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3-2 その人の価値
第109話 御膳会議 1-2
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シシリーが肉をフライパンに乗せ火にかける。
徐々にしみ出す肉汁が熱せられた鉄の上で軽快な音を立て跳ね回る。
肉に火が入るにつれ漂い出す匂いは肉感の弱い薄っすらとしたもので、牛や豚といった馴染みのある食材と比べ違和感を放っている。
「自分はちょっと苦手かもしれないっす……」
「そうね……少し生臭く感じるわ」
「ふむ……」
懸念していた通りと言ったところか。
やはり獣人の二人には少し癖が強く感じられるらしく、アリーチを確かめた二人の尻尾が萎れ渋い顔をしている。
「ホーホホ(タベモノ)」
「うん。今はこれでいい?」
ラビトーの串焼きを皿に取り出し、調理台の上で催促しているリーフルに差し出す。
「ホ」
「──とりあえずウェルダンに焼いてみたんだけど、どうかしら?」
食欲をそそるような焼き色のグリーンモールのステーキが綺麗に切り分けられ、大皿に盛り付けられる。
断面を見ると、説明通り中までしっかりと火が通り、纏う若干の肉汁が室内灯の明かりを照り返している。
「おぉ~」
「美味しそうっすね~!」
「お腹空いたわ!」
「私グリーンモールなんて初めてだけど……」
皆揃い一口頂いてみる。
「──あら? お肉なのに随分薄味なのね」
どうやらシシリーは肯定的な感想のようだ。
「「む……??」」
ロングとステラは肉に対する認識の落差からか、疑問に満ちた表情をしている。
「そうそう。"肉"と考えると物足りなさがあると思うんだけど、これはこれであっさりしてて美味しいと思うんだよね」
「そうね。肉……というより茹でた野菜を食べたような感じね~」
「ヤマトさんの言うフルコースのメインには少し物足りないような……サブっすね?」
「ロン君もそう思う? 私もこのお肉がメインだと、他の物が欲しくなっちゃうかも」
(む~……やっぱり侘びの感覚は難しいか……)
三人の反応を見るに、個人の嗜好というよりも、豆腐の味という繊細な旨味が理解できないといった様子だ。
ある程度心積もりはしていたが、やはりただ火を通すだけでは、ひとメニューとして成立しないようだ。
「これにアリーチをかけて、って思ってたんだけど、二人の感想を考慮するとそれは厳しそうだよね」
「シシリーさんは平気?」
ステラの問いに応え、シシリーがアリーチを嗅ぎ一舐めする──。
「──うん、私は好きかも。お魚の匂いが強いのは確かだけど、スープなんかに入れてもいいんじゃないかしら」
(焼き豆腐の醤油がけ……そうそう上手くはいかないか)
冒険者となり出先で自炊する事が増えたとはいえ料理の知識が不足している為、折角可能性のある食材を手にしているというのに、記憶にある食べ方をなぞる事しかできないのがもどかしい。
「出来ればアリーチはひと手間加えて欲しいっすね……」
「二人にとっては少しきついのね~。そうね、臭み……」
んぐんぐ──「ホッ……」
「ホーホホ? (タベモノ?)」
ラビトーの串焼きを平らげ、物足りないとアピールしている。
「ありゃ、もう食べちゃったか。でもまだ晩御飯増えそうだし、先に今日の分選んどくか」
ワイルドベリ、シディ、アプル、いつものフルーツを並べリーフルに選ばせる。
「ホ~……」
好物のフルーツ達を前に伏せのポーズを取り、真剣そうな表情で吟味している。
「リーフルちゃんは本当にお利口さんね! 村で飼ってるヤギちゃん達ならお構いなしに平らげちゃうわ」
「そんなダメだよステラ、普通のヤギ達と一緒にしちゃ。フルーツさえもしっかりと選び抜く……リーフルちゃんはグルメで賢いスーパーミミズクなんだから!」
「フルーツ……──そうだわ!」
何か閃いたのか、シシリーが戸棚を開け小瓶を取り出す。
「少し加えて……」
アリーチと何かを掛け合わせ、味を確認している。
「──うん! これならどうかしら」
シシリーが調合した物を差し出す。
「これは?」
「うちのメニューの一つに『豚肉のフルーツソースあえ』って言うのがあるんだけど、そのフルーツソースをアリーチに加えてみたの!」
「なるほど」
各々が指を浸し確認してみる──。
「──あ! 凄いっすよシシリーさん! アリーチの癖が少なくなってるっす!」
「ホントね、これなら気にならないわ!」
「うん、マイルドになったね」
アリーチ単体では若干の魚臭さが鼻を突き塩味が強く、人を選ぶ味わいであったのに対し、シシリーの閃きにより加えられたフルーツソースのおかげで魚臭さは緩和され、刺々しい塩味もマイルドに。
ほのかな甘みも感じられる、万人向けの調味料に昇華していた。
(醤油感は薄れちゃったけどこれはこれで……"ポン酢"に近い味かな)
「あくまでお試しだけどね。フルーツソース自体は好きなフルーツを使って作ればいいから、アリーチ用の組み合わせを考えてみるわ!」
「さすがシシリーちゃん、頼りになります」
「宿を切り盛りしてるだけの事はあるっす!」
「私にもお料理教えて欲しいわ!」
「ふふ」
笑顔で満足そうにはにかんでいる。
「おかげでアリーチは上手くいったけど、グリーンモールはどうかな?」
「そうね~……例えばシチューに入れたとして──負けちゃいそうね……」
「味が薄いってだけで、不味くは無いっすもんね?」
「お肉自体が出回ってない理由も分かる気がするわね~」
(ん~……魚なら煮つけなり刺身なり色々と──あ、刺身……?)
「シシリーちゃん、もう一回焼いてもらってもいいかな? 次はレアにお願い」
「レア? 分かったわ」
シシリーが再び肉を火にかける。
先程とは違い、肉はフライパンの上でほとんど時間をかけられる事が無く、表面だけに焼き色がつくように手短に返される。
「こんな感じかしら?」
シシリーが焼き上がった肉を切り分け盛り付けてくれる。
窺える断面は表層にだけ焼き色が付き、その厚みのほとんが火の通っていない生の状態だ。
「なんだかさっきよりも美味しそうに見えるっす」
「どうかな……」
皆で一斉に口に運ぶ。
「──うん! さっきよりもお肉の感じが増してるかも」
「そうね、焼き具合はこっちの方が合ってる気がするわ」
「自分もこっちの方が好きっす!」
「うん、美味しい……」
(……けど、う~ん……折角の豆腐感が……)
自ら焼いた時もそうだったが、ウェルダンが一番豆腐に近いものがあった。
レアに仕上げたこの状態は、肉としての旨味が濃く、より印象的で美味しく感じられるが、俺の求める御膳のイメージとは離れてしまった……。
「これにさっきのアリーチをかけて──」
シシリーが大皿の上のレアステーキに改良したアリーチを回しかける。
「──むむっ! すっごく合うっすよこれ!」
「わぁ! 美味しい!」
「うん! これならお客さん達にも出せるクオリティね」
「ホントだ。一風変わったステーキの完成だ」
改良されたフルーティでマイルドなアリーチが相まり、あっさりとした口当たりの中に控えめに主張する肉の味が光る。
皆の協力のおかげで、他所では味わえないオリジナルステーキが誕生した。
俺が思い描いていた豆腐料理とは違う結果となってしまったが、今やこの世界の事もホームだと感じている自身の心境を鑑みれば『豆腐の味がするステーキ』というのは、よい着地点だったのではとも思える。
そして何よりも、皆でこうして和気あいあいと何かを思案しているこの場に対し、喜びや高揚感といった想いも抱いている。
『グリーンモールのレアステーキ・特製アリーチを添えて』
名称を付けるとしたらそんなところだろうか。
御膳の完成に向け、幸先の良いスタートとなった。
んぐんぐ──「ホッ……」
「──あ! こらリーフル!」
メニューの完成に盛り上がる俺達を尻目に、リーフルは抜け目なくフルーツを全て平らげてしまっていた。
徐々にしみ出す肉汁が熱せられた鉄の上で軽快な音を立て跳ね回る。
肉に火が入るにつれ漂い出す匂いは肉感の弱い薄っすらとしたもので、牛や豚といった馴染みのある食材と比べ違和感を放っている。
「自分はちょっと苦手かもしれないっす……」
「そうね……少し生臭く感じるわ」
「ふむ……」
懸念していた通りと言ったところか。
やはり獣人の二人には少し癖が強く感じられるらしく、アリーチを確かめた二人の尻尾が萎れ渋い顔をしている。
「ホーホホ(タベモノ)」
「うん。今はこれでいい?」
ラビトーの串焼きを皿に取り出し、調理台の上で催促しているリーフルに差し出す。
「ホ」
「──とりあえずウェルダンに焼いてみたんだけど、どうかしら?」
食欲をそそるような焼き色のグリーンモールのステーキが綺麗に切り分けられ、大皿に盛り付けられる。
断面を見ると、説明通り中までしっかりと火が通り、纏う若干の肉汁が室内灯の明かりを照り返している。
「おぉ~」
「美味しそうっすね~!」
「お腹空いたわ!」
「私グリーンモールなんて初めてだけど……」
皆揃い一口頂いてみる。
「──あら? お肉なのに随分薄味なのね」
どうやらシシリーは肯定的な感想のようだ。
「「む……??」」
ロングとステラは肉に対する認識の落差からか、疑問に満ちた表情をしている。
「そうそう。"肉"と考えると物足りなさがあると思うんだけど、これはこれであっさりしてて美味しいと思うんだよね」
「そうね。肉……というより茹でた野菜を食べたような感じね~」
「ヤマトさんの言うフルコースのメインには少し物足りないような……サブっすね?」
「ロン君もそう思う? 私もこのお肉がメインだと、他の物が欲しくなっちゃうかも」
(む~……やっぱり侘びの感覚は難しいか……)
三人の反応を見るに、個人の嗜好というよりも、豆腐の味という繊細な旨味が理解できないといった様子だ。
ある程度心積もりはしていたが、やはりただ火を通すだけでは、ひとメニューとして成立しないようだ。
「これにアリーチをかけて、って思ってたんだけど、二人の感想を考慮するとそれは厳しそうだよね」
「シシリーさんは平気?」
ステラの問いに応え、シシリーがアリーチを嗅ぎ一舐めする──。
「──うん、私は好きかも。お魚の匂いが強いのは確かだけど、スープなんかに入れてもいいんじゃないかしら」
(焼き豆腐の醤油がけ……そうそう上手くはいかないか)
冒険者となり出先で自炊する事が増えたとはいえ料理の知識が不足している為、折角可能性のある食材を手にしているというのに、記憶にある食べ方をなぞる事しかできないのがもどかしい。
「出来ればアリーチはひと手間加えて欲しいっすね……」
「二人にとっては少しきついのね~。そうね、臭み……」
んぐんぐ──「ホッ……」
「ホーホホ? (タベモノ?)」
ラビトーの串焼きを平らげ、物足りないとアピールしている。
「ありゃ、もう食べちゃったか。でもまだ晩御飯増えそうだし、先に今日の分選んどくか」
ワイルドベリ、シディ、アプル、いつものフルーツを並べリーフルに選ばせる。
「ホ~……」
好物のフルーツ達を前に伏せのポーズを取り、真剣そうな表情で吟味している。
「リーフルちゃんは本当にお利口さんね! 村で飼ってるヤギちゃん達ならお構いなしに平らげちゃうわ」
「そんなダメだよステラ、普通のヤギ達と一緒にしちゃ。フルーツさえもしっかりと選び抜く……リーフルちゃんはグルメで賢いスーパーミミズクなんだから!」
「フルーツ……──そうだわ!」
何か閃いたのか、シシリーが戸棚を開け小瓶を取り出す。
「少し加えて……」
アリーチと何かを掛け合わせ、味を確認している。
「──うん! これならどうかしら」
シシリーが調合した物を差し出す。
「これは?」
「うちのメニューの一つに『豚肉のフルーツソースあえ』って言うのがあるんだけど、そのフルーツソースをアリーチに加えてみたの!」
「なるほど」
各々が指を浸し確認してみる──。
「──あ! 凄いっすよシシリーさん! アリーチの癖が少なくなってるっす!」
「ホントね、これなら気にならないわ!」
「うん、マイルドになったね」
アリーチ単体では若干の魚臭さが鼻を突き塩味が強く、人を選ぶ味わいであったのに対し、シシリーの閃きにより加えられたフルーツソースのおかげで魚臭さは緩和され、刺々しい塩味もマイルドに。
ほのかな甘みも感じられる、万人向けの調味料に昇華していた。
(醤油感は薄れちゃったけどこれはこれで……"ポン酢"に近い味かな)
「あくまでお試しだけどね。フルーツソース自体は好きなフルーツを使って作ればいいから、アリーチ用の組み合わせを考えてみるわ!」
「さすがシシリーちゃん、頼りになります」
「宿を切り盛りしてるだけの事はあるっす!」
「私にもお料理教えて欲しいわ!」
「ふふ」
笑顔で満足そうにはにかんでいる。
「おかげでアリーチは上手くいったけど、グリーンモールはどうかな?」
「そうね~……例えばシチューに入れたとして──負けちゃいそうね……」
「味が薄いってだけで、不味くは無いっすもんね?」
「お肉自体が出回ってない理由も分かる気がするわね~」
(ん~……魚なら煮つけなり刺身なり色々と──あ、刺身……?)
「シシリーちゃん、もう一回焼いてもらってもいいかな? 次はレアにお願い」
「レア? 分かったわ」
シシリーが再び肉を火にかける。
先程とは違い、肉はフライパンの上でほとんど時間をかけられる事が無く、表面だけに焼き色がつくように手短に返される。
「こんな感じかしら?」
シシリーが焼き上がった肉を切り分け盛り付けてくれる。
窺える断面は表層にだけ焼き色が付き、その厚みのほとんが火の通っていない生の状態だ。
「なんだかさっきよりも美味しそうに見えるっす」
「どうかな……」
皆で一斉に口に運ぶ。
「──うん! さっきよりもお肉の感じが増してるかも」
「そうね、焼き具合はこっちの方が合ってる気がするわ」
「自分もこっちの方が好きっす!」
「うん、美味しい……」
(……けど、う~ん……折角の豆腐感が……)
自ら焼いた時もそうだったが、ウェルダンが一番豆腐に近いものがあった。
レアに仕上げたこの状態は、肉としての旨味が濃く、より印象的で美味しく感じられるが、俺の求める御膳のイメージとは離れてしまった……。
「これにさっきのアリーチをかけて──」
シシリーが大皿の上のレアステーキに改良したアリーチを回しかける。
「──むむっ! すっごく合うっすよこれ!」
「わぁ! 美味しい!」
「うん! これならお客さん達にも出せるクオリティね」
「ホントだ。一風変わったステーキの完成だ」
改良されたフルーティでマイルドなアリーチが相まり、あっさりとした口当たりの中に控えめに主張する肉の味が光る。
皆の協力のおかげで、他所では味わえないオリジナルステーキが誕生した。
俺が思い描いていた豆腐料理とは違う結果となってしまったが、今やこの世界の事もホームだと感じている自身の心境を鑑みれば『豆腐の味がするステーキ』というのは、よい着地点だったのではとも思える。
そして何よりも、皆でこうして和気あいあいと何かを思案しているこの場に対し、喜びや高揚感といった想いも抱いている。
『グリーンモールのレアステーキ・特製アリーチを添えて』
名称を付けるとしたらそんなところだろうか。
御膳の完成に向け、幸先の良いスタートとなった。
んぐんぐ──「ホッ……」
「──あ! こらリーフル!」
メニューの完成に盛り上がる俺達を尻目に、リーフルは抜け目なくフルーツを全て平らげてしまっていた。
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