彷徨うヤンデレは幼馴染に求愛されて幸せになった。

くまだった

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 第7王子の静かで荘厳な葬儀が終わって、1年後。王の間にマイラ侯爵が片膝をついていた。


 故第7王子の遺言通りに、リタ王子妃がマイラ侯爵に降嫁することになった。


 「謹んでお受けいたします」

 王族の座る席から見るマイラは以前より一回り大きくなっていたが、白髪がチラリと見えた。

 第7王子の宮殿で、別れて以来だった。10年以上会っていなかった。マイラのつむじを見るのはあの時で最後になると思っていた。

 優しい美貌はそのままだが、年齢を重ね、知らない服と髪型も違うせいか、マイラが知らない人のように感じた。









 王宮の馬車で、侯爵邸に入る。馬車から、マイラに手を添えられて降りると、たくさんの使用人たちが両側に並んで頭を垂れ立位で待っている。


 全員が頭を下げ身動き一つしないので、マイラを見やると何か合図をし、全員が一斉に顔をあげる。リタは見られてどきっとする。

 「奥様」と執事や見知ったメイドがおれを見て涙ぐんでいる。そんな風に喜ばれて歓迎されると思っていなかった。

 マイラをこっぴどく振って、裏切ったと恨まれていると思っていた。








 夫婦の間は、場所も違って、知らない装飾になっていた。大きな見晴らしの良い窓と大きなバルコニーがついていた。バルコニーでくつろげるようソファも置いてある。

 「一新したんだ。新しくやり直そうと思って」
 「そうですか」
 「敬語やめないか」
 「そうですね。慣れたら、そのうち」
 マイラとの距離感をどう取ればいいのかわからなかった。「二度と会わない」と告げたのはリタだった。


 マイラは昔、リタが男性同士の夜の事を何も知らないと喜んでいた。だけど、今のリタは第7王子と夫婦生活をしていた体だ。記憶も体も消せないし、別に消したいとも思わなかった。

 第7王子の記憶も含めてリタだから。




 寝室のソファでマイラが酒を飲むのも知らなかった。慣れた様子に珍しいことじゃないんだとわかった。
 ソファは以前は一つだけだったが、今は部屋の規模にあったものが置かれているので、リタはマイラの正面に座っている。

 「もうリタは手に入れられないと思っていた。たとえ第7王子が亡くなったとしても、遺言でおれと一緒になるなと言ってくるかと思った」
 グラスを揺らすマイラ。
 「まさか反対だとは」
 酒を飲むマイラを眺める。
 おれにはマイラの気持ちがわからなかった。
 それはうれしいのか嫌なのか。もしかしたら恨まれているのか。

 テーブルにはおれが昔好きだった酒もあった。失恋した時にはよくマイラに甘えたなと思い出す。もう何年もその酒は飲んでなくて、存在さえ忘れていた。
 グラスに入れられて、舐めるように飲む。ひどく甘くてびっくりする。よくこんな甘い物を飲んだな。

 昔はマイラを椅子がわりに使っていたが、出来そうにない。
 「いつの間にか、騎士団を辞めていたんだな」
 「ああ、あの大怪我をして以来、価値観が変わった。大事な物も守れないのに、騎士をやる資格はないと」
 
 ポツリポツリと話をした。
 リタの中ではマイラは騎士だった。優しくて民に慕われ頼れる存在だった。逞しい体に騎士服も似合っていて、騎士道精神に溢れていて、捻くれた自分とは違う眩しい存在だった。

 10年の間にマイラだけじゃなくリタもきっと変わっている。



 その日はそのまま、一緒のベッドに寝た。特に何もない。広いベッドは触れ合わずに寝ることができた。
 毎日毎日、幼い頃から聞いていた「リタ大好きだよ」というマイラの言葉はなかった。

 去年まで第7王子が隣にいたのに、不思議だった。なぜ第7王子はマイラの元に降嫁させたんだろうか。

 色んな考えが浮かんだが、何も考えたくないと全てを打ち消しながら目をつぶった。








 半年ほどそんな風に過ごして、自分の存在する意味はなんだろうかと思うようになった。
 王家からの要請をマイラは断れなかったんだろう。
 マイラの側にいる意味はあるのだろうか。

 夜、珍しくマイラが言い淀んでいる。晩酌の一杯も飲みきれていない。

 「実は従兄弟に子供がまた生まれたんだ。リタも知っているザラのところだ」
 「ザラ伯爵はだいぶ前に子供を持っていなかったか?」
 10年ほど前、リタがまだマイラと結婚していたころ、ザラ伯爵に子供が産まれてお祝いをした記憶がある。マイラと親しい従兄弟だったはずだ。

 「あれから6人子供が出来て、今度で7人目だ」
 リタは「すごいな」と驚く。同じ十年でもまったくリタとは違う人生だ。リタは魔獣を殺すかしかしていない。

 「それで養子に出したいそうだ。侯爵家の後継としてどうかとも言われた」
 リタは目を開く。
 「子供が欲しかったのか?」
 なら女と結婚すれば良かったのに。なぜかその考えはチクリと胸が痛くなる。
 「この10年、作らなかったのか?」
 「作るわけないだろう!」
 「どうして?」
 マイラは苦虫を潰したような顔をした。

 「どうしてそんな質問するのかわからない」
 マイラは苦しそうになる。
 「おれがどんな思いで、リタを待っていたか」

 一緒に暮らすようになって、初めて、マイラの激情を見た気がする。

 マイラは首を振る。
 「侯爵家の跡継ぎはどちらにしろ、どこからか見つけなければいけないと思っている。特に子供を養子にしたいとは考えていない。リタが反対するなら、それでいい。この話をなかったことにする」

 「別に反対はしていない。一度見に行こう。お祝いもしなければ」

 マイラと離れて隣で寝ることにも慣れたと思っていたが、その日は、なぜか眠り辛かった。







 ザラ伯爵は人の良い感じのいい男だった。マイラとは色合いは違うが金髪で、薄い青い目は優しそうだ。
 茶髪で茶色い目の伯爵夫人も、朗らかそうだったが、乳母の手を借りても、子供たちの世話に忙しそうだった。
 挨拶を交わしている最中でも、子供たちが気になるようだった。

 最初だけかしこまっていた少年たちは、だんだん1番最後に生まれた赤ん坊の周りをくるくると走り回り始めた。
 ドタバタとあちらこちらに駆けっこをしている。夫人が外に行くよう声をかけている。

 小さなベッドの中にマイラと同じような金髪の可愛い子が寝ていた。

 「7番目で難産で生まれたせいか、小さくて。元気はあるんですが、栄養が足りないんでしょうか」
 「こんなバタバタした環境で、うちも余裕がありません。もっと良い環境で育ててもらえるなら、養子に出そうかと考えています」

 小さく目を開けた。赤ん坊の瞳がマイラと同じ若草色の瞳だった。
 「マイラ見てみろよ。この子の瞳マイラと同じだ。可愛いな。マイラにそっくりだ。見れば見るほど」

 リタにはわからなかったが月数で見ると小さいそうだ。
 7番目の子と聞くと、どうしても第7王子のことを思い出してしまう。
 なんとなく寂しそうだった、誰にもかまってもらえない王子。
 マイラにそっくりな色合い。なんだか気になって仕方がない。

 「マイラこの子を育てよう。立派に育てたい」
 喜ぶと思っていたマイラが浮かない顔をしている。
 「どうしたんだ?」
 「リタがこの子に夢中にならないか心配だ」
 リタは思わず笑った。
 「何を言っているんだ」
 「仕方がないだろう。リタのことになると心が狭くなるのは」

 いつかもこんな会話をしていたと思い出す。
 10年以上前のリタとマイラの輝いていた日々。

 そんなこともあったなあと思う。

 「どうする?」
 リタはマイラに最後の判断を任せた。


 マイラはリタに微笑みかけると「おれたちの子として育てていこうリタ。おれの愛しい人」
 「どうしたんだ急に」
 リタがマイラと再び暮らすようになってから、初めてそんなことを言うのを聞いた。
 「急なんかじゃない。ずっと思っている」

 リタとマイラのやりとりを見て、ザラ伯爵が笑っている。
 「相変わらずだなぁ、マイラのリタリヤ様好きは。何回そんな話を聞いたことか、自慢話とのろけ話と、どれだけリタリヤ様が素晴らしくて愛らしいか耳にタコですよ。マイラはリタリヤ様に心酔しているんです」
 
 リタは急にそんなことを言われて赤面した。
 「ザラ!」
 マイラが怒っている。

 「なんだ、結婚できてどれだけ喜んでいたか、気持ちを伝えていなかったのか」
 「ザラ!」
 「そんな立ち話もなんですからお茶でも飲みましょう」ザラ伯爵夫人に声をかけられる。

 リタは赤ん坊と離れたくない思いと、マイラの話を聞いて胸がざわざわする思いで落ち着かなかった。



 帰りの馬車の中で、「マイラはおれとの結婚が嫌だったわけではないんだな」とリタは聞いた。

 手を組んで目をつぶっていたマイラは目を開けると「嫌なわけないだろう。どれだけ待ち望んだか。ただおれの力で、取り戻したわけではないということが引っかかっていたんだ。でも手段なんかもうどうでもいい。リタがおれのそばにいると言う事が大切だ」リタをジッと見る。

 「そうか」
 リタはマイラがリタと再び一緒になったことを嫌がっていないと知って嬉しかった。




 更に1年後、乳離れを待って、赤ん坊がリタの元にやってきた。その間に何回も伯爵家に遊びに行って、他の子供たちとも仲良くなった。夫人の負担にならないように伯爵家に人手と支援もしている。

 子供たちはリタが魔術や魔獣を討伐した話を聞きたがった。マイラは子供たちに剣を教えたりした。

 充実した。楽しい1年だった。

 赤ん坊はリイラと名付けられた。
 どんどん幼い頃のマイラに似てくるリイラにリタは夢中になった。

 「やっと寝たか」
 「今乳母と交代した」
 リタはリイラのぷくぷくとした寝顔を見るだけで幸せになるのだった。

 マイラは最近晩酌をしなくなった。
 ソファーで本を読んでくつろいでいた。

 本を置くとリタを引っ張って、自分の隣に座らせた。

 「やっぱりやける。おれといるより幸せそうな顔をしている」
 「マイラも昔は天使みたいだったんだぞ。今はおれの天使はリイラだ」
 「もうおれはお払い箱か。愛おしいおれの奥さん。おれもリタに似たかわいい子供も欲しい」
 「おれに似るなんてかわいそうだ」
 「おれのリタは世界一かわいい。大好きだ。愛おしい。ザラが言うよりも前にリタに告げたかった」
 マイラは冗談めかして言っていたが、段々と真剣な表情になった。
 「昔も今も離れている時も、おれの心はずっとリタを思っている」
 

 マイラは俯いて、リタの手の甲に額をつける。まるで懺悔のようだ。

 「でも苦しかった。昔はいつかリタと一緒になると思っていたから、リタが誰と付き合おうと大丈夫だった。だけどいちど一緒になったのにまさか離れることになると思っていなかった。それも、自分のせいで」
 マイラのリタの手を握る力が強くなる。

 「リタ・・・リタ。苦しかった。今も苦しい。おれの知らない10年間を王子と過ごしているなんて。リタが変わったと思う度に、それが王子の影響だと思うと悔しい。それ以上に自分が不甲斐ないんだ」

 マイラはリタを抱きしめた。強く強く抱きしめる。
 リタはぶら下がっていた片方の手を、マイラの背中に回して、ぎゅっと抱きしめた。

 「・・・マイラおれは謝らない。必要なことだったから」

 何度、あの時が繰り返されても、おれはきっと同じ選択をする。

 マイラの命が助かるならば、なんだって、きっと。だから一度も後悔はしていない。
 
 「わかっている。わかっている」

 二人はじっと抱きしめあった。言葉は必要なかった。
 確認するように、しがみつくように・・・。
 何の涙かわからない涙が、リタの黒曜石のように輝く瞳からにじみ出てきて、マイラのシャツを濡らした。

 「リタ。大好きだ」
 「おれも、おれも・・・大好きだ」

 苦しい日がまた訪れるかも知れない。
 悲しい別れがあるかも知れない。
 真実の愛じゃないかも知れない。

 だけどこれだけは言える。今マイラと分かり合えたこの瞬間を大切にしたい。










終わり
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