創世戦争記

歩く姿は社畜

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グラコス王国編 〜燃ゆる水都と暁の章〜

人間の賞味期限

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「この袋、中身はやはり金かしら」
「金か…或いは魔物の媒体かしら。けど重要なのは中身じゃない。中身も重要だけど、この写真一枚、これだけで本家の信頼を揺るがし、潰す口実を作れる」
 そう言って舞蘭ウーランは水晶盤である番組をフレデリカに見せた。
『クリスタ・ニュースの時間です。苏安スーアンスー氏が、フェリドール帝国と繋がっている疑惑が浮上しました』
 フレデリカは眉をひそめた。苏月スー・ユエは情報統制も得意だ。国営放送でもないクリスタ・ニュースが報道するのはどういう事だろう。
「クリスタ・ニュースは大陸共通の民営放送局じゃない!こんなニュースが広まったら皇族の名誉も危ないでしょ」
 しかし舞蘭は落ち着いて答えた。
「承知の上よ。このニュースは彼が意図的に流した情報だもの」
『この写真には本家の長老と魔人が取引をしていると思われる様子が写っており…⸺』
「この写真を見た人々は簡単に本家苏氏を疑う。同時に本家の血を引く彼の事も疑うと思うでしょ?でも、この写真を得たくらいの時期に長老を本殿の階段から突き落としてる。これもまた、狙っての行動よ」
 フレデリカは耳を疑う。
「今、長老を本殿の階段から突き落としたって言った!?鳳凰ホウオウ殿のあの長い階段よね!?」
 皇帝が政を行う宮殿は長い階段があり、階段の上から見下ろす凰龍京は壮観だ。
「先月…丁度〈プロテア〉がアルケイディアに入港する前後の出来事よ。その時は英雄の末裔を階段から突き落とした事で信用も落ちる事を心配していたけど、数日の内にこの情報も公開されるわ」
「けど本家の長老って百歳でしょ?ジジィを階段から突き落として無事な訳…」
の老人なら、ね」
 フレデリカは脚を組んで考え込んだ。
「苏氏は李恩リーエンの能力を継承してるけど…でも百歳よ?本当に李恩の〈身体極限突破〉だけで無事で済む?」
「いいえ、普通なら無理よ。李恩の能力にも限界はある。それは貴女が一番解ってるでしょ?」
 〈創世の四英雄〉苏李恩は身体強化を得意とする戦士だった。しかし彼女の能力にはある程度の限界があり、それはに大きく左右される。
ユエももう四十を過ぎた。最近じゃやれ腰が痛いだの肩が上がらないだの言っているから、あの階段を転げ落ちて無事な長老は、絶対に何かがおかしいのよ」
「でも月ってまだまだ現役でしょ?今も遠征に向かってるし、蹴りで人を殺せるような奴じゃないの」
「庶民や政治家として言えば、四十は働き盛りよ。だけど見たら、四十は引退を考える時期なの。三十過ぎたら人間の身体能力は衰えていくからね。私ももう昔のように錘を振り回すのは難しいわ」
 舞蘭は『人間の戦士として』の部分を強調して言った。
「貴女の近い場所にも居るんじゃない?戦士としては引退の年齢だけど、まだまだ戦える者が」
 フレデリカの頭に、一人の青年が浮かんだ。冷たい顔とは裏腹にふわふわした髪の毛。頑なにフレデリカを拒む横一文字に引き結ばれた口。伏せ気味の青い目がふとした時に宿す、幼い色。その全てがフレデリカは愛おしかった。
「…アレン、彼は三十歳だった」
「彼は普通の人間と何が違う?」
「魔人だ。彼の中には魔人の血が流れてる」
 舞蘭は侍女から受け取った紅茶に角砂糖を落とした。
「あらゆる生命体はお茶と同じよ。ストレートティーに砂糖を入れたらそれは無糖じゃなくなるし、ミルクを入れればミルクティーになる」
 随分と遠回しな言い方だ。こういう時の舞蘭は憶測で物事を語っているが、フレデリカはこれは只の憶測ではないと感じていた。
「つまり、長老はもう人間ではないと?」
「憶測よ、私と彼のね。そうだ、大和ヤマトの平均寿命が遂に百十歳を超えたらしいわよ」
 フレデリカからしたら短い時間だが、人間という愚かで脆弱な種族では七十を迎える事すら難しい。子供であれば七つを超えるまでに死ぬ者が多い為、大和の異様さ、そして長老の異様さがよく解る。
「…遠征は?いつ終わるの?」
「四ヶ月は続くわ。初秋まで彼は帰って来ない。だから今この凰龍城の主は私。好き勝手するなら今よ」
 苏月が前線に出ている以上、長老が彼のような危険人物を見逃しておく筈が無い。暫くは苏安に潜む帝国派勢力とグラコスの帝国派勢力に〈プロテア〉が挟み撃ちされる事は無いだろう。
「遠慮無く好き勝手させてもらうわね。そうだ、一人、文才のある子を助手にくれない?苏安文字と大和文字、それからクテシア文字はまだ極めれてないのよね」
「分かったわ。最も信頼出来る子を当てておくわね」
「ありがとう。それじゃあ、もう一度書庫へ行って来る」
 そう言って茶器を置くとフレデリカは部屋を出た。
(糞、調べる事が増えた。本家についても洗いざらい調べないと)
 さっさと帰るつもりだったのに、長丁場になりそうな予感にフレデリカは舌打ちするのだった。

 一方その頃、苏安北部の玄武ゲンブ山にて。
 戦場と化した本家の領地には昼夜問わず、悲鳴と肉を切り裂く音、鉄のぶつかり合う音が聞こえる。
 もう四月だが、万年雪を湛えるアネハル連峰から吹き降ろす北風は玄武山の近辺に恐ろしい寒波を叩き付けていた。
 その玄武山の前に陣と対峙するように苏安の官軍が陣を敷いている。
 陣営の中にある、最も大きい天幕の中にて。
 パチリ、と音がして火鉢の中の炭が爆ぜると、地図を見て何やら考えている天幕の主は顔を上げて問うた。
「何用だ」
 入って来た女将軍は軽く礼をすると報告した。
「陛下、クリスタ・ウェザーによると、明日以降の寒波は厳しくなるようです」
「…寒いのは嫌だな。身体が凝る」
 そう言って身体を伸ばすと、節々がポキポキと音を鳴らす。
思薺スーチー、お前は今年で幾つになる?」
「今年で三十九になります。…私も陛下も、切れですな」
 天幕の主、苏月はフンと鼻で笑った。
「随分はっきり言ってくれるな」
「陛下も皇后様も、親しい仲に回りくどい言い方は好まぬでしょう」
「そうだな。ベアガルには随分回りくどい手紙を送ってやったが、親しい者にはそんな事をしない」
 思薺は幼少より彼と彼の弟に仕えている。しかし、長年仕えていても分からない事があった。
「しかし、何故不仲の者にだけですか?」
「時間が無いからだよ。嫌味など、息を吐くように言える。だが優しい言葉をしっかり伝えようと思うと、中々上手くはいかない。考えながらゆっくり喋れば喋る程、時間は過ぎていく。気が付いたら、今年で四十二だ」
 苏月は水晶盤を開くと、思薺に向かって写真を見せた。そこには、アーサーに肩を組まれてツーショットを撮っている青年の姿が写っていた。
「アリシアの子供だそうだ。三十歳だが、魔人の血を引いているからまだまだ現役だそうだ」
「羨ましいです。私達はもう賞味期限切れですからね」
 思薺はそう言うと手首をパキパキと鳴らした。
「お前も年だな」
「言わんといてくださいよ。気にしてるんですから」
 苏月はくすくすと笑って立ち上がる。
「私も行こう。年寄りは本来、自宅でのんびりと老後を迎えるものだ」
 しかし、その穏やかな老後は訪れないかも知れない。
「手始めは本家苏氏だ。包囲戦を始める。全軍動くぞ!」
 鬨の声が北の大地を揺るがす。鬨の声は老いゆく身を打ち震わす軍歌だ。国を守る為なら歳など関係無い。敵を一人残らず屠るのみだ。
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