創世戦争記

歩く姿は社畜

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グラコス王国編 〜燃ゆる水都と暁の章〜

闇ルート

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「あいっててててて…」
 ゼオルはそう言いながら身体を伸ばした。
「どうした、もうバルタスを出てからかなり経ってるが…傷が治ってないのか?」
 既に七月に入り、春の気配はとうに失せている。つまり、グラコスに来てから既に三ヶ月が経っているのだ。
 疑問に思ったアレンが問うと、ゼオルは身体を伸ばした。
「いや。人間の男ってさ、十八過ぎたら大体が成長終わるんだよ。つまり、後は衰えるだけなんだ。もうちぃと鍛えなきゃなぁ」
 素振りしてくる、と言ってゼオルは刀を持って部屋を出て行った。
「デスクワークばっかしてると身体が凝り固まるんだよねぇ。休憩するみたいに定期的に動かさないと」
 そう言ってネメシアはスライムを机の上に置くと、柔軟体操を始めた。
「最近は忙しくて手伝いに来れなかったが、スライムについて何か進展はあったか?」
コアに使われてる媒体は分かったよ。アレンが居ない間は梓涵ズーハンやペータルにも手伝ってもらってたけど、あいつらやっぱ優秀だよ…ムニちゃん、おいで」
 ネメシアがスライムを呼ぶと、ムニちゃんは机から降りてきた。ネメシアはムニちゃんを掴むと、核が見えるようにムニちゃんの小さい身体をぎゅっと握った。見えてきたのはムニちゃんの核だが、形はよく見かける球体ではなく、ムニちゃんの身体に対して異様に大きい。まるで此処を殴ってくれと言わんばかりの大きさだ。
「核は心臓だった」
「魔人の!?」
「間違いないよ。この国じゃ臓物の売買もやってる。人間に獣人ライカンスロープ巨人ジャイアント小人ノーム、エルフやドワーフも対象だ。だけど、たまにえらく希少価値のある臓物が市場に出る」
「それが魔人か」
 ネメシアは立ち上がると、部屋の隅の床に固定された金庫を開けた。氷魔法を幾重にも重ねられ、金庫は冷凍庫と化している。
「ペータルとあいつの実家に頼んで、今出回ってる臓物の調査とサンプルの収集を頼んだ。魔人の心臓は一個だけあったよ」
 そう言って引っ張り出されたのは、硝子の容器に入れられた大きな心臓。人間の心臓の大きさの二倍はある。
「ルートは?」
「西域の奴隷商人が戦争奴隷をこっそり連れて来るらしい。大方、『生きたいか?』とでも聞くんだろうな。連れて来られた奴が女なら闘技場で慰み物になる。男なら問答無用で闘技場送りだが、女の場合で見目が悪ければ内臓を抜き取られて終わりだ」
 西域とはクテシアの事を言うのだろう。世界最高の軍事力を誇るクテシアは、国民の思想も統一されている。それは女王ヌールハーンへの絶対的な忠誠故にだ。
「クテシアでは犯罪者の家族は奴隷市へ送られる。だが、戦犯は拷問の末に殺してしまうんだ」
「死にたくない奴と、奴隷を売りたいという者の利害が一致する…そういう事か」
「正解。けどヌールハーン達の目から逃れるのは難しい。こういうのをやるのは奴隷商人の中でも手練だ。じゃないと飛ぶのは自分の首だからな」
 帝国の魔の手が伸びやすいのは、やはり法律の無いこのグラコスなのだ。
「魔人の売買を規制するようキオネに進言すべきか」
「そうだね。魔人の心臓は希少価値は高いけど、移殖に使うにはデカ過ぎて魔法の媒体にしかならないらしいし…でもグラコスの内政に深く関わって大丈夫なのかな」
「内政か…難しいな。だが闘技場や市場を調査する事は出来るかも知れない」
「闘技場?」
「この国は海竜アクアドラゴンよりその他種族が多い。竜族ドラゴン以外の種族って、大体魔人より弱いんだ。そんな魔人がこの国に運ばれてじっとするか?」
 ネメシアはムニちゃんを見て言った。
「隷属魔法が使われてるかも知れないって事?」
「ああ。使ってる奴がどういう奴らなのかも把握したい」
 今フレデリカが隷属魔法について苏安スーアンで調査しているが、アレンの方でも隙間時間に調査はしてある。
(型式は人間に特化した大和ヤマト式と、精度に難ありだが出鱈目に使える苏安式の二択。そしてスライムのムニちゃんは…恐らくハイブリッド型だ)
 この三ヶ月の間で、アレンはフレデリカとも連絡を取り合っていた。そこで分かったのは、現代の隷属魔法には四つの型がある事。
 弱者によく使われるイルリニア式。人間を隷属させ、思考を完全に奪う大和式。生殺与奪の権を完全に掌握する苏安式。魔法の技術の高さと複雑さを最高の美学とするクテシアで生み出された、最もシュルークの生み出した忌まわしき魔法に近いとされるクテシア式。
(大和みたいな島国だったら大和式!って絞れるんだがな…)
 グラコス王国は大陸の南東に位置し、国土面積は九割を海が占めている。西から東から商船の訪れるこの国は、何が流行しているのか全くわからない。例えば食べ物の場合、先週は杏仁豆腐が流行っていたが、その前の週は胡麻プリンが流行っていて、更にその前の週はウベ(紅山芋)のスイーツが流行っていた、といった具合である。満ち引きする潮のように、入り乱れる潮のようにこの国では商品と人が入り乱れる。因みに今週の流行りは南瓜カボチャプリンだ。しかしそろそろ週が明けるので流行は再び流動するだろう。
(キオネに調査を依頼するか…〈処分者〉は充分戦えるし、そろそろ演習から外しても良い頃合いだ)
 キオネは今、溜め込んだ政務を消化する為、ラザラスによって執務室に軟禁されている。
 アレンは客室を出ると、キオネの執務室に向かった。
 リヴィナベルク城は城の内部に水路があり、夏でも涼しい。砂漠育ちのアレンからしたら、最初は水を贅沢に使っているようにしか見えなかったが、夏になるとこの城内を流れる水路や滝のありがたさを痛感する。場内は人々の声や水のせせらぎで満ちており、アレンからすれば喧しい事この上なかったが、この三ヶ月で随分と慣れてしまった。
 賑やかな城の廊下を歩いてキオネの執務室へ向かうと、扉の向こうから声が聞こえてきた。
「もう一度言うよ、君は、本当に、梦蝶モンディエを、殺したの?」
 文節ごとに区切って大きな声を張り上げるのはキオネだ。キオネが大声を出すのは珍しい。気になったアレンは扉を叩いて執務室へ入った。
「けどアレンが梦蝶の存在について明言してるよ!いったいどういう事かな?」
「叔父貴、俺もアレンから確かに聞いた。紅い瞳の女で、名前は梦蝶。紅い瞳は苏安皇族の証じゃないか。どういう事か教えてくれ」
 アーサーはキオネの横に立って水晶盤の向こうの人物に話し掛けている。
「梦蝶は生きてるよ。子供も居る」
 そうアレンが言うと、キオネとアーサーが顔を上げた。
「叔父貴、アレンと代わるぞ」
 アレンはアーサーと場所を交代してキオネの横に立った。
「どうも…えーと、大叔父さん?」
 画面の向こうに座る美丈夫は、紅い目を細めてアレンを観察した。顔は美凛とは似ていないが、髪の色は美凛メイリンと同じ夜色をしていた。
『…、似ていないな』
「種馬似らしいよ。誰も種馬を知らないけどね」
 苏月は鼻で笑うと問うた。
『…それで、私から何を聞きたい?梦蝶なら確かに殺したよ。貫手で確実にあの女の心臓を貫いた』
「人間って心臓何個ある?潰しても生きてられる?」
『一つだ。それに潰したら死ぬ。基本的な構造は魔人と同じだ』
「…じゃあ何で生きてるんだ?」
『それは私も知りたい』
 するとアーサーが口を開いた。
「叔父貴、あんたも情報を握ってる筈だ。あの内戦からもう二十三年が経ってる。それでも世南セナン平原の戦場跡を調査し続けてるのは何でだ?」
 世南平原は美しい草原だった。しかし内戦で平原には砦が建てられ、未だに数多の武器や焦げた旗の転がる平原となっている。
『…死体だよ。世南の戦いの後、意識が戻って直ぐにあの女の死体を探そうとした。だが二十三年経った今、戦場跡には骨の一欠片すら遺っていない』
「全ての骨や死体を調べたのか?」
 アレンの問いに苏月は答えた。
『あの近辺に転がっていた死体は全て。黒焦げの死体も、千切れた手足も、灰の山に埋もれた骨も全て調べた』
「じゃあ梦蝶はやっぱり殺し損ねたんじゃないか?叔父貴もその時は大怪我をしただろ。あんま覚えてないんじゃないか?」
 アーサーがそう言うが、苏月はゆっくり首を振る。
『敵を殺した時の感覚は殆ど明確に覚えている。私のこの手は、確かにあの女の骨を砕き、肺を抉って心臓を貫いた。爪と皮膚の隙間に肉が挟まる感触も、胸骨の破片で私の腕が抉れる感触も、ついさっきの出来事のように思い浮かぶ。アーサー、お前を初めて殴った時の事も覚えているぞ。その帽子の下に煉瓦を仕込んでいたな』
 凄まじい記憶力にアレンは舌を巻いた。同時に梦蝶の正体について悩むが、アレンの脳にフレデリカの顔が過る。
(あれ…フレデリカって確か、魔女狩りで追われて…?)
 フレデリカは運動神経が優れている訳ではない。平凡だ。そんな女が騎士に追われて助かるのだろうか。
「…そう言えば、フレデリカも何で生きてるんだ?」
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