どうして僕を愛おしいという目でみるのですか

くまだった

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 ドタドタと乱暴に階段の上る音や、大声、剣と剣が交じり合う音、ドアが乱暴に開けられたことさえ遠い意識の彼方だった。


※※


 目が覚めた時、僕は丸太で壁や天井が作られた小さな家にいた。小さいといっても僕のいた屋根裏よりは広い。この部屋は台所もテーブルもあり一つの部屋の中に生活の全てが入っていた。縦長のテーブルにはたくさんの椅子があった。
 眼鏡をかけた優しそうなおばあさんが「おや、目が覚めたかい?」そういって声を掛けてきた。

 おばあさんが気の毒そうに言うには、貴族が何かを不正をしたのがばれて、屋敷に監査が入ったそうだ。その時に屋根裏で死にかけている僕が発見されたらしい。

 僕は身寄りのない虐待されている子供として、この孤児院で過ごすことになったとのことだ。
 おばあさんは孤児院の先生で、まさか僕が侯爵の子供とは思っていないようだ。
 「こんな小さい子に折檻なのか閉じ込めて食事も与えないなんてひどい話だよ」と言って怒っている。
 髪と瞳の色が両親と違うことから、僕は貴族の子なのに名前がなく、出生届さえ出されていなかった。
 だれも僕が侯爵家の子供だとは気が付かないようだ。

 僕も侯爵家の子供だとは言わなかった。なんて言えばわからなかったし、僕も長い間閉じ込められていたため、うまく話せなかったのもあった。それに本当に彼らが両親なのか僕もわからなくなっていた。
 どこかに僕の本当の両親がいるかもしれないと思いたかった。取り替えられたから、僕は彼らに嫌われても仕方がないんだって考えることもあった。

 孤児院は屋根裏部屋にいるよりも良かった。開放感にあふれ、部屋から自由に出れるのがよい。建物の外にも出れるんだ。同じ孤児の仲間たちと一緒に遊んだり、食事作りや薪集めなんかを手伝っていた。

 表情が乏しく、上手く話せない僕を孤児院の先生はよく解ってくれて、決して怒鳴ったりもされなかった。何度か失敗したときに、怒られる! 怒鳴られる! 蹴られる! と目をぎゅっと閉じたけど何もなかった。

 震えている僕を見て、そんなとき孤児院の先生は悲しそうな顔をしたけど、すぐに笑って僕の頭を撫でてくれた。
 「ばかな子だよ、ティノは。さあ早くごはんをお食べ」

 先生は僕に”二番目の月”という意味の「ティノ」と名付けてくれた。二番目の月は黒くて、見えないんだ。存在するのに見えない月。たぶん僕の髪や瞳が黒いからそう名付けたんだと思う。
 先生は気の利いた名前と思っている口ぶりだったけど、この黒い髪と目とは関係ない名前を付けてほしかった。存在するのに見えない月なんて、あの屋敷での僕みたいで、好きじゃなかった。





 隣国のカーディナルとこのハイランド国では長い間、戦争をしていた。
 この孤児院も戦争孤児たちが増えてきていた。大部屋で雑魚寝をしていたけど、それでも布団も食料も足りなかった。小さな子供たちが夜泣きをするからよく世話をしていた。

 僕も兵役に出た方がいいのだろうか。なんの学もなく、手に職もない僕にはなれるものがほとんどなかった。いつまでも孤児院にいるわけにはいかない。兵士になれば食べるものと住む所は保証してくれるだろう。それだけでもありがたい。

 三年ほど孤児院で過ごし、僕はそんな理由で兵士になった。孤児院にいた時から、髪は短く刈って常にフードか帽子を被るようにしていた。

 目深に帽子を被れば、目の色も見えにくい。
 
 最初は食料を届ける駐屯地で働いていた。長い戦争に疲弊した兵団は、新入りの髪の色や瞳の色なんかは気にならないようだった。前線で戦っている兵士たちに食料を届ければ、それだけで喜ばれた。
 敵の目を搔い潜って、戦地に食料や物資を届けるのは厳しかったが、食べ物の大切さを誰よりもわかっている僕は必ず食料を届けた。

 だんだん必ず食料や物資を届ける僕の評判が良くなって、僕が食料を届けた兵団は勝利するとか、くだらない話がでてくるようになった。

 嫌われるより良いように言われる方がいいに決まっているが、慣れない賛辞の言葉が僕は怖かった。いつかその言葉が裏返しになるのではないか、今、僕を勝利の女神のように言っている兵士たちも、僕の髪色と瞳を見れば不吉な象徴として僕を吊るし上げるかもしれない。
 ひとたび負ければそれは全て僕のせいになるんだろう。
 僕の生い立ちが僕に不信感を植え付けていた。
 両親にさえ愛されていない僕が一体だれに愛されるというのだ。

 だんだん食料を運ぶだけでなく、すばしっこく戦地から戦地へ移動する足を買われて、斥侯の仕事を頼まれるようになってきた。

 そうして隠れている敵の兵団を見つけたり、動きを報告しているうちに完全に戦略に組み込まれるようになってきた。人手がどこも足りないのだ。

 金髪で碧眼のクラビス将校は勇猛で容赦なく敵を葬り、敵陣に猛攻して功を立てていた。若手で武功で有名な伯爵家の嫡男だそうだ。段々クラビス将校に直接報告をすることが増え、その内直属の部下になり、その後ろに立つことが増えてきた。

 剣は戦場を駆け回っている間に使えるようになっていた。実践で鍛えた剣なので、剣筋がきれいとか何もない。自分が死なないために、人を殺すために振り回しているうちに覚えた。

 いつか戦闘中に僕のフードがずれて伸びた髪色と目を見られたが、クラビス将校は何も言わなかった。
 敵陣との攻防が激しくそれどころではなかったのもあるだろうが、その戦闘の後も何も言わなかった。
 だから僕は、黒髪黒目でも、僕と言う人間が、僕自身が認められたんだと思うようになっていた。

 休憩中の兵士たちがクラビス将校の噂をしていた。クラビス将校はノルディス侯爵家の公女の婚約者らしい。最初ノルディス侯爵家と言われても何も思い出さなかった。
 ずっと日にちが立ってからある日突然、それが僕のいた家のことだと気づいたんだ。何かで取り締まられたと聞いたけど、なんやかんや立ち直っているんだろう。
 貴族なんてそんなものだ。公女というのはあの時生まれた僕の妹のことだろうか。それともあれから更に家族が増えたんだろうか。

 僕という存在はノルディス家にはなかったことになっているから、なんの関係もない話だ。今後もノルディス家に行くこともなければ、会うこともないだろう。会ってもお互いにわからないだろう。

 ただ僕がノルディス侯爵家で忌み嫌われていたことをクラビス将校に知られたくないと思った。

 戦場では、一人一人が頼りにされる。だから僕は戦場が好きだった。こんな僕でも重宝される。
 クラビス将校は僕が平民で孤児院育ちでも馬鹿にするようなことを言わないし、威圧的な態度をとることもなかった。

 その影響かクラビス隊の中では、いつの間にか伸びた僕の黒髪を冗談で引っ張ることもあったけど、不吉だからどこかに行け、お前のせいで負けたとも言われなかった。幸いなことにずっとクラビス隊は勝ち続けていた。

 ある日激しい戦火に、僕とクラビス将校を含む何人が敵陣に取り残された。
 撤退のために前日の雨で増水し激しい濁流の川辺で、小さな船に隊員たちが乗り込んでいく。僕は次々と先輩たちの体を押して船に乗りこむのを手伝っていた。最後に自分が乗り込もうとしたが、先輩兵に胸を押されて後ろにひっくり返った。川の水が僕の体を容赦なく飲み込もうとする。

 「お前は乗るな! この不吉な奴め」
 先輩兵に大声で怒鳴られる。
 船の先頭近くにクラビス将校が乗っていた。大雨と風に煽られて兵士をぎっしり乗せた船は揺れる。
 大粒の雨が顔に強くあたる。先頭で立っているクラビス将校と僕と目が合った。クラビス将校は目を逸らした。
 「早く船をだせ」よく響くクラビス将校の低い大声が聞こえてきて、船は僕を置いて去っていった。
 僕は追いかけようと手を伸ばすが、船足は早く、川の水はますます増水し足を取られて、僕は溺れた。

 敵兵が溺れている僕を見つけ土手に引っ張り上げると大勢の敵兵が僕を囲んできた。逃げられないように全方位からたくさんの槍が僕の頭上で重なった。





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