創世戦争記

歩く姿は社畜

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苏安皇国編 〜赤く染まる森、鳳と凰の章〜

入京

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 リヴィナベルクを発ってから二ヶ月。アレンとフレデリカ、そして美凛メイリンはジョンブリアンの荷車に揺られながら苏安スーアンの首都へ向かっていた。
「ねぇまだー!?」
 扉が勝手に開き、ネメシアが喚く。
「まだー。今城壁が見えた分」
 ネメシアはちぇっ、と言って扉の向こうへ戻る。
「そんなに楽しみならジョンブリアンに頼んで荷車に乗せて貰えば良いだろ…」
 アレンのぼやきにジョンブリアンは苦笑いした。
「けど、この辺は戦場跡ですから。余り見たくないでしょう」
 広大な世南セナン平原を街道沿いに北上しているが、平原には未だ槍や旗、砦跡が残っている。
 アレンは焼け焦げた砦を見てアーサーの死に顔、社龍シャ・ロンと会話した後の出来事を思い出した。
 あの後、街には大きな慰霊碑と石像が建った。慰霊碑には現在死者の名前が刻まれ、石像はヨルムと戦った様子を描いたものが大広間に飾られている。しかし、死者に祈りを捧げるような事は行われなかった。何故なら、次の戦に備えて死者を減らすべきだとキオネが判断したからである。
「第二次苏安内戦の事は、今でも覚えています。本当に、惨い戦争でした」
 そう言うジョンブリアンの目は悲しみに満ちていた。しかし、次第に大きく見えてくる城壁を見て笑みを浮かべる。
「あの城壁、内戦中はヒビだらけで焦げていたんですよ。けど、皇帝陛下が即位して直ぐに民家の再建、城壁の修復を行われたんです。この国は二十三年前と比べて復興しました。まるで不死鳥のように」
 その都市の名は凰龍オウリュウ京。神話の時代、〈創世の四英雄〉苏李恩スー・リーエンを讃える者達が集い、築き上げた都。名付けた者は、李恩の夫。凰とは雌の鳳凰で李恩の事だと言われており、龍は星を守護する者⸺つまり〈創世の四英雄〉だと言われている。
「ジョンブリアン、この国では宗教が二つあると聞いたけど」
 アレンの問いにジョンブリアンは馬の上から振り向くと頷いた。
「大きく二つです。〈創世の四英雄〉の中でも武に秀でた李恩とその嫡流の苏氏を崇める本家派と、第二次苏安内戦の英雄を崇める近代派です」
「じゃあ、あの喧嘩してる門番も宗教関係?」
 ジョンブリアンが慌てて前を向くと、数名の兵士が取っ組み合っていた。
「本家の方が偉いに決まってるだろ!」
「二十三年前、本家が何した?なーんもしてねぇだろうが!」
「あ?俺達はその時、生まれてすらねぇだろうが!これだから近代派は!そんなに戦争がしたいのか!」
 ジョンブリアンは苦笑いした。
「宗教ですね」
 フレデリカは荷車の上で脚を組んだ。
「李恩はこんな馬鹿馬鹿しい争い、望んでないよ。それは苏月スー・ユエも同じ…だけどあいつがその気になれば、気に食わない者全てを排除出来る」
 そう言うと、その場所から門番に向かって言った。
「苏月に会いに来たのだけど、仕事してくれない?」
 すると門番達は困ったように顔を見合わせた。
「陛下への謁見か?まだお戻りじゃないぞ」
「もう少し時間が掛かるから、街でゆっくりしたらどうだ?因みにお勧めは…」
「馬鹿、観光業じゃないんだぞ」
「そうだった。ほら、通って良いぞ。あ、喧嘩してた事は内緒でな」
 どうせこの後も喧嘩するだろ、そう言いかけてアレンは口を噤む。言ったところで無意味だ。
 鉄の門が音を立てて開くと同時に、アレンの目に映る物が変わる。
(あれ…)
 石で出来た巨大な城壁は焦げ、血が付着している。そして、音。矢が空を切る音、鬨の声、悲鳴。そして目の前を夜色の髪を靡かせた包帯だらけの青年が、雷を纏った槍を持って城へ入っていく。
「フレデリカ…」
「アレン、もしかして視えてる?」
「それに、音も聞こえる」
 フレデリカはアレンの右手を掴んだ。
「…幻影魔法で隠してるね」
 アレンは気まずくなって目を逸らす。
「どれだけ進んでるの?」
「…右肩まで」
「この前〈鍵〉を作ったからでしょ」
 拠点へ続く扉⸺フレデリカはそれを〈鍵〉と名付けた。〈鍵〉を創るには、時空魔法を使う必要がある。それはやはり、アレンの身体には負担の掛かる行為だった。
「誓って。この国はグラコス以上に何が起こるか分からない。たとえ何があっても、〈裂け目〉を封じるべきその時まで、その魔法を使わないと」
 幻で隠しているが、フレデリカに強く手を握られて傷が痛む。アレンはフレデリカに早く手を離して欲しくて頷いた。
「誓う」
 フレデリカが手を離すと、荷車が城門をくぐる。
 暗い門の中は、開門を待っていた大勢の人や商隊キャラバンとすれ違う。それは、この都が複数の街道が繋がる巨大な城塞都市だからだ。
 城門を抜けると、アレンは凰龍京の巨大さに驚いた。アルケイディア城やリヴィナベルク城、帝国の不朽城は丘の上に塔が連なる城が建っていたが、苏安は真っ平らで広大な平地に城があるのか、城が見えない。建物の間を繋ぐように赤い提灯がぶら下がり、道が真っ直ぐ伸びている。その真っ直ぐな道の更に奥には、また城壁があり、平地とはいえ高い防御性能を感じる。
「この城は二十三年前、本当に廃墟のような有様だったのですよ」
 客引きが元気に声を張り、大道芸人達が思わず目を見張るような芸を披露し、花街では女達が男を妖艶に誘う。城の中を走る水路は船が人や商品を運び、活き活きしている。
「瓦版新聞だよー!一枚百エギルダだ!お兄さん、一枚如何?」
 アレンは百エギルダ渡して新聞を受け取った。
「まだこういう紙で売ってるんだ…」
「しかも質は大して良くないからね。けど、未だに製紙産業は人々の生活を支えている。何より苏月が自分で書く事を重要視している」
 水晶盤より、紙ならば筆跡が出る。筆跡を調べれば、書いた物が誰か分かるのだ。
 今まで不機嫌そうに黙っていた美凛が口を開いた。
「この国で…特に父上の前で文字を書く時は気を付けて。父上は自分が見た仕草全てを完璧に模倣できる」
「模倣?それも完璧に?」
 美凛はフンと鼻を鳴らしたっきり黙り込んだ。代わりにフレデリカが説明する。
「苏月は特別身体が丈夫でも、武術の才能があった訳でもない。だけど、今は亡き皇太后の舞を五歳で完璧に真似した。他にも、剣の才能のある兄の剣舞を見せれば完璧に模倣したし、先帝の筆跡を完璧に真似て意味の解らない命令を下して宮廷を混乱に陥れた。身体は弱いし、ひ弱だった。だけど、ここ⸺頭だけは良かった。だからモノを見た瞬間、どういう身体の動かし方をすればそれを再現出来るか、完璧に理解しているのよ」
「しかし、キオネ様の射撃術だけは真似出来ませんでしたな」
 ジョンブリアンが笑いながらそう言うと、フレデリカは爆笑した。
「ああ、銃床を固定しなかったから、屈んでいたキオネの股間に直撃したのよね!けどあれ、そうなるって解ってたんじゃない?」
「性格悪過ぎる…」
 嫌がらせの報復に下剤を盛っていたアレンが言えた事ではないが、この時のアレンは完全に忘れていた。
「父上は奇策で敵軍を皆殺しにする。策士なんて、してなきゃ出来ないよ」
 美凛は頬肘をついて過ぎ行く街並みを眺めている。その時だった。
「陛下の、おなーりー!」
 大声と共に角笛が響き渡る。
 アレンが振り向くと、城門の奥に馬に跨った兵士達が並んでいる。その先頭に居るのは皇帝⸺苏月だ。
「まさか、本当に自ら戦場へ向かっていたとは」
 ジョンブリアンはそう言いながら馬を操って荷馬車を道の隅へ寄せた。
 先頭を馬で進む苏月は線の細い男だが、兵士達より背が高く、細身の割に威風堂々としている。皇帝の凱旋、それは華々しいものの筈だ。しかし、街行く人々の反応は異なる。
「皇帝陛下、万歳!万歳!」
 そう言う者も居るが、中には忌々しい反応を示す者も居た。
「…本家への叛逆者が。母方の姓ではなく、父方の姓を名乗っておれば良いものを」
 しかし苏月は全く気にしていない様子で馬を進めている。アレンは先程、フレデリカが「その気になれば気に食わない者を排除出来る」と言っていた意味を理解した。徐々に近付いて来る美丈夫の紅い目は暗く、砂漠の夜より冷たい。理性をそのままに、人を殺し過ぎた、殺し慣れた者の目だ。
 苏月は悠然と歩みを進め、アレンを視界に入れた。そして薄い唇で薄っぺらく冷たい笑みを浮かべ、低い声を出した。
「歓迎しよう。阿蓮アーリェン将軍」
 直後、アレンの脳に彼の声が響く。
『貴公を歓迎しよう、アレン・エリクト=
 アレンは思わず目を見開く。彼はアーサーとアリシアの姓の後に、魔人コーネリアスの姓を付けたのだ。
『幻覚魔法で瞳孔の形を変えているが、我の前では無意味と知れ』
 脳内に響く声は淡々としているが、一歩判断を誤れば殺されるような危険さを孕んでいる。
 アレンは表情を戻して馬上の苏月を見上げた。遂に、〈蛮帝〉苏月との謁見が叶うのだ。
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