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3-2 その人の価値

第108話 後輩の後背

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 ハーベイから帰還し数日が経ったとある快晴の昼下がり。
 俺達は中央広場のベンチに腰掛け、素早い足取りで人々の足元を縫うように闊歩するセキレイを眺めながら、諸々の世間話に興じていた。

「どうだった? 変わり無さそう?」 「ホー? (テキ?)」

「そうっすね。今日は五匹退治したっすけど、いつも通りだと思います」

「地味な仕事クエストに不満とかはない?」

「そんなの全然無いっすよ! サウド──冒険者でいられるのは、ヤマトさんの教えのおかげっすから」
 曇りの無い朗らかな表情を浮かべ、熱心に提出用の羊皮紙に調査結果を纏めている。
 
 俺はこの世界において異質な存在──魔力が皆無だったり、根本から身体的に劣っていたり──ということもあり、生きる為に冒険者となってからは、なんとか手の届く範囲の地味なクエストをこなしている訳だが、"獣人"であるロングも同様な水準のクエストを率先して受注し、日々実績を積み上げているのだそうだ。

 ロングからは日頃相談や質問等を投げかけられる事が多く、それらについて真剣に応えてはいるが、俺などよりもベテラン勢にお伺いを立てる方が、より冒険者として大成できるのでは無いかと都度思う。
 ロングが高い向上心を持ち、決して安全な領域に甘んじていようとしている訳では無い事は、その仕事ぶりや会話などから明らかなのだが、ロングは今後をどう考えているのだろうか。


 ふいに"お守り"を異次元空間より取り出す。

「おぉ~! 綺麗に元の形に治ってるっすね!」

「リオンには感謝だね」

「ヤマトさんの弓も、自分の事も……やっぱりセンスバーチに帰ってみてよかったっす」
 恐らく同じ心境だろう。
 ロングの父であるミーロの、あの心底安堵した様子の笑顔を思い出し、俺も充足した気持ちが沸き上がる。


「……ロングは目標とかあるの?」

「目標っすか? う~ん……」
 腕を組み天を仰ぎ考え込んでいる。


「ん~、自分は今やっと冒険者として生活できるようになったばっかりっすから、なるべく"失敗"しない事が目標っすかね?」

「ふむ……」
 身体能力はもちろん、年齢や、清く素直な心根等、今後の伸びしろを考えれば、ロングは俺の比ではない程の成長が見込まれる優秀な青年だ。
 だが現状は俺と近しいスタンスで、ただ生活を続けていく事が目標だと言っている。
 ロングの将来を鑑みると、少しもったいなく思えてしまうような目標に見えるのは、俺の一方的な考えなのだろうか。

 
「──あ! そういえばあったっす、目標!」

「お! いいね、聞かせてよ」

「あの"ズボン"が欲しいっす!」

「ズボン……あぁ、最近ギルドで話題になってるやつ?」

「そうっす! ファイアーボールの一発ぐらいなら、蹴ってかき消せるぐらい丈夫らしいっすよ!」

「うんうん。それ俺も聞いたけど、ホントなのかなぁ。確か金貨二十枚だっけ?」

「"ハイウルフ"の毛皮っすからね~。高いのも納得っす」

「目標として具体的な金額が分かってるのはいいかもね。日々のやりくりも計画立てやすいし」

「毛皮、それだけ丈夫なら、リーフルちゃんの肩当にも良さそうじゃないっすか?」

「そうだね……──いやむしろ、リーフルに被せる頭巾として仕立てればより安全に……」

「ホーホホ? (タベモノ?)」

「んー……ローウルフはあんまり美味しくないけど、ハイウルフなら美味しいのかな?」

「リーフルちゃんダメっすよ。ハイウルフはベテランさん達も苦戦する、すっごく怖~い魔物っすから」
 そう言いながら両手を上げ、襲い掛かるかのようなポーズを取りリーフルに示している。

「ホ……(ニゲル)」
 リーフルが身を細め、枯れ枝の姿勢を取り恐れている。


 この中央広場から東区に伸びる道沿いに、主にスーツなど、儀礼用の少し高級な物を扱っている衣料品店がある。
 いつ頃からか、外から望むその店のショーウィンドウ内に、遠目に眺めても分かる程質の良さそうな、一本のズボンが飾られるようになった。
 誰が尋ねたのか、瞬く間にそのズボンの存在はギルド内で話題となり、今や俺達冒険者の間では、ある種の羨望を集めるアイテムとして有名となった代物だ。

 どうやらハイウルフの毛皮で仕立てられたもので、特に耐熱性に優れており、デザインも相応に格好良く、上位種の魔物を素材としているという事もあり値段も随分高価なもので、いつ、誰が颯爽と履きこなしギルドへ現れるのかと、一部の間では賭けに乗じている者もいるほどだ。

 耳にする頻度や、単純にあのズボンが格好の良い品物である事から、俺も注目している話題ではあるが、ロングが物欲を口にするとは意外だった。
 そういった物へは関心が薄いものと思っていたが、やはりロングも年相応にお洒落には関心があるということなのだろう。


「珍しいね? ロング、服とか美味しいものとか、あんまり何かを欲しがったりしないのに。よっぽど気に入ったんだ?」

「そうっす、一目惚れっす! ヤマトさん絶対似合うと思うっす!」

「そうだね、確かにかっこいいも──って、俺が似合う??」

「あれはヤマトさんが履くんです。一目見た時に自分の直感がそう言ったんす『これはお兄ちゃんが履くべきだ』って!」

「いや、気持ちは嬉しいけど、お金は自分の為に使って欲しいかなぁ」


「……前にヤマトさん言ってたっす『結果がどうであれ、それまでの過程は自分の糧になる。終わった瞬間より、頑張って進んでる間の方に、その人の価値はあるんだよ』って」

「だから、実際に自分がヤマトさんにズボンをプレゼント出来るかどうかは関係ないんです。自分がクエストを頑張る為の材料ってだけっす!」

「──あ、もちろん履いて欲しいのは欲しいっすけど!」

「……ロングには敵わないなぁ」 「ホホーホ(ナカマ)」

 自身の考えとは矛盾しているので、恐らく俺はそんな事は言っていない。
 ロングが語った話は、いつかの俺の話を、ロングなりに前向きに捉え噛み砕いた解釈なのだと思われる。

 この世界のように、魔物や武器など無くとも、習い事や部活動、受験に就職といった、現代においては大人に至る過程だけに絞っても、結果が全てを左右する競争は存在する。
 その過程が尊い事や、ないがしろにしたくない気持ちも当然持ってはいるが、ある程度距離のある他人からは結果で判断するしかない事も、人間の営みにおいての摂理だ。

 なので俺としては、冷めたく、苦い現実ではあるが『基本的に人間は結果が全てだ』という考えに変わりはない。
 だがロングは、恐らくそれを理解した上でなお、"人の情"というものを信じていると言っているのだ。
 
 そんなロングと接していると、憧れや羨望といった感情が俺の胸を締め付ける。
 自分が一度手放したもの──少しは欲張ってみたいとさえ思える。


「ロングはいつも俺のおかげって言ってくれるけど、俺もそうだよ。ありがとな」

「ホ」

「リーフルもそうだって言ってる」

「えぇ~、なんすか急に。まさか! 他にも自分に買って欲しい物があるんすか?!」

「おだててる訳じゃないよ。こっちの話」

「それより、そろそろ報告に行った方がいいんじゃない? キャシーさん心配性だし」

「それもそうっすね『ロング君、どこも怪我してない?』って、もう何回聞かれた事か……」

「はは、じゃあ夕飯時に宿うちに集合で」

「了解っす! 楽しみっすね~」

「ホーホホ! (タベモノ)」

 下位冒険者達の日常。
 派手な武勇伝や豪華な報酬などは介在しない、平凡そのものの昼下がり、その一幕であった。
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