創世戦争記

歩く姿は社畜

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グラコス王国編 〜燃ゆる水都と暁の章〜

器の修復

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「どういう事だ?」
 アーサーの疑問符にアレンは今までの出来事を思い返した。
 帝国から出て、意識が戻ったアレンはフレデリカの身体を細切れにした。地下街の戦いでは、フレデリカはヴェロスラヴァにクロスボウで首を撃たれて目玉を抉り取られた。しかし全て自己再生している。
「俺が〈プロテア〉に加入してからフレデリカは二回死んでる」
「あー、確かに」
「それから、〈魔女狩り〉。フレデリカの容姿は少なくとも魔女狩りより前は神話の内容そのままだった」
「あれ、その時代ってお前生きてない…」
「それは後で説明する。どういう事だろう」
 するとキオネが口を開いた。
「〈灰より還りし魔女〉…それが一部呼ばれている彼女の通り名だ」
「灰?」
「彼女は〈魔女狩り〉で火刑に処され、灰より蘇った。ヌールハーン…マダム・アミリの提唱した理論では、生命体には魂と肉体がある」
 そう言って浮遊魔法でワイングラスを二つ棚から引っ張ってくると、一つのワイングラスに葡萄酒ワインを注いだ。
「生きているという状態は、器に魂が入っている状態という理論だ。肉体が…⸺」
 ワイングラスがキオネの手から落ちて割れる。
「崩壊して魂を入れられない状態になる…これがマダム・アミリの提唱する死の理論。彼女の考えでは、フレデリカは〈魔女狩り〉で骨まで焼き尽くされた後に何らかの手段で新たな肉体を用意したか修復し、現代まで生きている」
 アレンは床を濡らす葡萄酒を見詰めた。あの女なら覆水を盆に返してしまうかも知れない、そう思った。
『…梦蝶モンディエも器を可能性があるのか』
 苏月スー・ユエの言葉にアレン達は顔を上げた。今まで黙っていたのは興味が無いからかと思ったが、黙って聞いていただけだった。
「問題は誰によって修復されたのか…だね」
 キオネの言葉に誰も何も言わなかった。言わずとも、解は既に此処に居る人物の心の中に出ている。
「〈創り手〉なら可能だろう。フレデリカも創り手だ」
 アーサーがそう言うと、苏月は形の良い眉をぐっと寄せて湯呑みに口をつけた。
ユエ、今面倒とか思ったでしょ」
 キオネの言葉に苏月は深紅の瞳を細めた。
『…ああ、実に面倒だ。帝国は只でさえ強大なのに、梦蝶が居るとはな』
「梦蝶が強いのは知ってるけど、どのくらい強い?稽古付けて貰ったことがあるだけで、どこまで強いのか分からない」
 アレンが問うと、苏月は忌々しげに口を開いた。
『…自慢じゃないが、私は強い。奴は子を産んだ後、産褥期でも私より強かった。世南セナンで私が勝てたのは単純に運が良かったからだ。聞きたくもないが、梦蝶の外見年齢…或いは身体年齢はどのくらいだった?』
「本人談だけど、帝国に来た時と変わってない。二十八のままだって」
『…そうか』
 表情は相変わらず冷たいままだったが、内心は絶望だろう。
『…ああ嫌だ、頭痛が悪化したよ…どうした思薺スーチー
 そう言いながら音声をミュートにして画面の外へ視線を向ける。
「何話してるんだろう」
 アレンの問いにアーサーは首を振った。
「思薺将軍が居るって事は、かなりの激戦なんだろう。かなりの機密情報の可能性が高い」
 苏月の情報管理は徹底している。手で水晶盤のカメラを覆い隠し、読唇術で会話内容が聞き取られないようにしている。
「只、カメラをオフに出来るのは知らないらしいな」
「東じゃやっぱりデジタル化はそこまで進んでないのか?」
「ああ。未だに重要な書類は全て紙だ」
 アーサーがそう言い終えると、キオネは通話をミュートにしてカメラをオフにした。
「それで、アレンはどんな用で来たのかな?」
 キオネの問いにアレンははっとした。梦蝶に気を取られていてすっかりと忘れていた。
「人身売買について、魔人の取引を規制してほしい」
 キオネは甘い垂れ目を細めて言った。
「…君達には好きなようにしてくれて構わないと言ったかも知れないが、経済にまで口出しして良いとは言ってないよ」
 女を虜にするその美しい顔は優雅に笑みを湛えているが、黄金の瞳は笑っていない。
「少し、思い上がりが過ぎるんじゃないか?十二神将アレン」
 そう言ってキオネは立ち上がると、アレンの首を掴んで机に押し倒す。
「おいキオネ!」
「アーサー、これは俺とキオネの話だ」
 大声を上げたアーサーを制してアレンはキオネの目を真っ直ぐ見据える。
 グラコスにおける経済⸺商売とは政治そのものだ。そしてこの国の万物はキオネの所有物。海は勿論、陸や住民、下水管に路地裏を走る鼠。果ては空まで。それに口出しして不興を買うのも、致し方の無い事だ。
「説明してもらおうか、何故この国の内政にまで口出しするのか」
「ガロデル闘技場で魔物が量産されていた。その中の一つ、例のスライムに使われてるコアは魔人の心臓だった」
 キオネの瞳が揺れた。
「西域の奴隷商人、こいつらが金儲けの為にヌールハーンの目を掻い潜ってグラコスに魔人を流しているらしいな。確かに魔人の売買は経済を回す歯車だが、今この国はアルケイディアより多くの魔人が溢れている」 
 キオネもその言葉の意味を理解したらしい。アレンの首を掴む手の力が弱まった。
荒らされてるんだぞ」
 それはキオネにとって最大の屈辱。動かない筈がない。動かざるを得ないのだ。
 キオネは酷薄な笑みを浮かべると、魔導モシン・ナガンを取り出して銃床を床に打ち付けた。
「出て来い〈処分者〉」
 ラザラスを始めとした〈処分者〉六名が机の向こうに現れて跪く。
「話は聞いていただろう。奴隷商人は全て調べ上げろ。魔人を運んでいる商人は殺しても構わない」
「しかし陛下、この国では商人の安全は保証していますが」
 ラザラスの言葉に〈処分者〉達は顔を見合わせて頷く。
「この国では僕の命令が絶対だ。何故ならこの国の万物は僕の所有物であり、全ての決定権は僕にある。海竜アクアドラゴン以外の種族には、土地を貸し出してやっているだけに過ぎない。あとそうだな…この国の全ての建物も調べろ。魔人を一匹でも庇う者は殺して構わない」
「御意に…えーと、愚問かも知れませんが、アレン殿は…どういう判定ですか?」
 ラザラスが確認の為にアレンの顔を見る。海竜の視力は高い。アレンの瞳孔が魔人特有の菱形である事は確認済みだろう。
。〈プロテア〉の阿蓮アーリェンだ」
 すると、一番間抜けそうな顔の〈処分者〉が言う。
「あれ、けど陛下さっき十二神将って言ったよぉ。髪で隠れてるけど、耳尖ってるし」
 思わずアレンは声を上げた。
「えっ?」
 アレンは若干焦る。そして髪を上げて耳に触れると、耳が変形していた。
「あれ…俺の耳、こんな形だっけ」
 人間の丸い耳だったが、今の耳は先が尖っている。
「気付いてなかったの?三ヶ月くらい前から君の耳は尖ってたよ」
 そう言うキオネの声に寒気がした。このままではキオネが幾らアレンが人間だと言っても、徹底的に敵を潰しに掛かる〈処分者〉から殺されてしまう可能性がある。
「大丈夫だよ、君は僕の客人だ」
「えーけど、それじゃあ判定がよく分からないよ」
 普段は寡黙な珍しく大声でラザラスが怒鳴った。
「控えろエラディオ!」
「えーけどさぁラザラス、魔人って角の数も目の数も色々だよ。中には角が小さ過ぎて髪に埋もれる奴も居るし。どの魔人にも共通するのが菱形の瞳孔ととんがり耳なんだよ?」
「髪の中に隠れる角など、海竜の目で簡単に目視できる。馬鹿な事で余計な時間を使うな!殿、エラディオの発言は無視してください。私もこんな質問をしてしまい⸺」
「でもラザラスぅ、区切りはしっかり付けておかないと」
 正論だ。妥協して例外を生むと、更に別の例外が生まれる。だがアレンはそう簡単に殺されてやるつもりはない。
「魔人かどうかの判定基準は外見か?」
「外見と魔力だねぇ。君は魔人の魔力も持ってるみたいだけど、擬態が上手いなぁ。中々出来る事じゃないよ」
 アレンは除霊師から魔人と人間の魔力の違いについて聞いてから、可能な限り人間に近付く努力をしてきた。努力は多少実っているようだ。
「お褒めに預かり光栄だ。それじゃあ…」
 そう言うとアレンはポーチから短剣を取り出すと、耳の尖った部分を無造作に切り落とした。
「ちょっと!」
「アレン、何やってんだ!」
 キオネとアーサーが怒鳴るが、アレンはそれを無視して床に落ちた血まみれの耳の一部を拾った。
「エラディオ…だっけ」
 そして耳を覆い隠す癖毛をかき上げ、断面を見せ付けるようにして言う。
「これで満足?」
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