創世戦争記

歩く姿は社畜

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グラコス王国編 〜燃ゆる水都と暁の章〜

燃ゆる水都

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 海竜の死体が街に飛んできた丁度その頃。アーサーは人々が押し寄せる地下にて、ある人物を捜していた。
「ジョンブリアン!ジョンブリアンは居るか!?」
 アーサーが扉の媒体である懐中時計を持って怒鳴ると、硝子のケースを持った美しい燕尾服の男が走って来た。
「ジョンブリアンです!どうなさいました?」
「強化硝子の容器はあるか?」
 するとジョンブリアンは鞄の中から小さなケースを取り出した。
「こちらです」
「これを借りたい。さっきからどさくさ紛れに懐中時計を盗もうとする馬鹿が居る」
「では、床に固定するやつの方が良いでしょう」
 そう言うと、ジョンブリアンの召使が大きな箱を持ってきた。懐中時計を入れると白い大理石の床に釘が打ち込まれ、床にしっかり固定される。
「ありがとう。お前も早く避難しろ、この国は俺達が守る」
「しかしアーサー殿、貴方魔導銃を持ってないでしょう。どうするつもりで?」
 すると、アーサーは帽子をジョンブリアンに預けた。
「陸兵には陸兵にしか出来ない戦い方もある」
 そう言うとアーサーは数人の兵士を連れて地下を出る。その横にはドワーフの老戦士ダルカンも居た。
「アーサー、何をしに行くつもりじゃ?」
「さっき外ででかい音がした。逃げ遅れた奴が居るかもしれない」
 何とか人の波を抜けて外に出ると、港の方に巨大な海竜の死体が転がっている。
「アーサー、死ぬかもしれんのだぞ」
 アレンなら諦める、ダルカンはそう言った。しかしアーサーは首を振る。
「俺はあの子みたいに自分にそう言い聞かせられない。それに、あいつはそう思ってないかも知れんがな、何処か…無理に言い聞かせてるように感じるんだ。俺はあいつみたいに強くない」
 歳は三十だが、魔人の血を引いている為、精神的には若い。まだ十五くらいだろう。成人したての精神年齢の筈の彼は、歳の割に表情に乏しい。それは何か、感情を抑えているようにも見えた。
「嫌なら、来なくても良いんだぜ?」
 ダルカンは頑固で誇り高いドワーフの巨匠であり戦士だ。若造の挑発を受けて乗らない訳が無い。
「誰が嫌と言った?瓦礫を退けて避難経路を確保するには儂が必要じゃろう」
「宜しく頼むぜー、ダルカン爺」
「儂だけじゃない」
 アーサーが振り向くと、銃を持ったテオクリスとカルノスそして二人の部隊も居た。
「客人にばかり任せるのは無礼だろう?」
 テオクリスがそう言うと、アーサーは白い歯を見せて笑った。
「助太刀感謝するぜ、お前ら。それじゃあ、行くぞ!」
 避難民を躱しながら城から伸びる坂を降ると、港の方で火の手が上がるのが見えた。飛竜スカイドラゴンがその上を飛行している。
「海も燃えてないか!?」
 カルノスが大声で言う。
(やはり陸に敵が居るな)
 燃えやすくなるよう、海に油を流した敵が居る。
「カルノスとテオクリスは敵を排除してくれ。〈プロテア〉は敵を排除しながら逃げ遅れた奴を救出する!」
 街の方へ走る間も、空はどんどん赤く染まる。空中では〈桜狐オウコ〉と飛竜が入り乱れ、銃弾や光線が飛び交う。海竜達が動く度に波が発生し、海面に浮いた油が波止場から港町へと炎を運んでくる。敵の方が上手うわてだったようだ。
「飛竜だ!」
 一際巨大な飛竜が口から紫色の気体を港へ吐いた。
「テオクリス、何だありゃ!?」
「あれは…ドゥリン様と同じ毒ガスだ!」
 焦げ臭い潮風に酷い腐敗臭が混じり、悲鳴を乗せて南から北上してくる。
「風向きは南から北。アーサー、撤退しよう。火と毒ガスがこっちに流れ込んでくる!」
 ヨルムがこちらへ向かってきた瞬間、城の方から青い光線が放たれた。空気すら断ち切る神速の光線はヨルムの口から後頭部を貫通する。
「キオネだ!」
 リヴィナベルク城の最も高い尖塔の上、そこでキオネは金の瞳でしっかりヨルムの動きを捉えていた。
 竜とは、長命であるが故の好奇心旺盛な種族。初めて自分に手傷を追わせた敵に興味を惹かれるのは当然と言える。
 キオネは尖塔から跳んだ。出来るだけ港の近く、本丸キープから離れた位置を目掛けて跳躍すると、空中で本来の海竜としての姿に戻る。その姿は浅い海のような青緑の鱗に覆われており、瞳は西の果へ沈む夕陽のような金色だった。そして何より、他の海竜を上回る巨躯。歳の割に巨大なキオネの姿にヨルムは目が釘付けになった。
 ヨルムに匹敵する巨躯を誇るキオネが着地すると毒ガスを含んだ粉塵と瓦礫が舞い上がり、大地が揺れる。
「鼻と口を庇って建物の影に隠れろ!」
 降り注ぐ瓦礫は屋根を貫通する。そんな瓦礫の雨が人の身体に降り注げば、身体の大半が水分で出来ている生物など一溜まりもない。
「ぎゃああああ!」
 テオクリスとカルノスが連れて来た部下達にも被害が出始める。それは〈プロテア〉も同じだ。
「おいネメシア、しっかりしろ!」
 ゼオルの叫び声が聞こえる。アーサーが駆け付けると、頭から血を流したネメシアが倒れていた。瓦礫の下敷きになっていた少年を助けようとしたようだ。
「爺さん、この瓦礫を退かせるか?」
 老いたドワーフは腰を低く落とすと瓦礫を持ち上げた。瓦礫の下から少年が出てくる。幸いな事に瓦礫の隙間に閉じ込められた事で潰されなかったようだ。
「ねぇ、この兄ちゃん助かる!?」
 アーサーはネメシアの口元に手を当てた。
「まだ息がある。ゼオル、この坊やとネメシアを連れて下がれ」
「分かった。坊主、走るぞ」
 そう言ってネメシアを担ぐと走り出す。
 ここではネメシアのように強い者も、等しく瓦礫の餌食になる。此処からの勝負は運だ。
 アーサーは上空を見上げる。城からの砲撃とアレン達の迎撃を受けている筈だが、飛竜はまだ十九体も残っている。風向きも、何もかも不利な戦いだ。援軍は恐らく無いだろう。このままでは負ける。だが、生存者を増やす事は可能な筈だ。
「アーサー、何を考えているかは分かる。だが風向きを考えろ。海竜の死体の方へは行けないぞ」
 ダルカンの言葉はもっともだ。しかし、南から悲鳴が聞こえてくる。昔からアーサーは正義感の強い人間だった。だからこそ、南から響く悲鳴を前に何もしないなんて事は出来ない。
「俺だけでも行く。それがアーサー・エリクトだ」
 ダルカンは舌打ちするとアーサーの横に立った。
「このバカモンが…危なかったら逃げるぞ」
 南から大勢の住民達が逃げて来る。彼らは皆、腐敗臭を纏っていた。そして南へ進むにつれて、その腐敗臭は酷くなってくる。
「アーサー!この先はいかん!」
 空気はガスの色で紫がかっており、肉の腐る嫌な匂いがする。
 上空が爆発音や銃声が響く中、此処だけは異様に静かだった。
「アーサー、戻ろう。ここはまだガスが薄いが、このままでは肺が腐るぞ」
 しかしそれでもアーサーが動けずにいると、瓦礫が動いた。
「誰か、居るの…?」
 轟音が響く。
「ダルカン、皆を連れて戻れ」
「お前、何言って⸺」
「早く戻れ!」
 アーサーはそう怒鳴ると、剣を使って梃子の原理で重たい瓦礫を浮かせようとした。
「嬢ちゃん、出てこれるか…!?」
 五分程掛けて瓦礫を浮かせると、少女が瓦礫から出てくる。全身が出て来た少女を見て、アーサーは目を見開いた。少女の脚は潰れ、右腕は肘まで腐敗していたのだ。
 その時、ヨルムが再び毒ガスを吐いた。
「畜生、勢いが強過ぎる!」
 キオネの吐く水だけではガスを捌ききれない。
 アーサーは剣を仕舞ってマントを脱ぐと、少女を包んで言った。
「口と鼻を覆って!もう少しの辛抱だ!」
 そう言って少女を抱き上げると、急いで来た道を戻った。
 しかし、道に〈桜狐〉の死体と式神が落ちてくる。そしてアーサーが尻餅をついた瞬間、無情にも南の火薬庫で爆発が起こり、爆風がガスを乗せて吹き抜けた。
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