモリとは違い、まさに可愛らしいと表現するべき生き物が身を寄せ合って暮らしていた。

「可愛いでしょう? この子達がマジックエノキの繁殖には欠かせないの。私はこの子達が過ごしやすい環境を整えてあげる仕事をしているってわけなの」

「なるほど……例えば養蜂とかそういうイメージの仕事だったんだね」

「そうね~。でも私にも詳しい事はわからないのよね。ただ、マッシュバットこの子達が生活していると、何故かマジックエノキがすくすくと繁殖していくの」

「それに気付いたエルフ族の先代が栽培を始めたってこと?」

「そうなの。マッシュバットもキノコ自体も、湿度が必要らしくて、私は水を撒いて肌感で調整したり、果物を差し入れたり掃除したり……そんな感じね」

 蝶や蜂が花の受粉の手助けをするように、マッシュバット達の営みがマジックエノキの繁殖に影響しているといったところだろうか。

 『洞窟内で』というのが少々突飛な感じだが、実際にそれで繁殖しているのだから自然とは面白いものだ。

「知ってるかな? マジックエノキって、街の相場では結構高価で貴重品なんだ。加工したマジックポーションは銀貨百枚にもなるんだよ?」

「え、そうなの⁉ そういえばお金については考えた事が無かったわ……外との取引にしか使わないもの」

「アメリアのしている仕事は、ドグ村にとってかなりの経済効果を産んでるんだ。そう思えば、立派な仕事だと思わないかな?」

「でも大した事してないし……」

「う~ん、逆かも。少しの労力で大きいお金を産み出してるんだ。村の経営の観点から見れば、誇るべき事だよ」

「ホホーホ(ナカマ)」

「そうなのかしら?」

「うん。だって専任してるアメリアが、マジックエノキの栽培については村で一番詳しいよね? 持っていないもの──固有魔法をマイナスと捉えるか『私は私が一番のものを持ってる』と自信を持つか。考え方一つだと思うよ」

「……あなたってやっぱり変わってるわ。ふふ!」

「なんせ"森の守護者様の相棒"だからね」 「ホ」

「ありがと……うん、なんだか心の痞えつかが取れた気がするわ。これからはもっと楽しく働けそうよ!」

 アメリアを薄っすらと覆っていた影が消え、本来持つ美しい表情が見えた気がした。

 いや、パールモスの光の具合だろうか?

 どちらにせよ、可愛いマッシュバット達を拝めたので、俺としては大満足だ。
しおりを挟む
感想 237

あなたにおすすめの小説

『急所』を突いてドロップ率100%。魔物から奪ったSSRスキルと最強装備で、俺だけが規格外の冒険者になる

仙道
ファンタジー
 気がつくと、俺は森の中に立っていた。目の前には実体化した女神がいて、ここがステータスやスキルの存在する異世界だと告げてくる。女神は俺に特典として【鑑定】と、魔物の『ドロップ急所』が見える眼を与えて消えた。  この世界では、魔物は倒した際に稀にアイテムやスキルを落とす。俺の眼には、魔物の体に赤い光の点が見えた。そこを攻撃して倒せば、【鑑定】で表示されたレアアイテムが確実に手に入るのだ。  俺は実験のために、森でオークに襲われているエルフの少女を見つける。オークのドロップリストには『剛力の腕輪(攻撃力+500)』があった。俺はエルフを助けるというよりも、その腕輪が欲しくてオークの急所を剣で貫く。  オークは光となって消え、俺の手には強力な腕輪が残った。  腰を抜かしていたエルフの少女、リーナは俺の圧倒的な一撃と、伝説級の装備を平然と手に入れる姿を見て、俺に同行を申し出る。  俺は効率よく強くなるために、彼女を前衛の盾役として採用した。  こうして、欲しいドロップ品を狙って魔物を狩り続ける、俺の異世界冒険が始まる。 12/23 HOT男性向け1位

異世界に迷い込んだ盾職おっさんは『使えない』といわれ町ぐるみで追放されましたが、現在女の子の保護者になってます。

古嶺こいし
ファンタジー
異世界に神隠しに遭い、そのまま10年以上過ごした主人公、北城辰也はある日突然パーティーメンバーから『盾しか能がないおっさんは使えない』という理由で突然解雇されてしまう。勝手に冒険者資格も剥奪され、しかも家まで壊されて居場所を完全に失ってしまった。 頼りもない孤独な主人公はこれからどうしようと海辺で黄昏ていると、海に女の子が浮かんでいるのを発見する。 「うおおおおお!!??」 慌てて救助したことによって、北城辰也の物語が幕を開けたのだった。 基本出来上がり投稿となります!

スーパーの店長・結城偉介 〜異世界でスーパーの売れ残りを在庫処分〜

かの
ファンタジー
 世界一周旅行を夢見てコツコツ貯金してきたスーパーの店長、結城偉介32歳。  スーパーのバックヤードで、うたた寝をしていた偉介は、何故か異世界に転移してしまう。  偉介が転移したのは、スーパーでバイトするハル君こと、青柳ハル26歳が書いたファンタジー小説の世界の中。  スーパーの過剰商品(売れ残り)を捌きながら、微妙にズレた世界線で、偉介の異世界一周旅行が始まる!  冒険者じゃない! 勇者じゃない! 俺は商人だーーー! だからハル君、お願い! 俺を戦わせないでください!

中年オジが異世界で第二の人生をクラフトしてみた

Mr.Six
ファンタジー
 仕事に疲れ、酒に溺れた主人公……。フラフラとした足取りで橋を進むと足を滑らしてしまい、川にそのままドボン。気が付くとそこは、ゲームのように広大な大地が広がる世界だった。  訳も分からなかったが、視界に現れたゲームのようなステータス画面、そして、クエストと書かれた文章……。 「夢かもしれないし、有給消化だとおもって、この世界を楽しむか!」  そう開き直り、この世界を探求することに――

祝・定年退職!? 10歳からの異世界生活

空の雲
ファンタジー
中田 祐一郎(なかたゆういちろう)60歳。長年勤めた会社を退職。 最後の勤めを終え、通い慣れた電車で帰宅途中、突然の衝撃をうける。 ――気付けば、幼い子供の姿で見覚えのない森の中に…… どうすればいいのか困惑する中、冒険者バルトジャンと出会う。 顔はいかついが気のいいバルトジャンは、行き場のない子供――中田祐一郎(ユーチ)の保護を申し出る。 魔法や魔物の存在する、この世界の知識がないユーチは、迷いながらもその言葉に甘えることにした。 こうして始まったユーチの異世界生活は、愛用の腕時計から、なぜか地球の道具が取り出せたり、彼の使う魔法が他人とちょっと違っていたりと、出会った人たちを驚かせつつ、ゆっくり動き出す―― ※2月25日、書籍部分がレンタルになりました。

異世界転生したので森の中で静かに暮らしたい

ボナペティ鈴木
ファンタジー
異世界に転生することになったが勇者や賢者、チート能力なんて必要ない。 強靭な肉体さえあれば生きていくことができるはず。 ただただ森の中で静かに暮らしていきたい。

優の異世界ごはん日記

風待 結
ファンタジー
月森優はちょっと料理が得意な普通の高校生。 ある日、帰り道で謎の光に包まれて見知らぬ森に転移してしまう。 未知の世界で飢えと恐怖に直面した優は、弓使いの少女・リナと出会う。 彼女の導きで村へ向かう道中、優は「料理のスキル」がこの世界でも通用すると気づく。 モンスターの肉や珍しい食材を使い、異世界で新たな居場所を作る冒険が始まる。

若返ったオバさんは異世界でもうどん職人になりました

mabu
ファンタジー
聖女召喚に巻き込まれた普通のオバさんが無能なスキルと判断され追放されるが国から貰ったお金と隠されたスキルでお店を開き気ままにのんびりお気楽生活をしていくお話。 なるべく1日1話進めていたのですが仕事で不規則な時間になったり投稿も不規則になり週1や月1になるかもしれません。 不定期投稿になりますが宜しくお願いします🙇 感想、ご指摘もありがとうございます。 なるべく修正など対応していきたいと思っていますが皆様の広い心でスルーして頂きたくお願い致します。 読み進めて不快になる場合は履歴削除をして頂けると有り難いです。 お返事は何方様に対しても控えさせて頂きますのでご了承下さいます様、お願い致します。

処理中です...