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第113話 虚飾を胸に 4

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 食後のアプルジュースとヨーグルトを脇に、簡素な足湯を体験しているティナをリーフルとバルが入れ替わり立ち替わり忙しなくもてなしている。

 やはり愛らしい動物達が秘める癒しの力は偉大だろう。
 ただそこに存在し眺めているだけでも気分が安らぎ、まして直に触れ合おうものなら、理屈などお構いなしに癒しを得られる。

 そんな微笑ましい姿を目にしていると、メインイベントを盛り立てる重要な要素である、背景美術の設置にもより励めるというものだ。

  縦横二メートル四方の大きさの板が二枚。それぞれには城下町と城の外観が描かれている。
 その背景の板を、客席から見て湖の景色を中心とし、左右に配置してゆく。
 簡易的な物ではあるが、今から披露する演劇の趣を補完する為に制作したものだ。


「不思……議。足……浸け……ポカ……ポカ……する」
 足先から昇る熱が心地良いのだろう。
 少し惚けた雰囲気で、キャシーに問いかけている。

「へぇ~そうなの?」

「う~ん……ヤマトさんって何かと目新しいものを考案なされるけれど、一体どこからそんなアイデアが湧いてくるのかしらね」
 その頼りない細足を労わるよう撫でながら疑問を浮かべている。

「お姉……ちゃんは、やった……こと、ない……の?」

「そうよ~。パートナーである私を差し置いて、ティナが人類初! の足湯を体験してるんだから」

「ちゃ~んとその有難みを感じるのよ」

(はは。キャシーさん、また大袈裟な事言ってる)
 薄っすらと届く朗らかなやり取りに、思わず笑みがこぼれる。

「いいのかしら……私までこんな贅沢を……」
 ティナと並び足を浸すジェニスが申し訳なさそうに呟く。

「ううん、逆に楽しんでくれなきゃ。御二人はそういう方々よ」


「ヤマトさ~ん、こっちは準備出来ました!」
 ロングが手を上げ呼んでいる。
 
「ああ、俺ももう終わったよ」
 

「じゃ、スタンバイしようか。ガリウスさん、よろしくお願いします」

「任せろ」

「リーフル~?」

「ホー(イク)」
 呼びかけに応えリーフルが肩へ舞い戻る。

「──ム! いよいよね」

「ティナ、ジェニスさん、楽しんでね」
 二人にそう告げると、台本を片手に簡易舞台の脇へと就く。

 キャシーの動きに合わせ、俺たちも背景裏に身を潜める。


「え~……コホン」
 ナレーションを担当するキャシーがわざとらしい咳ばらいを一つ。注目を集めるかのような振る舞いで雰囲気を盛り立てている。

『御臨席の皆様方。祝福の晴天の下、ご機嫌麗しく存じ上げます』

『さて、本日ご覧頂きます演目は脚本ヤマト氏、そして演出ロング氏による虚実ない交ぜの王道物語……』

『──いざ刮目せよッ‼』
 キャシーが打ち合わせにない大声を張り上げている。

(むぅ……キャシーさん張り切り過ぎだ。導入の雰囲気が……)


『緋き彩光の内に』
  
 タイトルコールと共に、俺は城下町の背景前に座り込む。


『ここは、持たざる者達が流れ着く名も無き暗澹たる路地裏』

『そんなくすんだ世界に二人。力を合わせ慎ましく生きる、ある兄弟が居た……』


「十足磨いてやっと一人分か……」

「ハァ……何度確かめたところで、変化など訪れはしないというのに。悲しい性だ……」
 うなだれた様子で座り込む姿勢で巾着袋の中を検め、出来る限りの悲壮感を演じる。

 キャシーのナレーションを皮切りにメインイベントの幕が上がる──。


 全くの門外漢で素人も素人の俺が書き起こす脚本では、いつかどこかで耳に、或いは目にした記憶を寄せ集めたような、継ぎはぎの物語が出来上がるだけだ。
 敬意を込めオマージュなどと言えば聞こえはいいが、それでは楽しみにしてくれていたティナに対する誠意が足りないと助言を乞うたのだが、果たして功を奏したのか、終幕を迎え彼女の反応を窺うより他に知る術はないだろう。

 俺が頼れる演劇に関して明るい人物といえばそう、センスバーチを拠点に俳優として実際に舞台上にも立つ、白美プリスティンの二つ名で知られる有名冒険者アイドル、エドワードだ。

 より良き物語へと至りたい一心に粗方書き上げた脚本と謝礼金を同封し手紙を送ったところ、数十枚にも及ぶ見事な改善、追加案と共に、舞台資材や煌びやかな装飾品、リーフルへのおやつ等々の、荷馬車の全てを占める程のが送り返されて来た。

『──大袈裟過ぎる程に演出してこそ観客の胸を打つに足り得る物語となる故、今回ばかりは思い切りに舵をとり、堂々たる態度を示すべきかと存じます。
 親愛なる我が心の友よ! 今回は傍に控える事あい叶わず非常に心苦しいが、どうか許してほしい。
 君の力となれる事、この僕を一番に頼りにしてくれた事。これほどの喜びは、満員の劇場で浴びる喝采以上の幸福だ!』

 と、あの決めポーズが書面から浮かび上がらんばかりの熱いメッセージを拝読した瞬間は、こちらも胸が高鳴り、唯々感謝の念が沸き上がって来た。
 しかし俺が同封した謝礼金をゆうに上回るであろう金銭的価値のものが送り返されて来た事に関しては、何ともいたたまれない申し訳なさも同時に覚えたものだ。


 今回この演劇を"メインイベント"と銘打っているその理由だが、それは偏に今日の主役であるティナの心からの望みであるからに他ならない。

 ただ外出する事はもちろん、まして演劇を鑑賞する為にセンスバーチまで赴く体力も経済的余裕も無い。
 そんな彼女の唯一ささやかな、だが明快な望みに寄り添える人材は、このサウドにおいては俺だけだと確信したからこそ、今日という日を担っている。

 そんな俺の望みに、明確な返事すら無いままさも当然といった様子でロングは応えてくれた。
 ロングの明るい性格で以て演出される台詞や話の流れなどは、何かと薄ら暗い展開を創造しがちな俺の脚本を鑑賞していて心地良く映るものへと改善し、愉快な娯楽感を引き上げる肝となってくれている。


 話の大筋としては"兄弟の絆"をテーマとした冒険もので、邪悪な存在からお姫様を救い上げるという至って単純な王道物語だ。
 とある事情から世間より隠れ細々と暮らす兄弟が、国のお姫様に侍る近衛兵の選考会に参加する、といったところから物語は始まる。
 力を認められ、見事近衛兵へと登用された兄弟を待ち受けるのは、魔の者の邪法によりミミズクの姿へと変貌する呪いをかけられてしまった姫君。


「ホゥ……」
 城の背景美術に据えられた足場にとまるお姫様扮するリーフルが、うなだれた呟きで悲壮感を演じている。

「あぁ……なんと不憫なものか。我が娘よ……」

「見ての通り、そなたらには我が娘をかような姿へと呪うた憎き魔の者、プルグロスの討伐を依頼したい。見事打ち倒せし暁には、望むがままの褒美を取らせようぞ」
 王様扮するガリウスが小道具の王笏を打ち下ろし、威厳の籠る演技を披露する。


『近衛兵の選考会とは建前上の催物……その実、王はプルグロスに対抗しうる強者を求めていたのであったッ!』 
 興が乗るキャシーが普段の何倍もの大仰な語り口で進行している。

 
 ロングとは別に、協力者として真っ先に思い浮かんだ人材のガリウスにも感謝の念は尽きない。
 俺が信じている"動物が秘める癒しの力"というものに、同じくバルを相棒に抱く彼もまた想い及んでいるようで、二つ返事に協力してくれる運びとなったのだ。

 王やその他端役など演劇における役回りは勿論のこと、この場への移動手段やバルが魅せる愛嬌無くしては、接待を受けている立場上少し引け目もあろうティナにとって、ここまでリラックスした状態でこの場を楽しむ事は困難だっただろう。
 そしてバルにも演劇における派手な出代は用意されている。

 
「フハハハ! 貴様ら如き矮小なる存在に、この私を傷つける事など出来はしないッ!」
 キャシーが代弁する台詞に合わせ、プルグロスの姿を模した張りぼてを背負うバルが、兄弟──俺とロングの前に立ち塞がる。

「な、なんて禍々しく冷淡な邪気なんだ……」
 弟扮するロングが前面に構えるロングソードを鈍らせ怯む。

「気圧されるな弟よ! 奴は所詮、正面を切り想い人へ向き合う事の出来ぬ臆病者」

「信じるのだ。我らには姫様の寵愛という名の加護が宿っている。決して後れは取らぬッ!」
 ロングの肩を掴み発破をかける。


『変貌の呪いを振りまくだけでは飽き足らず、しびれを切らし姫を自らの領域である湖へと連れ去った魔の者プルグロス』

『その鬱屈した身勝手極まりない恋慕の念が周囲を圧倒するオーラとなり顕現。その身を強固に包み、相対する兄弟に牙を剥く』

 湖を背景とした舞台の中心で、ティナたちにも理解しやすいよう緩慢で大仰な動きの殺陣が始まる──。


「クッ……何故だ、何故剣が届かない……!」
 ロングが悲痛の叫びを上げると共に膝をつく。

『日陰に生きその力をひた隠していただけに過ぎず。国内広しと言えど、兄弟に比肩する者は無し』

『それほどの剣技を宿す二人をもってしても、プルグロスが纏う邪気の守りを斬り払う事は叶わない』

『持てる力も残り僅か……万策尽きたかと思われたその時‼』

『突如囚われの姫がその美しき翡翠の翼を広げ、兄弟を鼓舞するかのような叫びを上げる!』

「ホーホ! (ヤマト!)」──バサッ

 リーフルが声を上げると同時に、俺の握るロングソードの刀身が青白い光を帯びる。

「おお……‼ もしやこれは姫様の──!」
 神力で輝く剣を天へ掲げ、この物語一番の見せ場を演じる。


「すご……剣……が、光……た」
 ティナが目を丸くして驚いている。


「クッ──ウゥッ!……な、なんだその光はッッ!」
 キャシーが熱演する台詞に合わせバルがひざを折り、あたかもプルグロスが怯んでいるかのような表現を魅せている。

「兄さん……これなら‼」
 ロングが俺の握る手に手を重ね合わせ、プルグロスを鋭く見据える。

「ああ! この一撃で決めるッ‼」

「「ハアアアーーッッ‼」」
 幾分興が削がれる演出にはなってしまうが念には念を入れ、放たれる斬撃の軌道を考慮しほぼ真上に向かい二人で剣を薙ぎ払う。


「そ、そんな……我が鉄壁の守りがァァ……!」
 会心の台詞に合わせバルが横たわる。

「お、覚えていろ……今はこの身朽ちるとも……我が愛しの姫へ……尊き……必ずや……復……」
 

「やった……お母……さん。二人……勝った……よ!」
 ジェニスと手を取り合い、満面の笑みを向けてくれている。

「そうね! カッコよかったわね!」
 ジェニスも晴れやかな表情を浮かべ、ティナに微笑みかけている。


『その身全てを賭し、決して屈することの無い兄弟に呼応するかのように、聖なる力を発現させた姫の奇跡により、辛くもプルグロスを討伐せしめた二人』

『纏わりつくような呪詛の言を残し霧散する肉体と共に、周囲に漂う邪気が晴れ渡る。すると、ミミズクの玉体が光に包まれ──』

 
「──よし! クライマックスよ!」
 ナレーションを終えたキャシーがティナの下へと歩み寄る。

「え……お姉……ちゃん?」
 突如起きる流れの停滞に困惑した様子でうろたえている。

 
「おぉ……! なんと綺麗で艶やかな緋の御髪だろうか……!」

「この瞬間を夢見ておりました……我らが姫よ、麗しきお声をお聞かせください!」
 同時に俺達もティナの下へと歩み寄り膝をつき、台詞を投げかける。

「──え、えッ……ど、どういう……こと」

「『プルグロスにかけられた呪いは晴れ、麗しの姫君は人間の姿を取り戻した!』よ。 ふふ」
 キャシーがティナの手を取り目くばせしている。

「ティナちゃんはお姫様の役だからね。舞台に上がってこれを読んでくれるかな」
 台詞を記した羊皮紙を手渡し、舞台上へと誘う。

「わ、わた……し……お芝居……なんて」

「大丈夫っす! ゆっくりでいいっすから、ちょっとだけ協力して欲しいっす!」
 ロングが小道具のティアラをそっと頭に被せ、親指を立てて促す。

「う、うん……」
 ティナがキャシーに脇を支えられながら、戸惑いながらも舞台上の椅子へと移動する。


「あの……わたし……どう……すれば」

「うん。ここからよ」
 脇に控えるキャシーが羊皮紙を指差しサポートを始める。

「えっと……」

 
「よく……ぞ、プル……グロスを、打ち……倒して、くれ……ました」

「本当……に、感謝……します」
 未だ戸惑いの色は濃いままではあるが、キャシーの示す台詞を読み上げてくれている。

「まこと勿体無き御言葉。その一言だけで、我ら兄弟は天にも昇る至上の喜びにございます」
 ロングが演ずる台詞と共に、ティナの目の前に膝をつき頭を垂れる。

「──なんと‼ 我が娘が生来の姿に……!」
 王様扮するガリウスが登場。ティナの脇に付き感嘆の演技を披露する。

「此度の顛末、これぞ正しく古の寓話に語られし二人の王子そのものであるな」

「そなたらの雄々しき功績には感謝の言葉もない。さあ、望むままの褒美を取らせよう!」

「陛下……も、仰……た……通り、望む……ままの……御礼を。さあ、何を……望まれ……ますか?」

「ハッ! 姫様を御救いするという使命はどうにか全うする事が出来ました故、本来であればここでお別れとなりましょう」

「しかし我が弟は、これよりも姫様にお仕えしたく、近衛兵としての人生を望んでおります!」

「どうか幾久しくその身が朽ち果てる瞬間まで、御傍に侍るお許しを頂きたく志望致します!」
 さらに一歩前進し、弟の事を願う様を演じる。

「兄さん……」

「ふむ……己の手柄など二の次。弟の幸せを最優先とする、なんと大器な男であろうか……!」

「あぁ、我が娘よ。次期国王たる孫子、その父親の選定は、とかく難航を極める事であろうな。ハッハッハッ!」
 ガリウスがティナの肩に手を置き、先行きの明度を表現する豪快な笑いを上げる。 

「まぁ……お父……様……たら」
 

『かくして! 魔の者プルグロスを見事打ち倒し、姫君を呪いより救い出した兄弟は、近衛兵として王家の安寧秩序を守りながら、次なる試練へと身を投じていくのであった‼』

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