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2-5 冒険者流遠足会

第87話 ベテランの奮迅 1

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 昼休憩を終え再び出発した定期便。
 御者のガリウスは『眠くなる』という理由から、しっかりと昼食をとる事は無く、傍で黙々と俺達を見守っていた。
 彼曰く、昼食を取らない代わりに、パンを片手に少しずつかじりながら馬車を運行するというのが独自の流儀らしい。

 一方相棒であるバルは、川で水分を補給したり、俺達に近付き優しく鼻を当て匂いを嗅いでみたりと、可愛らしい一面を見せていた。
 その反面、リラックスして砂浴びに転げている様子などは迫力があり、力強さと可愛らしさが同居する、まさに馬らしい様子が見て取れ、観光牧場で"ふれあい体験"でもしているかのような気分に浸る事が出来た。

 ガリウスの話を聞いてふと、とある食品の事を思い出す。

 独身生活の夕食など適当なもの。
 かく言う俺も『片手でサッと栄養補給!』なんて売り文句が想像される、所謂"栄養補助食品"だけを片手に、動画を見ながらペット達と戯れる、という過ごし方をする日もあった。
 侘びしい光景ではあるのだろうが、あれはあれで効率が良く、お菓子と食事が合わさった、現代的な一つの夕食の形だったと思う。

 
 これから立ち寄る小さな村は、宿場の役割を担っているらしく、今日はそこで一泊する予定だ。
 なんでも、小規模な村ながらサウド、センスバーチの両方から補助金が出ているらしく、立ち位置としては観光村というよりも、両街間の交通を手助けする為の公的機関といったものに近いだろうか。

 家を持たず、常に宿暮らしなので"外泊"という表現も可笑しいが、勝手知らぬ別の宿に泊まるというのは少し心躍るものだ。
 リーフルの止まり木は持参しているし、夜の寒さ対策に毛布の用意もある。
 これで"温泉"でもあれば文句無しに旅行気分なのだが、サウドにおいても公衆浴場は存在しないし、水浴びをするか、布で体を拭くのが一般的な世界なので望み薄だろう。

「これから峠を越える。傾斜に気をつけろ」
 ガリウスが注意を促す。

「はい」 「ホ~」
 立ち寄る予定の"ニコ村"には小高い山を一つ越える必要があり、どうやら峠に差し掛かるようだ。

 馬車が二台、窮屈にすれ違える程の幅に木が切り開かれた道が山の頂上に向かい伸びている。
 俺達が座する荷台もいよいよ平坦では無くなり、聞こえるバルの鼻息も荒くなる。

「そういえばビビットさんは、センスバーチよく行くっすか?」

「たまにさ。今回護衛を引き受けようとしてたのも、気分転換のついでだしねぇ」

「お声が掛からない日も珍しいでしょうし、戦闘ばかりだと疲れますよね」

「そうなんだよ。特にあたしの役回りったらタンク盾役だろう? 攻め手は成果無しってだけで済むけど、守る立場は責任重大だからねぇ」
 やれやれといった様子でそう語る。

「でも"レンタル"っすから、皆それは承知の上っすよね」

「それでもだよ。ロングの言う通り、冒険者としてはそこまで責任を負わなくていい。でもさ、怪我させたり、万が一があったら寝覚めが悪いだろう?」

 ビビットの話にはベテラン特有の余裕が垣間見える。
 というのも、俺のような下位の冒険者や新人等、未来を見据えた行動をする余裕の無い者達は、ギルド規定やその日の報酬といった、目先の事を考えるだけで精一杯だ。
 
 仮に新米のタンクが戦闘中に力及ばず他の冒険者に怪我をさせてしまったとする。
 怪我を負わせた責任を取る規定は存在しないし、自己責任の世界で、怪我を負った側が治療費を請求するという事もご法度だ。
 もちろん怪我を負わせてしまった事への反省や、良心の呵責はあるだろうが、自信の生活が懸っている以上、件の新米タンクは、平然と次のクエストへと向かう事だろう。

 ビビットの言う『寝覚めが悪い』とは、現在の守る対象だけでなく、未来の冒険者及びギルド全体の士気も鑑みているという事なのだろう。

「つくづく尊敬します。自分の事で精一杯の俺からすると、他人を守るなんてとんでもないですよ」

「そうっすねぇ。ビビットさんは最っす!」

「ホホーホ! (ナカマ!)」

「や、やめなあんたたち……」
 ビビットが少し頬を赤らめ照れた様子を見せる。

 世間話もそこそこに、後傾姿勢であった荷台が前傾姿勢へと移り変わるのを感じる。

「おっと、下りきったらニコ村だね。リーフルちゃん? 今晩はあたしが上等な赤身を用意してるから、楽しみにしてるんだよ~!」

「ホーホホ! (タベモノ!)」

「ほどほどでお願いします……」
 遠慮がちに、聞こえるかどうかの声量で話す。



「おぉ~、思ってたより小さいかも」 「ホ(イク)」
 
「着いたっすね~」
 山を越え峠を下り幾ばくか進むと、今日の目的地であるニコ村へと無事到着した。

 伺える村の様子は建物が凡そ十軒程と、少々寂しい景観だが、摩耗を感じない木製の柵に周囲を覆われ、立ち並ぶ建物自体も年季の入った外壁をしていない。
 規模で見ればサウドに遠く及ばないが、整備具合で比べると、ニコ村の方が遥かに新鮮な様相だ。

「よしよし……」
 ガリウスが手綱を引き指示を出す。

「ブルルッ!」
 宿屋と思しき建物の前でバルが歩みを止め馬車が停車する。

 荷台から降りる。

「お疲れ様です。ありがとうございました」 「ホホーホ(ナカマ)」

「ありがとうございます!」

「お疲れさん! 今日はここに一泊するよ!」

「バルもありがとなぁ」
 頭を撫でる。

「バルを繋いでおく。先に手続きを済ませておいてくれ」

「分かりました」



 チェックインを済ませ、村唯一の酒場へとやって来た俺達は、ラビトーの照り焼きやオムレツ、ジャガイモのスープ等思い思いに料理を注文し、今日の行程を振り返っていた。

 んぐんぐ──「……ホー!」
 注文した照り焼きには目もくれず、約束の上等な赤身を頬張るリーフル。

「……そうっす、自分がサウドに来る時に乗った馬車は、もっと揺れてた気がするっす」

「そりゃロング『静確のガリウス』だよ? そんじょそこらの御者と一緒にしちゃいけないさ」

「よせ。そんな高尚なものじゃない。バルが優秀なだけだ」

「バルとの絆が成せる業ですね」

「……ふっ」
 少し照れくさそうにガリウスがはにかむ。

「そういえばビビットさんは『真壁』っすけど、なんでなんすか?」

「あ、それ前にキャシーさんに聞いたことあるよ。昔、サウドに魔物の大群が押し寄せたことがあったらしいんだけど──」

「『裏門に押し寄せる魔物の大軍勢! 冒険者達は反撃に打って出るが、必死の抵抗も空しく扉がいよいよ崩壊……万事休すかと思われたその時!』」

「『勇猛果敢なビビットがその大盾でもって扉になり代わり立ち塞がる! まさに"真壁"たる所以! か弱き市民待つ街中には、一匹の侵入も許す事は無かったのであった!!』」

「──って、いつもの調子で話してくれた」
 この場に居ないにも関わらず、話の内容だけで、いかに大袈裟な振る舞いなのかが伝わるというのも大したものだ。

「へぇ~! なんだか物語の救世主みたいでかっこいいっす!」
 
「はぁ~……キャシーの奴、盛り過ぎだよ……ロング、真に受けるんじゃないよ」
 ビビットが頭を抱え、迷惑そうな表情をしている。

「でもビビットさんが皆に頼られてるのは間違いないっす! 『真壁』も納得っすね!」

「──いいや。ロング『真壁』は今日で終わりさ」

「?」

「あたしは今日から『最のビビット』と名乗る事にする!」

(あ、それってさっき……)

「え?? どうしてっすか? 『真壁』の方がかっこ──」

「──そ、そうですね! うん。そっちの方がより頼もしく聞こえま──」
 

「「「!!」」」
 ──打ち鳴らされる甲高い金属音。

 突如村の中心にある物見やぐらから、魔物の襲撃を知らせる警鐘が鳴り響く。
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