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3-2 その人の価値
第107話 目玉商品 4
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(棚ぼたとは言えこの瞬間……! こういう出会いがあるから冒険者を続けられてるって部分もあるよなぁ)
橙色がかった灰色の背中をそっと撫でる。
(確か『エサをやってたらそのまま懐かれて』ってラウスさん言ってたよな。という事はこの近辺に野生で生息してるって事だよな……)
こちらに近寄ってきてくれる様子──エサが目当てではあるが──は、見ていて本当に癒される。
(……一匹ぐらい連れて帰っても…………宿暮らしなんだよなぁ~)
恐らく好物なのだろう、アプルを切り分けていると、我先にとがっつき俺の手から奪い去ってゆく。
んぐんぐ──「ホッ……ホーホホ~(タベモノ)」
リーフルは食欲と俺の真似をしたい衝動の両面で格闘しているのか、一欠片飲み込んでは一欠片地面に落としと、いつもの定位置で忙しなく遊んでいる。
(カンガルーとの定義の違いに明確なものは無いんだっけ。確か中間のがワラルーで……)
翌早朝、薄っすらと潮風が霧と立ち込め、幻想的な空気に包まれるマリン宅の広い庭で、サウドへ帰還する前にどうしても済ませておかないといけない、俺にとって最重要と言ってもいい用事を済ませている。
待ちに待った、リトルガルル──"ワラビー"とのふれあいの時間だ。
(カンガルーは筋肉質で大きくて、可愛さとしては微妙だけど、ワラビーは小柄で愛らしくていい!)
アプルに夢中になっている隙にその愛らしい丸々としてなだらかな背を撫でる。
マリン宅の庭は、庭と言っても柵などは設けられておらず、遊具の無いシンプルな公園といった様相で、ワラビー達は自由に飛び跳ね歩き回り、のびやかで平穏な空間が広がっている。
どうやらここに居るワラビー達は正式なペットという訳では無いらしく、自然と居ついたこの子達に小屋を建てエサをやり、所謂放し飼いのような状態で半共生の暮らしを送っているのだそうだ。
(あれ? でも……そういえばワラビーってこんなに毛が長かったっけ……)
目の前のワラビーと思しき動物と、記憶にあるワラビーの姿とを比較してみると、体長は五十センチメートル程で腹部に育児嚢を持ち、控えめな可愛らしい前脚に、地面を力強く捉えられる幅の広い大きな後ろ脚と、長い尻尾を持っている。
観察したところ一見大きな違いは見当たらないが、何とも言えない違和感を覚える。
(そういえば全体のシルエットがずんぐりとしてるような──)
身をかがめ、下から煽るような角度で覗き込む。
『タベモノ』
小さな前脚でアプルを抱え、幸せそうな笑顔を見せている。
(──んん? もしかして、ワラビーはワラビーでも、"クアッカ"なのかな)
クアッカワラビーは『世界一幸せな動物』の愛称で知られる、同じワラビーの親戚のような動物のことだ。
何と言っても一番の特徴は、その愛称の所以である笑顔を見せているかのような表情に見える顔つきだろう。
クアッカは他のワラビーに比べ常に口角が上がっていて、そのシルエットも少し丸みを帯びている。
耳も控えめな大きさで丸く、まさに『愛嬌という概念が姿をもってこの世に顕現した』とでも表現できる、とんでもなく可愛い生き物だ。
(それにしたって毛が長いよなぁ──まつ毛も長めか?)
俺の記憶にあるワラビーの体毛の長さを毛足の短い絨毯程と例えるなら、庭に居つくこの子達は、長毛な犬種であるコリー程の長さの毛を纏っている。
(ふむ……まぁ異世界なんだし不思議もないか。クアッカって事にしとこう)
そもそも俺の推察が外れており、目の前のこの子達がクアッカでは無いという可能性や、クアッカに変わりは無いが、この世界において独自の進化を遂げた種類だという可能性も考えられる訳で、最初から正解などありはしないという事に気付く。
「ホーホホ~? (タベモノ) ホーホホー! (タベモノ!)」
アプルが行き渡り少し距離を取っているクアッカ達に対し、リーフルが小さなアプルを地面に放り『あげたよ?』と訴えかけている。
「うんうん。分かるぞ~リーフル」
得てして、所謂エサやり体験は差し出す側のエゴが優先しがちなイベントだ。
『他所の人にはあんなに集まってるのに』とか、食事姿可愛さに、動物達のペースを無視して押し付けようとしたりと、今のリーフルのように夢中になるがあまり、動物達と人間双方にとって、不満を抱いてしまう事もままある体験だ。
『タベモノ』
ちらほらとアプルを食べ終えたクアッカ達が、小さい体躯ながらその幅の広い後ろ足で地面を蹴り、二メートルはあろう距離を一足飛びに近寄って来た。
「ホーホ? (ヤマト?) ホーホホ(タベモノ)」
リーフルがアプルを催促している。
「昨夜は食べ過ぎだったし、もう最後ね」
リーフル用のアプルを一欠片手渡す。
「ホッ」──ス
(おぉ~! いやぁ……SNSに投稿すれば大人気間違いなしの絵だなこれは)
どういった心情なのか不明だが、リーフルがわざわざ一匹のクアッカの背に舞い降り、一緒になってアプルを食べている。
(それにしても……リトルガルルは動物で、以前聞いたマッスルガルルは魔物……)
未だ疑問に思う事の多い動物と魔物の境界。
ギルドで閲覧できる魔物達の情報が記載された図鑑には、この世界の人々が『動物だ』という認識を持つ生き物は掲載されていない。
そういったある種の公文書において明確に分けられているところを見ると、国が主導でその線引きの基準を定めていると考えるのが自然だろうか。
果たしてその基準は、俺達人間に対する脅威度でもって分けられるのか、はたまた、解剖学的な知見に基づく確固たる何かしらの要素が存在するのか。
地球からやってきた俺だからこそ浮かんでしまう疑問ではあるが、いつの日かこの謎の正体を解明してみたいものだ。
「──ヤマちゃ~ん? そろそろ行こ~?」
馬車の準備をしていたマリンが俺を呼んでいる。
(もうちょっと!──って訳にはいかないよなぁ)
「うん~! 今行くよ」
──ス「ホ? (イク?)」
リーフルが肩に戻る。
「うん。名残惜しいけどな~、仕方ないよなぁ~」
「ホホーホ? (ナカマ?)」
「リーフルも気に入った?」
「ホ」
「なら一匹連れて──!」
「……ってバカな事考えててもしょうがない。帰ろうか、リーフル」
「ホ~(イク)」
(いや待てよ……シシリーちゃんを説得出来れば案外飼えたりしないかな……?)
大いに後ろ髪をひかれながら、俺達は土産と共にサウドへと帰還した。
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