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3-1 浮上する黄昏れ

第106話 探偵ミミズクと平凡助手 6

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「ぐぐっ……こんな……これじゃ……」
 『神の力を宿す』という絡繰りの再現を終え、沸き立つこちらを恨めしそうに睨むグリフが何か呟いている。

「そ、そうかそうか~! いやぁ、お前の連れてきたヤマトさん言う御仁は凄い人やな」
 話す言葉こそ俺を称えるものだが、ラウスがグリフの肩に手を置き寄り添い、まるで彼を慰めでもしているかのようにそう話す。
 
「ふふ~ん! うちの目利きも大したもんやろ~?」
 
『確かにマリンちゃんの言う通りや』 『せやせや。見た目こそパッとせんけど、大したもんやな!』 

(ラウスさん……それにグリフの様子。やっぱり何か引っ掛かる……)

「ホーホ? (ヤマト?)」
 難しい顔付きをしてしまっていたのか、リーフルが顔をのぞかせ『どうかしたのか』と問いかけてくる。

「あ、ううん。何でも無いよ」


「いや~ほんま凄いなぁ! 田舎者の私らでは皆目見当も付かんような知識を持ってるんやな~」

「おばちゃんありがとうやで。おばちゃんがみんなを説得してくれんかったら、ヤマちゃんの話聞いてもらえへんかったわ」

「なぁヤマトはん、最後! あのガラスの奴はどないな仕掛けやったんや?!」
 すっかり食い入るように最前列で眺めていた男性が、次のネタを明かすよう催促してくる。

「はい。少しお待ちいただけますか──」
 手を水槽の中に入れまさぐる。

「これが最後にグリフさんが披露された置物です」
 ──透明のガラス製の置物をテーブルの上に取り出す。

『ああ! 置物が!?』 『無くなったんやなかったんかいな!』 『取り出す寸前まで見えへんかったで……』
 村人達が驚愕し、テーブルの上の置物をまじまじと見つめている。

「ヤマちゃんヤマちゃんっ。もしかして、同じ物持ってたん……?」
 俺がアイテムBOXの能力を発揮したのではと、マリンが小声で尋ねてくる。
 
「ううん、ちゃんと元から水槽内にあったよ。今から説明するね」

「これは光の屈折を利用した仕掛けでして。今も我々が浴びているこの陽の光。実はこの"光"にもある性質があります」

「光には透明な物を通過する際に『曲がる』という性質があるんですが、それを光の屈折と言います」

『なんやさっきからこの人の言う事難しくて……』 『そもそも光って……なんや? 考えた事も無かったで』 

「そしてその光の曲がり具合の事を表す言葉が屈折率と言うのですが、その屈折率が似通ったもの同士だと、光が進む際に曲がる事無く──」

「う~……ごめんヤマちゃん。うちもなんやよう理解でけへんわ……」
 さすがの聡明なマリンも頭を抱え呟いている。

「あ……そ、そうだね……」

(う~ん、これは如何ともし難い問題だよな……)
 科学的概念や義務教育によって基礎的な知識を享受出来得る環境。
 現代日本で生まれ育ち、その記憶をそのまま保持した形でこの世界に転移した俺だからこそ成せる発想な訳で、言わばをしているようなものなのだ。

 そもそも光がどういったものなのか、魔法でも魔導具でも無く、自然科学とは何なのか。
 そんな基礎的な概念を会得し得ない世界においては、根本的な、光そのものの説明からしなければ理解を得る事は難しいだろう。
 だがそのような講義を開ける専門的な知識も無ければ、"転移者"というずるによって抱える知識を披露するような行いも後ろめたさを覚える。
 ならば細かい言葉は脇にやり、目に見える事象だけを示して行けば納得してもらえるだろうか。


「えっと、この置物を半分だけ沈めてみます」
 置物の上部を掴み、下半分だけを水槽内の液体に浸す。

『おわっ! 下半分だけ消えてもた……』 『はえ~……一体どうなってんねや……』 『あれ? でもさっきと違って薄っすら見えてるで?』

「そうなんです。実は完全に消えてしまう訳では無くて、なっているだけなんです」

「先程グリフさんがこの現象を披露された際には、我々はもう少し離れて見ていましたよね? ご覧頂いている通り、見えると言っても極僅か、置物のうっすらとした輪郭だけです。なので距離がある場合、なおかつこの仕掛けを事前に知っていないと気付きようが無く、消えてしまったように見えるという訳なんです」

 恐らくグリフは幾度も検証を重ね、この透明なガラスの置物と同じ光の屈折率になるような液体を生み出したのだろう。
 薄っすらと緑がかったこの液体の中身については、本人がその成分について明かすより他に知る術は無いが、それにしても何と利口な人物なのだろうか。
 知的好奇心とでも言うものか、科学的な概念を会得している訳では無いだろうに、独学で様々な物事に気付きを得るとは、このグリフという男は相当に頭の柔軟な人物だと言える。

『な、なら、あの果物を取り出した仕掛けはなんなんや?』 『あれは最初水槽の中には無かったで?』

「はい。それもを利用した仕掛けでして──」
 水槽の底をまさぐる。
 
「果物を取り出した現象の仕掛けがこれです」
 ──指先で摘まみ上げ皆に見えるよう突き出す。

『『薄いガラス?』』

「何もない所から突然取り出したかのように見えたあの果物は、実は最初から水槽内に入っていたんです」

『どういう事や?』 『現に俺らジッと見てたけどなんも無かったで?』

「では液体が満ちていない、空の状態から再現してみます。皆さんは先程と同じ、少し離れた位置にお下がりください」
 
「これがグリフさんがこの水槽を取り出した、最初の状態です」
 水槽内の液体をすべて放出し、グリフが取り出した果物を底に置き、その上にガラスを被せる。

『ふむ、ガラスの下に果物……でも、ガラスも果物も見えてるで?』 『せやなぁ。この状態なら誰かしら気付いたはずやで』
 
「ええ、ですが、あの時グリフさんは水槽を取り出した後ほとんど間を空けず、なおかつ水差しに視線が行くよう上に掲げてから水槽内に液体を注ぎました」

『確か……そうやったかな?』 『注意深く見てた思うけどなぁ』 

「もちろん俺含め、皆さんも注意深く観察していたと思います。でもそれは、観察していたになっていただけなんです」

『つもり?』

「俺自身もこの相棒のリーフルに気を取られ、ガラスと果物を見逃していました。我々は皆揃って、上手い具合に視線を逸らされ、気付けなかったんです」
 視線の誘導は手品師が良く使う手で、如何に注意深く観察しているつもりでも、人間の習性やその疑ってかかっている状況等を逆に利用され、見ている者がまんまと騙されてしまう常套手段だ。
 グリフは手品師という訳では無いだろうが、やって見せた事はそれに良く似ている。

『なるほどなぁ』 『俺はしっかり見てたけどなぁ……』 『だからお前、それがヤマトさんの言うってやっちゃろ』

「ほんなら何でヤマちゃんはその仕掛けに気付いたん?」
 マリンが当然の疑問を口にする。

「ホーホホ(タベモノ)」
 リーフルが得意げに少し胸を張ってアピールしている。 

「そうだなリーフル。俺が気付けたのは、リーフルのおかげなんだ」

「リーフルちゃん??」

「リーフルは水槽が取り出されてすぐに『タベモノ』って呟いた。リーフルには最初から見えていたんだ」

「実は"樟脳"の存在に気付けたのもリーフルのおかげでね。最初はお腹が空いたのかな?って思ったんだけど、その後も必死に伝えてくれたから気付けたんだよ」

「ホ!」──バサッ
 リーフルが右翼を広げ褒められた事に喜んでいる。

 優れた視力を有する獣人族ならば初見で気付くことが出来るやもしれないが、動物達や獣人族程発達していない俺達人族の視力では、視線を誘導され、さらにはこの眩い快晴の下、透明の板と透明な果物に咄嗟に気付くのは至難の業だろう。
 樟脳を見抜いてくれた時もそうだが、やはりリーフルの鋭い眼力は頼りになる。
 
「なるほどなぁ! リーちゃんさすがやね~!」
 マリンがリーフルの頭を撫でる。

「ホーホホ(タベモノ)」
 褒められたリーフルは恐らくご褒美の飴玉を要求している。


「──どうや! ぜ~んぶこのヤマちゃんが理屈つけてくれたで! これでもまだ神の力がどうのって言うんか!?」
 マリンがグリフの前に堂々と立ち塞がる。

「ぐっ──し、しかし! 私にはまだもう一つ、神のが……!」
 肩を震わせ、苦虫を嚙み潰したような苦悶の表情を浮かべるグリフが、最後の抵抗とばかりに震える声色で訴えている。

「ふんっ、それもこのヤマちゃんが今から説明してくれる! 無駄な抵抗は辞めて、さっさとお縄についたらどうなんや!」

「で、でもマリン。あれはお前も見てたやろ? このグリフ君はしっかりと目の前におったのにも関わらず、納屋から火の手が上がったんやで?」
 まるでグリフを慮っているかのような態度で、ラウスが寄り添いながらそう話す。

「お父さん……その人がどないしたん! なんか変やで!」
 グリフに寄り添う父親の姿に、もの悲し気な表情でマリンが問いかけている。

「……」
 ラウスは押し黙っている。

(恐らくマリちゃんも違和感に気付いてる……)

「グリフさん、ラウスさん。ずっと気になっている事があるんですが、お答えいただけませんでしょうか?」
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