どうして僕を愛おしいという目でみるのですか

くまだった

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 ティノはおれが善良で親切で優しいという。

 それはティノに対してだけで、ほかの人間には社交の範囲では親切にするが、ただそれだけだ。

 おれがあくまで優しくしたいのも、善良なのも、親切でありたいのはティノにだけだ。

 我が国の歴史ある大聖堂を破壊し、自分のけがや多くの国民が負傷したことよりも、ティノを誘拐して拷問し、戦争に負けた責任をティノのせいにして処刑しようとしたハイランドのことが許せない。

 ティノを拷問した官吏は生きててもしかたがない。ティノに石を投げて暴言を吐いたハラインド国民も殺されてもしかたがないよね。そう思ってしまうんだ。ティノの母国が地図から消えて、ティノの生家が潰れても抹消されても、まだ悔しくて憤りが体を貫く。

 ティノがあんな風に人柱になったのは、ティノが生きていることを知った家族である侯爵がティノが不吉で不幸で呼ぶ存在だから、国民の不満不平をすべてをティノの責任にしたらいいと、国王に耳打ちをしたことが始まりだという。汚職の不祥事をティノを人柱として差し出すことで帳消しにしたらしい。


 カーディナルの我が家に戻ったティノは何日も長い間目を覚まさなかった。ひどい拷問で憔悴しきった体。元々細かったティノがおれと暮らすことでやっとふっくらしてきたのに、また更に、皮と骨だけになっていた。
 許せない。1本1本爪が剥がされた指や、刺された痕、切られた痕、背中や体中に残る鞭の痕や、痣や切り傷。

 どれほど痛かっただろうかと、やりきれない思いで涙が流れていく中、治療をする。
 元々小さな細い体は傷だらけで、ティノは恥ずかしいと笑っていたけど、それ以上に心の傷が残るだろう。

 おれの涙でティノが濡れるのをなんとか拭きながら処置を終える。広範囲すぎて、時間もかかる。その間ティノが寒くならないよう布をかける。

 一体、無実の罪の者をどうしてここまですることができるのだろうか。

 ティノはおれは善良で親切で優しい人間だと思っている。

 だけどそれはティノが幸せに笑っているときだけなんだよ。

 ティノを傷つける者がいたら、おれは鬼でも悪魔にでもなれるんだよ。

 だからティノ、ティノの生まれた国が無くなっても気にしないでね。ティノの家族がいなくなっても、おれがずっとティノを大切にするから。


 ティノ、ティノ愛しているんだよ。
 おれの瞳が腕がティノに向けて愛を囁く。

 大切な大切な……。




※※



 
 僕が救出されてから1年ほど経った。自分の療養に精一杯で、いつの間にか母国がなくなっているのも知らなかった。

 カーディナル国の象徴である大聖堂を爆破したことにより報復され、二度の敗戦により名ばかりのハイランド王家は取り潰され、王国は消滅した。その時に貴族だったものは全て流刑地に行くか、大聖堂爆破に関わったものは全て処刑されたという。

 ハイランド王国はなくなったけど、カーディナルの国民となった民の暮らしは以前よりよくなったという。
 誰もが平和に暮らせるならば、それでいいと思う。

 誰もがお腹をすかせなくて、家族が離れ離れにならないようなそんな暮らしができればいいと思う。


※※



 新しく建立された大聖堂で、この国の主神であるカーディナル神の絵を初めて見た。

 カーディナル神は人間から神になったと言われ、その姿は普段は秘匿されている。僕が幼いころに見た聖書の母と子の姿は、カーディナル神の生まれた時の姿だという。

 主に子を慈しむ母の姿に焦点が置かれていて、生まれた赤子の顔はくるまれた布に隠されていたからわからなかった。この国で最も神聖とされるカーディナル神の髪と目は黒かった。
 
 その姿は見ることは叶わなくても、カーディナル神の目と髪は黒いことは、街の子供で知っていることらしい。

 ハイランド国で、黒目黒髪が不吉だ、不幸を呼ぶと言い伝えられていたのは、隣国との軋轢からだろうか。カーディナル神の目と髪の色から来ているのだろうか。

 それとも予言でもあったのだろうか。黒髪の黒目の人間がハイランド国を滅ぼすと。本当にハイランド国は滅んだのだから、予言であれば当たったとも言える。


 少し歩いて庭に出ても、体が痛まなくなった頃、ベンが僕に改めてプロポーズをしてきた。

 僕のために作ったという花に溢れた庭で、いつもより華やかで、可愛い飾りつけがされたテーブル。
 植え込まれた花以上に花が飾られていたから、今日何か特別なことがあるっていうのは丸わかりだ。

 朝から侍女や執事、料理人達もソワソワしていたし、見えてなかったけど、庭師が一番忙しかったかもしれない。

 なんだかみんなが何かを準備をしているのはわかったけど、僕だけ知らなくて何となく疎外感を感じて寂しかった。
 もともと婚約もしようとしていたから、プロポーズ自体は意外なことではない。

 あのハイランドでの出来事以来、僕の指の爪は潰れていたり、小指は曲がったままだった。体中の皮膚も傷だらけだ。ベンは僕にどれだけ傷があっても、指が曲がっていても気にしない事はわかっている。

 僕といたら、ベンがまた不幸になるかもしれない。
 だけど、一度、死に別れになりそうだったから、後悔したから……
 もう後悔はしたくない。

 自分に正直でありたい。ベンにもらった幸せの分、僕もベンを幸せにしたい。
 

 「ティノ、僕の月、ずっと愛していた。ずっとそばにいたいんだ。君のいない夜なんて、もう考えられない。ティノ、おれの幸せのためにおれと結婚してください」

 ずっと俺がティノを幸せにするって言い続けていたのに、こんな時だけずるい。僕がいないと、ベンが幸せにならないみたいに言うなんて。

 だけど、何回も口酸っぱく言われてるからわかっている。僕もベンも互いに依存するかのように、お互いを求め合っている。
 僕がいないと幸せにならないって言われて、僕は喜んでいる。

 「おれを幸せにしてくれティノ」
 「仕方がないなぁなんて返事でもいいの?」
 「望むところだ」
 「僕といても、子供ができないよ」
 「子供が欲しいから、ティノと結婚するんじゃない。ティノと一緒に幸せになりたいから、ティノと結婚したいんだ」
 「……」
 あの日以来乾ききった瞳から、スルスルと涙がこぼれ落ちていく。

 べンがいつか僕にプロポーズすることもわかっていたし、僕を好きだ愛してるっていうのも毎日言われているからわかっていた。

 どうしてそんなに愛してくれるのかわからない。

 どうして僕を愛しているっていう目でみてくるのかわからない。

 両親にも愛されなかった、ちっとも取るに足らないみすぼらしい子供だった僕を、どうして愛おしいって目で見て、優しく微笑んでくれるの?

 僕を抱きしめながら、僕のいつもの繰り言を、一つ一つ丁寧に否定して、屋根裏部屋で見つけた小さな青い空みたいな瞳が優しく輝いているから、僕はまた希望を持ってしまう。

 僕も愛されてもいいんだって、僕も愛したっていいんだって。

 壊れた蛇口みたいに、悲しくないのに涙がするすると溢れ続ける。

 あー幸せでも涙はでてくるんだな。あー僕の涙はベンのことに関することだけでてくるんだな。
 それが本当におかしい。僕はベンのことしか考えられない。

 「僕も、僕も・・・愛してる」

 僕がそう言った途端、ベンが子供みたいな満面の笑みを浮かべるから、とうとうおかしくて吹き出す。涙は止まらないのに。

 「あれ、おかしいな、僕、ちっとも悲しくないんだよ」

 目元を擦りながら言うと、ベンが目元を擦る僕の手を止めて、代わりに肌触りのよいハンカチを当ててくる。あの時と一緒。断首台に頭を乗せていたときも涙が溢れすぎて目が痛かった。胸が痛かった。
 だけど幸せな涙でも目も痛くなるし、胸も痛くなるんだね。

 「幸せでも涙はでてくるんだよ」とベンが言ってくる。
 「うそだ」

 僕が笑いながら涙を流していると、「ほら、今がそうだろ?」

 僕より泣き虫な疑惑のあるベンが、悲しいのに笑うみたいな器用な顔しながら、涙ぐんでいる。

 「あー本当だ。僕嬉しいのに、幸せなのに涙が止まらないよ」

 「おれもだよ。ティノに愛してるって言われて、嬉しくて泣けてくる」

 「言わなくても知っていただろ」
 「ああ。でも嬉しくて仕方がないんだ」
 僕らは笑いあう。近い距離で笑い合って、目が合って、目を開けてられないくらい、ベンの顔が近くなって、唇が触れ合って、抱きしめあって、何度も何度も触れるようなキスから蕩けるような、熱い口付けを交わした。

 僕の足が一度も床に触れないうちに、抱き上げられたまま、サッと二人の寝室に連れていかれる。ベンの上気した頬と乱れた髪が僕を求めているのがわかる。

 服を脱ぐのも、もどかしいのか、男らしい体を晒していきながら、僕を抱きしめる。

 僕らは似た者夫婦になるだろう。
 いつでも過保護なほど僕を心配するベン。僕だってベンが夜更かしをしたらいつでも怒ってやろう。

 夜更かししちゃ体に悪いから早く寝なさいって。

 あーだけど今から僕も一緒に夜更かしをする予感がする。

 幸せな予感に自然と唇が微笑む形になる。
 それを見たベンが頬を染めておれを愛おしいって目で見てくる。

 だから、僕をそんな愛おしいって目で見ないで。


※※


 初めて公爵領についた時に馬で訪れた白い花が咲き乱れる湖の前で、僕たちは愛を誓いあった。

 「私ベンジャミンフルフォードは永遠にティノを愛す」
 そんな囁きを耳元でされて僕は恥ずかしくて仕方がない。耳を鼻で擦られて催促される。
 「……僕は、ティノはベンジャミンフルフォードを永遠に愛します…もう何度も言ったよ?」

 「いーや。何度でも聞きたいし言いたい。ダメか?」
 急にわがままに言い切ったかと思ったら、頼りない感じでシュンと落ち込んだような顔で聞いてくるからずるい。そんなの我がままを聞いてあげたくなる。

 新しく再建された大聖堂でカーディナル神の前でも愛を結婚を誓った。ベンの僕への眼差しはどこかカーディナル神の慈愛の眼差しに似ていると思った。
 盛大に結婚式も挙げてベンの家族だけでなく、職場の人や家門の人間にも大勢の人が祝ってくれた。3日間も式が続いたのは驚いた。

 なのに、式が終わった後も何日も経っているのに、こうして何度も愛を誓ってくる。
 僕が照れるからからかっているんだろう。





 時折夜中に魘されるティノ。今でも不安そうにおれを見上げてくるティノ。忘れた頃にふとした瞬間に手を振るわせて怯えるティノ。

 何度でも何度でもティノの傍にいて、不安にさせないように愛を伝え続けるよ。

 何度でも何度でも。

 それがおれの特権だから。ティノが唯一頼ってくるのはおれだけだから。

 ティノ愛しているよ。囲むように腕を小さなティノの体に回す。安心できるように。甘えられないティノの代わりにおれが甘えるから。

 ティノゆっくりおやすみ。













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